04通り過ぎた景色
【翠天の世界】
精霊は上位、妖精は中位、人間は下位の存在と言われている。
大陸のほとんどの地域には、根強く残る風習がある。
生まれながら精霊の祝福を貰えるのだから、死ぬときに精霊様に感謝の気持ちを返したい、という思いから生まれた風習だ。
装身具などの物質的なものは死後に持っていけないため、自分の名前の半分を捧げることで感謝を示そうという流れになった。
実際にそれが精霊に届いているのかどうかは定かではないが、精神体である彼らには、それが善意から来る思いであると感じ取って貰えるのではないかというのが、学者の見解。
そういった風習がある地域では、長い名前を授かる子が多いが、親の愛情が薄いと、短い名になることが多い。
毎日精霊に祈りを捧げる者も居れば、体の内側にある精霊の祝福を使う時にだけ意識する者がいたりと、精霊に対する思いにも、死後に捧げる名の長さにも、厳格な決まり事はない。
しかし精霊教という単語を聞けば、そういう団体もあるのかもしれないなあ、という説得力を持つ程度には、宗教の概念はある。
<例>
A「世界のどこかには、秘密結社という組織があるらしいよ」
B「世界は広いし、そういう組織もあるかもなあ」
A「精霊教もあるらしいよ」
B「秘密結社があってもおかしくないし、精霊教団もあるかもなあ」
精霊の祝福の受け取り方も人それぞれで、自分の内側に実際に精霊様が居ると思っている者もいれば、祝福を通して精霊様と交信できると思っている者、体内に精霊様の祝福がただ残されているだけ、と考える者が居たりと、様々。
そのため、受け取り方次第で祝福の使い方も、語りかけたりする者、自分へ活を入れるように精霊の名を口にする者、無言で力を引き出す者、などなど、微妙な差異がある。
肉体の中には、生まれながらに精霊の祝福が存在しているので、自分は自分一人のものではない、という意識から、タマシイという概念はない。
人に宿るのは心であり、精霊の監督を離れても存在し不滅のものがある、という発想は生まれにくいからだ。
直接的な表現を避ける貴族社会では、人が死すことを、「精霊に導かれた」「精霊様の御許に召された」と表現する。
本能的な確信があるため、死後は必ず導かれるという部分に疑念はない。
墓の概念は、生者のためにある。
墓は死者を思い出すための場であり、また彼らが生きた証でもある。
精霊の祝福が与えられない動植物などは、運が良ければ導いてもらえるだろう、という認識。
近年はその認識に、徐々に増えつつある「精霊の見放し子」も追加された。
基本的に緩い世界だったのは、かつては怒りや憎しみなどの負の感情がなかったため。
人間よりも上位の存在である精霊が具体的に存在する…という部分が、人間が傲慢な方向へ行くのをとどめた。
そのためあまり競争心も生まれず、驚くほど文化の発展は遅かった。
青い空の世界が染み出してきてから、最も変わったのは言語体系だった。
かつては一部地域にしかない楽器などの、ローカルなものや風習の呼び方で齟齬が生まれていたが、翠天の世界の人々の多くが何故か自然と理解している特定の言語を使うと、何かを表すときに齟齬が減ったことから、自然とそちらへ統一されていった。
それがどこからきた言葉なのかは不明。
<例>
A「ああ、碧玉だ、好物なんだ」
B「碧玉? これはシャリットの実だろう?」
A「その呼び方は知らないが、リンゴという呼び方なら知っているよ」
B「リンゴ! それならわかるなあ」
A「ではこれからはそちらを使おう」
B「そうだな、その方がわかりやすいし」
そういった流れで、近年では、死した人間が精霊様に導かれる必要がある状態のことを「御霊」と表現したり、今まで存在しなかった概念をあらわす単語も増えてきたという。
気候はほとんど常春と言っていいほど平坦な気温のため、騎士国家が発行したカレンダーというもので、なるべく日付を意識して過ごしている。
覚えやすさを重視し、一ヵ月は30日。一年で360日。
閃の大陸から、隣の仁の大陸に伝わってきた文化だが、なぜ12ヵ月経つと一年の区切りになるのかは不明。
夏や冬などのイメージは、絵本や小説から知識を得ているだけのはずだが、雪と言われれば、なぜか雪がイメージできる。
その不思議さに気づいているのは学者くらいで、あとは普通に受け入れている。
騎士国家はその他に、自国を中心とした地図を発行しており、果ての大陸と、連なりの諸島がそれぞれ端っこにある。
誰もがそれを世界地図と思っていて、外海に出ようとはしない。
平均寿命は約60歳のため、成人も結婚も仕事始めも、基本的に早い。
死因の1位は、ぽっくり死。
