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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
最終章 うそつきリコリネ
117/137

06それからと、これからと

「リルちゃん~~!」


「レイネ! おまたせ!」


「うわ~~、なんだか懐かしいやり取りすぎて、泣きそうになりますね~~!」


「ふふーん、安心しなさいよ、これからはリルがずっと一緒に居てあげるんだから!」


「……、…………」


「? なによ、その反応。嬉しくないわけ?」


「ううん、嬉しいに決まってます~~。でもね、違うの~~。あたし今日は、お別れを言いに来たの~~……」


「?? バカね、いまさら何言ってるのよ!」


「……あのねリルちゃん、聞いてください~~。パルカティナ様っていう方がですね~~、ここで待っていればリルちゃんに会えるって教えてくれたんです~~!」


「……?」


「明暗の精霊様なんていらっしゃるんですね~~、あたし全然知らなくって~~、断片的に未来が見えるんですって~~。それでね、昔から妖精に近しい人間に啓示を与えていたらしいんですけど、それでも力が弱いって言うんですから、精霊基準凄すぎます~~! たまに他の精霊様にも、多めに祝福を与えるべき人間を告げたりするんですって~~、その人間が転換点になるとかで~~」


「もうっ、相変わらず鈍くさいわね、要点だけ言いなさいよ!」


「あ、そうでした~~っ。…リルちゃん、今までありがとうございました~~。半身である名前を持って行ってくれて、あたしをずっと一緒に旅に連れて行ってくれたんですよね~~! すっごく、すっごく、嬉しかったです~~!」


「………」


「でもね、リルちゃん~~。もういいの。リルちゃんは、あたしがきちんとお別れできなかったせいで、あたしの存在に引っかかっちゃって、次にいけなくなってるだけなんです~~。リルちゃん、もうリルちゃんは次の幸せを見つけに行っていいんですよ~~!」


「違う! リルが無理やり約束させたからだし、レイネは悪くない! ……それに、リルは、そんなに幼稚じゃないわ」


「ううん、大人でも子供でも、お別れが平気な人なんで居ません~~。それでも、頑張って頑張って、必死にどこかにきっかけを作って、折り合いをつけて、それで泣きながらでもなんでも、次に進むんです~~。あたしは今日、あの日作れなかったきっかけを作りに来たの~~」


「……、……なんで、そんなこと言うの……。リルは、せっかくここまで来たのに。青い鳥に取られたレイネの笑顔だって、やっと思い出せたのに…」


「リルちゃん~~…。あのね、リルちゃんの一度目の人生は、あたしが貰っちゃいましたから~~。だから、次に行っていいんです~~。それでも、あたしとの出会いが消えちゃうわけじゃないのですから~~」


「………」


「あの男の子は、ずっと、ずっと、テーブルに三人分の食器を並べ続けているような子ですね~~。もう誰もそこに座る人が居なくても、あの子はずっと、ずっと、三人分の食器を並べ続けるでしょう~~」


