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第10話 ビューティフルタイガー寅野さん

 白波さん曰く、とりあえず一週間は何もせずにいてほしいとのことだったので、その言葉通りこの一週間俺は今までと変わらない学校生活を過ごした。休み時間が来るたび、絵の練習。絵に集中していれば、女子たちの陰口も聞こえないしな。


 あ、でも少しだけ変わったこともある。前までは完全にぼっちだった学校生活だが、白波さんがちょいちょい話しかけてくれるようになった。内容は、英語の先生の話し方はすごく眠気を誘うだとか、売店に売ってる期間限定のパンがうまいだとか、本当に取るに足らないことだ。


 それでも、陰口を言われている中で、そうやって話しかけてくれる人がいるっていうのは本当に救われる。それに、妖精的な美しさを持つ白波さんは見ているだけで創作意欲が湧くので、俺にとってはかなり有難い存在だ。創作意欲が高まってるおかげで、絵の練習が捗った俺は先週の土日からついにネームを描き始めた。


 ネームというのは、簡単に言うと漫画の下描きみたいなもんで、それを読めばだいたいのあらすじは分かる。下描きなので絵は別に適当に描いてもいいんだが、俺は結構丁寧に描くタイプだ。


 ただ、これが結構難しい。何しろ俺は人間を登場させる漫画を描くのは初めてだ。普通、漫画というのはほとんどの場合、人間が登場するもんだから、俺はほとんど初めてネームを描くといっても過言じゃない。


 悩んだ俺は、とにかく王道の少年漫画を描くことにした。少年たちの努力・友情、そしてバトル! きっとそういうのは男の子なら誰だって好きなはずだ。

 ただ、学校だとあらすじを考えるのに集中できないので、基本的にネームを描くのは家、学校では絵の練習に徹している。


 戦ってる絵って躍動感が必要で、これもやっぱり難しいので結構な練習量が必要だった。


「今日は、どんな絵描いてるの?」


 休み時間、白波さんが俺に尋ねる。この会話は、ほぼほぼ日課となっている。


「今日は殴った時の拳を重そうに描く練習だな。スピード線とかを多用する」

「へー。ていうか、もう十分うまくない? この絵とか殴られてる人すっごい痛そうだし」

「いや、まだまだだよ。もっと練習しないとな」

「そうなの? ほんと、泉って真面目っていうか努力家だよね。髪のセットもちゃんと続けてるし」


 白波の言うように、髪のセットの練習も毎日続けてる。土日は、家から一歩も出なかったが練習のためにきっちり髪をセットした。

 その甲斐あってか、髪のセットについては結構うまくなってきた気がする。『似合わない』的な陰口も最近はあまり聞こえてこない。

 というか、よく考えたら週明けから陰口自体あまり聞こえてこない気がする。

 スケッチブックに落としていた視線を上げ、クラスの女子たちを見渡してみる。


「あれ?」

「ん、どしたの?」


 なんとなく違和感。先週まではあった、女子たちの俺に向けた嫌な視線。それがなくなっている気がする。もちろん陰口も聞こえてこない。前までは休み時間のたびに言われてたのに。


「女子たち、俺の陰口言ってなくないか?」

「ああ、それ? 月曜あたりから、だんだん少なくなってるよ。今日は聞いてないしね」


 今日は水曜。白波さんが一週間待ってと言った日から、ちょうど一週間が経っていた。月曜から……? 絵の練習に集中して聞き流すことに慣れていたせいか、全然気づかなかった。


「え、どうやって……」


 白波さんが何かしてくれたんだとは思うが、一週間でここまで陰口がなくなるとは思わなかった。まるで、魔法。いや、白波さんは妖精さんなので、もしかしたら本当に魔法が使えるのかもしれない。


「えっとね」


 白波さんが何かを説明してくれようとしたとき。


「みおー! あの話、言ってくれた?」


 金髪に近い明るい茶髪にくるくるの巻き髪、背が高くちょっと気が強そうな美人って感じの風貌の……えーっと確か名前は寅野リサさんが白波さんに話しかけた。最近、クラスメイトの名前も徐々に覚えてきた。ちなみに、澪っていうのは白波さんの下の名前だ。


