表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔物の女王』  作者: 月森香苗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

冒険者ギルド、ナドラ支部

ここから新作。

 世界最大の大陸『アトラズカル』には数多くのダンジョンが存在し、ダンジョンは人々に夢と希望と絶望を与えていた。

 ダンジョン内では多くの魔獣が生息している。とても弱く無害なものから巨大で有害なものまで多種多様。さらにダンジョン固有の魔獣や植物、鉱石もあり、一攫千金を狙う者は後を絶たなかった。

 ダンジョンに入れるのは冒険者ギルドに登録した者か、探索理由によっては場所を制限されるも薬師ギルドや鍛治ギルドのギルド員しか立ち入りを許されていなかった。

 それは偏に「危険」だからに他ならない。




「ミラ。今後の事を考えると冒険者ギルドに登録した方がいい」

「そうね。お金は有限だもの」

「分かった」


 生まれ育った嫌いな村を壊滅させた魔物をテイムしたミラは現在十五歳。現在彼女は故郷から遠く離れた街の近くにいた。そこはマッネーロ伯爵家が管理する領地のナドラという領都で、クロさんと呼んでいる黒竜が滞在するのに丁度良いと言った場所だった。

 空を移動する快適な旅は半日で終わった。と言うのも、通常の荷馬車での移動では数週間掛かる距離も、遮るものもなければ移動速度も速くてあっという間に到着してしまったのだ。

 領主邸のある街を囲む城壁はとても高く、門前には兵士が立っていて人の出入りを監視していた。

 街から離れた場所に降り立ったクロは直ぐさま体の大きさを小さくした。フェアリードラゴンと言う薄く透ける羽を持つドラゴンに擬態したクロはミアの右肩に乗り、猫の姿に擬態した炎獅子のレオは中型犬の大きさになった白狼のフェルの頭に乗り、宙に浮く水球を漂う八本足のディスは定位置の左肩の辺り、そして小さくなった蜘蛛のウィラはミラの服のポケットに入っていた。

 ナドラまでは歩いて三十分ほどだろうか。人気の無い場所を選んだ為に街道から離れているが、そのお陰で騒ぎになってはなさそうだった。

 そもそも態々目立たないようにミラが乗るには十分の大きさなので本来からは程遠い大きさだったけれど。

 ミラは彼らが魔物で本来は大きいし強いのは知っているが、ミラには優しいので気にしていなかった。しかし、普通は騒ぎになるから、と無害な小型の魔物のフリをするのだと言われてわかったと頷いた。

 それに小さい方が宿に一緒に泊まれるから、と言われたのもある。

 ミラは村で嫌な思いはしたけれど虐げられてはいなかったのでそれなりに綺麗に見える服と靴は持っていた。チュニックはベルトでお腹周りを締め、袋を提げている。肩掛けの鞄の中には替えの下着と服。お金は首から提げた方がいいからと革袋に入れて服の下で隠していた。

 狩りをするし森に入るから兄が置いて行ったズボンは空を飛んでいる時に役に立った。


「冒険者って言っても私は戦えないけど良いのかな」

「ミラ。テイマーというのは我々が戦うのだ」

「え?」

「そうそう。あのね、僕達に戦って、とか探して来てってお願いするのがテイマーなの。終わったらいっぱい褒めてくれるとうれしいの」


 クロが言えばフェルがフサフサのしっぽを揺らして付け足した。元の姿はかっこいいけれど、今はもふもふっとしていてとても可愛い。


「ミラが水の中を歩きたいならボクが魔法で歩けるようにするからね」

「オレなら火をつけられるぜ!」


 ディスとレオも楽しそうに言うから、ミラはそっかぁ、と頷いた。彼らは強い。テイマーとはそうなのだと言われて納得したからそれ以上考えるのはやめた。

 そうして辿り着いた街をぐるり囲う城壁の門番の兵士に身分証の有無を聞かれたのでミラは 革袋とは別の紐に括り付けていた木札を取り出す。これにはミラの出身村と名前が前の村長の字で書かれていた。


