二十一日目(6):悪党、出し抜かれる(二度目)
会議室。
とりあえず対策会議ということで、場にはいま動ける主メンバー――つまり、俺、リッサ、サリ、シン、コゴネル、パルメルエ、コーイ、ドッソ、カシルが集まっていた。
まず、口を開いたのはシンだった。
「現状の整理から行こう。
老グラーネルは七人の仲間と女王……この場合、ア・キスイだね。それを集め、『最後の王国』と言われる結界を作った。
この結界は聖典世界への現世からの干渉をカットするもので、場が形成されている限り有効だ。実際、すでに何人かは確かめたと思うが、聖典世界への扉は現在、いかなる攻撃も、通過も許可されない状態になっている。これをクリアするには女王の神格を越える神秘が必要で、それを持ち合わせた者は、いまこの場には誰もいない」
「中で、奴らはなにをしようとしているんだ?」
「女王の神託、と言われる外典をなぞるつもりだろう。それによって世界は崩壊する。
そしてひとたび崩壊させてしまえば、再創世を行って創造神として君臨するのはそう難しくはない」
「世界の危機、って奴か」
「もう危機と言うには悠長に過ぎるけどね。世界の破滅一歩手前、というのが正しい」
シンは難しい表情で言った。
コゴネルはそのシンにちらりと視線を走らせ、
「そういうお前はなにをしているんだ?
あの洞窟――無地の燎原の偽アジトで出会ったときには、おまえはじいさんの側に寝返ったみたいなことを言っていたと思うんだがな。魔王戦では陰に隠れてライの手助けをしていたように見えたし、おまえの今回の行動は本当によくわからん。
いまの言葉ですら、じいさんと示し合わせた内容でないという保証はないんだからな」
「まあ、そうだね」
「…………」
コゴネルは無言。
シンは肩をすくめて、
「そんな目で見ないでくれよ。
どうやっても聖典世界に入れなかったのはみんな確認しただろ。僕の言葉が合っていようといまいと、なんらかの非常事態であることはわかるだろうに」
「……まあ、そりゃそうだ」
いま、扉のところでは、テンがいろんな新兵器を試しているらしい。
もっとも、さっきまで見ていた限りでは、とうていなんとかできそうには思えない。どんな攻撃も、どんな神秘も、扉は一つたりとも通さなかったし、びくともしなかった。
「状況が符号することは、このパルメルエが保証します。それに、女王の神託と呼ばれる外典の存在も」
「……そうかい」
パルメルエに言われ、コゴネルはようやくうなずいた。
シンはこほん、と咳払いをして、
「まあ、僕がなにをしていたかについて話しておくのは悪くないね。一時的とはいえ、君たちと共同戦線を張り直すことになりそうだから。
まず基本的事項のおさらいから行こう。僕はカイ・ホルサと呼ばれる神の力を継いでいる。その力によって強くなったが、同時にいろいろな弱点を抱えることになった。
弱点のひとつが、いわゆる王子の二重性だ。『秘剣』カイ・ホルサの人格と、僕の人格。そのふたつを喧嘩せずに同居させるために、僕はカイ・ホルサ側が定めたルールを守らなければならない。今回の場合、相手はそこを突いた」
「というと?」
「規則のひとつに、奥義――魔術の根幹に位置する、世界そのものを揺るがしかねない外法則に関する知識を集めること、というのがあるんだ。
グラーネルはそれを取引材料として持ちかけ、代償に協力を求めた。協力の内容は――」
「私、サリ・ペスティの死体か、ライの剣のうちどちらかを、持ち帰ること。そうでしょう?」
サリが言う。
シンはちらりとサリの方を見て、うなずいた。
「その通り。神格が高いものをなんでもいいから持ち帰れ、ということだったみたいだね。
カイ・ホルサの力は幻術にめっぽう強いからね。無地の燎原で僕の力があれば、どちらかを手に入れることはたやすかった。
そして依頼を達成し、僕としては君たちを裏切ってしまった以上いまさら元に戻ることもできず、かといってこれ以上グラーネルに荷担する理由もないので、どこか違う地方にでも旅立とうかと思っていた……んだけど、そこにまたグラーネルから声がかかったんだ」
「今度はなんだって?」
「さっきの術式、つまり女王の結界の完成のために、七人の賢者のうちの一人になれという話だった。
けど、それはカイ・ホルサの定めたもうひとつの規則に抵触していてね。今度は逆に、絶対妨害しなければいけなかった。奥義集めを諦めてでも、ね」
「もうひとつの規則?」
「世界の崩壊を許すな、という規則さ。
前にグラーネルにその目的を聞いたときには、鼻で笑って相手にしなかった。それは、そんなことが彼にできるはずがないと思っていたからね。
