第六章 再会と決別
第六章 再会と決別
おはようさんどす、今朝も精が出ますなあ、そろそろ朝餉にしまへんか。
五十前の女房お房を先頭に村の女達四人が入って来た。
「今日は村で、米を炊いたんで持ってきましたでぇ」
お房が自慢気な顔でご飯の入った桶を持っていた。
四十前の女房二人お勢とお久万も大きな盆に魚の煮付けや白菜などてんこ盛りに載せていた。女房達の一番後ろに付いて梨本の娘沙代も大きな鍋に入った煮っ転がしを持って入って来た。
朝練をしていた赤木ら五人は、おォ今朝は豪勢ですねえと剣を置き、汗を拭いながら料理に寄って来た。
「お房さん、お勢さん、お久万さん、沙耶さん、いつもありがとうございます。
得体の知れない我々を家族同然の様に可愛がっていただき、何てお礼を申し上げれば良いか」
森田が頭を下げお礼を言うと、お房はニコニコ笑いながら
「あらたまって何ですか、いややなあわてら森田はんらの事、家族と思ってますんやから畏まった挨拶なんてやめてやぁ。
それと今朝はお米以外にも、沙代さんが作った煮っ転がしも有るよってな」
沙耶が照れた仕草で、池波の方を見ていた。
どうやら・・・ まあこれはまた後の展開で。
五人は給仕までしてもらい、女房連中や沙代と一緒に談笑しながら朝餉をした。
前回の探索から戻り、すでに二週間は過ぎていた。
この間、村人達の手伝いなどで伏見に出たり、畑仕事を手伝ったりと、表立った活動はしていなかった。ただし剣術や居合の稽古だけは欠かさず毎日やっていた。
しかしこの稽古が、日を追うごとに激しさを増していて覗きに来た村人が腰を抜かすほどだった。岩清水も音を上げず、赤城らと同じ鍛錬をするものだから、一気に上達し真剣の扱いにも慣れたもんだった。
食事も終り一息付いていると、沙代が五人に向けて話しを出した。
「皆様、父の与平とこれから伏見へ行くのですが、よろしければ皆様もご一緒にと父が申しております。行きませんか?」
話しの最後の方は、やはり池波を見ていた。
与平さんに詳細を伺ってからと言いながら、森田は梨本の屋敷へ向かった。
森田が席を空けると、前田と岩清水の二人が、小さな声で赤城と池波に話しをした。
「秋山の情報が判ってからすでに二週間過ぎました。森田さんはなんで動かないんでしょうか」
二人は暗い表情で先輩二人を見た。
「森田さんは今はまだ早いとみてるんや!わからんか? 赤城教えてやれば」
池波にふられた赤城は、大人しい喋りで話し出した。
「情報の内容だと、秋山の体力はかなり弱ってる様子やろ、もし俺達が新撰組に掛け合って受けて貰えなかった場合に、秋山を助けるにしても本人が動けなかったらどうにもならんし、逆に俺達が怪しい連中と思われたら終りや、何も出来なくなるやろう。もう少し様子を見て、秋山も回復した頃に動こうや」
赤城の話しに納得をした二人は、浅はかな事を言って申し訳なかったと誤った。
赤城も池波も、心配するな、もうすぐやと二人を慰めた。
西本願寺新撰組屯所は、朝から厳しい鍛錬で始まる。
今日も広い境内で大勢の隊士が、木刀で打ち合っている。
その中に、体力も回復し元気な様子で佐々木と組み合う秋山の姿が有った。
数日寝込んだが、栄養を取ると一気に回復を見せ、今では学生時代と変わらないほど元気に動きまわれる様になっていた。
秋山が起き上がれる様になった頃、佐々木とお互いの事や赤城達の事を話合っていた。
佐々木はこの時代に来てすでに二年が過ぎており、丁度新撰組が浪士組として上洛した頃であり、仲間として紛れ込んだとの事だった。
秋山は佐々木と出会う数日前に渡月橋近くで倒れており、訳がわからないまま飯も食えずにさまよっていたと話した。
どうやら地震に有った場所や、空間の歪でタイムスリップした時代や場所に違いが有ったのだろうと、お互いに思うしかなかった。
また秋山は、赤城や森田達と7人とも地割れに吸い込まれたが、どうなったか判らず誰にも出会っていない事も話した。
それ以上深く考えるのは止めて、とりあえず今を精一杯生きる事にしろと佐々木が、秋山を励まし新撰組に誘った。
秋山は、死に掛けていた孤独な世界で、救世主が現れた様な感覚になっていたのか、佐々木を兄の様に慕っていくのである。
新撰組は、朝食の後本日の見廻りに出る隊士の調整をいていた。
この時期、土方歳三、伊藤甲子太郎、斉藤一、藤堂平助らは、隊士募集で江戸に居た。
秋山は、原田、佐々木らと共に伏見方面の見廻りへ初めて参加した。
四つ半(十一時)伏見の船宿が並ぶ川岸周辺では、新撰組と見回り組が攘夷派達を追い駆けていた。
荷卸をする小船に一人の浪人が追い詰められ叫んでいる。
「貴様等にはわからぬのか!この国は異国に潰されていまうぞ! 壬生狼のバカ達が!」
幕府に楯突く長州の輩が偉そうな口を利くな!
