あくたいつく奴、だいたいいい奴
震災で延びていたマンションの引き払いが終わった時、不動産会社から「それで弁償金のことなんですけど」と言われた。
「え、なにそれ?」と聞き返すと、震災でマンションの貴方のお部屋がかなり壊れましたが、敷金や礼金だけでは収まらないので差額の800万円を支払って下さい、っていう話だった。
「あなた個人で地震保険も入っているんじゃないですか?何とかなりませんか?」
地震がしたことなのに理不尽な!
と思って小泉に電話して事情を話し、会いに行った。
場所はアンドーチェーンの入口にあるダトール。
「生きていたか、ゴキブリの魅力は生命力だな」
と笑っていたが
「失敬。まずは賃貸契約書を見せて。」
持ってきた賃貸契約書を渡すと
「覚えているか。私の8人のうち、いつも黙ってほほ笑んでた鎌さん。あの人は顧問弁護士なんだ。専務がトラブルメーカーだから。」
「その人に話したら物件名聞いて驚いてたよ、大家はかなり手強い。いんねんつけて、ぶんどり続けて財を成した奴だ。」
「悲しいことに彼は市内に多くのマンションを所有していて」
と小泉は少し深呼吸して
「賃貸契約書に天変地異の損害もその時に契約中なら損害賠償を請求できる、と小さく気付かれないような言葉選びで入れる手なんだよ」
そして面倒くさがりな僕は部屋を借りる時に、長い入居契約を早く終わらせたいから、ろくに読まずにサインして印鑑押しちゃったわけだ。
「ちなみにだけど」小泉は言った
「その悪どい手を考えたのも鎌さんなんだよ。」
「アンドーチェーンから離れて収入がない時期に誘われて手伝っちゃったんだな。しかも君が事例第一号だ、天変地異、何十年も全然なかったから。」
僕は、開いた口がふさがらない。
小泉はムッとする僕を見ながら
「そりゃそうと、専務が君のフリーペーパー全部持ってたよ。編集長の鷹梵天丸って君だろ。」
何で専務が分かるんだと聞いたら
「アンドーチェーンの話が出てきただろ、あとレイアウトがアンドーチェーンの幻のフリーペーパーだもの」
といつもの口調で小泉は「上にいくぞ」と言った。
会議室に行くまでの館内はあちこちに侵入禁止のテープが張られ、床がめくれていたり、天井板がガサガサ落ちていたり、はっきり言って解体中のビルみたいだ。
いつもの会議室に入ると専務がいた。
「バチが当たったと思っているだろう」
とニンマリしながら専務が話した。いいや、震災は誰のせいでもないですよと返した。
「俺はな、ピンチの時が1番楽しいわけ。強がりじゃねえよ、なあ小泉さん」
と専務が小泉に話を振る。
「昔の大地震の時も、専務は采配を振るいましたね。」
「俺はな、周りを振り回し倒したせいで真面目な奴らからやたら恨まれてるよ。でもな真面目な奴らは器用で薄情なわけ。それを叱る意味で悪態をついてきた。不器用で不真面目な奴らはやりたいことがあるわけ。不真面目に見えるのは真面目な人からそう見えてるだけ。言ってることがふざけてるとしか思えないからな。」
なんか分かる気がした。
何の話が始まるんだよ、と僕は小泉を見ると
専務も小泉を見ている。
小泉は「2人から見つめられても」と言いながら
「あの話、しますよ。いいですね。」
専務は、よしと頷いた。
「専務は来年には亡くなります。末期のガンです。たまに街からいなくなったのは治療のためです。でも体の事は周りには秘密にします。」
「仕事は辞めません。駅前再開発について市役所と取り組みます。これがたぶん最後になるでしょう。」
専務は黙って窓を見ながら、ブラインドを指で開いたり閉じたりしている。小泉は続ける。
「そこでひとつ頼みたいことがあります。東京中のショッピングモールやファッションビル、デパートを全部見て来て若林が感じたこと、東京の町に未来があるのかないのか?ないとしたら理由は何か?アンドーチェーンがある駅前に新しくビルが建つとしたら何階建てで各フロアはどんな構成か、レポートしてほしいです。」
小泉は言った。
「君を部下ではなく、正式な依頼として仕事を任したい。言わば専務の目となり、専務になりきって東京を駆け回るんだ。」
話しながら少し泣いていた。
「俺はな、他人が好きだ。出来上がった利害関係を頼りに訳知り顔でくる奴は嫌いだ。」
専務は窓を見ながら
「もうすぐ俺は死ぬ。町は友達だと思っている。お前のフリーペーパーは俺のやりたいことの続きだった。だから任す。」
それから僕は専務とは会っていない。
小泉さんとは東京で観察した物件レポートを渡すくらいだ。
小泉さんは会うたびに
「レポートも大事なんだけど、専務からの指令だ。ここの画廊行って専務が好きそうな作品買ってきてね」と現金を袋詰めで渡してくる。それも何度も。
一億くらいは右から左へ通り過ぎたんじゃなかろうか。そして毎回厳しく命令した。
「実家には帰るな連絡もだめだ。次からはこの街にも来るな、友人にも電話やメールするな。専務との仕事が終わるまでは。あいつ、死んだかもと言われるくらいの存在感でな。」
もう行くところはスカイツリーくらいしかない、でもあそこは対象外だと思う。30件回って僕が感じた駅前再開発の新しいビルはこんなイメージですと、ポスターサイズで巻物みたいな形で渡した。