「……それは……」


「ほら。その席に座ってあげたくなってます~~。リルちゃんは面倒見がいいですからね~~! あたし、そういうところも大好きなんですから~~!」


「レイネ……でも……」


「リルちゃん、ほら、振り返ってみて~~?」


「……。…! この匂い、パメルクルスの命の匂い…! どうして!」


「リルちゃん、お願い、行ってあげて~~! 心配しなくても、あたしを好きなことと、あの子を好きなことは、ちゃんと両立するのですよ~~!」


「レイネ……!」


「あたし、幸せでしたよ~~! リルちゃんも、たくさん、たくさん、幸せになってください~~! リルちゃんの妖精人生、まだまだこんなものじゃありませんよ~~!」


「レイネ…! レイネ、だ……」


「………」


「大好き! 大好きよ!!」


「リルちゃん…! ようやく口にしてくれましたね~~、感激です~~! あたしも大、大、大好きですよ~~!」


「ずーっと、ずーっとよ!」


「もちろんですよ~~! じゃあね、リルちゃん~~!」


「レイネ、レイネーーっ!」


「―――、―――!」


「   」


「  」


「 」


「」




-------------------------------------------



「う………」


 不意に、キオたちのものでない声がした。

 それも、キオの手の平の上から。


 驚いて目をやると、妖精の顔に赤みがさしている。

 黙っていれば芸術品のように美しい妖精のまつげが、ふるりと揺れた。


 全員が、思わずその姿に見入る。

 ゆっくりと、宝石のような瞳が開いた。

 何度かのまばたきの後。


「…きーーーーーっ!!!」


 突然、狂ったような勢いで、妖精は羽を震わせ飛び上がった。

 そして、地団駄を踏む姿勢で、癇癪を起こす。


「なによなによ、なんでよ! どうしていっつもこうなるのよ! アシュアゼの時は良かれと思って助言したらあんなことになっちゃうし! コニーが呪われた時だって背中を押す気持ちでご主人サマと二人きりにしたら、かえって傷つけて帰っちゃうし! なんなの! なんで全部裏目に出るの!」


 全員、何が起こったかわからないような視線で、妖精の怒りを見つめている。


「今だって、別にパメルクルスの命を与えて貰えるなんて思ってもみなかった! こんなの、リルは望んでなかったのに! なのに、なのに……!!」


「リルハープ!!!」


 キオは、問答無用で無理やり妖精を抱きしめた。

 妖精は、ぐえっと声を上げて、キオの頬に押し当てられている状態だ。


「リルハープ、リルハープリルハープ!!」


 ぽろぽろと、キオは涙を流して妖精を抱きしめ続ける。

 妖精は、困ったような、嫌そうな顔を頑張って作っていたが、すぐに仕方がないなとばかりに、たまらない表情でキオを見た。

 ぺんぺんと、キオの顔を叩く。


「……リルは、リルよ。もうハープの名前は、精霊サマにお返ししたから。…友達の名前だったの。口調もまねて、馬鹿みたいだけど、それで一緒に旅に連れて行ってあげてる気になってた」


 キオは、驚いて顔を離した。

 妖精がきちんと自分の過去を話すのは、初めてだ。


「リルちゃんって、そう呼ばれていたの。だからリルは自分の名前を呼ぶたびに、あの子と一緒に居るような気持ちになって、幸せだった。…さっき、夢とかじゃなくて、あの子に会ったような気がする。もう思い出せないけどね。リルは死ぬまであの子と一緒に居る気だったけど…もう、一回死んじゃったし、その思いは果たせたみたい」


 妖精は、どこか遠くを見るように空を見上げる。

 すぐにキオに視線を戻した。


「リルも、リコリネも、ご主人サマも、本当の自分はどこか別の場所にあって、ある意味ではみんな演技をしながら旅をしていたのかもしれない。『人生とは、演劇である』なんて、ギュギュの言葉だけどね。言い得て妙かも」


 妖精は続けて、懐かしむようにちょっと笑った。


「でも、根っこの部分は変わりようがないのよね。全然、違和感ないでしょ? 受け入れなさいよ! リルもこうなったら全部受け入れてあげるから! まだまだご主人サマの人生に付き合ってあげるわよ!」


 フンと鼻を鳴らしながら、妖精は腰に手を当ててふんぞり返る。

 先程まで、身動き一つせず、じっと目を閉じていた妖精と同一人物とはとても思えない。

 それくらい、くるくると表情が変わって、キオは本当に嬉しくて仕方がなかった。


「もちろんだよ! 口調なんて些細なことだし! …でも、僕はリコリネに対してもそう思ってしまっていた。合流したあの子は、前よりも少し敵に容赦なくなっていたし、かと思えば食いしん坊になって、怒りっぽくなったり、いつも以上に生真面目になったり、恥ずかしがり屋になっていたりね」