だけど、今回は現実的なプランを持ってきた。これはやばいと思って、相手に従うふりをして土壇場で裏切るつもりでいたんだけれど――」
まさか予備があったとは、と言って、シンはぽりぽりと頬を掻いた。
「困ったね。完全に出し抜かれた。
いま起動している術は、聖典世界に入り込める人間を「女王」と「七人の賢者」に限定する術だから、原理的には「女王」がいなくなったり、「七人の賢者」の誰かが欠けたり、あるいはそれ以外の者がなんらかの方法で聖典世界に入り込んだりすれば解ける。
そこまではわかってるんだけど、そこから先がどうすればいいかわからない。僕はもう、完全にノープランだ。他に案があるひとは?」
「神託で扉を吹き飛ばすというのはどうでしょう」
と、パルメルエ。
「先の戦いで見たとおり、偽の神託には強大な力があります。あれを再現すれば」
「命と引き替えだけどね。
……それでも、たぶん無理だろうね。無限図書館が吹き飛んで、無限の大きさが有限量縮むだけだよ。すぐ扉の結界は再生して、なにも変わらない」
「…………」
「他に案は?」
「あ、あのっ」
と、これはリッサ。
「はい神官さん。なに?」
「えと、旅立ちの扉を使うっていうのはどうでしょう」
「……旅立ちの扉、か。
ここと同様に封鎖されている可能性はあるけど――確かに、少しだけ可能性はあるかもね」
「そ、それならっ……」
「で、旅立ちの扉ってどこにあるんだい?」
「ええと、桃源領域っていう――」
「どうやって行くの?」
「――……」
リッサは沈黙した。
俺はうなって、
「プロムと連絡が取れればなあ。あっちが協力してくれるかもしれないんだが」
「プロムって、あの大巨人のプロム様かい。
そりゃ彼女ほどの神格が協力してくれれば百人力だが……難しいだろうな。彼女は、二千年以上前にあった世界の危機において、世界自体が選択した結末を憎んでいる。だから世界が滅びるというだけでは、動いてはくれないだろう」
「そうだったのか……
って、そういえば」
思い出したことが、ひとつ。
「なあ、シン。その七人の仲間とやらのなかに、バルメイスの奴はいるのか?」
「ん? ああ。そういえばグラーネルの口ぶりだといたみたいだね。それがなにか?」
「俺、バルメイスを消す方法には心当たりあるんだけど」
言って、俺はプロムに言われたことを説明した。俺が剣を放棄すれば、バルメイスを消せる、と。
……のだが、シンは残念そうに首を振った。
「確かに、バルメイスを消せれば七人の術式は消えるだろうけどね。残念ながら、消させないようにする術に心当たりがある。
グラーネルはその方法を知っているはずだからね。対策されてしまっているはずだよ」
「……そっか」
シンはため息をついた。
「他になにかある人は? サリ、君なんてどうだ」
「特になにもないけど」
「……そうかい」
「でも、べつになにもしなくても、相手の行動は失敗すると思う」
「? なんでだい、サリ」
「わたしの目がなにも見ていない」
「――……ふむ」
シンはすこし興味を持ったようで、サリのほうを見た。
サリは自分の(眼帯に覆われた)左目を指さし、
「悪いことが起こるなら、わたしの目はその破滅を見る。
そのわたしが、なにも見ていないもの。なにも起こらないでしょう」
「だが、おまえの目はそこまで確度の高い能力じゃないだろう、サリ・ペスティ。
見た場合の精度は高いみたいだけど、見えない場合には、今後見えるようになるだけの可能性もあったはずじゃないのか」
コゴネルの言葉に、サリはうなずいた。
「ええ。でもこの場合、べつの確証があるから」
「え?」
「みんな忘れているようだけど。彼女が別行動しているでしょう。
――大賢者、センエイ・ヴォルテッカ」
あ。
そういえば、この聖地に来てから、あいつの姿を一度も見ていない。
特に確認することはしなかったものの、いないのは間違いないと思っていたのだが……
「このタイミングにおいて、彼女がなにかを仕掛ける可能性は非常に高いわ。
……というより。たぶん彼女は、最初の最初っからこうなる可能性を見越していたのでしょうね。だからなにかの準備をしに戦列を離れた。
おそらく、いまどこかで、彼女はなにかをやっているはずよ。この状況を打開するために」
サリが言うと、みんなは押し黙った。
シンは少し考え込んだ後、
「ふむ。楽観はできないが、確かにそれはあり得そうな話だね。
とすると、彼女がどういう策を弄しているか、という話だが……」
「たたた、たいへんですっ」
ばんっ、と乱暴に、会議室の扉が開かれた。
ドッソがそちらを見て眉をひそめ、
