~挑戦者その四、大伴の大納言(1)~
『大伴御行の大納言は、我が家にありとある人、集めて、のたまはく、
「竜の首に五色の光ある珠あなり。それを取りて奉りたらむ人には、願はむことをかなへむ」とのたまふ。
男ども、仰せのことを承りて申さく、
「仰せのことはいとも尊し。但し、この珠たやすくえ取らじを、いはむや竜の首に珠は如何取らむ」と申しあへり。
大納言のたまふ、
「君の使ひといはむものは、命を捨てても、おのが君の仰せ言をばかなへむとこそ思ふべけれ。この国に無き、天竺・唐土の物にもあらず。この国の海山より、竜は下り上るものなり。如何に思ひてか、なんぢら難きものと申すべき」
男ども申すやう、
「さらば、如何はせむ。難きものなりとも、仰せ言に従ひて求めにまからむ」
と申すに、大納言、見笑ひて、
「なんぢらが君の使ひと名を流しつ。君の仰せ言をば、如何は背くべき」
とのたまひて、「竜の首の珠取りに」とて、出だし立て給ふ。この人々の道の糧食ひ物に、殿の内の絹、綿、銭などある限り取り出でて、添へて遣はす。
「この人々ども帰るまで、斎をして我は居らむ。この珠取り得では家に帰り来な」とのたまはせり。
おのおの仰せ承りてまかりぬ。「竜の首の珠取り得ずは帰り来な」とのたまえば、いづちもいづちも、足の向きたらむ方へ往なむず。
「かかる好き事をし給ふこと」とそしりあへり。賜はせたる物、おのおの分けつつ取る。
あるいはおのが家にこもり居、あるいはおのが行かまほしき所へ往ぬ。親・君と申すとも、かくつきなきことを仰せ給ふことと、ことゆかぬもの故、大納言をそしりあひたり。
「かぐや姫すゑむには、例やうには見にくし」
とのたまひて、麗しき屋を造り給ひて、漆を塗り、蒔絵をして壁し給ひて、屋の上には糸を染めて、いろいろふかせて、内々のしつらひには、いふべくもあらぬ綾織物に絵を書きて、間ごと張りたり。もとの妻どもは、かぐや姫を必ずあはむ設して、独り明かし暮らし給ふ。
遣わしし人は、夜昼待ち給ふに、年越ゆるまで音もせず。心もとながりて、いと忍びて、ただ舎人二人、召し継ぎとして、やつれ給ひて、難波の辺りにおはしまして、問ひ給ふことは、
「大伴の大納言の人や、船に乗りて竜殺して、そが首の珠取れるとや聞く」
と問はするに、舟人、答へて言はく、「怪しきことかな」と笑ひて、「さる業する船もなし」と答ふるに、
「をぢなきととする舟人にもあるかな。え知らで、かく言ふ」とおぼして、
「我が弓の力は、竜あらばふと射殺して、首の珠は取りてむ。遅く来る奴ばらを待たじ」
とのたまひて、船に乗りて、海ごとに歩き給ふに、いと遠くて、筑紫の方の海に漕ぎ出で給いぬ』
(大伴御行の大納言は、自分の邸に仕えるありとあらゆる家来たちを自分のもとに集め、こう言った。
「竜の首には五色に輝く珠があるのだそうだ。それを手に入れて、私のもとに持ってきた者には、どんな願いでもかなえてやろう」
こう言われた家来の男達は大納言が仰せになったことに対して、
「殿が仰せになられることは、尊い事なのだろうとは思いますが、ただし、珠と言う物を手に入れるのは、そうたやすいことではないと思われます。ましてや竜の首にあると言う珠を一体どうやって手に入れれば良いとおっしゃるのでしょうか」と言う。
弱腰な家来に大納言は、
「主人に召し使われている以上は、主人が望む事のために、たとえ命を捨ててでも、主人のため、望みをかなえようとするのが家来としての勤めではないか。それに私が望む物はこの国には無くて、インドや中国まで探しに行かなくては見つけられぬと言うようなものではない。竜という生き物はこの国の海や山にて、昇り降りするものではないか。一体どういう了見でお前達は難しいことだと言うのだ」と言い返した。家来たちは、
「そうおっしゃるのなら、どのようにでもお申し付けください。難しいご命令とは思いますが、殿の仰せに従い、探し求めてまいろうと思います」
とあきらめたように言うと、大納言は満足そうに笑い、
「お前達は私の家来として、世間に名を知られているのだ。主人である私の言いつけにどうして背くことなど出来ようか」と言うと、
「では、竜の首の珠を、取ってまいれ」と命じ、家来たちを旅立たせた。
それでも難しい旅に家来を出したことは分かっているので、大納言は家来たちに旅路の食糧などを用意するため、自分の持っている絹、綿、銭などをありったけ取り出し、家来たちに与えてやった。
「お前達が帰ってくるまで、私も身を清め、祈りを捧げて待っている事にする。だから、この珠を取ってくるまでは、帰ってくる事のないように」と言った。
家来たちは各々大納言の命を仰せつかり、出発した。大納言に
「竜の首の珠を取ってくるまで、帰ってくるな」