 考え込むような目を、キオはどこかに向けている。


「だけどそういうのって、昔には苦くて食べられなかった山菜が食べられるようになっていたりとか、そういう、生きていくうえで起こる人間の変化と同じだと思ってた。僕はリコリネが、例えば優しい子だから好きだとか、そういうのじゃなくて、たとえ優しくなくなっても、どんなリコリネでも一緒に居たいと思っていた。それが誰かを苦しめていたのかと思うと、悔やまれるよ。僕は、大事にするやり方を…間違えていたのかな」


 妖精は、少しだけ困った顔をした。


「騙す側に居たリルからは何も言えないし……気にするな、も言えないわね。…だけど、ちゃきちゃき切り替えるくらいはできるわよね?」


「そうだね、善処するよ。これからはリルって呼べばいい?」


「ふふーん、いきなり呼び捨てなんて気安いわね! でも許してあげる。今までの関係が偽物だったなんて欠片も思ってないけど、それでもここからは、本当の関係を築いていけるわね」


「うん…。ここからが、僕たちの新しい一歩だ」


「嬉しい?」


「当然だろ。君が人間にしてくれたおかげだよ」


「じゃあ、それだけは裏目に出なかったのね、ほっとしたわ! リルを敬って、飴玉をたくさん用意してなさいよね!」


 二人で、くすくすと笑い合う。

 シュレイザもアイネクライネもギジーも、その様子に微笑んで、ようやく一息をついた。

 シュレイザは、トビークレイを抱えなおす。


「死人が出た以上完全勝利とはいかねエだろうが。惨敗じゃなかったわけだ。今はそれでいいだろう」


 シュレイザの言葉に、面々は静かに頷いた。


(モノノリュウに、負けないでください。勝たなくてもいいんです。負けないでください)


 あの時の約束が頭に浮かぶ。

 例え、リコリネじゃない誰かとの約束だったとしても、きっと本物のリコリネの想いはそこにあるのだろうと思う。


(リコリネ…。約束、守れたよ)


 それを本人に伝えられないことが、今更ながらに悲しい。


 キオは、一度感慨深げにモノノリュウの寝姿に目をやってから、とても真剣な顔を一同に向ける。


「…それじゃ、船に戻ろう。アイネとミレアに、きちんと話しておきたいことがあるんだ」


「……わかりました」


 アイネクライネも、真剣に頷いた。

 ふと、キオは目に留まった姿に微笑む。


「ギジー、ほら、眠そうにしてる。おいで?」


「……はい…。もうしわけ…ありません…」


 ギジーの幼い体を、キオは大事に抱き上げた。



-------------------------------------------



「ユディ様、よくぞ…!!」


 シュレイザの案内で船に戻ると、ミレアノットが感極まったようにキオたちを出迎えた。

 キオは、ギジーを抱えなおしながら、ミレアノットに向き直る。


「ミレア。リコリネのこと、大体は聞いたよ」


「!」


 ミレアノットは、一瞬息をのんだ。

 それから、気まずそうにキオから視線を逸らす。


「そう…ですか。では、壮絶な戦いになったのでしょうね。本当に、無事でよかった…。そう思うと同時に、私の代でリコリネ様の想いを遂げられなかったことが、少し悔しいです」


 そう言って、困ったように笑うミレアノットに、キオは胸を打たれた。


「…ミレア。僕からの話も聞いてほしい。あの戦いで、何があったか」


「はい。ぜひお願いします」


 キオがこれまでのことを話し終えると、ミレアノットは少し涙ぐんでいた。


「こう言っていいものか、悩ましいですが。ご自分のルーツと真の名を思い出せたこと、…おめでとうございます。それは間違いなくあの戦いでしか得られないものでしたし、あなたが人として生きるにあたって、大事な礎となるでしょう。あとシュレイザは海に突き落としたいですね」