「ここに来るのは初めてかな?」

「はい。兄が村を出てから一度も帰って来てないので、探す旅をしています」

「そうか……君は15歳なんだな。ところで彼らは?」

「えっと、私はテイマーなので彼らは使い魔です」

「なるほどな!可愛いな。どこかのギルドには登録してるのかい?」

「いえ。冒険者ギルドに登録しようかと」

「それはいい。使い魔はテイマーに従うから、命令されたら他者を攻撃出来る。だから登録していない使い魔は原則街に入れないんだ。冒険者ギルドなら使い魔の登録が出来る。それをしたら街中での行動に対してギルドが介入出来るし処罰も簡単になる。ラト。彼女を冒険者ギルドまで案内してくれ」

「はいっ!」


 クロから言われた通りに嘘の理由を述べても誰も疑問に思わなかったようで、初めての入門料として銀貨一枚を納める事になった。そして未登録の使い魔がいるため、兵士が冒険者ギルドまで案内しながら監視するのだという。

 ミラにやましい事はないのでありがとうございます、とお礼を言えば、対応してくれた兵士が「君はいい子だな」と目を細めて笑いながらそう言った。

 ラトは新人の兵士で街中の案内も仕事の一環なのだという。

 ミラは人に対して少しだけ不信感がある。しかしそんなにミラをラトは気にした様子もなく、初めて街を訪れた少女へ懸命に説明をしていた。

 門は街の北側にあたる。街は北東、北西、南東、南西の四区間に分かれていて、ダンジョンは南西の辺りにあるのだと言う。それもあって、南西部に冒険者ギルドを初めとした各ギルドや鍛冶屋、魔道具屋、薬屋などが集まっているし、冒険者用の宿もある。

 領主邸はその反対側の北東にあり、そこを中心に領民達の住居や店が建ち並んでいた。

 想像を超える価値あるダンジョンを守る為に領都は堅牢な城壁を作っているが、同時にスタンピードと言う魔物氾濫が発生した際に領都内で抑える役割も果たしているのだと言う。だから、ダンジョン近くは冒険者が集まるようになっているし、力のない民や最後まで指揮を取らなければならない領主はダンジョンの反対の位置に住居を構えている。

 ナドラは大きな規模の街であるらしい。あそこが領主様のお屋敷だよ、とラトが指さした先には小高い丘の上に立つミラから見てとんでもない大きさのお屋敷で、平民達の居住区との間は距離がありラトの背丈程の壁で囲われているから境界がわかりやすいと言う。

 畑は城壁の外にあり、農民達は城壁の外に家を建て暮らしていた。そちら側には野生の魔物は出ないのだが、ミラが来た北側は魔物が多く出る為、畑も家も無い場所になっていた。だからこそ黒竜のクロが降り立っても目立たなかったのだけれど。


