☆ 綱渡りな計画
辺境伯に真実を伝えに行った後、クルニは落ち着かない日々を送っていた。
今日もどうにも自室に居辛くて、街のカフェで紅茶を飲んでいる。
学園に在籍している間という契約から、もう少ししたら男爵邸を出なければならない。
予定では城の中にある使用人部屋に入る事になっているのだが、入ってしまったら自由が利かなくなることが解っているので、ぐずぐずしているのだ。
男爵も今回の出来事を知っている事と、今年男爵にお世話になる生徒が居なかったため、うるさく言われないのは有難い事であったが。
「…とは言え、いつまでも居る訳にはいかないし……」
リオリーヌ様が無事で良かったものの、今度は自分の将来が見えなくなってしまったのだ。
王城で働いて、いつか辺境からやってくる後輩のために道を作っておくというのが、これからの目標であったのに、その辺境領を纏めていた方がそこから居なくなってしまうとは。
けれど、内戦を避けた領主様は本当にすごいと思う。
考えが足らない皇子のせいで起こされる戦争なんかまっぴらごめんだ。孤児が増えてしまわなかっただけでも良かったと思う。
「だけどねえ…」
自分の為だけに生きて行けばいいと頭では分かっている。
けれど、リオリーヌ様から頂いた力を、次に進めなければ申し訳ないと思うのも事実なのだ。
ふと顔を上げて窓の外の景色を眺めた。
道を挟んだ向かい側にある花屋が目に入る。
段々暖かくなってきた事もあって、温室で育てられた高い花に交じって、見慣れた季節特有の花々が数を増し始めて目にも鮮やかだ。
小さな花束でも買って行こうかと思ったとき、その花屋の前で足を止めた人物に気付いた。
「あ」
小さな呟きを上げながら、クルニは急いで支払いを済ませて、その人物に駆け寄っていた。
「コナリ商会のご主人!」
不意に背中から声を掛けられて、コナリは慌てて振り向いた。
そこには顔は知っているけれども、そんなに親しいわけでも無い女性が立っている。
ただ、妻のタルカの同郷という事と、今回の騒動に逸早く気づいた人物だとは聞いていた。
「こんにちは。えと、クルニさん、だったっけ」
「はい!あの、あの、…ちょっと!」
袖を引かれるまま狭い路地に引き込まれる。
話の内容を察して、コナリは声を潜めた。
「…大丈夫。ご令嬢はきちんと保護したよ。手紙、届いてないかい?」
「いえ、ちゃんとお届けして確認しました。でも、心配で」
「……だよなあ…実は俺もそう思ってさ」
コナリは花屋を覘いていた理由をクルニに伝えた。
自分から辺境伯に、ご令嬢の無事と保護した経緯を、説明した方が良いのではないかと思った事を。
「まあ何というか、下心があると思われるかもなあって、ビビってたとこでさ」
コナリにとっては、妻が持ち込んできた事故のような出来事だ。それを自分の手柄にして、変な恩を売り付けるような真似をしたくなかったのだ。
そういう所が商人としてイマイチなのだろうと解ってはいるが、弱みや悲しみに付け込んだところで、長く続く気がしない。何より自分が嫌だと思うのだ。
「では、私と一緒に行きませんか?」
「え?」
「そうしましょう。私がそれを伺いたいのです。それなら良いでしょう?」
沈みの森へ置き去りにされる令嬢へ、捨てていく騎士からのたった一つの贈り物は、
【白い花を辿って、奥へ向かって下さい】
と書かれた小さな紙片だけだと聞いている。
恐慌に陥る事無く、そこに書かれている言葉通りに来てくれと、コナリとタルカは白い花の道でただ祈っていた。
朝の狼煙代わりの煙は確認した。あの場所で火を焚く者などいないから、それは確実な合図だった。その後、たんぽぽの群生地までは必ず連れ出すとの約束で……ならば待っているここまでは、指示に従ってくれればほぼ一本道だ。
「…見に行くか?」
「行く」
妻の返事と共に白い花の上を走る。
程なく、うねった木々の向こうに、森の緑では無い緑色が揺れたのが見えた。
「リオ様!」
たまらずタルカが叫ぶ。
一瞬、立ち止まった緑色は、こちらを確認すると足早に近付いてきた。
「ご無事ですか?お怪我は?」
「え、と、」
駆け寄るタルカが分からないらしい令嬢は、戸惑いを隠せないまま足を止めた。
「ご無沙汰しております、タルカです!コンネル領の孤児院でお世話になったタルカです!」
跪いて手を握る姿に、令嬢の顔がぱっと輝いた。
「タルカ?本当に?ああ、どうしてこんな、場所に…夢かしら……」
気が抜けたのかふらつく身体を、タルカが必死で支える。
「初めまして、リオリーヌ様。タルカの夫のコナリと申します。緊急事態故、お許しを」
有無を言わせず抱きかかえて走り出す。
脱げた靴をタルカがすかさず拾い上げて、急いで馬車へと向かった。
今回のために、小さいながらも幌付きの馬車と、馬を二頭用意してきた。
その中へぐったりしたご令嬢を乗せると、同様に乗り込んだタルカが急いで幌を下ろした。
「リオ様、もう少しだけ頑張って、ドレスも下着も全部脱いで着替えて下さい。それと、髪を切らせて頂きます。お叱りは後で如何様にも」
普段聞かない固い妻の声を外で聞きながら、コナリは馬の用意をして待つ。
やがて幌から、髪の毛と衣類、アクセサリーと靴を詰め込んだ麻袋が渡される。それと共に、別に用意した古い旅行鞄と血の入った革袋を一緒に持ち、馬に跨るとたんぽぽの群生地へ馬を向けた。
「じゃ、予定通り私たちは先に行ってる」
幌馬車の御者席に座ったタルカが手を振った。
向かうのは商隊が休憩や野営に利用する広場だ。そこには神殿が魔法石を設置くれており、安心して居る事ができるようになっている。
最近、ここの街道を利用した商人の話は聞いていないため、かち合う事は無いと思われた。
今は魔獣より、そっちの方が怖い。
「ああ、待っててくれ」
それに後ろ手に手を振り、コナリは馬を走らせた。
群生地を通り過ぎ、自分がこれから使う道から離れる。
正規に使われている街道に近い場所まで行くと、まずは持ってきた古い旅行鞄を投げ捨てた。
口を開けたままで投げた鞄から、細かい持ち物が大きくばらまかれていく。
次に森の境界から少し入った場所……ご令嬢を捨てそうな場所を選んで、衣類とアクセサリーをばらまいていく。
その上から革袋の血をぶちまけて、後は森の住人に任せることにした。
「…これぐらいかな」
とりあえずの辻褄を合わせて、コナリは花の道まで必死で戻った。
そこから待ち合わせ場所までは何事も無く、二人と無事に合流を果たしていた。
そして、予め貰っていた薬玉を使いつつ、二日掛けてゼント国へ辿り着いたのだ。




