07!ハプニング!
ザバアッ……
川の流れは速く、岸に泳ぎ着くまでにかなりの時間がかかってしまった。
ユディくんの補助もあり、あたしたちは何とか、息も絶え絶えになりながら、陸に上がるコトができた。
ぜーはーぜーはーと、しばらく川のほとりでぐったりする。
乾いた地面が、瞬く間にあたしたちの体にまつわりついた水分を吸収していくのがわかった。
緊張も相まって、思った以上に体力が削られている。
正直、このままひと眠りしたいくらいだ。
ここから進むにしても、帰るにしても、どう考えたって疲労度が無視できない。
その時、ふとユディくんの方に目を向ける。
「! ユディくん、本は濡れてない!?」
「!」
ユディくんも疲弊していたようだが、慌てて腰元の本をバっと取り出した。
表紙に触れ、ぱらりとめくり…そして、拍子抜けしたような顔をする。
「え……これ、撥水性があったんだ? じゃあひょっとして、いざという時にインクじゃ書けないってことなのか……木炭なんて持ってないのに」
どれどれと見ると、濡れてはいるが、ぐしゃぐしゃにはなっていない。
しかしユディくんは、念のためにと丁寧に地面に置き、なるべく水分を落とす努力をしている。
「ユディくん、先生からは何も聞いてないの?」
「うん、特に説明はなかったなあ。そういえば、よくよく考えたら今までだって雨に濡れていたりしてたっけ。さすが精霊道具ってことかな。助かると言えば助かるけど」
「あー、まあ、そーゆーコトって結構あるわよ。みんな、『商人は開発者自身じゃない』って部分をたまに見落とすのよね。商人って売りやすくするために、わりと端折るのよ、説明を」
「ああ、確かにそういう部分はあるね。まあ、さすがに誰も、精霊道具を川に落とすなんて考えてもいなかっただろうけど。っと、リルハープ、こっちだよ!」
ユディくんが手を振っている方角に目を向けると、妖精ちゃんが川上から急いでパタパタと飛んできている。
泣きながら。
かわいそうに、よっぽど不安だったんだろうな…と思ってたら、合流を果たした妖精ちゃんは、ユディくんよりも、やや近い側に居たあたしの方に飛び込んで、ひしっとしがみついてきた。
「…!!!」
かわいい!!
なんだろう、いつの間にか懐かれてたのかしら?
よしよし、と優しく妖精ちゃんを撫でる。
妖精ちゃんは、震えながら、ぽろぽろと涙をこぼしている。
あーもー。
ペチュの時も思ったけど、生き物が自分のものになったな…と感じる瞬間って、その子が世界一可愛く見える。
いや、妖精をペット扱いしていいのかは知らないケド!
自分のものかどうかというのも怪しいケド!
でも、疲労が癒されていくように感じてしまうくらい、胸の内側が、何かの感情でいっぱいになる。
「大丈夫よ、妖精ちゃん。あたしたちがこんなコトでどーにかなるワケないでしょ?」
思ったよりも優しい声が出てしまった。
ユディくんも、優しい瞳で妖精ちゃんを見ながら、安堵の息を吐いている。
…のだが、何かを思い出したかのように、ユディくんはいきなり噴き出した。
「ユディくん?」
びっくりしてユディくんを窺うと、彼はお腹を抱えながら、耐えきれないように笑い続ける。
「だ、だって、さっきの、ギュギュが、『お前かーっ』って! なんでいきなり笑わせてくるんだよ…! あの時は、それどころじゃなかったけど、今頃、じわじわと来てて…!」
「ええ…!? だって、鳴き声の正体がオウムって、悔しくなかった!?」
どうやらかなりユディくんのツボに入っているらしく、目元をぬぐいながら、何とか呼吸を整える時間を必要としていた。
やがてユディくんは、気を取り直すように顔を上げる。
「いや、オウムである可能性は考えていたよ。ただ、オウムじゃなかった可能性がある限り、僕は同じように動いただろうね。結局リスクを比較するしかないからなあ、ああいう時は」
「はー、冴えてるわね…。じゃあ、冴えてるついでに、次はどう動くかの意見を窺ってもいいかしら?」
ようやく妖精ちゃんはぐしぐしと泣き止んで、もぞもぞとあたしの肩に座るように移動して行く。
ユディくんは、考え込むように少しだけ黙った。
「……そうだね、悩ましい所だけど、幸いまだ日数が残っている。いったん賢者の洞窟まで帰って、あと一度だけ挑戦してみよう」
そう言いながら、一瞬だけユディくんは妖精ちゃんを見た。
…たぶん、妖精ちゃんを休ませたいのだろう。
