第3章 出会いと再会
第3章 出会いと再会
昨日の春一番が嘘のように、今日は心地よい風と晴天でポカポカ陽気である。
風の影響で桜の状態も心配されたが、なんのなんの一面見事な満開である。
渡月橋を見渡せるここ中ノ島には休日と言うこともあり、朝から花見に訪れる人達で賑わっていた。
[お父さん、今日も空が綺麗やなあ。こう言うの、日本晴れって言うんやろ」
「お、正太郎も一人前のこと言うようになったな、もうすぐ一年生になるもんな。」
ヘヘン! 正太郎が自慢気な顔を母に向けた。
「お父さんも正太郎もご飯食べてすぐ横になっちゃだめでしょ!」
赤城家の親子三人も中ノ島の川縁近くを陣取り花見を楽しんでいる。
正太郎と父浩介は、仰向けに寝転んだまま、母の言葉など無かったように空を見続けた。
「正太郎、なんで日本晴れって言うかしってるか」
「雲も無い晴れやからとちゃうの」
「まあ、そうやけどな。戦国時代の頃から、上出来なことやすばらしいもののことを、日本一とか天下一と言うてたんや。当時の天下は日本ってことやから、綺麗な晴れを日本晴れって言うたんやろうな。正太郎には難しい話かもしれんが、大きくなってこの話を思い出したらわかると思うわ。」
フ~ン・・・
「なんかわかれへんけど、青空が綺麗から気持ちええわ~」
「そうやなあ、ほんま気持ちええわあ。でもな昔の空は、もっと綺麗かったらしいで、お父さんのお爺ちゃんがよく言ってたけど、深くて一片の曇りも無い蒼い空やったらしい。」
親子二人の会話を微笑ましく見守る母が、舞い落ちてくる桜の花びらを見上た。
正太郎も寝転んだまま、落ちてくる桜の花びらに手を延ばそうとした。
ズキンッ! ズキンッ!
「うぅ痛え・・・夢を見ていたのか・・・えっ!」
激しい頭痛に、懐かしい頃の夢から現実へ引き戻された。
頭を抱えながら薄っすらと開けた目で辺りを見渡すが、漆黒の闇で何も見えい。
「ここは何処だ・・・」
赤城正太郎には、いったい何がどうなっているのか理解が出来ないでいた。
頭の痛みを抑えるように、起き上がり胡坐をかき気持ちを落ち着かせた。
胡坐をかいた左足に何かを踏んでいる違和感に気づき触ってみた。
「これは刀・・・」
柄を握った赤木は、紛れも無く使い慣れた己の愛刀赤松太郎とわかった。
「そうだよ、俺達は地震で地割れの中に吸い込まれたんだ・・・ってことは、あの世に来てるのか。」
半信半疑ではあるが、何も見えないこの暗闇の状況、あの大地震で大地に飲み込まれた状況と、あの世に来ていても不思議な事ではなかった。
皆はどうなったんだろう、父さんや母さんは無事に非難出来たのだろうか、先生はあの状況だと俺と同じ運命だろう・・・
赤城は、先ほどまでの頭痛も感じなく、体の力も生気も抜けた状態になってた。
ただ泪だけが溢れ出ていた。
両手で握りしめていた愛刀の黒漆で綺麗な艶に仕上げられた鞘に、小さな光の粒の様な物が転々と写っているのに気づいた。
目を凝らしてもう一度鞘を見た後、赤城は顔を上げ上空を見上げた。
「星空・・・」
上空には満点の星空が広がっており、今まで見た事も無い星の数に赤城は戸惑った。
やはりこれはこの世のものでは無く、あの世に来ている証拠なのだろうと思っていた時である。
気が付かなかったが、雲のようなものが有り、そこから徐々に綺麗な丸い明かりが覗き始めていた。
それはどんどん姿を見せ始め、瞬く間に辺りを明るくしていったのである。
「やはり月じゃないか、それも綺麗な満月だ」
暗闇の世界が一変し、月光に照らされた世界が、赤城の目に飛び込んだ。
周りは草むらだが、少し離れた先には木々が立ち並ぶ林らしきものと祠が見た。
町並みが無いか辺りを見渡すが、里山のような雰囲気でしかなく、町明かりも見えなかった。
「俺は生きているのか、ここは何処なんだ、まったく見覚えの無いところだが、いったい何が起きたんだ」
赤城は、生きている事は間違いなさそうだと思いながら、とりあえず祠の方へ行ってみようと歩き出した。
誰かいませんかあ、 赤城せんぱあい、 森田せんぱあい、
おおい 誰もおれへんのかあ。
祠の方から聞き覚えの有る声が聞こえて来た。
「その声は、郡司か!」
