☆ 贈呈物は大きく豪華に
門番に聞いたまま、石壁内の荒れた道を進んだ一行が辿り着いた邸は、大きな石造りの建物だった。
ぐるりと塀が巡らされ、綺麗な花壇が周囲を彩っている。
遠くに離れ邸らしいものやガゼボも見え、なかなかの作りであった。
「これはこれは。皆様ようこそいらっしゃいました」
けれど、そこから出てきたのは執事風の男性だった。
領主には見えないその姿に、馬車から降りたラクアスは不思議な顔をした。
「…?お前が領主代行か?」
「いえ、私はお出迎えを命令されただけでございます。難しいお話は後にして、まずは中でお寛ぎください」
促されて、数人の使用人の間をラクアスは進む。
その後ろを、異常に気付いて走り寄ったメイドに支えられながら、ハルミナがふらふらと付いていった。
騎士達も立派な厩へ案内されて馬を預けたのち、その後屋敷内のホールへとメイドに柔らかに促されていった。
食事の時間には早いものの、旅の疲れが有るでしょうと、全員に紅茶や軽食が十分に用意され、騎士たちも有難く手を伸ばした。
ラクアスとハルミナは応接室に通され、同じような接待を受けた後、滞在する部屋へと案内されていった。
「殿下と聖女様にはこちらのお部屋をご用意いたしました。中は全てご自由にお使い下さいませ」
メイドに案内された部屋は、落ち着いたインテリアで装飾されていた。
開け放たれたクローゼットには沢山の衣類やドレス、靴や装飾品が目いっぱいに詰め込まれている。
バラ模様の縁取りのある鏡がはめ込まれた化粧台には、美しい瓶に詰められた化粧品や、装飾されたブラシ類、香水瓶が並んでいる。
毛足の長い大きなラグの上には、上品なソファーとテーブルが設えられ、美しい花が飾られていた。
奥に備えられたベッド横には、ベッドと揃いのサイドテーブルと可愛らしいランプが置かれているのが見える。
そして、窓際の隅には、たくさんのプレゼントらしき箱がうず高く積み上げられていた。
「何と贅沢な持て成しだな」
メイドが下がって行くや否や、ラクアスは無造作にプレゼントの箱に手を伸ばした。
そしてそこに添えられたカードを見て驚く。
「え……父上や、兄上からのプレゼントじゃないか!結婚の祝いをこんな風に用意してくれてるとは思わなかったな!」
式を挙げてすぐ出発したのだ。こんなサプライズを仕掛けるためだったとしたら、あの慌ただしさも許せるな、とラクアスは笑った。
そんなラクアスを冷めた目で見ながら、ハルミナは呆れていた。今はそんなものはどうでも良かったからだ。
奥の部屋へ向かい、目の前のベッドにふらふらと近寄ると、そのままうつ伏せるように倒れ込んだ。
贈り物に夢中なラクアスは、気にも留めていない。
そんな彼を、自分も気にしていない。
…お似合いじゃない…
投げるような思考はすぐに消えた。ベッドの柔らかさと安心感に息を一つ吐くと、直ぐに襲ってきた睡魔に、そのまま身を任せた。
「…剣…と、軽い鎧?ああでも良い細工だな。この輝きは見栄えがしそうだ。この兜も中々…お、このブーツも良い色じゃないか」
ラクアスは一人、ニマニマしながらそれらをテーブルに並べていく。
軽い鎧だが頑丈そうであった。ブーツは中に金属板が仕込んであるようで、少しの攻撃なら怪我もしなさそうである。兜も見た目より軽く、装飾を付けるらしい飾り仕掛けまで付いている。
「さすがに、父上たちが選んだ品だな」
これを身にまとって騎士団の最前列で勇敢に指揮を執る自分が見えるようだ。
その想像にへらりとほくそ笑むと、次にラクアスは剣に手を伸ばした。鞘の意匠は、赤い地の色に金線が複雑に絡み合う模様を浮かせた、豪華な作りになっていた。鎧がこんなに立派なら、剣も同じようなグレードでなければおかしいなどと勝手なことを考えながら、ゆっくりと鞘から抜き放つ。
柄には鞘と同じ意匠が施されていた。その上で柄に太い金線と宝石が嵌め込まれた豪奢な設えである。ともすれば儀式剣に見えなくもないそれであったが、抜き放った刃は鋭い輝きを閃かせて、間違いなく実戦用だと教えている。
立って構えると、長さも重さも自分にピッタリであった。間違いなく自分に用意されたものだと確信して、その刃に視線を走らせた。
そこにはっきりと写り込む自分。ラクアスは酔ったように笑いかけていた。
「…ん?」
剣を大切に収め、鎧を纏ってみようかと思った時だった。部屋の隅の方に小さい箱がまだ転がっているのに気付いた。大きさから見て、兜の飾り金具だろうか。どんな装飾が入っているのだろうかと、急いで手を伸ばす。
鳥の羽の意匠とかも勇ましくてどうだろうかと思いつつ、もどかしくリボンを解き蓋を外すと、品物の上に置かれた一枚のしっかりしたカードが目に入った。