「今回の挑戦で少しだけわかった部分がある。賢者ウルナートが、詳しく書き込んでいなかった中央地帯。おそらく、島の中心地に、リルハープが言っていた精霊の気配というものがあるんだと思う。明らかに、中央に進むにつれて、生物の活動が活発になっているように感じた」
「異論はないわ」
「ただ、現在地についてなんだけど。川を流されたということは、あの砂漠モドキ地帯の近くにたどり着いたってことだよね。ぐるっと外周をまわって帰るにしても、そこの近くを通らないといけないと思う。あそこは見通しがよさそうだから、なるべく避けたいんだけど…」
「…そうね。草原だったら、あたしたちの背丈よりも高い草が生えてるから安心だったんだケド。まあ、ギリギリ傍を通るくらいの気持ちで、森側を行けばいいんじゃないかしら?」
「…それしかないか。じゃあ、早速行こう」
ユディくんは、精霊道具の本がちゃんと使えるかどうかを確かめる意味合いで、あたしたちに体力回復の祝福をかけてくれた。
そういった使い方もできるのかと感動していると、「心の疲労は回復が難しいから、本当はちゃんと寝た方がいいんだ」、と言い含めるように言われた。
たぶん、徹夜で行動できそうね、と思ったあたしの心情が見抜かれてたんだろうなー。
日が暮れる前に賢者の洞窟に辿り着きたいというコトで、とにかく先を急ぐ流れとなった。
-------------------------------------------
いよいよ砂漠モドキ地帯だ。
あたしとユディくんの服は、とっくに乾いている。
つまり、そこそこの距離を歩いてきた。
妖精ちゃんもすっかり落ち着きを取り戻し、今はユディくんの胸ポケットという定位置で、ぬくぬくと過ごしている。
そして、目の前に広がる茶色い大地。
遠見筒で見た時にはわからなかったが、そこはどちらかというと、荒野と表現する方がしっくりくるような場所だった。
遠くで、大きな鳥がバタバタと土煙を上げて走っているのが見える。
ここから見えるというコトは、あれもかなり大きいのだろう。
騎乗鳥の原種…のような印象を受ける走り方だ。
あたしたちは、森と荒野のはざまを、慎重に進んでいる。
その時だった。
ドタドタドタドタッ!
物凄く珍妙な走り方をして、真っすぐにこちらにやってくる生き物がいる。
「!?」
あたしたちは、急いで身構えた。
ユディくんが気配を薄れさす音の祝福をかけてくれていたのだが、やっぱりバッチリ見つかったら、普通に認識されるらしい。
「あ……でもこれ…」
あたしはその生き物を見て、少し警戒を解いた。
ウルナート文献に書かれたものと、特徴が一致したからだ。
二足歩行で走る、人間大のそのトカゲを、ウルナートはエリマキトカゲと名付けていた。
確か、目の前でひたすらにシャーシャーと威嚇されたあと、満足げに去って行った、と書かれていた。
食べるのは虫だという話だし、たぶん無害だ。
エリマキトカゲは、あたしたちの目の前にわざわざやってくると、「シャー!」と首のびらびらを広げて、威嚇を始める。
ちょっとヘンテコなダンスみたいで、かわいい。
大きささえ小さければ、純粋に可愛がれたのに。
「威嚇するくらいなら逃げればいいのにね」
そう言って、つい笑ってしまいながらユディくんのほうを見る。
ユディくんは返事もなく、油断なくエリマキトカゲを睨みつけながら、警戒を解く気配がない。
妖精ちゃんはどうしているだろうかと胸ポケットに目をやると、ちょこっと顔をのぞかせて、興味津々にエリマキトカゲを見上げている。
怯えてはいないようで、安心した。
あたしもユディくんを見習って、気を引き締める。
いけないいけない、油断してた。
なにがあるかわからないのに。
「…こっちから仕掛けない限りは、何もなさそうだね」
しばしの睨み合いの後、ユディくんは低く声を出して、そう言った。
返事をするように、エリマキトカゲは「シャー!」と威嚇する。
「ご主人サマ、大変です~~!」
いきなり妖精ちゃんが、本格的に胸ポケットからひょこっと上半身を出して、空を見上げている。
「リルハープ、どうしたって?」
ユディくんは、エリマキトカゲから視線を外さずに返事をした。
「急速に、雨の匂いが近づいてきています~~! この早さは、おそらく通り雨だと思われるので、早く雨宿りの場所を~~!」
シャッ、 ―――パクン!