「ここが冒険者ギルドだよ」

「ありがとうございました」

「お兄さん早く見つかるといいな!良き日々を!」

「貴方も良き日々を」


 ミラよりも少し年上のラトがにかりと笑う。

 別れの挨拶をしてミラは冒険者ギルドの扉を潜った。そうでなければラトは離れられないだろうから。


 ギルドの中は昼を過ぎた頃だからだろうか、閑散としていた。

 ミラは村から出たことの無い生活をしていたので、大きな建物を見ることが無かったから、まず広いことに驚いた。村長の家は大きいと思ったけれど、それよりも遥かに広い。

 扉をはいって真正面の突き当たりには横長の台と三人の女の人が並んでいた。

 クロがつん、とミラの頬を突いたので、ハッと我に返ったミラはおそるおそるそちらに向かった。

 ナドラは人が多くて圧倒されていたのに、冒険者ギルドでも驚く事ばかりで少しだけ放心していた。


「ようこそ。あら、初めて見る顔ね」

「えっと、今日この街に来ました。あの、冒険者登録をしたいのですが」

「そうなのね。分かったわ。文字は書けるかしら?」

「いえ、その、出来ません」

「なら、私が代わりに書くわね」


 一番右に座っていた女性のところに行くと、彼女は優しい笑顔を浮かべてミラにそう言った。

 名前と年齢、それから職業。


「テイマーなのね。えっと、フェアリードラゴンに……珍しいわね。八本足をテイムしている人は中々いないわ。それも、水球に浮かんでいるなんて」

「そうなんですか?」

「ええ。だって八本足は海の生き物だもの。いないわけではないけれどね。それから」

「フェル、レオ、それからウィラもです」


 掌に乗せた蜘蛛を見せると、その女の人は少しだけ目を見開いて口を閉ざした。そして「少し待っていてね」と言うと席を立ってどこかへ行ってしまった。

 ミラはどうしたのかな、と首を傾げる。足元ではフェルがいい子にお座りをしてしっぽを揺らしていた。

 直ぐに女の人が戻って来て、ちょっと別の部屋に行きましょうと言われたのでミラは言われるがままに頷いた。


 二階への階段を登るといくつか部屋が並んでいたが、その一番奥の一つ前の部屋に招かれたミラは、部屋の中に男の人がいる事に驚いた。

 女の人はミラの背中にそっと手を重ねて、大丈夫よ、と言った。

 悪意は無さそうだし、ディスはふわふわと水球に入ったままそちらに向かい、フェルもレオを乗せて歩いていたので大丈夫だろうと判断して中に入る。


 大きな机を挟んで向かい合わせに椅子があり、ミラは男の人の前に座った。


「ミラ、だったな。突然済まんな」

「いえ。あの、私、登録したら駄目でしたか?」

「いやいや!そんなこたぁない。ただ、お前さんの使い魔についてちょっと確認がしたかったんだ」

「マスター。まずは自己紹介からでは?」


 ミラから少し体を離した隣に腰掛けた女の人に言われて男の人はそれもそうだな!と頷いた。


「オレはこの冒険者ギルド、ナドラ支部のギルドマスターをしているドレイルだ」

「私は受付担当のユーフェね」

「ギルドマスター……一番偉い人ですか?」

「そうなるな」


 偉い人に呼ばれたミラは故郷の村長を思い出すが、あまりにも違いすぎる。ドレイルはとても筋肉ムキムキなおじさんだった。

 暗い赤色の髪の毛に茶色の目をしたドレイルの服はパツパツのムキムキで、頬には大きな傷があった。


「で、だな。ミラ、お前の使い魔は、元々その大きさか?」

「え?」

「回りくどいのは好きじゃねぇし、お前さんに悪意があるとは思わねぇから言うが、その蜘蛛は間違いなく本来の大きさでは無いだろ?」


 脚も含めてミラの掌の大きさのウィラを見てそう言ったドレイルに、ミラはどう答えるのが正しいのか戸惑っていた。

 すると、ミラの肩に乗っていたクロがすっと飛んで、テーブルの上に降りた。


「確かに我らは体の大きさを変えている。本来の大きさに戻れというのならば我とディス以外だな。この部屋が耐えられるのはウィラとフェルか。レオは広い場所が良かろう。我は壁の向こうでならば、まあ良い。だが、ディスは辞めておけ。この街が沈む」

「フェアリードラゴンが喋った……いや、お前は壁の外ならばと言ったな。ならば、その体躯はとんでもねぇのか」

「それ以上を聞きたいのであれば、ミラの心身の自由と命の保証を。我らを手に入れんと欲し、ミラを害するものが現れかねん」 


 クロは己が人々にとってどんな存在かを理解していた。長い年月を生きるモノにとって、それだけの時間を生き伸びて培われた力は強さだ。しかし人間にとっては恐怖であり、利用価値が高いと判断する。

 黒竜をテイムするのはただの成人したばかりの少女。

 大人になったばかりの少女が扱えるならば、と理解不足の大人がテイマーたるミラを殺したり、生かしても洗脳して使おうなど思うならば。


 彼らはミラだからテイムを許したのだ。

 テイムとは隷属させる事ではないという当たり前の常識が失われて随分と経過している。考えているのだから。



 人間は傲慢である。遥かに強い力を持つ魔物を従えられると考えているのだから。

 人間の言う使役(テイム)とは「隷属化」である。本来の使役(テイム)とは、信頼関係に基づいて戦えない人間の代わりに魔物に戦闘を委ねることだと言うのに。

 信頼関係のあるテイマーはそれなりにいるが、やはり隷属させる者の方が遥かに多い。

 身の程を弁えていない者は反撃されるのに、それも理解していない。


 クロたちはミラを信頼している。ディス以外が本当の姿を見せても恐れなかった人間の子を愛しいと思っている。

 ミラにとって、クロ達より人間の方が余程恐ろしいと考えていると分かってからは守らねばと思うようになった。

 だから、人間の悪意から守ることは何よりも優先すべきであり、叶わないのであれば別の場所に行っても問題は無いのだ。

 ただ、ミラには人間の中にはまともな者もいるのだと知る機会は必要だと思ったからこそこの場所を選んだのだ。


「そうだな。ここで守ると約束する、ってのは簡単なことだ。だが所詮は口約束。薄っぺらいそんなもんで果たして守り切れるかっつー話だろ。即答してたらお前さん、オレを信頼してなかったろ」

