エピローグ
「うん、めちゃくちゃ面白くなった! キャラに魅力でたし、漫画のファンタジーな部分とリアリティのある部分がすごいちょうどいい感じ!」
この数日間、寝る間も惜しんで描きあげた漫画。妹が俺の漫画を読んで初めて「面白い」と認めてくれたことが嬉しくて、目頭が熱くなった。
「ほんとか?」
「うん! これなら絶対賞取れると思うよ!」
編集さんモードになっている妹に賞まで取れると言われたら、期待せざるを追えない。まじで賞取れるかも。しかもそれが連載になって、単行本も売れてアニメ化して……と俺が妄想を膨らませていると
「お兄ちゃん色々がんばったもんね! あれから、学校どう?」
と聞いてきた。もちろん妹にはあの日の詳細を話していたが、それからのことは俺が漫画に集中していたこともあって話せていなかった。
「うーん、正直クラスの雰囲気はまだちょっとギクシャクした感じだな」
「……そうなの」
不安そうな顔になる妹。やっぱり優しい。
「ただ、意外なことにあれから高石さんが白波さんにめちゃくちゃ懐いてるんだ」
「え、そうなの?」
「ああ」
クラスで孤立しかけた高石さんだったが、白波さんの助け船に乗っかった形で最近はそのまま白波さんにべったりくっついている。最初はそういうポーズに見えたが、というか本当にポーズだったんだろうけど、最近は、本当に高石さんは白波さんのことを好きになっていってるんじゃないかと思っている。
裏表のある高石さんとなんでもはっきり言う白波さん。全く違う性格だからこそ、最初は反発しててもお互いを知ることで惹かれるものがあったんじゃないかと思う。ただ寅野さんはまだ高石さんのことを疑っているようだけど。
白波さんとはあれからも相変わらずお互いの描いた漫画を見せあったり、絵の練習を続けている。
「あ、そういえば白波さん、この前初めて漫画の持ち込みしたらしい」
「そうなんだ! 白波さんの漫画面白いもんね! どうだったの?」
「結構褒められて担当さんが付いたって言ってたぞ。ただ、やっぱり絵の練習はもう少し必要だって言われたって言ってたな」
「えー! すごいね! 白波さんなら絶対すぐうまくなると思う!」
それは本当にそうだろう。俺も追い抜かされないように頑張らないとな。
「あー、そういえばひとつちょっと気になることもある」
「なになに?」
「……高石さんって俺のことやっぱり好きなのかな?」
「え!? まだお兄ちゃんまだそんなこと言ってるの!? 高石さんの本性分かったんじゃなの?」
「いや、ちょっと待ってくれ! そう思ったのには訳があるんだ!」
「訳って? どうせお兄ちゃんの勘違いだと思うけど……」
「勘違いじゃないって! 学校でやたら『今度一緒にデートしよー』とか『二人で一緒に帰ろー』とか言ってくるんだよ! しかも、絶対白波さんの前で! なんかニヤニヤしながら!」
「……ニヤニヤしながら? それでお兄ちゃんデートしたり一緒に帰ったりしてるの?」
「してない。白波さんがその時めちゃくちゃ止めてくるから」
俺がそう言うと妹は突然ニヤニヤ顔になった。その顔! 高石さんと同じニヤニヤ顔! そういえば木下もサウナ一緒に行った時こんな顔してたな。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。高石さんと白波さん、仲いいんでしょ? ただひとつだけ言えるのは、高石さんは別にお兄ちゃんのこと好きじゃないってこと」
「え、そうなのか? じゃあ、またなんか悪巧みしてるとか?」
「悪巧みっていうか悪戯心?」
「おい、なんか分かってるなら教えてくれよ!」
「うーん、お兄ちゃんにはまだ早いかもね……。せめてコミュニケーションレベルが幼稚園児から、小学生……いや、中学生レベルにならならいとわからないと思う」
そんなんまだまだ先じゃねえか。下手したらあと6年ぐらいは謎のままってことか?