「…父上…二つも用意してくれたのか?」
書かれた文字と印章は皇帝の物で間違いなかった。
ラクアスは自分が可愛がられているのをよく知っていたため、特別に用意された結婚祝いかと目を通す。
しかし、そこに書かれていたのは、予想外の言葉だった。
結婚の祝いに、帝国領の一つを預ける
お前たちの才覚で発展させてみよ
以降、この土地で帝国の盾として勤めよ
誓約を成した事、忘れるで無い
「え」
一瞬固まった後、ラクアスは我に返った。
次に思ったのは、帝都には戻れないことだった。
「………嘘だ、そんな」
誓約書に手を置いたあの時が思い出された。
罠だったのか。あれは嵌められたのか。
まさかまさかこんな命令が下されるなんて。それに嫌でも従わなければならないなんて。
「何で何で何で」
カードを投げ捨て、新たなカードを求めてラクアスは箱の中身に手を伸ばした。
しかしそれらしきものは無く、何枚もの薄紙に大切に包まれた品物だけが残されている。
壊れ物であろうという考えなど無いまま、包み紙を乱暴に跳ねのけた…中から現れたそれは。
「 ? ! う、うわああああああああっ!!!!!」
それが何か気が付いた途端、箱ごと床へ投げ捨てた。
重い音を立てて跳ねる、見覚えのあるそれは…
「ど、どうなさったの?」
ただならない大声に覚醒させられ、びくりと跳ねるように顔を上げたハルミナの前には、青白い顔をしたラクアスが立っていた。
人形のように立ち尽くすその視線の先には、小さな箱と中身が転がっている。
「何…ですの?」
ラクアスの視線を追って、ハルミナも転がった中身を見遣る。
その目が…異様に見開いた。
「……?…… え? あ? ……い、いやああああっ!!!いやああああっ!!!嘘よ!うそよおおおおおおっっ!!!!」
ベッドの上を後ずさりながらも、視線はそこから外せなかった。
乾いた血と髪がこびりついたエメラルドの…見覚えのあるネックレスからは。
「い、今更、何だ!こんな事が!」
近侍達の後始末を信じていたラクアスは、怒りと共に部屋を飛び出した。
それにつられる様にハルミナも走り出した。
「誰か!誰か居ないか!」
さっきまでいたはずのメイドの姿がない。大概近くに控えて居る事になっているのに、だ。
広く磨かれた廊下は人が居たことの証明でもあろうに、しんと静まり返って人の気配が全く無い。
後ろから付いてくるハルミナは、『嘘よ…嘘よ…』とだけ繰り返している。
広い邸を闇雲に走り回るが、誰とも顔を合わせない。
やがて、やっと人の気配を感じて飛び込んだのは、騎士たちの持て成しに使われていたホールであった。
「き、貴様たち何をしている!」
騎士達の姿を確認し、ラクアスは大声を上げた。
呼んだにもかかわらず、反応が無かったことが許せない。
しかし、苛立っていると分かるラクアスがその姿を見せて叫んでも、彼らはただ顔を上げただけだった。
不安げに座り込むか、うろうろと歩くか、何事かを相談している体から動かない。
「指揮官のトリーゼンはどうしたぁ!」
激昂するラクアスに、近くに居た騎士がおずおずと答えた。
「し、指揮官殿は遅れた文官たちと共にこちらへ向かっております」
「副指揮官のメルッカは?」
「指揮官をお迎えに…」
ラクアスがそこまで声を荒げても、騎士たちの態度は変わらなかった。ざわざわと落ち着かないまま、歩き回り、個人的な話を続けている。
苛立ちながら室内を見回したラクアスは、テーブルの一つに広がっている何枚かの書類に気付いた。急いで隠そうとした騎士を引っ叩き、無理矢理に手に入れる。
それは、皇太子の兄の名が記された書類であった。
騎士団での不正と、それに関わった者たちが列記されている。
何年にも渡って騎士団員を不正に陥れ、殺害し、金銭をせしめていた十数件に及ぶ事実。
恐ろしく詳細に調べ上げられ、言い逃れ出来ない証拠がいくつも並べられ、関わってきた人間の相関図まで添付されている。
そして、帝都に帰還することを禁じていた。
罰しないその代わりの任務として、第三皇子が新たにここの直轄領領主となるため、このまま全員領兵として働けと言う命令書であった。
命令に逆らえば極刑に処すとあり、言い訳も逃げ出す事も出来ない現実に、騎士たちは浮き足立っているのだと理解した。
「…誰がこれを?」
「私が門の前で、指揮官のトリーゼン様よりお預かりしました。副指揮官のメルッカ様に必ずお渡しするようにと」
さえない騎士が進み出て頭を下げた。
ラクアスの苛立ちがますます大きくなる。
「……一体何だって言うんだ。何が起こっている?!」