「テメエらがややこしいことをしているからだろうが!」


 道中で色々と事情を聞いたシュレイザは、かつてリコリネとケンカをしていた時に大体の事情は聞いていたらしく、それほど驚いてはいなかった。

 ケンカの理由も、『ユディ』を無理やり仲間ハズレにするようで嫌だったからだと聞き、キオはちょっとじーんとしてしまった。

 シュレイザは全てを聞き終えると、「いい具合にイカレた女だな。嫌いじゃねエ」とリコリネを評していた。


 ミレアノットとシュレイザのやり取りに、キオは思わず笑ってしまう。


「あははっ! 真面目な話してるのに急に笑わせに来るのやめてよ…!!」


「…ふふ。ですが、これでようやくリコリネ様の墓碑を建てられるのですね。弟君もさぞや本望でしょう…」


「…え?」


 ミレアノットの言葉に、キオは驚いて先を促す。


「ガッディーロの愛娘が若くして没したと、そのような噂が立ち、万が一キオ様の耳に入っては問題ですから…と、リコリネ様が禁じていらっしゃったのです」


「リコリネ……そこまでして……」


 キオは声を震わせて、痛む胸をおさえた。

 妖精も、キオの頭の上で辛そうにしている。

 なんとか、泣きそうな気持ちを飲み込むと、すぐに顔を上げた。


「ミレア、それからアイネ。僕から君たちに、大事な話があるんだ」


 ミレアノットとアイネクライネは、黙って表情を引き締め、キオに向き直る。


「……僕は、僕自身が竜の夢の一部だったせいか、夢を見たことがなかった。一度だけ、『ユディアール』の夢を見たと思ったけど、あれは夢じゃなくて、竜のつながりが見せた現実だったみたいでさ。だからこそ、君たちには本当に、感謝しているんだ。―――どんな夢よりも綺麗な、夢のような旅だった。君たちとリルとで、見せてくれた夢だ」


 呼ばれた全員が、息を飲んでキオを見る。


「だから、もし罪悪感とかそういうものがあるんだったら、それは気にしなくていい。僕は本当に嬉しかった。君たちが、大事な人生の一部を削ってまで、僕に付き合ってくれたこと。たくさん貰いすぎて、どうやって返そうか、悩んでるくらいだ」


 ミレアノットはまつげを伏せ、アイネクライネは口元に手を当てて、瞳を潤ませた。

 妖精は、何かを我慢するような表情をしている。

 やがて、アイネクライネが口を開く。


「…もう、私たちの代では、本物のリコリネ様を良く知らないのです。ですから日記を読み進めていくにつれ、まるで物語のようだと思いました。ユディ様と、リコリネ様と、リルハープ様の三人は、私にとって、本の中の登場人物のようなもので、憧れの英雄だったのです」


 ぽつぽつと、アイネクライネは話し続ける。


「ですから、お二人と肩を並べられたことが、どんなに嬉しかったか。まるで私も、大好きな物語の中に入っていけたような気持ちになって、私の代でモノノリュウまでたどり着けたことが、どんなに嬉しかったか。あの死闘のさなか、ここで死んでしまっても構わないと、心底思いました。私だって、それくらい、キオ様にいろんなものを貰っていたのです。親から必要とされなかった私を、キオ様に必要としていただき、どんなに幸せだったか」


 ミレアノットも、その言葉に頷いた。


 キオは、静かに驚いていた。

 かつて、フェンネル英雄譚を読んで感銘を受けていた自分の姿が重なる。

 今ではキオ自身が、物語の登場人物になって、憧れを受けていたなんて。


 キオは、「ありがとう」と小さく述べる。


「……僕はさ、将来の夢が決まったよ。いつか年を取った頃に、この出来事を本にして、たくさんの人に読んでもらいたい」


「いいわね! タイトルはリコリネの好きな『地上最強の騎士』にちなんで、『史上最低の男』で決まりね!」


「普通そこ掘りかえす!!?」


 六股発言を思い出し、キオはショックを受けた。

 妖精は、いつものようにきゃらきゃらと笑い転げている。


 キオは、気を取り直してコホンと空咳をした。


「それでね、僕にとっての愛がどういうものかもわかった。僕の愛は、大事な人たちより、一分一秒でも長生きすることだ。こんな悲しい気持ちを、絶対に君たちに味合わせたくない。僕は、絶対に見送る側で居るよ」


