二十二日目(1):悪神、聖典を巡る
「しかし、殺風景な砂漠だな」
「無の砂漠なんぞと呼ばれとるくらいじゃからな。
まあ、我慢せい。もう少し先、三途大河まで行けば、いい景色も見られるわい」
俺の言葉に、老魔術師――グラーネルとかいうじいさんが答えた。
「ミスフィトー、吹き付けてくる砂が痛いよー。なんとかならない?」
「我慢しろ、プチラ。
……これでも、おまえは身体が小さいから得をしているほうだ。俺は全身がものすごく痛い」
「ははは。守る手段がないっていうのはたいへんだねえ」
「そういうあんたはどうやって守ってるんだ? レイクルさんよ」
「ああ。この紫タイツ、防御術かかってるから」
「うらやましいが、くれと言う気にはならんな」
「そんなこと言わないで、君もおそろいの紫タイツ姿にならないかい? ミスフィトくん」
「全力で断る」
横では、こんな馬鹿なやりとりがずっと繰り広げられている。
フレイアとかいう女は無言。退屈そうにあくびを繰り返しながら、歩いている。
クランとかいう行商人は、例の透明になる布で全身を覆って隠れている。姿を見せたくないというより、砂避けのつもりだろう。
女王も無言。
「しかし、この娘が思ったより暴れずにいてくれて助かるわい。べつに暴れたら暴れたで対処法はあるが、面倒は少ない方がよいでな」
「ああ、そうだな」
適当に相づちを打って、前を見る。
どうやら、もうしばらくはこの殺風景な光景と付き合わなければならないようだ。
と思っていたら、案外早く開けた場所に出た。
「すごーい! ねえねえ見てよミスフィト。対岸が見えない川なんて初めて見たよ!」
「川……なのか? 海じゃないのかこれ」
「川で合っておるわい。
これは三途大河。二千年前は人が越えること能わぬ秘境じゃった。
それをフィーエン・ガスティートが橋を架けてな。それが正典第三領域、天乃橋立なのじゃが……ほれ、あれじゃよ」
「うわ、すごい立派な橋だー!」
「ひょひょ。まあ、先人に感謝といったところじゃな。
さて、行くぞい。そろそろ妨害が入るやもしれん。気合いを入れていけよ」
「? 妨害だと? この世界にはいま、俺たちしか入れないんじゃなかったのか?」
眉をひそめて、たずねる。
「先住民みたいなのはおるんじゃよ。
この橋の近くだと、竜宮城塞というところがあってな。竜王オルトロスの治める、恐るべき城郭じゃ。あそこから砲撃を受ける可能性は考慮に入れねばならん」
「物騒だな……」
「なに、これだけ実力者が揃っていれば大丈夫じゃよ。
いざとなったら頼むぞ、バルメイス。貴様は戦力として、たいへん重要じゃからな」
「ああ」
適当に相づちを打って、歩を進める。
と、フレイアが近づいてきた。
「なにを企んでいるのか知らないけど……君たちもけっこう無謀だね」
「なんの話だ」
「だってただ従うつもりなんてないっしょ? 隙あらば寝首でも掻く気満々じゃない、キミ」
「…………」
「そういうのは嫌いじゃないんだよねー。なんならお姉さんといっちょ殺し合う?」
「……いまはやめておこう。妨害が入りそうだしな」
「あら残念。
まあ、いいや。どうせこのままとは行かない可能性高いしねー」
「あんたはなにを企んでるんだ。フレイア・テイミアス」
「ひみつー。まあ、そのうちわかるっしょ」
にひひと笑って、フレイアは言った。
「思ったより静かじゃな……」
橋を渡り始めてしばらくして、老人がぽつりとつぶやいた。
「静かなのは悪い事じゃないだろう?」
「むう、そうなのじゃがな……」
「なにか問題でも?」
「いや、問題はないのじゃがな。なんというか、無視されておるようで気分が悪いのぅ」
「……いいじゃないかそんなの。楽なんだから」
「そうなんじゃがのう。
……まあええわい。確かに、戦う相手がいないのは楽なことよの」
「えー、そんなのつまんない」
「フレイア、気持ちはわかるがちと我慢してくれい。
おまえさんに騒がれて竜宮城塞と全面戦争になったら、それこそ目も当てられんわい」
「ちぇっ」
舌を出して言うフレイア。
「わ。見て見てミスフィト。でっかい魚がいっぱいいるよ。人間が五人分くらいかな」
「落ちるなよプチラ。落ちたらおまえは魚の餌だ」
「だいじょーぶだって。ほらほら一緒に見ようよ。大迫力だよ大迫力」
後ろからは、なんだかえらく平和な会話が聞こえてくる。
「なあ。この橋、どこまで続くんだ?」