2位は事故・事件。
下位の方に病気がある。
そのため、医療都市では外科医療のみが発達し、内科医療はごく最近発展してきた。
罹患者が少ないため、発展が遅れたものと思われる。
逆に言えば、最近になって内科医療を必要とする患者が増えてきたことになる。
その理由を認識している者は少ない。
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【天啓】
青い空の世界の住人たちが、タマシイの影響力を駆使して、無意識化で行っているテラフォーミングの一種。
よく知らない場所→故郷へ帰りたい→空の色から違う→せめて故郷へ近づけたい→言語・文化を自国のものに染め上げる、という流れ。
たとえそれが一時の慰めであろうと、何の意味もなかろうと、彼らはそうせずにはいられなかった。
外来種による侵略、と表現したパメルクルスの言葉は、言い得て妙だったと言える。
天啓は悪意を持って行われたものではないため、ある程度の指向性を持つ。
例えば、ガラスをもっと薄く、透明度を高くするにはどうすればいいか、という悩みを持ちながら眠りにつく者には、きちんとその分野のスペシャリストが天啓をもたらすことが多い。
ウチュウセンの乗組員に選ばれた彼らは、一人一人がそれぞれ、得意分野の学問を修めた集団であるため、専門分野は多岐にわたり、翠天の世界の文化の発展を後押しする。
それが不自然な発展と気づける者はごく一部であり、気づいたとしてもどうしようもない話であった。
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【霊樹の村】
ユディが最初に訪れた、ララ木材を名産とする村。
実はモノガリの隠れ里を飛び出した者を祖先としており、そのため音の祝福持ちが多い。
僻地にあるので過疎化が進んでいたが、二代目リコリネによる奴隷解放によって、ガッディーロの紹介を受けた住民が増える。
補助金も潤沢に出たので、長老は、これで先祖から伝わる楽器細工を絶やさずに済むと喜んだ。
元奴隷たちも、細工を覚えたりと、働き甲斐がある生活を送ったという。
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【叡智の街の賢者】
硬の大陸で賢者を目指す者は、試験会場のあるこの街に集う。
一般的に賢者の試験は、見習いの時点で「常軌を逸している」という噂の上で囁かれているだけで、一体どんな試験が行われるのかを具体的に知る者は居ない。
一年に一回開かれる試験に向けて、万全の準備を終えた者達は、見習いの試験を受けた瞬間に、全てを悟った。
なぜ、試験内容が漏れないのか。
なぜ、試験に落ちた者たちですら口を閉ざしているのか。
テーブルの上には、数枚の紙が置かれているのみ。
紙をめくると、長々と羅列された文字の下に、解答欄のような隙間は一ヵ所だけ。
よくよく読むと、それは契約書だった。
一、私は学問のためなら家族をも犠牲にすると誓います
一、必要とあれば私財を捨て去り、命すら研究に捧げると誓います
一、私欲を持たず、常に世のためを思い行動すると誓います
そのような項目が延々と続くのみで、知識を問うような問題は一切ない。
最後の欄には、「見習いにおいては書面で済ませるこれらの項目も、賢者になる際には、誓約の精霊ウィブネラに誓うことを念頭に置くように」と書かれてある。
賢者とは、ここまでの覚悟が必要なのかと。
逆に言えば、まず知識ではなく、覚悟を持つ者が賢者であるのかと。
心が折れたものは静かに羽根ペンを置いてその場を去り、合格者の大半は、五分と経たずにそこにサインができたという話だ。
試験に落ちた者は、せめて愚者にならないようにと、そして次の試験者にも同じ絶望を味わってほしいという思いから、自然と固く口を閉ざすという。
後に、何もかもを失った者がまた試験を受けに来ることがあるが、しかしある程度の年齢が経った時点で見習いから始めるのは相当の覚悟が必要なため、最終的に賢者になるのは若くして試験に受かった者がほとんど。
見習いから賢者になるためには、三人の賢者、または賢者ゆかりの者の推薦状が必要。
だが、実際には誓約の精霊ウィブネラに誓わされることもないという。
かつては実際にそうしていたようだが、近年になってそれは廃止された。
「そもそもこの書面にサインができる変人が、今更別の生き方ができるとも思えない。なにより、この工程を省くと経費の節約になる」というのが理由。
条件を果たしさえすれば、賢者は大陸に複数人存在でき、ある程度の援助も優遇して受けられる。
