第二話
「負けました。」
俺、馬頭 竜一は、ゆっくりと、額の汗を手ぬぐいで拭きながら、相手に頭を下げた。
プロ棋士になって、十カ月過ぎ、八月の暑い夏の日差しが、降り注ぐ関西将棋会館で、俺は、苦しんでいた。
今回の負けで、公式戦20戦して、10勝10敗。
はたから、見れば、勝率5割。
悪い成績ではないじゃないかと思うだろうが、将棋の世界で生きていくには、勝率5割は、かなり厳しい数字だ。
何しろ、今、現役でいるプロ棋士のほとんどが、勝率5割以上をキープしているからだ。
そして、5割を維持できない棋士は、引退するしか道はない。
まさしく、将棋とは、実力社会である。(将棋が、強ければ、何億という金と歴史上に名を残せるという名誉が手に入り、弱ければ、最短で、10年でプロの将棋を辞めるしか道はなくなる。)
どうして俺は、こんな厳しい社会に入ってしまったのか。
まあ、俺には、将棋が強かったことしか、取り柄もなかったのも、現実だが。
そんなことを考えながら、負けた後の将棋の感想戦を終え、家路につく。
時計の針は、既に、午前12時さしている。
朝の10時から、将棋を始めているから、もう、12時間以上、時間が経過している。
一人あたりの持ち時間が、4時間から6時間ある将棋の公式戦では、こんなことが当たり前である。
確かに、持ち時間の短い公式戦もあるので、いつもいつもこんな遅く帰ることはないのだが。
しかし、どちらにしろ、負けた後は、本当につらい。
12時間以上の労力が、徒労に終わるのだから。