「ほう。分かったか」

「そりゃな。ただ、まあ、お前さんらが誰にも見られることなく本来の姿に戻れる場所を提供出来る」

「どうやってだ?」

「簡単なことだ。オレはこう見えて元はそれなりの冒険者でな。島を一つ褒賞で貰ってんだ。オレの私物だから人間は住んじゃいねぇ。転移陣から行けるのはオレと同行したヤツのみ。そこでならでかくなれるよな?」

「なるほどな。島ということは海に浮かんでいるな?」

「そりゃあ島だからな」

「ならばディスも制限を少しは緩和出来るな。よかろう。お主にならば見せて良い。ただし、神誓契約はしてもらうぞ」


 神誓契約とは必ず守らなければならないもので、知性ある魔物でもこの契約を結んだ場合には守らなければならない。

 人も他種族も魔物も全ては神が生み出した生き物である。例え他者をどうでも良いと考えている魔物ですら、神には逆らわない。

 その神に誓うのは絶対であり、代償は必須である。ただし、守ってさえいれば問題は無いのだ。


「分かった。その位しなきゃなんねぇんだな」

「ああ。そこの女。お前は知らぬ方が良い」

「……いえ、私も神誓契約をします。ミラさんは冒険者登録をなされるのですよね?受付で彼女のことを知る者がいる方が良いでしょう?」

「命をかけることになるのだぞ?」

「ええ、良いのです。そもそも私が皆様をここに案内したのはウィラさんの正体を察したからですよ」


 今更です。そう言ったユーフェは気丈にも笑った。

 ミラはクロを見る。ここまでずっと黙っていたのはクロがそうした方が良いと囁いたからだ。

 人を苦手とするミラの前に出て対応してくれているクロの姿。そして、村の大人からは感じられなかった誠実さに、ほんの少しだけミラは勇気を出した。


「クロさん、本当の皆を、見てもらおう」

「ミラがそう言うのであれば。契約は結んでもらうがな」

「うん。私も、皆を利用されたくないもん」


 神誓契約の中身は非常に簡潔なものだった。

 非常時を除いて、クロ達の正体を誰一人にも漏らしてはならないというもの。もしも口から出そうになる前には沈黙の魔法が発動する事。

 それでも拷問魔法で自白させられそうになるならば、それよりも先に記憶を消失させる魔法が発動するというものだ。

 ここまでしておけば二人からミラの情報を聞き出すことは出来ないはずだ。

 この部屋から奥の部屋、ギルドマスターの部屋に移動した。その部屋には祭壇がある。この祭壇に契約書を捧げると、神が聞き届けて契約書が消え、代わりに契約紋が刻まれる。

 ギルドマスターともなれば多くの契約をしているのか、右腕には幾つもの契約紋が浮かんでいた。ユーフェは一つだけあったところの隣に契約紋が追加されていた。


「覚悟は見せてもらった。ならばその島へ連れていけ」

「ああ」


 ドレイルが胸元から頑丈な鎖に付けられた鍵を取り出す。それは特定の魔法陣を発動させる為のまさに鍵で、ドレイルの魔力と鍵が無ければ転移陣は起動しないとのこと。

 初めての魔法陣に目を輝かせたミラに体を寄せたフェルの毛がとても気持ち良い。ぷかぷかと水球にうかぶディスは心持ち楽しそうにしていた。


「じゃあ移動するからな」


 ドレイルとユーフェ、ミラが三人並んでたっても問題のない大きさの魔法陣の中に使い魔の魔物達も入ると、ふぁん、と仄かな光を発した魔法陣が起動する。思わず目を閉じたミラは、クロから目を開けよ、と言われて恐る恐る開けた。


「うわぁ」


 先程までいた室内とは違う景色。そこは明らかに外であった。

 そして、目の前には茶色の細かい砂と、故郷の森の奥にあった湖よりもはるかに広い水が。


「これが、海?」

「そうだ。初めて見るか?」

「私、山の麓の村だったから」


 周りを見れば小さな山とその手前に森があり、ここまでの間はただの広い野原だった。島というものをクロ達から聞いたことがあるけれど、村よりもまだまだ広いここは海に浮かんでいるらしい。