大賢者になるには、世間に広くその研究成果を認められることが条件。
自称ではなく、他称でのみ得られる称号といえる。
ライサスライガの研究は、近年、与えられる精霊の祝福の量が著しく減ってきているため、その対策の一部として、疑似生命体に自我を持たせることで、生活の一助とする案を発表。
課題は山積みだが、人間の新たなパートナーとして、一家に一台、小さな水鉢の中に好きな祝福を受けた疑似生命体を置き、それと共に過ごす、という未来を一例として示した。
実用できるかはまだ不明だが、学者たちは、まったく新しい可能性を示した部分を高く評価した。
ライサスライガの論文内容は、疑似生命体に自我が宿ること、彼らは精霊寄りの存在で、人間よりもうまく祝福の力を使用できること、などが代表的で、実際に肉体を得たギジーの存在については伏せてある。
そうでもしないと、ギジーと同じ存在を作り出そうとする人体実験が行われると思ったためだ。
「まず人間の悪心を疑ってかからねばならないとは、因果な商売だ」と自嘲気味に呟いたライサスライガの言葉は、弟子のミレアノットの心に妙に印象に残った。
大賢者となるきっかけとなったライサスライガの研究は、人権をどうするか、などの倫理的な問題点も添えてあったが、学者たちは未知の分野が切り開かれたことを、心から喜んだという。
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【山菜の村】
ユディたちが去った後、村長たちが手にしたのは、リコリネを由来とする掘削の技術だった。
村長は、旅人に対しての遺恨が育たないうちに、ユディを助けるために掘り進めた穴の開通工事を行う。
長い時間を経て、ついにトンネルは開通した。
その先には、さらに三つの山が広がっており、まだ手付かずの山菜の宝庫があった。
山を越えなければ到底辿り着かなかったその場所に辿り着けた喜びで、旅人への遺恨はすべて綺麗に消え去った。
それどころか、村長は「あの方々のおかげだ」とさりげなく民を誘導し、そこからは旅人を今まで以上に歓迎する村となる。
何年か経つと、「山菜の街」と改名。
今では立派に発展を遂げているという。
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【巨獣の島】
実はウチュウセン墜落時の通り道にあった島。
ある科学者が生み出した実験生物たちが零れ落ち、潮流の関係で、多くはこの島に流れ着く。
途中で有害な物質も撒かれてしまい、島の中心地にある大きな泉が汚染された。
命の精霊コリネイリは、その浄化のために、ありったけの祝福を泉に注ぎ込んだという。
実験にて遺伝子操作を受けた動物たちは、その泉の水を飲んで延命し、年齢とともに巨大化していく。
やがてそれは翠天の世界の生態系の一つとして組み込まれ、進化し、滅びることはなかった。
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【騎士国家】
騎士王には厳格な決まりがある。
騎士王になった瞬間、個人の名を捨てること。
そして、自分の受けた精霊の祝福を口外しないこと。
民のために尽くすのは当たり前として教育を受けていたが、ある時代の王が、そのストレスに耐えきれなかったかのように、アデリーサという美女に溺れる。
湯水のように金を貢ぎ、一時期は国が傾きかけた。
これを討ったのは、当時の騎士王の息子だった。
そんな過ちが二度と起こらぬように、王の七翼という、七人が揃えば王に苦言を呈することができる立ち位置の騎士が置かれ、騎士国家のモットーも、「清貧」となった。
七翼は代々で名を変えていたが、至の翼だけは継承制。
ユディの時代には、「至の翼」「誠の翼」「制の翼」「裁の翼」「情の翼」「憂の翼」「虚の翼」の七人。
七翼にはブランドイメージがついてしまっており、それぞれにファンが居る程、とても人気が高い。
ユディが会った老騎士王には、一目でその者の実力を見抜く力があり、それぞれの騎士に向けて、必ず実力にマッチした様々な要請をする。
老騎士王の代では、騎士の殉職者が減ったと評判だった。
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【闘技の街】
かつて、数人の武器商人たちが興した街。
当時は、武器や防具の扱いに慣れるための模擬戦を行うのに特化した町…という名目で申請され、許可が下りた。
ところが出来上がってみると、今まで裏でこっそりと行われていた身売りの業者たちが結託し、奴隷制という、それまでなかった制度が敷かれていた。