驚く暇もなかった。
理解が追い付いてないからだ。
ただ、あたしの視界の端で、ユディくんの胸ポケットに居た妖精ちゃんが消えた。
理解が追い付く前に。
ちょうど、あたしが窺い見ていたユディくんの表情が変わった。
息を呑み、髪の毛がザワリと逆立ったように見えるほどに。
一瞬で殺意を抱いた表情に変わった。
「殺す―――!!!」
ユディくんは、いきなり腰元から細剣を引き抜いて、エリマキトカゲに襲い掛かった。
あたしは、エリマキトカゲを見る。
口元から、硬直したように凍り付いている妖精ちゃんが、はみ出ている。
言語化するなら、「ぴ」って顔をして凍り付いてる感じだ。
…言語化できてないかもしれない、落ち着け、あたし!
あ、そうか!!
あの羽、トンボだと思って食べたんだ!!
それにしたって一瞬!
舌を伸ばすってそんなに早いの!?
ドツンッ!!
だが、突き入れられたユディくんの刺突の一撃は、さらに早かった。
いや、狙いをつけるコトを放棄したからこその早さだろう。
あたしが混乱している間に、すべてが終わる。
「ギャ! ギャッギャッ!!」
肩に穴が開いたエリマキトカゲは、悲鳴を上げながら妖精ちゃんを吐き出し、ユディくんを恐れるように逃げ出した。
「妖精ちゃん!」
吐き出された妖精ちゃんを、ハンドフリーのあたしは慌ててキャッチする。
妖精ちゃんは、驚きすぎていて、ガチガチに硬直していた。
「妖精ちゃん、もう大丈夫よ! よく頑張ったわね!」
必死に抱きしめながら、どうしたものかとユディくんを見上げる。
「逃がすと思うか……?」
が、あたしが見たのは、ユディくんの後姿だった。
ユディくんは、逃げ出すエリマキトカゲを追い始めた。
「ちょ、ユディくん!? 落ち着いて!! 深追いはダメよ!」
声をかけても、ユディくんは完全に逆上しているらしく、聞こえてないようだ。
あのユディくんが、あそこまで怒るなんて…!!
ダメだ、このままじゃ、別行動になってしまう…!
あたしは慌ててユディくんを追いかけながら、声をかけ続ける。
「ユディくん、妖精ちゃんは無事よ! 止まって! 雨も降るって話なのに! はぐれたら危険よ!」
そう言っている間にも、空が瞬く間に曇り始める。
何かの冗談かと思うくらい、雲の流れが速い。
考えろ考えろ、なにか、ユディくんが立ち止まる一言を、探せ!
「ユディくん、妖精ちゃんを巻き込む気!?」
「―――ッ!」
ユディくんは、ハっとして足を止めた。
慌ててこちらを振り返って、急いで戻ってくる。
「リルハープ…!」
「ゲッ、ゲッ!」
なぜか、エリマキトカゲも立ち止まり、ユディくんと同じ動きで、ドタドタと戻ってくる。
そして、ダンダンと地団駄を踏んで、「シャーッ!」と威嚇を始めた。
「イヤ懲りろ!!!?」
あたしが思わず突っ込むと同時。
ドザシャアアアアアアアッ!!!
妖精ちゃんの宣言通り、ものすごい豪雨が始まった。
「―――っ、―――の、―――ごう!」
ユディくんが何か言っているが、近いハズなのにまるで聞こえない。
あたしは、青褪めた。
これ、あたしもユディくんも、音の奇跡が使えない状態だ。
音が掻き消されちゃう。
というか、せっかく服が乾いてたのに!