 まったく想像が出来ないけれど、ここに人がいないのは確かだとクロは言った。


「約束は守ったようだな。良いだろう。まずは小さいものから見せた方が良いな。ウィラ、フェル、レオ。元の姿に戻ってやれ」

「いいの!分かったー!」


 白い犬の姿をしていた一番幼い話し方をしていたフェルがわーいと喜びながら地を蹴って空中を飛びながら姿を大きくした。

 ドレイルは目を見開き、ユーフェは口元に手を当てて何とか叫び声を押さえ込んだ。


「フェンリル……」

「そう!僕はフェンリルなのー!ミラがフェルって名前付けてくれたんだー」

「フェルくんの尻尾はふさふさで気持ちいいよね」


 フェンリルのフェルはミラの横に伏せると頭を彼女に向ける。撫でて撫でてと目を輝かせるが、伏せてもなおミラより大きな体なので頭部は諦めて頬の辺りを撫でた。

 フェンリルは北大陸の支配者、夜の狩人、暴虐の獣とも呼ばれている。その個体数は極めて少なく、人の手に負えない災厄であるとされていた。



 ウィラが本来の姿に戻ると、上半身は女性、下半身は蜘蛛になった。

 アラクネとも呼ばれる種族の中で彼女は特別な存在だった。


「まさか……クイーンか」

「ええ。種としてはアラクネ・タランチュラ。ミラに付けてもらった名はウィラですわ。そしてあなた方が識別として付けたのはクイーンですわね」


 顔の上半分を隠す布により目は分からないが、頭頂部はすみれ色で毛先が鮮やかな緑色のまるで髪の毛だけで花を思わせる個体は、一体しか記録されていない。

 西大陸の蜘蛛の女王。全ての蜘蛛の魔物を従え、彼女の眷属を害した国を一晩で壊滅させた上でその周辺国すらも侵略した恐るべき支配者。



 猫が軽やかに鳴いた。可愛らしい鳴き声は、しかし直ぐに肌を焼くような熱風に掻き消される。

 全身が燃え盛る炎の毛であり、特に豊かな鬣とフサフサの尾は青白い炎となっている。

 近くにいるミラにはその熱が届いていないようだが、少し離れたところに立っているドレイルとユーフェはあまりの熱さに汗が止まらない。


「この姿は久しぶりだな。オレの名はレオとミラが名付けた。まあ、人間はオレを、なんだっけな。あーそうだ、フレイムと付けたんだったか」


 南大陸の火山地帯の中で生きる種族の中でももっとも強いとされた個体。マグマの中を悠然と歩き、否、温泉に浸かるような感覚で灼熱の中を微睡むインフェルノ・リオン種。その口から吐き出すのは業火。討伐されたことの無い伝説の個体。


「どうなってるんだ……ネームドばかりじゃないか……まさか、お前、は」

「十分な広さがある上、周囲には島はないようだな……海の中は知らぬ。久しぶりに見せてやろう、我の姿を」


 フェアリードラゴンに変じていたクロは、すい、と軽やかに宙を飛ぶ。随分と離れたところまで飛んだクロにドレイルとユーフェの心はザワついていたが、ミラだけは「久々にクロさん見れるの嬉しい」とフェルのフサフサの毛に埋もれながら見つめていた。


 体を押し潰すような圧。

 魔力が周囲から集められ、凝縮し、そして爆発したような勢いで拡散されると同時に現れたのは、人間などちっぽけだと感じさせるほどの巨躯。


「黒の王、デゼスポワール」

「ッ、ぁ……」


 ユーフェは血の気が引いた顔色になっている、その横でドレイルが反射的に戦闘の構えをしていた。こればかりは本能的な物でクロは気にも留めていない。寧ろ、そうあるべきだと笑った。