やつを捕らえるぞ、 と原田が槍を構える。
「原田さん、ここは俺と秋山で十分です」
佐々木がそう言った時には、すでに秋山と共に宙を舞っていた。
原田や他の隊士達は唖然とした顔で、見事な連携の二人の早技を見ていた。
飛翔しながら佐々木は相手の刀を弾き飛ばし、さらにその後ろから高く飛来してきた秋山が、峰打ちで肩を叩き着けていた。船に着地した時には、崩れゆく浪人を前後に挟み切先を顔に付けていた。
一瞬の出来事に、新撰組だけで無く回りの人夫達も口が空いたまま呆然としていた。
「あてわ、これより会合と商談がおますので、八つ頃(二時)まで離れますけど後はお沙代が案内しますよて、見物して来ておくれやす。ほな後で、お沙耶よろしゅうな。」
赤城ら五人は、与平や村人の好意で余った古着等で仕立てられた着物に袴姿で、腰には刀を差して伏見に来ていた。
髷はまだ結える長さでは無いので、女房連中に後ろへ幅ね油で固めてもらっていた。
お昼にはまだ早いので、小物屋に行こうと沙代は皆を連れて店が並ぶ街筋を歩いた。
この時代若い男女が仲良く歩く等もっての他だが、沙耶は池波が近くで並ぶ様に歩いてうる事がとても嬉しかった。
周りからは、大店のお嬢様が若衆を従えている様に、見えていたであろう。
大きく立派な店の小物屋で、沙代はかんざしや柘植の櫛を買い、若衆五人には書き物に必要な筆等を買っていた。
「お沙耶さん、ありがとうございます。でもよろしいのですか」
「心配いりまへんえ、父からも言われておりますのや、一緒に買い物し美味しい物を食べる様に」
森田と沙代の会話を利きながら、皆が店から出ようとしていた時である
「新撰組がこっちにきよりまっせ」
「はよ道空けなはれ、斬られまっせ!」
「壬生狼どもが、こんなとこまで来よりよってからに」
周りにいた者達が端に寄り、空いた道筋の真ん中を原田を先頭に、新撰組が歩いて来た。
「佐々木、秋山との連携見事だったぞ。秋山があれだけの腕を持ってるとはなあ」
「秋山はそこらの隊士より基礎が出来てますからねえ、居合も使えますよ」
「渡月橋で死にかけてた奴とは思えんよな」
捕らえた不逞浪士を連行しながら、秋山も隊士達10人と共に歩いていた。
道の端に寄っていた赤城と森田は、通り過ぎる新撰組の先頭で話しをしている二人に目がいった。
「背の高い奴、何処かで見た様な・・・」
赤城がそう呟くと、俺も見覚えが有る様に思った、と森田も呟いた。
沙代は体を震わせて、池波の背中に隠れて怖さのあまり目を瞑っている。
新撰組の最後尾が赤城らの前を過ぎようとした時、岩清水が叫んだ。
「秋山じゃないか!」
その声に森田、赤城、池波、前田の四人も秋山を見つけ驚いた。
また新撰組隊士達も、綺麗に着飾った娘と一緒にいた若い男達を見た。
「健太郎・・・森田さん・・みんないるのか」
秋山は笑顔から突然暗い顔になり、先頭の方へ向き直った。
「秋山、お前新撰組に・・・」
森田も話し掛けたが、それ以上は声が出なかった。
先頭にいた佐々木が、原田に耳打ちしこちらへ向かいながら
「久し振りだな、赤城、森田」
不気味な笑顔で佐々木が、赤城の前へ来た。
不気味な笑みを見て、驚愕した赤城は、見覚えが有ると思ったこの男が佐々木だたと気付いたのである。
「やっと気付いたか。ああそうか、この頭じゃ俺って事がわからなかったか、まあお前達も元気そうだな、色々と話したいんだがなこれから西本願寺の屯所まで戻らなあかん。お前ら何処にいてるんや」
「・・・・」
「なるほど訳有りって事か、じゃ明後日のこの刻この場所で会わんか、秋山も一緒だ。」
「わかった、明後日だな。森田さん大丈夫ですよね」