「気が早エな」


 シュレイザが鼻を鳴らして、少し笑う。

 キオは、「そうかも」と笑い返して、話を続けた。


「僕が生まれたから死んでしまった命もあるけど、僕はちゃんと、きちんと、この命を使い切る。償いとか、責任とかとは関係なしにそう決めた」


 キオは、一度話を区切るように深呼吸する。


「これから何があるかわからないけど、それでも人生は長いと信じてる。だから、それまでの間……僕は、また旅をする気でいるよ。青い空の世界で会った子が言ってたんだ。僕たちの世界は、まだまだ広いんじゃないかって。僕は、海の外に出てみたい」


「外海…ですか? そういえばなぜか、外があるなどとは思いもしませんでしたね」


 アイネクライネが驚いている。

 キオは、しっかりと頷いた。


「うん。外に出て、まだまだ世界を広くしていくんだ! やったことがない経験とか、まだまだたくさん用意されていて、人生に飽きるなんてきっとない! 自分がはじけ飛ぶまで、いろんなものを詰め込んでいきたい!」


 顔を輝かせて翠天を見上げるキオを、全員が眩しげに見た。

 キオは、優しく微笑む。


「アイネ、一緒にきてくれると嬉しい。今度は、リコリネじゃなく、アイネとして。で、その時は僕のことを対等に、呼び捨てにしてほしいな。考えておいて?」


「……!」


「ちょっと! リルには聞かないわけ?」


「君はずっと僕と一緒なんだろ?」


「生意気ーっ!」


 べしべしと頭を叩いてくる妖精に、キオはくすぐったそうにしながら言葉を続けた。


「で、リルはいつ、僕の名前を呼んでくれるのかな?」


「な、な……! バカね、調子に乗らないでよ!」


 顔を赤くしてキーキーとわめく妖精をそのままに、キオはミレアノットに目を向ける。


「ミレアは、ライサス先生の助手になったんだね?」


「はい。私は先生の偉業を引き継ぐ使命を持ちました。どうも学問が性に合っているようです。ですが、先生の下について任された仕事は、まるで生前整理のような作業ばかりで…おそらく、すでに自分の命をどう使うかを、決められていたのでしょうね」


 ミレアノットは、感慨深そうに、キオが抱き上げたギジーを見やる。

 キオは、複雑な顔で、ギジーの髪を撫でた。

 一呼吸置くと、ミレアノットは話を続ける。


「ですから、これからのキオ様の旅は、見送る側となります。…しかしこれでティセア様も、もう新たなリコリネを教育しないで済むのですね。あの方もこれで、新たな人生を模索できます」


「! ティセア……。そうか、そうだったのか……。じゃあ、あの時に、リコリネは…」


 あの日、芸術都市で泣いていたティセアを思い出し、キオは一度口をつぐんだ。

 ミレアノットが頷く。


「お会いになったそうですね。日記に書いてありました。まずはこのままガッディーロに行かれるのでしょう? ぜひ、会ってあげてください」


「もちろん! まずはリコリネのご家族に殴られる気でいるよ。旅は、すぐにって話じゃないからさ。ギジーのこともあるし、まずはみんなでのんびりしようよ。それにトビーも、ヴィッツローさんに届けないと……」