手書きの絵をメインにMacで説明を入れた。
デパートの役目は終わったかもしれない。
でも人は集まる場所が必要だ、
それは他人同士でも群れていると
何かが始められるかもと元気をもらえるからだ。
建物は巨大なアンテナにメガソーラーに覆われたビル。震災でも機能するタフな電波塔。
ファッションフロアは東京から呼ぶが
「この街への在住を条件に」ファッションデザインで起業したい若者に店を無償で貸し出す。
セール品はサブスクで着放題のプランにまわす。
他の生活フロア、特にスーパー売場は宅配ボックスを設置したお客様に配送可能。
子供向けのおもちゃコーナーには世界中から知育玩具を用意し親子の場にする。
全盛期のアンドーチェーンが40年前にすでに構想し、いくつかはチャレンジし失敗したものを
けっこう盛り込んでおいた。
今、東京で始まりつつあるビジネスは
専務が既に思いついていたアイデアに似ていたからだ。
この街のこれからの安堵と市民の心の繋がり(チェーン)を成す。これがアンドーチェーンが提示する駅前再開発案だと文章も添えた。
専務になりきって僕は駅前再開発の企画書を書いたが、専務は市役所との会議で、どこまで話したかは分からない。
小泉さんから褒められた。
「毎回現金渡して画廊行かせても、1円もくすねなかったね。だいたい自分が困ってると、取っちゃうんだけどね。」
もうその話はいいよ。これから自分の決着進めますからと言うと
「専務の仕事、ありがとね。お礼は専務の動きを見て必ずするから。」と小泉は言った。
専務も震災でビルを修理する方の支払いが最優先ってことだろうな。しょうがない。
まるで失踪みたいな半年間だったから、実家に帰るのも久しぶりだ。完全に消えると親もパニックになり警察に相談して事件になりかねない。大学時代の友人、大橋の実家、八丁堀の空きビルに住まわせてもらい、大橋から僕の実家に連絡を入れてもらったのだった。
東京では古巣である大阪の広告代理店に何とか入れてもらった。ちょうど震災から1年経って、広告仕事も忙しくなるから来なよ。しばらくは震災復興企画で提案で回るから宜しく。というぐあいだ。
大阪パワーのアイデアで遠くから、この街を元気にできたらいいなと思いながら、実家から田町へ通勤する地味な毎日が始まった。
この街で借りて住んでいたマンションの引き払いの件で、震災で壊れた責任として800万円の損害賠償を請求された僕は、
「とはいえ死ぬことでもないよな、だいたい俺のせいじゃないだろ、震災が壊したんだろうに」
と、仕事の合間に、田町から麻布に抜ける間の有栖川公園でベンチに座っていた。一旦破産するか、ペナルティは何か調べなきゃ。スマホでググる。警備会社には勤められないらしい。老後の職業ランキング1位の職に就けないのか、
「ま、しょうがね。老後は契約書はよく読もう。」
とスマホをしまう時、請求してくる大家の不動産会社から着信があった。こわごわ出ると
「生きてましたか、心配したんですよ。連絡つかないので、臓器でも売ってご用意頂くのかな?と思いました。」
あー、それは考えつかなかったなあと伝えると
「ま、こちらも連絡しなかったのは理由がありまして」と不動産会社。
「半年前、アンドーチェーンの専務様がうちの物件のタワマンを購入されまして」
「いや、その前に1部屋お持ちなんですけど別フロアに自分だけの書斎が欲しいから」
「震災で空室になった6000万円の部屋を6800万で買う」と言ったらしい。
「専務様が、だからお前が持ってる壊れた八木山祐福マンション201号室の800万円請求は取消せ。」
そのように申し出られたので、貴方へのご請求はございません。
と言ってきたのだ。
「あの、若林様は専務とはどういうご関係?」
と聞かれたので
「師弟関係」と返しといた。
小泉さんにすぐに電話した。
「そうか逃げた甲斐があったな、さすがゴキブリ。」
と笑った。こっちも苦笑いしながら
「もうどう呼ばれてもいいけど、専務にお礼が言いたいからそっち行っていいですか?」
と聞いたら小泉さんは
「専務はね、亡くなったよ。2週間前に。」と答えた。
「あれからね、専務は病院にいたんだ。市役所に交渉する時だけ外出してね。最後の最後まで君の事を気にしていた。」
「あの不動産屋のボスと専務は中学の同級生でね、街のために頑張ろうと誓ったのに、お前のやり方は認めない。若林から手を引け、ってひと悶着あったみたいだよ。」
「たぶん専務の最後の友達は君だな。ああ見えて、
色んな人を救ってきたよ。」
続けて小泉は言った。
「君と出会った日々は小泉にとっても思い出を振り返るかけがえのない時間だった。」
「アンドーチェーンの成功の秘密はこれで全て。もう君は十分に強い、行け勇者よ。」
「ドラクエか!」そう突っ込むと
「あれ面白いよね。1986年、小泉35歳、専務48才。2人徹夜で臨んだ思い出です。」と言って電話が切れた。
ゴキブリから勇者になったのか?
ふだんの仕事はいつも通りだけど、
東京が少し違う風景に見えた。




