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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
番外編
121/137

03通り過ぎた人々 その3

【テリオターク】


 貴族の三男で、兄が二人、姉が一人いる。

 「社会的地位の保持には義務が伴う」という解釈の一つとして、人々の助けとなる騎士となった。


 騎士国家でキルゼムについての報告を上げた後、隊長に就任し、海峡大橋にてユディと共に暮らすようになる。

 三年間という、決して短くない時間、ユディに少しでもリラックスして過ごしてもらうために、彼はある日部下に質問をする。

 「君がリラックスできる場所はどこか」と。

 部下はこう答えた。「そうですね、やはり実家に里帰りした時が一番落ち着きます」と。

 貴族であるテリオタークは、実家が落ち着く場所だとは考えてもみなかったが、一般的にはそうでもないのかと驚いた。


 部下たちは、人付き合いが不器用ながらも、貴族という立場をひけらかさず、真面目な彼を慕っていた。

 そして、次第に気づき始める。

 ある日、唐突に隊長の口から弟という単語が降ってわいたように出てきて、そしてその弟という存在に対し、彼がひっそりとデレデレになっていっていることを。

 そのため、弟さんの話をすれば隊長のお小言から手早く逃れられる、という暗黙の了解が出来上がっており、海峡大橋の騎士団にとって、テリオタークの弟さんには影ながら世話になっていた。


 ユディが旅立った後、二度と会わない決意をした彼は、未練を振り払うべく、とにかく仕事に打ち込むことに集中した。

 部下たちにも、「弟の話は二度とするな」ときつく言い含めて日々を過ごす。


 数年が経過した頃。

 海峡大橋に、久々に新人騎士が配属された。

 顔立ちはユディと似ても似つかなかったが、まだまだ鍛え足りない細身の体つきは、どこかユディを彷彿とさせた。

 テリオタークは、理性的に特別扱いを抑えながらも、その新人騎士へと直々に指導をしたりして、丁寧に新人教育に努めた。


 テリオタークは才気ある男であり、何事もそつなくこなすことができた。

 そのため、「できない者」の気持ちが、致命的に理解できない。

 新人が最もミスを犯しやすい、二年目のできごとだった。

 騎士試験に落ちて自暴自棄になった男が、酒の勢いでナタを持って暴れまわる事件があった。

 新人騎士は功を焦り、援護を呼ぶ伝令に向かわせようとしたテリオタークの命令に初めて背く。


 「隊長! あのような男、大勢を集めずとも、私一人で十分です!」


 新人騎士はテリオタークを心から尊敬しており、彼が育てた自分が使える人材であることを、ただただアピールしたかった。

 小さな失敗ばかりしていた自分が、こんなに立派に育ったと、身をもって伝えたかった。

 これはそのためのチャンスだと信じていた。


 結果として、新人騎士を庇い致命傷を負ったテリオタークは、寸止めもできず、暴漢にとどめを刺した。

 斬られたことに茫然とする暴漢を、テリオタークは蔑むでもなく、真正面から見つめる。


「馬鹿者が。見ろ、これが貴殿の実力だ。きちんと修業をした私という騎士に、本気を出せば、こうして一撃を入れられる程の実力があったのだ。まったく、勿体ない話だ、最初からこうすればよかったのではないか。がむしゃらに、死ぬ気で、未来に向けて生きていれば、命を落とすこともなかった。一度の失敗での自暴自棄など、何も生み出さないと知るがいい」