「おオ、こっちも五人で来よう、秋山元気でよかったな、明後日また会おう」
森田は秋山を気遣って秋山にも声を掛けたのである。
佐々木は、ご迷惑掛けましたと言いながら列に戻り新撰組は歩き出した。
秋山はみんなに会えた事が嬉しかったが、素直に喜べない自分も居た。
赤城達は遠ざかる秋山の後姿が、なぜか寂しそうに思えた。
「池波はん、今のお方がお探しになってはりやしたお仲間どすか」
真後ろにくっ付くほどの距離から沙代に声を掛けられた池波は嬉しかったが、いつもの陽気な自分になれず、静かな口調で沙代に話しかけた。
「あ、うん後ろにいた奴ね。秋山って言う一つ年下の奴なんです。もう一人の背の高い男は違うけど・・」
その後沙代は、元気の無い男達を励ます様に普段言葉数も少ない娘が、無理に明るくよく喋り、お昼を食べ買い物も続け、与平とは八つ半に合流し村に戻った。
朝練も終え、朝餉をいただいていた時だった、沙代が布袋を持って入って来た。
森田はん、これ父から預かって来ました。と差し出した物は、結構な金子が入った財布であった。
「今日は何かと入り様になるかもおへんからって・・」
沙代も心配で気になってる様子である。
今日は、佐々木と約束をした日であった。
「いつもいつもかたじけないでござる。後で与平様には挨拶をしてから行きます。」
森田の言葉と同時に、皆は沙代に正座で例をした。
四つ半を過ぎた頃、伏見の待ち合せ場所に付くと、すでに佐々木と秋山が待っていた。
佐々木は船宿の料亭に席を入れて有ると言い、川岸の桔梗屋と言う所に入った。
秋山と赤城ら五人は、懐かしむ様に喜んでお互いの身を案じた。
昼の善が運ばれ、豪華な料理に五人は驚いたが、佐々木と秋山は普段と同じなのか普通に箸を付け、酒まで飲み出した。
森田が、お前ら酒も飲んでるのかと驚くように聞くと、二人とも毎日飲むと笑い顔て答えながら森田達に勺をしようとしたが、
「いや、俺達は飲めん」
「かわいそうに、まあ俺と秋山は飲ませて貰うが、お前達は好きに食べてくれ」
雰囲気は悪くない、佐々木とだと嫌な感じになるかと思っていたが、そんな様子も無く、お互いに今までの経緯を話し合った。
「え、佐々木お前この時代に来て二年も経つのか?」
「そうだよ、だからお前とは同年だったが、今は二つ年上って事になるわ」
「だからちょん髷も自然なんかあ」
と言った具合に、当時の部活仲間が談笑している雰囲気で時間は過ぎ、
一刻が過ぎた頃に佐々木が確信に触れる話題へと代えていった。
「ところで、お前らこの先どうするんや」
「さっきも話した通り、本田の消息が掴めるまでは、この状況が続くかもしれん」
「おい森田、俺達みたいに二年後に現れるって事もあるぞ、何でそんなに拘るや」
「また戻れるチャンスが来れば、全員で戻りたいやろう」
「お前ら本気で戻れると思ってるんか、俺は二年経っても戻れてないんやで、そらここに来たって事は、戻る可能性もゼロでは無いかもしれんが、ゼロに近い可能性を待ち続けて死んで行くより、この時代で意義の有る人生を選ぶ方がええんとちゃうかな」
「佐々木の言う事も正しいと思うが・・・」
森田は正直どうしたら良いなんてわからなかった。
すると佐々木は自分の気持ちを延々と喋りだした。
俺はこの時代に来れて良かったとも思っている。平成の時代にいくら剣が強くても何の意味も無く、この時代でこそ自分が今までやって来た結果を出せる。
新撰組に入って、水を得た魚の様に今は楽しくてしようがない。
「赤城、お前もそうだろう、俺以上に実践で試してみたいんじゃないのか?」