まあ、妹が大丈夫っていうなら、高石さんがまた悪巧みしてるってことはないんだろうが……。
「ふふ、お兄ちゃんの学校生活が楽しそうでよかった」
妹が目を細めて微笑む。こういう顔をする時、妹は本当に天使っぽい。後光が見える。
「そうだな……学校で友達もできたし、人間も描けるようになって漫画もうまいこといってるし。自殺する前はこんなに人生が楽しくなるなんて考えられなかったよ。これも全部脳のバグのおかげだな」
俺がそういうと、さっきまで優しく微笑んでいた妹の顔がなぜか曇った。
「……」
「……どうした?」
「あのね、ずっと考えてたんだけど……」
「うん?」
妹は少し言いにくそうに、だけど意を決した様子で口を開く。
「お兄ちゃん、やっぱり病院に行った方がいいんじゃないかな?」
「え!?」
「あたし、色々調べたんだ。頭を強く打った時って、すぐに症状は出なくても何日か経った後に重症化することもあるって。確かに今の状態はお兄ちゃんにとって良いことかもしれないけど……、もしそれが原因で急に死んじゃったらって。そう思うと最近不安で眠れなくなるの」
「由香……」
「そんなことになったら、あたし一生後悔すると思う。あの時無理矢理にも病院に連れていくべきだったって。ただ、今の状態ってお兄ちゃんにとってはすごく良いことでしょ? だから、どうすればいいかわかんなくて」
妹の声が震えている。目には涙が滲んでいた。知らぬ間に俺のことでここまで妹が追い詰められていたとは。
「大丈夫だ」
「え?」
「もう俺は、絵が嫌いだからって漫画を読まなかった時の俺とは違う」
「……お兄ちゃん」
「もし脳のバグが元の状態に戻ったとしても、以前の自分には戻らないって由香に誓う。今の俺にとったら、命の恩人をそこまで苦しめてる方が辛い」
「じゃあ」
「ああ、病院に行こう」
妹は心底ほっとしたような顔で微笑んだ。やっぱり泣き顔よりそういう顔の方が全然可愛いな。
――数日後、病院にて。
「全く何の問題もありません」
医者のその宣言に、俺と妹は顔を見合わせた。
「え、でも実際なんか周りが美男美女ばっかりに見えてるんですが」
そうだよ、つまりそれって俺の脳に異常が起きてるっていう証拠なんじゃないか?
「はい、以前もそうおっしゃられていましたので、それも含めて調べて見ました。こちらをご覧ください」
医者が俺のMRIで撮影された画像を細い棒みたいなやつで指しながら説明し始めた。
「ここに少し違和感があるのがわかりますか?」
目を凝らして見る。全然分からない。妹も同じように見ているが、よく分かっていない様子だった。
俺たちが黙っていると医者は続けた。
「かなり昔の古傷ですので、わかりにくいかもしれません。恐らく泉さんは、すごく幼い時……おそらく2、3歳の時に頭を強くぶつけています」
「え!?」
「その時に脳に障害が起き、人が醜く見えるようになってしまった。ですが、先日頭をぶつけたという一件で荒療治のような形で元の正常な状態に戻った……。もう調べようがありませんので、これはただの仮説ですが。とにかく、今の泉さんの脳は正常ですよ」
もう一度俺と妹は顔を見合わせた。
「じゃあ……」
「もう帰ってもらって大丈夫ですよ」
少しめんどくさそうに医者が言った。後に患者がつっかえてるらしい。
半ば追い出される形で、俺と妹は診察室から出た。その辺りでやっと、状況を理解する。
「お兄ちゃん……」
「由香……」
手を取り合って喜びを分かち合う。よく考えればおかしかった。自然も動物も美しいと感じる俺がなぜ人間だけは醜いと思っていたのか。前の状態がまさしく脳のバグ状態だったんだ!
「……そ、そう言えば今思い出したけど、お母さんが昔、お兄ちゃんが小さい頃階段から転がり落ちたって言ってたの聞いたことある! 一瞬で泣き止んだから病院には連れて行かなかったとか言ってた」
お、おい、美魔女! 泣かなかったとしても病院連れてけよ! まあ、美人だから許すけど。
というか、こんなに美男美女ばっかりな世界が正しい世界だったってことかよ……。あ、そういえば、初めて白波さんの絵を描いた時、白波さんが一瞬で自分の絵だって気づいたのって、俺が正しい世界を描いてたからってことか? あの時の絵は写実的なものだったし。ま、まじか。真相に繋がるヒントはあの時からあったんだな。もうちょっとちゃんと考えとけばよかった。
と、とにかく! 俺と妹の不安は一気に解決した。勇気を出して病院に来てよかった。
「本当に良かった。これで何の不安もなく、お兄ちゃんに課題出せるよ」
「え? 課題……? もう終わったんじゃなかったのか?」
「そんなわけないじゃん! この前は言わなかったけど、お兄ちゃんキャラはすごくよくなったもののストーリーはまだまだだもん! あれじゃあ賞は取れても連載は取れないよ!」
妹がまた編集者さんモードになった。あの時、褒めるだけに留めてくれていたのは俺のモチベーションを保つためだったのか……。漫画を描きあげてすぐにダメな点を指摘されたら、確かにちょっと悲しい気持ちになりそうだもんな。さすが敏腕編集者だ。
「それにコミュニケーションだって成長の余地ありだしね!」
「うっ、それはそうだな」
「お兄ちゃんの人生はまだまだ始まったばっかりだよ!」
なんか打ち切りでよく聞くような不穏なセリフが頭によぎる。だが、よく考えると現実では、そこまでネガティブなセリフでもないのかもしれない。
実際俺の人生はまだまだ続くわけだし、むしろ始まったばかりって希望に満ちた言葉だ。じゃあいっちょあの名セリフで終わらすか!
――俺たちの冒険は、ここからだ!