当時の若き騎士王がそれに気づいた時には、既に籠城に適した地形が形成されており、奴隷商人の長は、高らかに治外法権を謳う。
また、「商売の自由」を盾に、再三の退去勧告通知を蹴り、唯一騎士国家に歯向かう街として知られるようになった。
そのため、後ろ暗い者たちの巣窟になっていく。
力づくでこの街をどうにかしようとしても、罪のない奴隷たちがそのまま人質にされてしまうだろう。
奴隷を買い取ることを禁止する法を整備してしまえば、最悪の場合、用済みとなった奴隷たちが殺されてしまうし、奴隷を助けたいという理由で、金を払って買い取る貴族の善意すら潰す結果になってしまう。
当時の騎士王が攻め合ぐねているままに、長い年月が経っていた。
以降、二度とこのようなことが起こらないように、各地に騎士団の詰め所を増やし、常に七翼が民の動向を報告させるようになったという。
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【硬の大陸】
鉱物資源が多く採れる、領主ガッディーロが統治する大陸。
東大陸と呼ぶものもいる。
大陸の名の由来は、岩石などを表す硬いという意味から来ているという説と、叡智の街の学者たちの頭が固い、という皮肉から来ている説がある。
血気盛んな者は、闘技の街に集う。
他大陸の人たちからは、無骨な大陸という印象が強かった。
奴隷解放以降、若きガッディーロ当主が、硬の大陸の産業を、観光名所として手を加えてのアピールを始める。
大陸情報倶楽部を利用して宣伝をしたおかげで、各地から順調に人が集まってきている。
そこから大陸情報俱楽部は、宣伝ビジネスにも手を出し始めたという。
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【繁の大陸】
硬の大陸から南に位置する。
名前の由来は、そのまんま、草木が異常に繁茂している点から来た。
草木の色合いを取って、青の大陸と呼ぶ者も居るが、そう呼ぶのはごく少数。
まだまだ未開拓の土地があると言われており、まだ見つかっていない部族なども居るのではないかという話。
現地の学者たちは、新種の猛獣や毒性の植物などの、新たな脅威が見つからないようにと願いながら調査を続けている。
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【潤の大陸】
繁の大陸からは西にある、巨大な大陸。
その名の通り、水源が多く、大陸を潤している。
その広さから、風通しが悪いわけではないので、カビの温床というイメージはない。
高低差は少なく、見通しもいいので、広さのわりに、未開拓の土地があるわけではない。
繁の大陸と同じくらい、動植物の種類が多いため、学者がよくこの地を訪れる。
生活していく中で、動植物にとりあえずの呼び名をつけていく習慣があったせいか、いつしか潤の大陸に住まう人々は、何かと「二つ名」をつけたがるようになっていった。
「圧殺鎧鬼」「殲滅のシグナディル」「錆び取りユディ」は、どれも潤の大陸出身者がつけた二つ名。
水の都に赴任してきたウェイスノーは、絶対にこの大陸では目立つまいと固く決意したという。
一方で、大河の街のジャンティオールは、いつか二つ名がつくといいなとワクワクしていた。
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【仁の大陸】
潤の大陸の北から、海峡大橋でつながっている大陸。
様々な大陸の中心地に位置にする。
そのさらに中心地に騎士国家があるため、世界の中心地と言われている。
人と人とのつながりに重きを置いた大陸で、人口の多さはトップクラス。
便の良さから、税金は高く、他に比べると人災も多い。
それでもこの地に住みたがる人は後を絶たないという。
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【閃の大陸】
仁の大陸からは、西にある大陸。
例えば、小さな子供が、覚えたばかりの単語を使いたくて使いたくて仕方がない、という状態になることがある。
閃の大陸の人々は、大人も子供も、そんな無邪気な特性を持っていた。
日々訪れる天啓も抵抗なく受け入れ、そのよくわからない単語や知識をすぐに使ってみたくなるため、閃の大陸は他大陸よりも発展の度合いが高い。
動かない月が消えた後、少しずつ閃の大陸からは、新しい天啓が失せて行った。
しかし今まで得た知識が消えるわけではない。
これからは、翠天の世界独自の発展をしていくだろう。
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【連なりの諸島】