「佐々木さん怒らないで聞いて下さい。新撰組は人斬り集団ですよ、歴史でも新撰組が維新を1年遅らせたと、いくら剣の為とは言え人斬りになりたいとは思いません」
佐々木は、赤城達がこの時代に生きる事を受け入れない限り、判ってもらえないだろうと、難しい話はこの辺にしてもっと食べようと話題を変えた。
色々とこの時代の話しに夢中となり、時間も忘れ七つ(四時)になって、店をでた。
桔梗屋の店先で、別れ際に森田は秋山に尋ねた。
「秋山、このまま新撰組でいいのか?」
「森田さん、みんな、心配してくれてありがとう。俺、佐々木さんと一緒にこの時代を生きて行こうと決めたんです。」
森田もほかの四人もそれ以上は言わなかったが、久我梨本村にいるからとだけ伝えわかれた。
佐々木、秋山とわかれた五人は、気掛かりだった秋山の事は少し寂しかったが、自分の道を決めていた秋山を立派にも思え、気持ちが晴れた。
川岸沿い談笑しながら歩いていると、池波が船宿の看板を見つけて
「ここが有名な寺田屋かあ、坂本龍馬が居ったりして」
他の連中も、おお此処が寺田屋かと、興味深けに見ていると、宿から侍達が数人出入りし、女中も一人出て来た。
「おいあれって、もしかしてお龍さんか?」
そうなのかと、連中は野次馬ごとく寺田屋と女中を見た。
「なんぞ御用でもありますんか?」
お龍と思しき女に声を掛けられ、ビックリした五人は「いえ、別に・・」と、その場から急いで去り梨本村へ帰ったのであった。
その後も梨本村での生活が続き、五月の中頃となっていた。
赤城らは特別な事も無く、定期的に京の町へ出るぐらいで有ったが、最近五人は分かれて行動する事も多くなってきていた。
赤城は前田と伏見へ行く事が多く、森田は岩清水を伴い河原町方面に出掛けたりしていた。
池波はもっぱら村の手伝いに精を出し、お沙代と一緒にいる事が多かった。
また、本田二輪の行方だけは掴づ、無理に探す事も無くなって来ていた。
一方新撰組では、隊士募集で江戸に行っていた土方達も戻り、新たな編成を練っていた。
佐々木と秋山の働きも上役達の目に留まっており、沖田か斉藤の組にと考えられていた。
ある日、森田と赤城が二人だけになった時の事である。
「赤城、俺な佐々木の言ったこの時代で生きるって事で、あいつの気持ちがわかった様な気がして来たんや」
「自己満足の為に人斬りになるって事ですか?」
「俺も新撰組の一人を、防衛の為とは言え両腕を跳ねたやろ。おそらくこの時代や死んでると思うわ、新撰組の奴もこの世の為と思って必死に生きてたと思う。俺ら綺麗事言うて都合よく逃げたり、危なかったら人斬ったり・・・」
「森田さん・・・・」
「結局佐々木の言う通り、戻れる可能性が少ないなら、この時代の人間となって自分の出来る生き方をした方がええと思って来たんや。」
「佐々木の様に、この世で腕を試すって事はまた意味が違うと思います」
「お前、ほんとに佐々木が好んで人斬りやってると思うんか?」
「え・・」
「あいつこの時代の人の事言ってたやろ、倒幕派、佐幕派どっちも同じこの世の為に己を信じて戦ってるって。結果は判っていても、あいつはすでにこの時代の人間になって生きてるだけや、選んだのが新撰組って言うだけや、おそらく秋山もそうやろう。」
森田の心中を知って、赤城は何も言えなかった。
自分はそこまで考えてもいなかったし、戻れる事が前提でここにいたから・・・
日が経つにつれ五人の胸中は、変わりつつ有った。
平成の学生から幕末に生きる若者へと・・・
赤城は佐々木や森田の言葉が重く心に圧し掛かっていた。
自分自身どうなるのか不安を抱えながら・・・
次回 「第七章 夜の星」へつづく