赤城せんぱあい! 泣きながら赤城の元へ走り込んで来た。
後輩の前田郡司である。 彼も赤城同様にさまよっていたのだった。
「赤木さん・・おううう」
前田はこの不気味な世界で、一番慕っていた赤木に出会えた嬉しさでまともに喋れず、嗚咽で言葉にならなかった。
「郡司、お前も助かったんだなあ、良かったあ」
「う・・う・・赤城さん俺達生きてるんですか・・・ここってあの世じゃないんですか」
赤城もはっきりとはわからなかったが、戸惑いながらもおそらく生きているのだろうと、前田の肩を二度ほど叩きながら慰めた。
二人は、他の者も何処かにいるに違いないと、周辺を探してみたが人らしき物には、まったく出会わないでいた。
かれこれ二、三時間は探していただろうか、わからない地形に疲れも出始め今夜は祠の所で体を休め、日が昇ってから再度探すことにした。
小鳥の声と朝日が顔に射し込み、赤城正太郎と前田郡司は目が覚めた。
突然二人とも何を思ったのか大きな深呼吸を始め、早朝の大気を味わうように何度も何度も、大きくゆっくり息を吸っては吐いてを繰り返し、うまい、うまいと顔を見合わせながら美味いを連発していた。
「こんなに美味い空気を吸ったの初めてだ」
「はい、空気がこんなに美味しいもんだとは知りませんでした」
もともと自然の多い京都に住んでいる二人が関心するぐらいだから、よほど美味しい空気だったに違いないのだろう。
一息ついたところで、赤城達はお互いの格好が、胴衣と袴姿に脇差を差しままである事に気づいた。おまけに二人とも愛刀を傍らに置いている。
あの大地震でも刀だけは、手放さずにしっかり持っていたのである。さすが剣を志した者達でる。
「赤城さん、この格好でうろうろするのはちょっとまずいですよね」
「胴衣はまだいいとしても、刀を持ったままはヤバイよな、しかし置いておく訳にもいかんしなあ」
少し悩んだが、人に言われた時は状況を説明すればあの地震の後だけにわかってもらえるだろう、って事で解決した。
日が明けているため、昨夜とは違ったまた別の世界にいるようで、二人は周りを見渡した。やはり明るいとわからなかった物などもよく見える。
祠の裏手に小高い山があり、小さな道が上の方へ続いていた。赤城がその先を覗くと、鳥居と小さな神社らしき建物が有るのを見つけた。
「よし、郡司あそこへ登ってみよう。見晴らしが良さそうだから地形も把握出来るぞ」
二人は一気に駆け登り、ほんとに小さな神社の境内に入り、この神社には人気がなく誰も居ないことがわかった。
場所は思った通り一八〇度とはいかないが、そこそこ見晴らしの良い所に在り、早速周りを見下ろし頭の中に地図を書いていく、何処から探すか目ぼしい場所も探した。
また太陽の位置から神社の小高い山を基点に、左が北で正面が東であると判断出来た。
「やっぱりこの辺は田舎やな、山と森だらけで、町並みらしき物が無いし舗装された道なども見当たらんな、のどかな所やけど地震の影響は受けなかったな。」
色々と見渡し、北東方向に、茅葺の建物が点在しているのを見つけた。
「じゃあ、まずはあの辺りから探して、ついでに此処が何処かも聞いてみよや」
距離にすれば四キロ程度と思われる所を目指して、二人は歩を進めた。
「赤城さん、小学生の頃遠足でこんな里山の道をよく歩きましたね、当時も空気が美味しいって言ってましたが、ここは格別です。それに大気が綺麗で済んでますよね。」
「これだけ暖かくなってきたら普通霞んでくるよな、ほんと環境のいい所だと思うよ。それに空の色が全然違う・・・」
赤城は、子供の頃父が言ってた話を思い出した。
昔の空は、抜けるような深く蒼い空だったらしい・・・
「赤城さん、どうかしましたか」
「いや、家族の事を思い出してた。」
「そうですよね、家族や親戚、近所の人達はどうなっているんやろうか・・・」
会話は減ったが、そろぞれの思いをめぐらせ細い道を進み、川を渡ると最初の古い家の付近まで辿り着いた、誰一人出会う者も無く・・。
誰か居ませんか、二人は声を掛けながら家の周りを探り、中も覗いて見たが誰も居ない様である。人が住んでいるのは間違いなく生活感が漂っていた。
次の民家へ向かって歩いて行くと、ずっと先の民家周辺に人が集まっているのが見えた。かすかに声も聞こえだした。