 暴漢は、心から悔いながら、倒れ伏した。

 悔いたのは、他者のために命を賭けてまで説教をする、この男に傷を負わせてしまったことに対してだった。


 続いて倒れたテリオタークを、泣きながら覗き込んでくる新人騎士の顔が、薄れる意識の中でユディに重なる。


「ユディ……泣くな……。この程度で泣いていては……使命を果たすなど、夢のまた夢……だぞ……」


 それが、最後のお小言だった。


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【ジイヤ】


 テリオターク本人は全く自覚していないが、常に斜め上の方向に突っ走り癖のある彼を、ジイヤは放っておけなかった。

 手がかからないようで、実際は手のかかるテリオタークが騎士になると決意した時、当たり前のように本家を離れてついていく。


 ユディという弟が唐突にできた時も、ジイヤは慣れたもので、特に驚きはなかった。

 だが、兄や姉、両親祖父母という、上の立場の者ばかりに囲まれていたテリオタークが、初めて安息の地を見つけたかのように、雰囲気を柔らかにしていったことには、少なからず驚いた。


 ジイヤは日に日に涙もろくなっており、ユディが去った後のテリオタークの気持ちを思い、いつも陰でこっそりとハンカチを湿らせていた。

 そして、覚悟していた日が訪れた。

 テリオタークが隊長となった時に、遅かれ早かれ殉職する日が来るのはわかっていた。

 ジイヤは執事としてつつがなくすべての手続きを終わらせ、海峡大橋の家を引き払う。

 本家に帰り、テリオタークの墓参りをしていた時に倒れ、後を追うように生涯を終えた。


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【聖女ネーヤラーナ】


 あまり見かけないとされる命の精霊の祝福を受けているが、祝福の量自体は多くない。

 使い道も、生命力を相手から奪うか、自分の分を与えるか、という使い勝手の悪い二つしかない。


 希望のキャラバンを率いる商人はとても有能で、ネーヤラーナを聖女に仕立て上げておきながらも、命の精霊の祝福は使わせないようにしていた。

 珍しい祝福を狙う層が、必ず出てくると読んでいたからである。

 しかし、いつも穏やかに微笑みながら人々の悩みに耳を傾けるネーヤラーナの姿には、祝福を使わずとも癒されていく人が続出。

 「特殊な力など無くとも、人は集まってくるものなのですね」と、しみじみ述べた商人の言葉に、ネーヤラーナはただ驚いていた。


 今まで、なんとなく自分が幸せになってはいけないと、なぜか思いこんでいた。

 しかしユディたちと別れた辺りから、その思い込みが霧散。

 順調に結婚し、一時は希望の街に落ち着いて子を産むが、すぐにキャラバン活動を続ける。


「一人一人は弱い存在かもしれませんが、みんなで集まってお喋りしていたら、もう絶望する暇なんてありませんよ! まずは死ぬ気でそれをやってみましょう?」


 そう言って、人々に手を差し伸べ続けた。

 とはいえ、先立つものは必要なので、職業も斡旋できる希望の街の存在を、とてもありがたく使わせてもらっていた。

 ユディとはその後、デギーデジー越しに、書面のやり取りしかしていない。


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【町長デギーデジー】


 見るからに弱そうな、出っ歯の小男。

 希望の街が発展する頃には、一人前の町長になっていた。

 困っている人がいると放っておけず、すぐに身銭を切って助けようとするので、街の人たちからはよく怒られていた。

 妻もおらず、子もおらずなので、希望の街の住民を家族のように思い、尽くし続けた。

 町民たちに慕われながらも、きちんと次の町長を決め、困っている人のために私財を使えるように寄付団体を作り、後腐れなく引退。

 その頃には、希望の街は、情報の街と呼ばれるようになっていたが、思い入れから、希望の街という呼称を使い続ける。


 その後は、盗賊や窃盗団の噂を聞きつけると、必死の説得に向かう。


「あっしもケチな賊でやんした。ですが、変われたんでやす! お願いしやす、もし、ほんの少しでも更生を望んでいるのなら、あっしと一緒に希望の街へと行きやしょう! 夢中で駆けずり回っているうちに、きっと自分の道が見つかるはずでやすから!」