繁の大陸と、潤の大陸の間にある、南の諸島。
独自の文化圏が多い。
潮流の関係で、島によって寒暖差が激しい。
騎士国家が発行している地図では、世界の果ての地点にこの諸島がある。
かつて、領主に税を収められなかった人々が行きついた先がこの島で、領主などは存在しない。
裕福ではないが、最低限の生活を送れるという噂を聞きつけ、そこそこ移住者はある。
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【果ての大陸】
別名、惑乱の大陸。
閃の大陸と、仁の大陸の間にある、北の大陸。
かつて命の大賢者パメルクルスが惑乱し、キョウキという生物を大陸中にばらまいた死の大地…という噂を、約束の民が流布した。
好奇心で船を出してみると、確かに黒いシルエットのような生き物が襲ってきたので、命からがら逃げてきた者が証人となる。
キョウキは何故か海を越えないので、騎士国家が退治しに行くことはなかった。
わざわざ出向いたとしても、いたずらに騎士を傷つける結果になるからだ。
ただ、古代史を紐解くにあたり、果ての大陸の文化の研究が全く進まないため、学者にとっては夢の大地。
全てが終わった後、賢者ミレアノットは、果ての大陸の安全性を広めようかとも思ったが、ひとまずはモノノリュウの眠りを妨げないように秘匿を続ける方を選んだという。
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【ウチュウセン:まどいせん号】
新天地を求めて旅立つ船。
自動航行機能付き。
いずれ来る氷期から逃れるために、そこそこ急ピッチで作られた。
長距離移動中は、順番を決めてコールドスリープをすることで、老いを避けた。
ワープ機能も一応は備わってはいたが、まだ実用に至っての安全性が立証されていなかったため、使うのは最後の手段とされていた。
まだ発展途中の技術が多く、クリーンエンジンなどの軽量化・小型化が十分ではないため、居住区は想定したよりもスペースが取れなかったものの、新天地開拓用の重機などのハッチをトレーニングルームにしたりと、工夫を凝らした生活を人々は楽しんだ。
その代わり、クリーンエネルギーや耐久性、持続性の技術発展に力を尽くしており、エネルギー問題はおおむね解決。
燃料や電力の心配だけはしなくてよかった点が、乗組員の心の余裕を生み出していた。
ヒーリングルームは何部屋かあり、小動物と触れ合えたりする部屋もある。
小動物は、コールドスリープ技術の実験に伴い、彼ら用の大きさの試作品が数台あり、それらを持ってきている。
何億光年かかるかわからない旅路は、それでも順調に進んでいた。
ある科学者が、周囲を上手く言い含めて、自分以外をコールドスリープへと導く。
彼はこの時のために周到に準備を重ねており、周囲の人間は彼を信頼しきっていた。
そして彼は、遺伝子保存ルーム「ノア」へと閉じこもる。
新天地に食用となる動植物がなかった時のために、細胞培養用のポッドが十機ほどある部屋だ。
ポッドの形状は、筒状の本体と、左右に液体注入口と排出口用の小さな筒がくっついている形。
使い方は簡単で、本体に生き物の一部を入れるだけ。
ただし遺伝子が焼き付いてしまうため、別の細胞を培養する場合は、排出口から中身を出し、注入口から新しい溶液を入れる作業が必要。
これを怠ると、遺伝子が変質を起こし、理論上はキメラやミュータントが誕生すると言われており、神への冒涜になるという倫理上の問題から、固く禁止されている。
しかし、科学者の狙いはそこにあった。
もはや故郷の青い星から離れてしまった今、どうして神を恐れる必要があろうか?
今、自分たちは古い倫理を捨てられる、自由な場所に居るというのに。
邪魔者をコールドスリープで眠らせた科学者は、自由にキメラたちを作り始める。
彼は「新しい生物を生み出す」という、神の御業を模倣する一点に集中するあまり、生み出した生物の制御については全く放置していた。
増えに増えた新生物たちは、ウチュウセンを我が物顔で駆け回り、彼らが飢えに苦しんで航行制御室をこじ開けるのは時間の問題だった。
結果的に、船は大破。
その際、何かのはずみでワープ機能が働き、船はどこかの星の上空へと放り出された。
そこが異界なのか、それとも同じ世界線上にあるどこかの惑星なのかは、誰にもわからない。
コールドスリープ中の移民たちは、自分の身に何が起こったかを知る方法すらわからず、ただただ無意味に命を落とした。
そこから生まれた憎しみや怒りが、すべての始まりだった。