とにかくあたしは、妖精ちゃんを雨から守るように抱きしめて、顔を上げてみるのだが、ヤバいこれは、目も開けられない!
雨粒が痛い。
ユディくんがいるはずの方向を、手探りでまさぐる。
ユディくんも手探りだったらしく、かち合ったあたしの手をグイと掴んで、抱き寄せてくる。
その瞬間、足元がフっと抜けた。
いや、実際は、何か音がしたのかもしれない。
だが雨音で、全然耳に届かない。
わかることは一つだけ。
あたしたち三人は、なぜか、いきなり落下をしている。
「シャーッ!」
「お前もか!!?」
もはや聞き慣れた威嚇音が落下する傍で聞こえて、あたしは思わず突っ込んだ。
コイツの地団駄が原因じゃないだろうな…!?
それとも、たくさんの人数が密集したから?
雨で地盤が緩んだ?
とか、色々と忙しく思考が巡る。
おかげで、悲鳴は上げずに済んだ。
-------------------------------------------
ドフォン!!
変な着地音だった。
荒野の砂が意外に柔らかかったのか、それとも単に落下地点が浅かったのか。
とにかくあたしたちは、無事だった。
「…って、ユディくん!?」
と思ったら、ユディくんが下敷きになってくれていたらしい。
あたしは慌ててユディくんの上から退いた。
「ごほっ。大丈夫だ、それより、移動しよう…!! 迷惑かけた点は、後でまとめて謝る…!」
「そんなコトどーだっていいわよ、お互い様でしょ! 大体、身内を傷つけられても、何事もなかったかのように笑ってる方が点数低いわよ!」
まだ上から雨が降ってきている。
ユディくんは、体を引きずるように、通路の左側に這い進む。
あたしもそれに続いた。
そう、ここは、洞窟のような場所だった。
地下に洞窟…?
「ゲッ、ゲッ!」
一緒に落ちてきたエリマキトカゲは、最後に一声鳴くと、あたしたちとは反対側の、右側の通路の奥へと、ドタドタと走って行った。
「これ、このまま進んでもいいのかしら? まあ、どのみち上に戻るのは無理そうだケド。ウルナートの地図には、流石に地下までは描かれてなかったわよね」
あたしたちは、とりあえず雨が届かない場所で一息ついた。
ユディくんは立ち上がると、何かを思い出そうとするように、必死に思考を巡らせているようだ。
あたしはユディくんの横顔を見上げながら、言葉を待つ。
妖精ちゃんを撫でてはみるものの、まだ感触が硬くて、硬直は続いているようだ。
ユディくんは、やがてぽつりと言葉をこぼす。
「……まずい。蟻塚……かもしれない」
「え………」
そういえば、ウルナート文献に、人間大の蟻が居た気がする。
あたしは、改めて通路の奥に目を向けた。
「じゃあ、相当入り組んでいるうえに、あたしたちは侵入者ってコトになるわね…」
幸いと言っていいのか、雨脚が弱まり始めた。
本当に通り雨だったようだ。
お互いの音も、少し聞き取りやすくなる。
その時だ。
「ギイエエエエエエエッ!!」
「「!!!?」」
エリマキトカゲが逃げて行った方角から、断末魔の悲鳴が響き渡った。
よりにもよって、それと同時に雨が止み、シンとした静けさが辺りを包む。
遠くから、複数の生き物が立てているであろう、足音が響いてくる。
右側の通路の奥から。
音は土壁に当たってくぐもり、反響して、それが近くから聞こえるのか、遠くから聞こえるのかもわからない。
「…くそっ、進むしかない、この先に出口に通じる場所があると願おう!」
ユディくんは、即座にあたしの手を掴んで、左側の通路の奥へと走り出す。
たぶん、リスクを比較したんだ。
すぐそこに蟻の群れが居る可能性がある限り、ユディくんは逃げ遅れないように走り出すしかない。
あたしは妖精ちゃんを大事に抱えなおして、ユディくんの後ろを黙って走っていく。
今、喋っちゃダメだ。
今喋ったら、あたしは不吉なコトしか言わない自信がある。
ユディくんもそうなのだろう、それ以後、一言もしゃべらない。
あたしたちは、走って走って、走った。
当たり前のように分かれ道がある。
そのどれでも、ユディくんは、風が吹いてくる方向を選んで、そちらへと進んでいく。
ハアハアと、荒い息が空間を満たす。
流石に、疲れてきた。
だんだん、意識が朦朧としてきた。
似たような光景ばかりが続くのも問題だ。
今、自分がどこに居るのか、それどころか、何をしているのかも、だんだんわからなくなってくる。
そして、ユディくんも、そうだったのだろう。
最後にユディくんが選び取った十字路の通路の奥は、行き止まりだった。
「は、あ、くそ…っ!!」
ユディくんは、苛立ったように、壁を拳でドンと殴った。
あたしたちは、すぐに踵を返す。
…が、整然とした足音が、戻ろうとした通路の先から聞こえてきた。
ダメだ、追いつかれる…!!