 その滑稽さを見ると、賊は殺す気も起きない。

 デギーデジーのあまりの形相にただならぬものを感じながら、最初はこの男を利用してやろうとついていった賊たちは、街に一歩入って驚いた。


「デギーさん、こんにちは!」「デギーさん、帰りにうちに寄って行ってくれよ、今年のウィッシュベルは豊作なんだ!」「デギーおじさん、元気そうでよかった!」


 何の変哲もない小男に、すべての町民がにこやかに挨拶をしていく。

 その状況に、薄気味悪いものを感じて逃げ出す者も居れば、デギーデジーの私財を盗んで逃走する者、心を動かされてそのまま彼の傍に残る者、などなど、様々な選択肢が選ばれた。

 いつかデギーデジーが殺されてしまうのではないかとハラハラしながら彼を引き留める街の人も、奇跡的なまでに無事に帰ってくる姿を見て、素直に応援することに。


「おっ、デギーさん、そいつが今回の賊かい?」「あんたも変なのに掴まっちまったねえ! その人の話だけでも聞いてやっとくれ!」「懐かしいな、俺も盗賊だったんだよ」


 町民の声掛けは、そういったものに変わっていき、小悪党たちはひたすら目を白黒させたという。

 デギーデジーは、どんなに裏切られても、「彼もいつか後悔する日が来るんでやしょうねえ」と、心配そうに語るだけだった。


 最終的には、意外なほどに何事もなく、老衰で死亡。

 手先は不器用で、珍しい祝福を持っているわけでもなく、豊富な知識があるわけでもないデギーデジーだったが、卓越した能力を持った人と同等か、それ以上に人々を救った。


   リーンゴーン、リーンゴーン―――


 街に設置された、新しい水脈の鐘が、精霊に導かれる彼を見送る。

 彼の葬式には、本当に様々な人が集ったという。


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うつろの翼アシュアゼ】


 小さい頃、両親がアシュアゼにこう問いかけた。

 「弟か妹が欲しい?」

 アシュアゼはこう答える。

 「たくさんほしい!」


 幼い日の無邪気な回答のために、アシュアゼは貧困に苦しむことになるが、彼自身はそれを全く悔いていない。


 騎士王がその頃ちょうど欲していた、数少ない色の祝福持ちだったため、騎士団に入団直後、無茶振りとも言えるほどに難度の高い、ある任務を言い渡される。

 若さゆえのやる気で、無事にこれを成し遂げた後、歴代最年少で七翼の座を与えられた。

 かつては人並みに、新しい土地でやって行けるのか、騎士として大成できるのかの不安はあったのだが、それらすべてが消し飛ぶほどの衝撃だった。

 あまりの嬉しさに、勢い余って常にハイテンション。

 無名の自分の実力を見抜き、自分でも半信半疑な力を信じた上で引き立ててくれた騎士王を、崇拝といっていいほどに尊敬している。

 秘密裏に与えられる任務として、大体が要人の暗殺という汚れ仕事なので、騎士仲間の誰からも疎まれたり妬まれたりはしなかった。


 悪人を斬ることに微塵も心は動かない分、罪もない伝令を殺めてしまった後悔に激しくさいなまれる。

 キルゼム事件以降、自分の判断を厳格に罰してくれる存在を求めていた。

 だからこそ、フェルアーデに出会った時、彼女に感じた救いは計り知れない。

 さりげなくフェルアーデが殺しやすいように色々な策を弄し、弁当を出されれば、目の前で成果を見たいだろうと立ち食いまでやる。

 文字通り、毎回命がけでフェルアーデと向き合い続けた。

 しかしフェルアーデからの差し入れを受け取ってしまったがために、他の女の子からの差し入れを断るわけにもいかず、他のはサラルディンに毒見をさせて、弟や妹に栄養を取ってもらっている。