 キオの言葉を聞くと、ミレアノットは痛ましげに、シュレイザの抱えた遺体に目を向ける。


「…トビーお兄ちゃんは、私が幼くして『命の家』に入ったばかりの時、一人で修業ばかりしているのを見かけておりました。いつも口を引き結んで、常に何かを我慢しているように見えました。庭師のヴィッツローおじさんがよく会いに来ていて、でもトビーお兄ちゃんは一言も口をきかない。…ですが、親の居ない私たちには、トビーお兄ちゃんが、本当はヴィッツローおじさんを憎んでなどいないと、なんとなくわかっていました」


 キオは驚いて、ミレアノットの話を聞き続ける。


「幼かった私には、その光景がうらやましく、『ずるい』とすら思っていました。おそらく、他の子もみんなそう。ですから、トビーお兄ちゃんはますます孤立していきました。ある日、トビーお兄ちゃんは、いつものようにヴィッツローおじさんに話しかけられて、…本当に何気なく、『ああ』と返事をしたのです。私は思わず驚いてトビーお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんの方がその何倍も驚いていて、信じられない顔で口元をおさえていた。その後、トビーお兄ちゃんは、逃げ去るように命の家を脱走しました」


 ミレアノットは、眉をしかめる。


「のちに私が『リコリネ』の修行を始め、日記を読んだ時。トビーお兄ちゃんの事情の手がかりがたくさん見受けられました。お兄ちゃんは多分…ジュナライアさんに遠慮をしていたのだと思います。自分と父親だけが楽しく過ごしていたら、母親が寂しがるだろうと。そんな幼い思い込みに縛られていたのだと、そう思いました。…不器用な人です。ですが……」


 ミレアノットは、トビークレイの長い前髪を撫でるように払う。


「ですが、なんて安らかな寝顔でしょう。あの頃、こんな顔をしたお兄ちゃんは見たことがありません。どこかで報われたのだと、そう思います。きっと、キオ様のおかげですね」


「……トビー……」


 キオは、こぶしを握り締めた。

 自分が傍に居たら、絶対に一人になんてさせなかったのにと、詮のない後悔がまた増える。

 あの頃の笑顔を思い出すと、何も言えない。


 人の死なんて、どうやったら前向きに受け止められるようになるのだろう。

 だけど…やらなければいけなかった。

 少なくとも、みんなの前で泣くわけにはいかなかった。


 そんなキオの心を察したのか、シュレイザが話を逸らすように、口を挟んできた。


「…おい。船旅と言うからにはおれを当てにしているんだろう」


 キオは、渡りに船とばかりに、笑顔を作って話に乗っかる。


「あれ、バレた?」


「ちっ。まったく…女ばかりの中に立たされる身にもなれ」


 シュレイザは、わざと大きなため息をつく。

 キオは、楽しげにその様子を見た。


「あははっ! 大丈夫だよ、僕が居るだろ? やっぱり男同士って気の置けないところがあるし、これからも仲良くやってくれると嬉しいな」


 そう言ってキオは、今までで一番男らしい顔で笑う。


「………」


「さあ、キオ様、そろそろギジーを船室のベッドに運びましょう。器とはいえ、体は幼い娘のものですからね、疲れが出たのでしょう」


「器? ミレア、あとで先生の研究の話を聞かせて欲しいな。ほらアイネも、いつまでも硬直してないで」


「は、はい…!!」


「リルは飴食べたいーっ! あと、妖精の結界にも連れて行ってよね、パメルクルスがどうなったか、女王サマにお伝えしないと!」


「あああ、それ本当に大事だよね…! なんだかこうやってスケジュール立てるの久しぶりで気分上がるなあ!」


「シュレイザ、トビーお兄ちゃんは私が連れて行きましょう。力の精霊、ゴルドヴァの祝福を―――!」


 シュレイザの返事も聞かずに、ミレアノットはトビークレイを抱き上げてさっさと去っていく。

 立ち去るキオとミレアノットに、アイネクライネは慌ててついていった。

 わいわいと賑やかだった。


 ただ一人、茫然とその場に立つシュレイザを除いては。


「(………………男…!!!!!?)」

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