と無茶なことを言われたので、誰もかれもが自分の足の向くまま、気の向くままの方角に向かって行った。
「まったく殿も、もの好きな事に首を突っ込んだものだ」
と皆で愚痴を言い合いながら、しっかりと与えられた資金はそれぞれが分け合った。
そしてある人は自分の家にこもり、ある人は自分が行きたいと思う所に出かけて行った。いくら親同然だ、御主人様だと言っても、こんな気まぐれに無茶なことを命じたものだと納得いかずに、大納言を非難し合っていた。一方大納言の方は、
「かぐや姫を迎え入れるのだ。普通の邸では物足りない」
そう言って、壮麗な邸を造ることにした。壁には漆を塗り、豪奢な蒔絵を施した。屋根の上はかやの代わりにさまざまに美しく染めた糸を使ってふき、内装は言葉にしようのないようなほど素晴らしい綾織物に絵を描いたものを、それぞれの柱ごとの間に張り渡した。
そしてもとからいた妻たちとも、かぐや姫を必ず手に入れるのだからと離婚してしまって、独り身となってしまった。
だが遣わした家来たちは昼夜もかまわず、何事か朗報が入りはしないかと待ち焦がれていると言うのに、年を越しても何の音沙汰もない。
家来に任せっぱなしにした事が、心もとなくなった大納言は、ごく忍んだ姿で、たった二人の兵だけを連れ、身をやつして、難波の辺りにやってくると人々に聞きまわった。
「大伴の大納言の家来が、ここから舟に乗り、竜を殺してその首から珠を取って帰ってきたと言う、話を聞いたことはないか」
すると舟人は、
「そりゃ、不思議な話だ」と笑って、
「そんなもの好きな仕事をする船なんか、ありゃしませんよ」と答えるので、
「くそう。意気地のない舟人だ。私が誰か知らないから、そんなことを言うのだろう」
と悔しがる。
「私の弓の力なら、竜の姿を見ればすぐさま射殺し、首の珠を取ることができるのだ。いつまで経っても戻らぬ家来など、待っていられるか!」
と言うと船に乗り込み、海に出てしまった。海から海へと航海するうちに、とても遠くの、筑紫(九州)の方の海にまで来てしまう)
***
この大納言大伴御行と言う人は腕っ節にかなりの自信がある、武力の人です。さらにその自信は自分自身にとどまらず、自分が雇鍛え上げた家来たちにまで及んでいるようです。
そこで大納言は、その自慢の武力猛々しいはずの、自分の家来に姫の求める竜の首の珠を、取りに行かせることにします。
ところが家来たちにしてみれば、これは全くの大納言の私事です。命懸けでどこにいるとも知れない竜を厳しい航海を経て探し出し、どんな罰が当たるとも知れないような神の使い、雨の恵みをもたらす竜を射殺して、その首にある珠を取ってこいと言うのです。別にこの珠を取ったからと言って朝廷からお褒めにあずかるわけでも、官職が与えられるわけでもありません。ただの大納言の自己満足に付き合わされるだけです。それどころか場合によっては神の使いに手をかけたと非難を浴びないとも限りません。
ですから家来たちはそんな愚を犯す気はさらさらありませんでした。いくら家来は命懸けで主人に尽くす物と言っても、頼んで良い事と悪い事があると思っているのでしょう。
大納言の方でも、本当は無茶な命令を出したことが分かっています。だからこそ、自分のありったけの手持ちの資金を家来たちに与えました。強気な事を言っていても内心は、
「なあ、これだけの物を与えるんだから、なんとか一つ頼むよ」
と言っている様な物なのでしょう。家来たちはそこを見抜いてしまっています。主人の甘え心に付き合ってなどいられないと、ちゃっかり資金だけは勝手に分け合って、皆好き勝手な所へと姿をくらましてしまいました。
しかも肝心の本人は家来に無理な注文をして、言葉では身を清めて待つと言っておきながら、もうかぐや姫は自分の物になると決めてかかって絢爛豪華な邸を建造し、今いる妻たちまでも、みんな別れてしまいました。
当時は一夫多妻の時代ですから、妻は何人でも持つことができます。この人も貴族らしく、それなりの数の妻がいたのでしょう。けれど誰にも手に入れられないと言われるかぐや姫を手にさえできれば、もう他の妻など用はないとばかりに、一方的に離婚したようです。こんな所からも当時の女性の立場がどんなものであるのかが、よくわかります。
けれど肝心の家来たちからは何の音沙汰もありません。さすがに不安になった大納言は、難波の港で家来が竜を探しに行ったかどうか尋ね回りますが、そんな話は聞こえて来ず、逆に舟人に笑われてしまいました。大納言はすっかりムキになって、とうとう自分自身がその場の勢いだけで、無謀にもたった二人の舎人(末端の兵士)だけ連れて、船出してしまいました。