 フェルアーデに命を捧げられるのは、単純に喜びであったし、それで万事丸く収まると思っていた。


→<別記:フェルアーデとアシュアゼ>


 彼の葬式に参列した七翼は、皆沈痛な面持ちで、いたりの翼は涙ぐんですらいた。

 全員、汚れ仕事でもへこたれず、進んで道化をやり、場を華やかにしていたアシュアゼを、密やかに好いていた。

 それに気づいていないのは、アシュアゼ本人だけだった。


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【サラルディン】


 実は、おさえの翼の密偵。

 おさえの翼は、七翼それぞれに密偵を潜ませ、騎士王を裏切るような行為をする騎士が居たら未然に防ぐように指示していた。

 だが、密偵たちは最終的に必ず、おさえの翼に同じ報告をする。

 そして、サラルディンも例外なく同じ判断をした。

 「これからも情報提供は続けますが、自分のことは貴下の部下ではなく、アシュアゼ様の部下として認識していただきたい」


 しかしそれはおさえの翼にとっては想定内の反応だった。

 そして、その報告が来るたびに、七翼それぞれの影響力の強さと、彼らを長に据えた騎士王の偉大さを思い知り、感動に打ち震えるのだった。


 誓約の精霊ウィブネラの祝福を扱うのは難しいとされるが、実はコツがある。

 まず自分が誓いをたてるのだ。

 それに気づけるか気づけないかが、大きな分かれ目となる。

 サラルディンは早い段階にそれに気づいていた。


 サラルディンの誓約は、「金に対して一途である人生を歩むこと」。


 だが、ある出来事がきっかけで、彼はその誓約を破り、相手に契約を強要させる力を失った。

 その後は、獣を使役する、という、多くの者が使う方法で、騎士団に貢献を果たす。


 フェルアーデのことは、アシュアゼの命令で身辺調査をしていた。

 すべてをわかった上で、アシュアゼの意思を尊重するしかなかった。

 そもそもアシュアゼは、言っても聞き入れるようなタイプではない。

 フェルアーデは素人の一般人なので、自分が上手く立ち回れば、土壇場でアシュアゼの命だけは助けられると思っていた。

 そのため、アシュアゼからは常に離れすぎないように動く。


 アシュアゼの不器用さと、変な真面目さを彼なりに好いており、最終的には、アシュアゼの代わりに面倒を見ていた彼の一番上の妹と結婚。

 七翼を継いで、影の翼サラルディンと名乗る。

 いつまでも、アシュアゼの影で居たいという理由からだった。


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【調香子セドリック】


 ミギくんとダリちゃんが居なくなった後、ショックを受けている妹を見て、なんとか我を取り戻す。

 自分がしっかりしなければならないと、使命感で持ち直した。


 しかし、家督を継がねばならない彼は、家を去った妹を追いかけることもできない。

 医療都市から帰った両親から紹介された娘とそのまま結婚し、無難に日々を送るが、頭の片隅では常に妹を心配していた。

 自分がなんとか日常を取り戻せたのは、他ならぬ妹のおかげだと認識していたからだ。


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【調香女セエラセイラ】


 ミギくんとダリちゃんが居なくなった後、放心したように日々を過ごす。

 ある日唐突に、兄を置いて研究都市に向けて旅立ち、賢者見習いになる道を選んだ。

 元々あった素養を高く評価されて、異例の速さで研究室を持つ。

 着飾りもせず、必死に勉強を続け、なんとかミギくんとダリちゃんを取り戻す糸口を探し続けた。


 時々兄が研究室を訪れては、心配そうに近況を聞いてくるのだが、それに取り合おうともしない。