「ラ・ジロロ。何事ですか」
「たいへんなんですよガルヴォーンの君! き、キスイ様が、キスイ様が――」
「キスイが?」
たしか、キスイはジジイにさらわれていったはずだけど……
「落ち着いてくれ、ジロロ。ア・キスイがどうなった?」
カシルに言われ、ジロロはぜーぜーと肩で呼吸をしながら、
「キスイ様が――神殿の裏で、発見されたんですっ。それも、簀巻きにされた状態で!」
「……ひどいです」
簀巻き状態からやっと解放され、心なしか憔悴した感じのキスイは、憮然とつぶやいた。
「なんでわたしがこんな目に……」
「ていうか、なんでキスイがここにいるんだ?」
「ライさま、その発言はひどいです! まるでわたしがいちゃいけないみたいじゃないですかっ」
「おおお落ち着け。俺はそこまで言ってないぞ」
キスイはぷい、と横を向いてしまう。
……どうやら、ものすごく機嫌が悪いらしい。
コゴネルは首をかしげながら、
「いや、実際どうなってるんだ? あんた、グラーネルにさらわれたんじゃなかったのかよ?」
「さらわれてなんかいません。わたしは、ライさまに似た誰かに簀巻きにされて女王のペンダントを奪われて、ずっと転がされてたんですから」
「俺に似た誰か?」
それは文脈からすると、バルメイスである可能性がすごく高い、のだ、けれど。
ふと見ると、パルメルエが渋い顔をしていた。
「――やられた。あの××の×××ども。今度会ったら××して××から××してやる」
「おーいシャレにならん発言やめれ。ていうかあんた、なにか心当たりでもあるのか?」
「混沌たちです。彼らが一芝居仕組んだんでしょう」
「混沌?」
周りを見るが、みんな似たような顔をしていた。
つまり、よくわからない、という顔だ。
「あなただって会ったのではないですか、ライナー・クラックフィールド神。バルメイスと名乗っていた子供と、女王を名乗っていた子供です」
「あー、あいつら……って、ひょっとして」
「ええ。さらわれたのは、女王の方で間違いないでしょう。
いえ、ひょっとしたらさらわれたのではなく、仕組んだのかもしれない。あの腕白ならやりかねない」
「あいつらって、結局なんなんだ?」
「神話の矛盾が生み出した、この世ならざるもの。「混沌」です。
たとえばバルメイスと名乗っていた者であれば、バルメイス以外に抜けないはずの剣が抜かれたことにより、バルメイスがいないといけなくなった。その結果生まれたのがあのバルメイスです」
「えっと、女王の方は?」
と、これはキスイ。
「女王の混沌は頻繁に発生します。
ア・キスイ。あなたが『生贄』になる前に、『生贄』になった子供がいたでしょう?」
「え?」
「確かにいましたね。なった直後に、流行病で亡くなりましたが」
と、これはジロロ。
パルメルエはうなずいて、
「そういう形で『生贄』の交代が起こったとき、前の『生贄』といまの『生贄』が二重に神話に承認された状態になる。
二重に承認されているのだから、二人いなければならない。その結果生まれるのが女王の混沌です。当代だけでなく、頻繁に生まれ、記録もたくさん残っております」
「で、そいつらがなにをしているって?」
「ですから、ペンダントを奪って女王になりすましたんですよ。
もちろん、女王としての能力は彼女にもありますから、『最後の王国』の術式の発動には問題はないのですが――」
「なんのために、あいつらはそんなことをしたんだ?」
「そこまでは、わかりません」
パルメルエは、いらだたしげに言った。
「これは私の監督不行き届きでもあります。
もともと、混沌として生まれた彼女を育てていたのは私です。人様に迷惑をかけない程度のしつけはつけておいたつもりだったのですが、甘かったようですね」
「う、うーん……でも、悪い事考えてやったのかどうかはまだわからないわけだし」
「無茶なことをやっているのには代わりありません。
ああ、そうだ。ア・キスイとライナー・クラックフィールド神。少しお力をお貸しいただけますか」
「え?」
「なんだ?」
「彼らとあなたたちは神力で繋がっておりますから。
私がそれをたどって、あなたたちに彼らの現状をお見せします。その状況をご報告ください。現状では、情報収集の手段はそれしかありませんから」
「あ、ああ。べつにいいけど」
ていうか、急に活動的になったなこいつ。
「帰ってきたら××してやる……」
「いや不穏なこと言うのはもういいから。それより、早くやってくれ」
「わかりました。ではお二人とも、深呼吸を」
「あ、はい」
「おう」
すー、と息を吸って、吐く。
「では、はい。行ってらっしゃい」
「え、なにが――」