騒動でも有ったのか、村人らしき者達が殺気立ち、鍬や棒等を振り上げている。
赤城と前田は、その人だかりに向かって駆けだした。
コノヤロォ、出てきやがれ、
男達六人が、馬小屋を囲んで何かを追い出そうとしている。
赤城達は息を切らせながら走っていたが、男達の異変に気づいた。
乱れてはいるが頭髪が髷の様になっており、汚れた着物の裾を帯へ巻くし上げ褌が見えてた。
時代劇でよく見る光景の百姓そのものである。
きゃあ、あそこにもおんなじ奴等がいるわよ。
近くにいた女房たちが騒ぎ立てた。
男達はその声に、手にしていた得物を今度は赤城達の方へ向けて怯えていた。
お前ら唐人か、この村に何しにきたんや。威嚇をするが声は震えていた。
「待って下さい、私達は怪しいものではございません。また唐人でもありまん、この町に迷い込んでしまい、また仲間も探している者です。皆さんに危害を加える様な者ではございませんので、安心して下さい。」
赤城が必死に説得をするが、男達の様子は変わる気配が無い。
「唐人とちゃうんやったらその頭はなんやねん」
「お侍様の様には見えへんけどな」
「ひょっとして、最近京で暴れてる長州の浪士か」
前田はこの状況に戸惑っていた、なんでちょん髷やお侍やねん。ここは江戸時代かよ、俺らはタイムスリップして来たんか。
赤城の方はすでにそうではないかと、一か八か賭けに出てみた。
「ええい、いい加減にせい、わしらはミカド様の蜜命で動いておるのじゃ、これ以上わしらに楯突くは、すなわちミカド様に歯向う不逞な輩として斬り捨ててやるわ。」
赤城が啖呵を切り、二本差にしている大刀側の鯉口を切って見せた。
ひええ、めっそうもございません。ミカド様に楯突くなんてことしまへん。
村人達男も女も気まづそうに、頭を下げ赤城達に道を空けた。
赤城の演技が上手く行き、ばれないかヒヤヒヤしながら前田は馬小屋へ向かい声を掛けた。
「おおい、そこにいるのは何方かな。拙者前田郡司と申す者だが、顔を見せてはくれんかな、赤城正太郎様もご一緒なんじゃが」
前田もなぜか時代劇言葉になって呼び掛けをしたものだから、赤城は思わず噴出しそうになり、必死で堪えた。
少しの間が空き馬小屋の中から物音が聞こえ、そうっと覗く様に顔が出て来た。
「岩清水か」
「おお健太郎だったのか」
赤城さあん、前田ああ。大粒の泪を流しながら、岩清水健太郎が前田に走り寄り抱きついた。
前田も嬉しさのあまり岩清水と抱き合い泪を見せていた。
村人達は最初は不思議そうに見ていたが、この方達は隠密でよほど辛く苦しい使命を受けていたのだろうと勝手に思い込み、同情したのかもらい泣きする者までいた。
それを見た赤城は、村人にお礼と感謝の気持ちを述べた。
この嘘芝居から村人達と赤城達は、この先も親交が続くようになり手助けも受けるのであった。
「お侍さま、ここは貧乏な村でおますが、食べ物には不自由しまへんよって遠慮なく召し上がっておくれやす。」
変な縁によって、赤城たち三人は村の纏め役と思われる家で、食事に有り付いていた。
村の女房や女達が、次から次と食べ物を運んで来るのであった。
単なる者珍しさだけでなく、若くて色男な三人と、変な髪形に興味津々なのである。
ちなみに三人の髪型は、赤城が刈り上げ寸前のセンター分け
前田も短かめの七三分け
岩清水の場合は、中学からの名残で坊主頭であった。
腹ごしらえも終り、村人から掴んだ情報もあり、時は元治二年(1865年)三月十一日である事が判明。
また、簡単な地図も書くことが出来たので地形もわかりだした。
この村の名は梨本村と言うが、赤城たちには当然知らない名である。
村人から聞いた情報や地図、最初の祠からの位置などで現在の久我のもり辺りだろうと推測した。
最初祠と神社の有った場所は、現在の大山崎付近であったようだ。
およその地理が掴めた三人は、長岡天満宮から光明寺あたりへ行き、森田道場のあった付近を探索することに決め、村を発った。
元治二年の幕末へタイムスリップした赤城達三人は、
他の仲間を探すため梨本村を発つが・・・
幕末の動乱でどうなるのか新たな展開へと物語は進む
次回「第4章 今は昔」へ続く