 兄はいつも肩を落として帰っていくが、見送りすらしなかった。


 やがて限界を迎えるように研究が行き詰まったので、原点に立ち返り、香りの調合を始める。

 香りの精霊の力を使いながら、ふと思いついた。

 「あの日々を、永遠に見続けられる香りを作ればいい」と。


 そして、ミギくんとダリちゃん、ユディとリコリネと過ごした幸せな日々を、彼女は幻覚の中で何度も繰り返す。

 唐突に、頬に走った痛みで目が覚めた。

 気が付けば兄が、泣きながら自分を抱きしめている。

 セエラセイラはやせ細り、飢え死に寸前だった。


 なんとか体調を整え、落ち着きを取り戻した後、兄は一通の手紙を差し出す。

 「ボクたち宛てに手紙が届いたから、それを持ってきたのさ。この手紙が無ければ、セエラは死んでいたよ」


 不思議に思って読んでみると、それはユディからの手紙だった。

 「いつか、また会いたいね」

 たった一言。

 それだけが書いてあるだけの手紙だった。

 何故か、とてもユディらしいと感じる。


 そのたった一言で、ユディたちの旅が終わって落ち着いたのだとわかった。

 急に、堰を切ったように涙があふれる。

 どんな旅も終わるのだと、どんな生も終わるのだと、残酷に突き付けられたからだろうか。

 それとも、あの日々がもう帰ってこないと、今更わかったからだろうか。

 死にかけたことへの恐怖心からだろうか。

 あんなに勉強をしたはずなのに、自分の正しい感情すらわからない。

 わからないままに、何かから解放されたように感じた。


 それ以降、憑き物が落ちたかのように、香りの調合を始める。

 文香や、香り付きのレターセットやインクなど、手紙に関するものばかりを作り、手紙の大切さを世に広めた。


 「うちはね、手紙に救われたんよ」

 彼女の講演会は、必ずその一言から始まるという。

 胸にはいつも、ふわふわ長靴があしらわれたブローチが飾られていた。


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【ヒズレイシー】


 終焉は、静かで唐突に始まった。

 永遠に続くかと思われた彼の集落での生活は、ヒズレイシーを生み続ける装置の故障で、いとも簡単に潰える。


 ある日、髪の毛を装置に入れても、うんともすんとも言わない。

 事の重大さを理解できた者は、誰も居なかった。

 ただ、さざなみのような困惑が、さわさわと広がるのみ。


 だが、元から500人のまま、百年以上も続いていた生活だ。

 今までとそう変わらないだろうと思いながら、そのままいつも通りの生活を続けていく。


 ある日、その時のオリジナル・ヒズレイシーが倒れた。

 クローンの寿命は、元から長くはなかったのだろう。

 きちんと死人が出たのは初めてだったので、残ったヒズレイシーたちは、戸惑いながら遺体を土に埋めた。


 一週間後、二人目が死ぬ。

 なぜかいつも、測ったように一週間ごとに数が減っていく。


 その段階になっても、誰も、どうすればいいのかわからなかった。

 この集落の外にも世界があり、そっちへ助けを求めに行けばいいのはわかる。

 だが、誰も旅のやり方や、他の街の場所を知らない。

 この集落に骨をうずめると、誰が決めたわけでもなかったのに、彼らは生まれた時からそう決まっていた。

 『ヒズレイシー』として生きる以外の生き方を、与えられていなかった。


 最後の一人になった時、集落は墓石で埋まっていた。

 すべてを見届けた、最も若いヒズレイシーは、どのヒズレイシーも持たなかった、ある一つの感情を持った。

 それは、絶望だった。


 なぜか、その時初めて、自分がオリジナルになれたような気がして、彼は心から笑った。

