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☆ 納得、できない


 神殿内から出られないハルミナは、あれ以来、自室と奥祭壇を行き来するだけの生活を送っていた。

 何としてもリオリーヌが無事に見つかって欲しいと、見つかりますようにと、恐怖と罪悪感を背中に張り付かせたまま祈る日々の繰り返しであった。

 祈りながらも、高揚していた自分に対する怒りと、甘言に容易く乗った蔑み。ラクアスの考えの無さへの呆れと、それを煽った近侍候補らへの苛立ちと……そんなものがぐるぐると頭の中を駆け巡って苦しい。そして、それから救われるためには、リオリーヌの存在が必要なのだという考えに戻ってくる。

 女神像に跪いてはいるものの、それが祈りなのか何なのか、ハルミナ自身もう分からなくなっていた。

 気が付いた時にはそれが義務のようになっていて、そして他にすることが無くなっても居たのだ。


 そして、リオリーヌが見つかったとも、死体が発見されたとも、何一つ連絡は無い。


 不安は募ったが、生き延びていて欲しいと祈る事しか出来ない。

 誰かに助けられて、ひょっこり現れて欲しいと、自分勝手な事ばかり考えてしまう。


 その中でも、何よりもハルミナは戦争が怖かった。


 使い潰されるというその言葉は、嘘では無いと感じたからだ。

 令嬢が生きて出て来てくれなければ、この国が戦場になる。

 そうなれば、負傷した兵士や騎士や巻き込まれた街の人たちを、数えきれないくらい治療しなければならないだろうと予想できたからだ。

 そして今、それが真実のように、治療に関する修行を詰め込まれていた。浄化は以前教えられたときに直ぐに発動していたものの、そこからが全く進まない。


 この世界で聖女の位置的なものがどこにあるのか、把握しきらないままの修行は、掴み所が無かった。怪我を癒し、浄化をし、魔獣とかいうものを遠ざけたり出来るらしいと聞くばかりで、それも個人差があるとかで、自分自身の事なのに全く分からない。

 一般常識を覚え、神殿と聖女のお役目とやらを覚え始めたばかりなのに、いきなり難しい事を教え込まれている状況なのである。例えるなら、足し算を習い掛けた所で、因数分解をやれと言われている様なものだろうか。


 ハルミナにとってこの一ヶ月は、努力しても頑張っても必死に祈りを捧げても、何も変化が無い苦しいだけの時間であった。気持ちが前にも後にも進めないままの、押しつぶされたような時間だった。

 動き出したらきっときつい処罰を受けるのだろうと思うと、それもまた怖くはあったのだが、このままでは、さすがに自分がおかしくなってしまうと思い始めた頃。


 大神官グロッザより、いきなりラクアス殿下との婚姻決定を知らされた。


 神殿の中から出られず、会話のできる人間が傍に居なかったハルミナに、周囲の動きを知る事が出来るはずもなかった。

 傍から見ている限りは、国の皇子と聖女の婚姻である。確かに大きな出来事であるし、国中に報せを行き渡らせる必要が有ったと分かる。


 しかしその当事者であるハルミナは、その話を今、初めて聞かされたのだ。


 自分とラクアスの婚姻が決定し、あと数か月の内に結婚式が執り行われると。

 それが二十日も前に決定していて、大きく発布された後だという事を。


「何を驚くのですか?婚約者でしょう?結婚したかったのでしょう?…これであなたの嫌いな戦争も回避されました。良かったではないですか」


 口元だけ笑いながらそう言われても、ハルミナが素直に喜べるはずなど無かった。


「お、おかしい、です。そんなの」


 どう言ったら良いのか迷いつつ口にする。

 それを耳にした大神官グロッザは、一瞬大きく笑った。


「あー。なるほど。‥‥そう思うだけの頭はお持ちでしたか。それは何より」


 嘲られたことにムッとすることも無く、ハルミナは疲れ切った頭を必死で動かした。


「だって、何の解決も……解決にもなってないじゃないですか……」

「あなたの都合など、何の関係もありませんよ。何せ、皇帝のご命令ですからな。こちらとしても…実に、実に喜ばしいお申し出でしたから」

「…喜ばしい?」


 何が、何処がと、疲れた頭で考えても、答えは見つからない。

 ハルミナの浮かべた疑問と不安に、グロッザは教え込むように言葉を発した。


「あなたは聖女で、国の敵を排除し、皇子と真実の愛で結ばれた女性なのですよ。あの出来事は新聞が大きく報道し、世間はみなそれを信じています。そんな素晴らしい女性を、今更罰する事など出来るはずが無い」


 それはラクアス殿下も同じなのだとハルミナは気付いた。


 罰することが出来ない。ならば、世間が望む結末を取らせて事の終息を計った方が良いという判断だろう。そもそも自分たちが書いたシナリオでもあるのだ。今更文句を言える筈も無かった。


 真実がどんなに自分勝手で、罪なく追いやられた人が実際に存在しても、誰も何も気にしない。


「あ……」


 それはまさに、ハルミナが以前望んだ『乙女ゲーム』のラストそのものであった。


 頭の中に去来したのは、美しいカラースチルで楽し気に微笑む二人。

 そして、モノクロに世界に沈む、たった一人の女性の背中。


 優しくない。平和でもない。綺麗じゃない。素敵でもない。

 本当に幸せ?心から嬉しい?どうして笑えるの?知らぬふりして平気?


 その罪は、その罰は…きちんと見合ったもの、だった?




 その笑顔が気持ち悪いその意識が気持ち悪いその感情が気持ち悪い…………




 あれだけ憧れたスチルの二人に、今は悪感情しか湧いてこなくなっている。

 口を強くおさえて、ハルミナは蹲った。


 少なくとも、自分が相対している出来事は、自分の傲慢さの上に成り立っている事を理解しているだけに。


「……え、でも………待って…」


 そんな馬鹿なと気付いた。


 あの令嬢は愛されていたのだ。きちんと家族が居るのだ。

 その後始末を蔑ろにしたまま、こんな話が実行されるはずが無い。


 でも戦争は回避されたという。

 

 なのに安否は知らされていない。大神官も何も言わない。

 無事だったなら、何らかの知らせをくれるはずだ。


 恐る恐る視線を上げて、大神官の顔を見る。

 それがいつもの、神殿に訪れる人々を見守る表情と変わらなくて、逆に怖く感じた。

 

「あの、御令嬢…は」


 その問いに、大神官は微かに笑みさえ浮かべてさらりと答えた。


「ああ、伝え忘れておりました。…見つかったそうです」

「…そう、ですか……それは…」


 ほーっ…と、息が肺から吐き出される。

 背中からがっくりと力が抜けたのは、余程緊張していたらしい。

 もっと早く知らせて欲しかったと愚痴りたくもなったが、恐らく罰めいた思惑が有ったのだろうと思い、黙っていた。


 戦争の可能性が無くなった。それだけでいい。


「婚儀は決定していますから、逃げないでくださいね」


 遠ざかりながら言い置く声に、ハルミナは返事もしなかった。

 どうせ逃げられない。逃げる場所も無い。

 結婚したなら、ここから出て城かどこか別の場所に行くことになるだろう。その時まで待つしかないと考える。


「ええ、待つわ……待つしか、無いもの」


 しかしその声はひどく頼りなく、未来の見えなさにハルミナはがくりと頭を落とした。







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