 この一週間で改めて分かったことだが、白波さんは結構クラスの人気者っぽい。女子だけじゃなく男子にもよく話しかけられているし、こうやって白波さんの席まで誰かがやってきて楽しそうに雑談していることもよくあることだ。だが、俺と白波さんが話しているときに、誰かが近づいて話しかけてくるっていうのは初めてだ。


 寅野さん、実は俺は結構彼女のイメージ良い。最初はすごい怖そうだと思ったけど、見れば見るほどやっぱり美人だ。名前のイメージも合ってか、能動的で躍動感のある美しさ。心の中でビューティフルタイガーと呼んでいる。それになにより、彼女が俺の陰口を言っているのを聞いたことがない。


「ごめん、リサ! 実はまだ言ってないんだよね」

「あ、そうなの? いや、全然謝らなくていいんだけどさ!」

「ちょうどいいし、今言っちゃうわ」


 妖精さんとビューティフルタイガーの組み合わせ。一見合ってなさそうな二人だが、実は白波さんと一番仲が良いのが寅野さんだったりする。


「ねえ、泉! あのさ、お願いがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

「実はリサも似顔絵描いてほしいんだって! あたしがLINEのアイコンにしてる絵あるでしょ? あんな感じのやつ」


 寅野さんはちょっと照れたようなもじもじした感じになりつつ、目の前で両手をぱんっと合わせた。


「泉! お願い! 澪のアイコンめちゃくちゃ可愛いじゃん? 澪に聞いたら泉に描いてもらったって言ってたからさ! あたしもどうしても描いてもらいたくなっちゃって! スタバおごるからさ!」


 突然のことに、ちょっと驚きを隠せない。これってつまり、ビューティフルタイガーが俺の絵をすごい気に入ってくれたって解釈であってるよな? だとしたら、めっちゃ嬉しい。


「あ、うん! ぜ、全然描く描く! ていうか、今描くわ!」

「え、マジ?」

「マジマジ」


 俺は早速スケッチブックの新しいページを開き、寅野さんの似顔絵を描いた。筆の速さには自信がある方なので、時間にして2~3分ほど。


「できた! こんな感じでどうだ? よければ、色塗って渡すけど」

「……やばっ! すごい可愛いんだけど! ちょー嬉しー!」


 寅野さんは、スケッチブックを抱きしめながらぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。


「次の休み時間で色塗ったら渡せると思う」

「そんな早くできるんだ? ありがとー! じゃあ、次の休み時間取りに来るわ!」


 最近は学校にコピックを持ちこんでいたのが幸となす。寅野さんは、ひらひらと手を振って自分の席へと戻って行った。

 嵐のように来て嵐のように去って行ったな。

 なんだか今起きたことがすごい不思議というか、変な感じだ。まさか白波さん以外の女子から絵を描いてほしいと頼まれるなんて。俺、めちゃくちゃ嫌われてると思ってたんだが。


「いったい、何が起きたんだ……? あ、もしかしてこれも白波さんの魔法?」

「魔法!?」


 あ、魔法っていうのは俺の心の中だけの設定だった。


「あ、じゃなくて、白波さんが何かしてくれた影響か?」

「んー? まあ、そうかな?」

「さっき聞きそびれたけど、何したらこんなすごいことが起きるんだ?」

「いや、そんな大したことしてないけど」


 大したことあるだろ。だって、たった一週間で俺に対する陰口が消えただけじゃなく、楽しそうに話しかける女子まで現れたんだぞ。


「まあ、詳しく聞きたいなら説明するけどさ! ちょっと長くなるから、放課後お茶でもしにいく?」

「え、あ……お、おう!」


 白波さんと放課後二人でお茶。なぜかは分からないが、すごいわくわくしてきた。


「あ、でもその前に作戦会議! もうちょっと近づいて」

「作戦会議……?」


 言われた通り、若干白波さんの方に身体を寄せると白波さんも俺の方に近づいてきた。そのまま、内緒話みたいな感じで作戦会議なるものが行われる。俺は白波さんから漂ってくる女子っぽい良い匂いに脳をやられつつ、白波さんの作戦なるものを黙って聞いていた。

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