 アトラズカルどころか、世界の支配者とも言われるエンシェントドラゴンの一体。黒の王、それだけで通じる程の力を持つ黒竜。


「テイムとは、力でねじ伏せる事にあらず。我はミラを主としているが、ミラは支配など考えておらぬ」

「うん。だってクロさんはお友達だもん。特別な仲良しなんだよね」


 ミラは冒険者をしていたドレイルや荒くれた男達にも動じないユーフェですら緊張し、恐怖する黒竜を前に動じていない。


「ミラは、怖くないのか」

「え?クロさんたち?怖くないです。人間の方がよっぽど怖いです」


 幼い頃からずっと悪意の中で育ったミラは二人しか信用出来る人間がいなかった。親ですら敵にも等しかった。

 クロ達は皆、ミラに優しかった。嘘をつかなかった。黙っている事はあってもそれはミラのためで、ミラを大切にしてくれるから、ミラも彼等を信じていた。


「クロさんは嘘をつかない。怒らない。馬鹿にしない。優しいです」

「そう、か」


 人間が恐れる古龍を前に、古龍よりも人の方が怖いというミラがどうやって生きてきたのか。良くない育ちをしていたのだろう。

 水球の中にいた八本足がふわふわとミラノ周りを浮きながら回っている。


「ミラ、ボク海に入りたい」

「いいよ。あ、でも、あまり大きくなったらダメだよ?」

「うん。大丈夫!」

「あ、まて、この周りには水棲魔獣が」


 ミラの許可を得て海に向かう八本足のディスを止めようとドレイルが声を掛けるが、引き止めたのはクロだった。


「水棲魔獣如きがアレを害ぜはせぬ」

「いや、だが」

「見てみろ。分かるか」


 ちゃぷん、と水中に飛び込んだディスの落ちた場所に、それはゆっくりと現れた。


「渦……いや、ここはそんな海流じゃ」

「ま、マスター……渦、に、まつわる、存在が」


 身体を震わせ抱きしめながらへたりこみながらも視線を動かせないユーフェは、否定したいのに出来ないままその名を口にした。


「渦の魔物カリュブディス……」

「まさか……嘘、だろ」


 人はあらゆる場所に赴くようになったが、その中で海に関しては空よりも遥かに恐れられていた。

 カリュブディスは種ではない。単独でしか存在しない古龍と並ぶ恐ろしき存在。海の中で出会えば生きてはいられない、自然そのもの。


「ディスちゃん、湖で作ってくれた渦は小さくて楽しかったけど、海だと大きいね」

「ねー。僕、あの中に入ってぐるぐるしたら楽しいと思うの!」

「うーん、ディスちゃんの漁だから食べられちゃうんじゃないかなぁ?」

「そっかなー。残念ー」


 ほのぼのとした会話をするミラとフェルに、ドレイルは底知れぬ恐怖を抱いた。

 わずか十五歳の少女が『友達』と呼ぶのは一体だけで過剰戦力だと言うのに。それが五体もミラの傍にいるのだ。

 あまりにも危険だ。危険だというのに。


「我等はミラを害さない限りは手を出さぬ。魔物を間引けと言うならば、ミラが許せば手伝おう」


 クロの言葉はこちらを騙すようなものではなく、理性的であった。本能的な恐怖はあるものの、ミラの『友達』はこちらに敵意を向けてはいない。

 海面の渦は消え、少しして海中から水球が飛び出してきた。


「お腹いっぱーい!」

「おかえり、ディスちゃん。沢山食べたの?」

「うん。ここは魔物が沢山いたよ」

「全部食べちゃった?」

「子供は逃がしたよ。生態系が崩れるからね」


 ふよふよと浮かぶ八本足。

 気付いた時にはクロとレオはそれぞれ小さな姿に擬態していた。


「ミラの魔力は我等にとって好ましい。もしかしたら、今後も名付きが懐くかもしれぬな」

「花人族は移動が出来なかったから着いて来れませんでしたが、女王もミラを気にかけていましたものね」


 ころころと笑うウィラの言葉にドレイルは考えても無駄なのだと悟った。花人族は土地に根差す種族だが、女王は統括であり一体しかいない。何処にいるかも判明していない。

 代替わりをしていなければ、その女王も名付きである。


「あの、ギルドマスターさん」

「お、おう」

「私は、兄を探して旅をしています。お金が無いと旅が出来ないから、ちゃんと冒険者します。皆が人を傷付けることは、させないです。あ、もちろん、私が危なくなったら反撃はすると思うけど……だけど、ちゃんと、皆を止めるので、冒険者になってもいいですか?」


 ミラは村での生活の中でかなり人格が歪んでしまったけれど、自分を慕ってくれる魔物に対しては愛情を持っていたし、彼らがミラを守るならば、ミラもまた彼らを守ると決めていた。