 乾いた笑いだった。

 その声も、いつしか響かなくなる。


 それが、真の意味で何も生み出さなかった者達の最期だった。


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【ヒニアロイカ】


 約束の民は、辺境に住んでいるためか、それとも先祖に音の祝福を受けた者が多く居たためか、音の祝福持ちが多い。

 ヒニアロイカの音の祝福の量はそこそこなので、ユディとの共鳴もそこそこで済んだ。

 彼女は次の年も、その次の年もマリージェンヌの役をちゃんと果たし、はるか昔からの約束を守り続けた。

 世界にとっては、そこに何の意味がなくとも、彼女の中では意味があるもの。

 それが、連綿と続く「約束」だった。


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【命の大賢者パメルクルス】


 当時は賢者の試験などは存在せず、単純に精霊の祝福の量が多い者が賢者となっていた。

 中でもパメルクルスは歴代で最も祝福の量が多く、精霊の愛し子とまで呼ばれていた。

 力を持つ者は、他のために尽くさねばならないという暗黙の了解があり、パメルクルスは滅私の献身を余儀なくされる。

 歴史の転換点のうちの一人。


 パメルクルスには、二人の幼馴染が居た。

 一人は、時の祝福を受けたロットマーシュという男。

 一人は、音の祝福を受けたマリージェンヌという女。

 三人は年も近く、とても仲が良かった。


 マリージェンヌは、背伸びをして大人ぶった言葉遣いをするパメルクルスを「おばば」と呼んでからかってきていた。

 パメルクルスも張り合って、おぬしは無い物ねだりだのなんだのと、軽い口喧嘩のようなことをよくしていた。

 ロットマーシュは、いつも「まあまあ」と二人を宥める役だった。


 ロットマーシュが若くして竜の民の長を継いだ時、友であるモノノリュウに異変が起きる。

 マリージェンヌは、モノノリュウとの約束を果たすべく、約束の民を率いて、子守歌の民と戦った。

 パメルクルスは賢者として中立を守り、この戦いを見届けたことで、大賢者の称号を長から授かる。

 子守歌の民の勝利が決まると、ロットマーシュは命を賭して、パメルクルスの時を止めた。

 久しく、個人的な会話をしていないままの別れだった。


 敗北した約束の民、そして勝利した子守歌の民。

 勝っても負けても、どの道、果ての大陸から去らなければならなかったのは、皮肉な話だった。

 マリージェンヌは別れ際に、微笑んでこう言った。


「約束と共に、あなたを忘れることはない。そして、その先にサヨナラは決して訪れないのよ。わかる? わからなくていいわ。ただの戯れ言だから」


 ロットマーシュとの別れに心を沈ませたパメルクルスには、上手く言葉が返せず、ただマリージェンヌの背を見送る。


 たった一人になり、ある程度大陸に人除けのためのキョウキという疑似生命体を配置し、長い時間が経った。

 孤独な生活に慣れきった頃に、塔の周囲を漂い始めた記憶の霧の中に入る。

 その時に得たのは、青い空の世界の住人との出会いだけではない。

 ネコ、イヌ、などの愛らしい生物に会わせてもらい、とても感動した。


 パメルクルスは、小さなネコのシルエットをした疑似生命体を作り、しばらくそれと共に過ごした。

 しかし、あの時の感動が全く訪れない。

 それもそのはず、疑似生命体は、パメルクルスが望むとおりにしか動かない。


「なるほどの。人は自分の制御が効かぬ生き物が、予想外に愛らしい動きをして、初めて愛しさを感じるのかもしれぬ。大精霊様が我々人間を作ったという話が本当であるならば、大精霊様の制御が届かぬように作ったのも当たり前の話なのかもしれんな」