幼体のエサにされちゃうのかな…!?
本能的に後ずさって、あたしは行き止まりの壁に、背をついた。
ユディくんは、あたしと妖精ちゃんを庇うように、本を構えて前に出る。
もうすっかり暗がりに目が慣れたあたしたちの目は、うっすらと、大きな蟻の輪郭がやってくるのを、通路の奥に認めた。
やるしかない!
あたしももう、覚悟を決めて、妖精ちゃんを服の中に放り込み、腰元から楽器と指揮棒を引き抜いた。
「……?」
その時、ユディくんが、訝し気な視線を蟻の群れに向けた。
なんだろう、と思って、あたしも目を凝らしてみる。
蟻たちが、戸惑っているように、立ち往生を始めた。
いや、背後を気にしている?
そう思った瞬間、いきなりガバっと、密度が減った。
「???」
あたしたちがハテナを浮かべている間に、蟻たちが我先にと逃げ出し始めた。
が、そのうち蟻たちの姿が、いきなりフッと消える。
ユディくんが、ようやく何が起きているかに思い至った。
「アリクイだ! ギュギュ、防御を! 僕じゃ間に合わない!」
「!」
あたしは、即座に指揮棒で楽器を叩く。
タン、タカ、タ・タ・タン!
「貝の口のように固く! カスタネットの音!」
指揮棒を、目の前の空間に突き付ける。
それと同時だった。
ビターーン!!
ぬめっとした、ピンク色の物体が、あたしたちの前に張り付く。
それは、あたしが張った防御の壁に当たり、ガラス板で邪魔されているかのような張り付き方をしている。
大きなアリクイの舌だ。
ユディくんの読みが当たった。
そして、後一瞬遅かったら、あたしたちは蟻と間違えられて、食されていただろう。
アリクイの舌は、もう獲物が居ないのを確認するかのように空間をまさぐってから、スルスルと去って行く。
あたしは、呼吸の仕方がわからなくなるくらい、緊張していた。
が、ユディくんは、その緊張を吹き飛ばすように、「はーー」と大袈裟に息をついた。
「これで、この通路は安心だ。そして、もうしばらくじっとしていれば、蟻も全滅するだろう。ウルナート文献によると、この島のアリクイは賢くて、そして大食らいだそうだからね」
ユディくんの声音は、優しかった。
明らかに、あたしを落ち着かせる意図をもって発せられているとわかる。
あたしは、背を壁につけたまま、その場にズルリとへたり込んだ。
ユディくんは、心配そうに覗き込んでくる。
「ギュギュ、ありがとう、君のおかげでとても助かった。怖かったね、もう大丈夫だよ」
そう言って、ポンポンと頭を撫でてくる。
いつの間にか顔が汚れていたのだろう、頬も優しくぬぐわれた。
…なんていうか。
状況が上下しすぎて、泣きそうになるから、やめてほしい。
口を開いたら本当に泣いてしまいそうだったので、必死に口を結ぶ。
ユディくんは、そこからは何も言わずに壁に凭れて、あたしの隣に腰かけた。
肩が当たるくらい狭い。
だけど、今は肩から伝わる体温が、とても嬉しかった。
どうやら必要以上に安心してしまったらしく、気が付けば、あたしは眠りについていた。