 兄を探すのは目的の一つだ。どの道村が滅んだことは伝えなければならない。帰ったところで生活できる場所はないのだから。

 冒険者は国を越えることも出来る。クロの背に乗ってしまえば国境など関係ないけれど、無知なミラにそういった人間の規則を教えてくれたのはウィラだった。

 ミラは彼らにとって大切な子供だからこそ、人のルールの中で生きることも大事にさせたかった。村での生活があまりにも酷すぎたのもあって潰したけれど。

 魔物の本性として破壊衝動はある。しかし、そんなものは抑えられる。抑えられずに行動する者が下級の魔物だ。

 自我があり、抑制出来る彼等は人間から名前が付けられるほどの力を得て長く生きている。長い、長い生の中で見つけた小さく弱く、それでいて心地良い魔力を持つミラが死ぬまでは寄り添えるくらいに彼等は理性があった。

 ミラの懸命な言葉にドレイルは一瞬言葉が詰まるものの、彼女の周りにいる魔物達は静かに見守っていた。


「冒険者ギルドは基本的にどんな奴でも受け入れる。勿論指名手配されている犯罪者はダメだが、そうでなけりゃ誰でも、だ。勿論ミラもな」


 名付きとして討伐対象として記録されていても、それをテイムするテイマーが稀にいる。滅多にない事だし、基本的に名付きは高額懸賞がかけられている。

 だが、フェンリルは別にしても残りの四体は手を出さなければ、人間など相手にもしないような高位の魔物として記録されている。

 被害が大きくなりすぎるから、手出し無用の名付き。


 ドレイルとユーフェは神誓契約により彼らの正体を誰にも明かすことは出来ない。全てはミラを守る為なのだろう。

 ミラは人間を怖いと思っている。それでも、ドレイルに対して誠実さを見せている。

 ならば、ドレイルがするのは一つだ。


「冒険者ギルドへようこそ、ミラ。今日からお前も初心者冒険者だ」

「ありがとうございます!」

「ユーフェ。ミラの担当は専属でお前がしろ。ミラ。冒険者はどこにでも自由に移動していいが、お前はまだまだ知らない事があるだろ。だから、最低でも二年はナドラで活動しろ。俺とユーフェで色々教えてやるから」

「あの……いいんですか?」

「ミラさん。貴方は村から出たばかりで国のこともあまり知らないんじゃないかしら?」


 クロがフェアリードラゴンに擬態して圧がなくなり、フェルとウィラ以外も小さくなったからか、気持ちを立て直したユーフェが腰をかがめて視線を合わせながら問い掛ける。

 ミラはどちらかと言うと小柄で、いつでも人から見下ろされていた。こうして目を合わせてくれる年上の人はほとんどいなかった。

 人間は好きじゃない。

 しかし、村の人だけが世界の全てでは無いことも知っている。

 門番の兵士も、冒険者ギルドまで案内してくれたラトも、クロたちの本来の姿を見て、それでも殺せとは言わなかったドレイルやユーフェも、ミラを傷つけるような事は言わないでくれている。


「何も、知らないです」

「お兄さんを探すなら、国の事を知っておくのも大事だし、ルールもあるわ。二年あれば学べるわ。それに、隠しておくのは誠実ではないから伝えておくわね。名付きの魔物をミラさんが本当に制御出来るのか、見定めたいの」


 ユーフェの言葉にミラは頷いた。ミラにとって彼等は友達でも、他の人達にとってはとても恐ろしい存在なのだ。クロ達も分かっているから黙っている。

 隠さないでくれた言葉に、ミラはユーフェへの不信を減らした。きちんと話してくれる。傷付けるためではなく、傷付けないために、ミラに教えてくれる人なのだろう。


「大丈夫です。お願いします」


 頭を下げたミラの後ろでウィラがミラの肩を抱きながら同じように頭を下げていた。

 クイーンの二つ名を抱く特殊個体のアラクネが、まるで人の親のようにミラの為に頭を下げる光景。



 その日、ミラは冒険者ギルドに登録をし、最下級クラスではあるがテイマーとして冒険者証となるタグを手に入れた。

評価ポイント押していただけると励みになります★


ミラの連れている魔物の紹介の話です。

ここからはのんびり冒険者として依頼消化していきます。

兄との再会までどれくらいになるか……

兄の話を差し込むべきか悩んでいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
連載嬉しいです! お兄さんの小話もちょこちょこ入れてもらえると嬉しいですw その頃兄は…みたいな。 あ、でもこの時点でもう奴隷というかペットになってるんでしたっけ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