 すっかり独り言の癖がついていたパメルクルスは、感心したようにそう言った。

 しかし、それはつまり、結局これからも、自分は一人きりである、という結論が待つだけだった。

 一人きりでキョウキに囲われている限り、予想外を起こす存在になど、出会えるわけがないのだから。


 孤独を癒すため、散発的に記憶の霧の中に入り続けて、何百年がたっただろうか。

 最初は彼らと言語すら通じなかったが、彼らが精神体であるからか、言わんとしていることは心に伝わってくる。

 パメルクルスは生来の聡明さを発揮して、青い空の世界の言語をどんどんと吸収していった。

 青い空の世界の住人たちは、ほとんどが若い頃の記憶に浸っているので、「マジか」等の崩れた言葉を使うことが多い。

 パメルクルスは、そういった親し気な言葉たちを愛しており、隙あらば使ってみたいと思っていた。


 ある時、ふと、何故彼らがこうなったのか、という真実を知りたいと欲し始める。

 そんなときに出会ったのが、サトウトシオという男だった。


→<別記:パメルクルスとシュガー・アンド・ソルト>


 もはやパメルクルスが竜の民として過ごした時間は時の最果てに置いてきており、当時の言葉は古代語とまで感じる。

 事実、ユディたちが話していたのは、すっかりと世界に染みこんだ、青い空の世界の言語だった。

 パメルクルスにとって、それは想定内であったため、普通に会話をする。

 同時に、かつてあった文化が、完全に上塗りされてしまったことに、一抹の寂しさを覚えたのだった。


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【現ガッディーロ当主】


 本名ラグリッツ。

 7つ年下の、リコリネの弟。


 10歳の誕生日を祝われた翌週に、姉が旅立つ。

 最初は何故そうなったのかわからなかったが、姉が自分のために決意したことだけは、幼いながらも理解していた。


 姉が居なくなった空白を埋めるように、勉強に精を出す日々を過ごす。

 瞬く間に一年以上が過ぎ去ったある日、本当に唐突に、音信不通だった姉から手紙が届いた。


「父上、父上、早く手紙を読んでください!」


 そう言ってせがむも、手紙には用件だけがぽつぽつと書かれてあるだけで、両親も祖父母も困惑していた。


「ご無沙汰しております、リコリネです。突然の報告となりますが、私は旅の途中で命を救っていただいた方を主とし、各地を転々としております。現状で、将来的に必要となりそうなものが孤児院とわかりました。資金は後程、賞金首を狩って作りますので、土地の確保と、建物だけでも作る準備をしていただきたい。詳細は後日にて。それでは」


「……? 父上。姉上は、お元気にお過ごしになっている…という意味でしょうか…?」


 その問いには、誰もが苦い顔をするだけだった。


 そこからは、それまでと比べると頻繁と表現できるほどに、報告書のような手紙が届き始める。

 曰く、「海賊を退治しました」「盗賊団を壊滅させました」。

 そんな報告には、必ず大金が添えられていた。


「母上……姉上は、修行の旅に出られていた…ということでしょうか…?」


 頭が痛そうにしている両親を窺うも、返事はない。

 彼は不意に思い立ったように背筋を伸ばす。


「父上、お願いがあります。どうか、姉上が切望する孤児院の建設は、私に指揮をとらせていただけないでしょうか? この経験は間違いなく、ガッディーロ当主を継ぐための第一歩となる確信がございます」


「おお、なんという心意気か!」


 家族はもろ手を挙げて、リコリネとは別の意味でしっかりしている次期当主の成長を喜んだ。


 13歳を過ぎた頃、姉が従者二人と、自分より2つ年上の奴隷、そして大金を携えて、傷ついた身のまま帰ってきた。

 そこでリコリネは、すべてを打ち明ける。

 ほとんど信じがたい話だったが、流石に領主を経験してきたリコリネの父と祖父には思い当たる節があり、世界の平和が危ぶまれている現状を受け入れる。


 弟は、姉とファウラサと共に、孤児院を順調に運営することしかできなかった。

 強く、明るく、優しいウェイスノーにとても懐いて、剣術も彼に習う。

 成長と共に、姉との別れの日が近いことを悟る日々だった。

 姉は、無骨な手紙を書いた人と同一人物とは思えないくらい、物腰が柔らかで、よく旅の話を聞かせてくれた。

 その飾り気のなさに、清廉さとはこういうものかと強く思う。


 19歳の時、姉と死別。

 憧れていたウェイスノーの死から、それほど時間が経っていなかったため、立ち直るまでに相当の時間を要した。

 孤児院の運営者のファウラサ、そして『リコリネ』の教育係として戻ってきたティセアと共に、懸命に姉の想いを守り続ける。

 ティセアは1つ年下で、自分と同じように姉を慕う姿を好ましく思っているうちに、ほのかな恋心が芽生えていた。


 しかし、全てが終わったと同時に、ティセアはキオから逃げるようにどこかへと行ってしまう。

 ラグリッツ・ガッディーロは、即座にティセアを追いかけるのだった。

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