「うん? ああ。距離的にはあまり意味はないわい。三途大河はその特性上、距離を測りにくくてな。心配せんでも、気づいたら対岸に着いておるよ」
「そういうものなのか」
「時間と空間の概念は、聖典世界では曖昧なものじゃ。あんまり気にするでないわ。
……まあ、そこそこ行っておるはずじゃがのう」
「おい、アレはなんだ?」
「む?」
空の一点を指さした俺の視線を追って、グラーネルも見る。
そして、うなり声を上げた。
「氷雪原野に棲まう怪物どもが――こちらに向かってきておる」
「なんでだ?」
「わからん。じゃが、戦わんわけにはいかんじゃろうな。
おい、戦闘準備じゃ。全員支度せい!」
「えー。やだよ。あんなザコ、君たちでなんとかして」
「ええい、わがまま言わずに働かんかいっ。ほれ、早く早く」
ぶーぶー言うフレイアと、追い立てるグラーネル。
それを尻目に、俺も神威の準備をする。
……よし。戦える。
「ちょうどいい。――肩慣らしに、運動と行くか」
獰猛な笑みを浮かべて、俺はつぶやいた。
結果として、撃破数では俺がトップだった。
「ふん。まあ、当然か」
「おー。すごいすごい」
ぱちぱちと手を叩くフレイア。
……こいつが真剣に働いていたらどうだか知れないが、完全に遊んでいた。他の連中よりはさすがに、俺の神威のほうが殺戮効率がいい。
「大活躍ですなあ。バルメイス殿」
「……急に姿を現したな、生臭商人。
こんなことに褒められてもなにも嬉しくない。さっさと先を急ぐぞ」
「ひょひょ。短気じゃのう。
まあ、ええわい。しかしなんじゃったのかのう。こんなところに連中が湧いて出るなんてことは、伝承にはないのじゃが」
ぶつぶつとつぶやくグラーネルに、愛想笑いをして去っていくクラン。
放っておいて、俺は歩き出した。
(……さて。どんな手を使って妨害してくるかな。奴らは)
心の中で、そんなことをつぶやきながら。
やがて、橋の終点が見えてきた。
「氷の城壁が見えますな」
「ああ。あそこからが本番じゃ。各人、気を引き締めてかかれよ」
「はーいっ」
「……おまえはもうちょっと緊張感を持てよ、フレイア」
などというやりとりをしているうちに、橋を渡りきる。
「わ、ミスフィト。なんか見たこともない文字で「カイーナ・ベルト」って書いてあるよ」
「その言葉にある矛盾に言及したいが、しかしそうだな。確かに見たこともない文字でそう書いてある」
「聖典世界で使われる文字は意味そのものじゃ。見たことがあろうとなかろうと、読めるのは当然じゃよ。
ここがカインの円。正典第四領域、氷雪原野を構成する、四つの領域のひとつじゃ」
「残りの三つはなんだ?」
「ああ。同心円状にアンテノールの円、プトレマイオスの円、ユダの円というのがある。
中心に行くほど下って行く構造になっておってな。それと共に寒さも厳しくなる。このあたりはまだ土が見えるが、奥は永久の凍土じゃて」
「だが、奥に進まなければならないのだろう?」
「おう。ユダの円の中心に、かの正典第五領域、炎獄回路への入り口があってな。そこが目的地よ。
さ、行くぞ。さっさと行かんと凍えてしまうわい」
ぶつくさ言いながら、グラーネルは先導して進み始めた。
それに着いていきながら、ふと女王のほうを見る。
彼女は、特に面白くもないという顔をしながら、ぶすっと着いてきていた。
(もう飽きてきたのか?)
小声で尋ねると、相手は強くうなずいて返した。
(我慢しとけ。景色でも見てればまだ楽しめるだろ)
(橋の上でもう飽きたのじゃ。変わり映えもしないし)
(……我慢だ)
「おやぁ? なーにを小声で話し合っているのかなぁ?」
紫タイツの変態――レイクルが、話しかけてきた。
「女王は光景の変わり映えのなさに飽きたそうだ」
「へえ? まあ、我慢してもらうしかないね。そりゃ」
「だそうだ。我慢しろ」
「…………」
女王は無言。
変なことを感づかれるとまずかったので、あえて正直に言ってみたが、正解だったらしい。
(油断大敵……か)
背中を流れる一筋の冷や汗を無視し、俺は歩を進めた。
順調に進み行くうちに、周りの光景はゆっくりとその姿を変えていった。
土から雪に。石から氷に。
ゆっくりと、世界が白に染まっていく。
「妙じゃな」
ぽつり、とグラーネルが言った。
「なにがだ?」
「本来の氷雪原野の主である、雪の怪物どもがおらん。静かすぎる」
「さっき襲ってきた分でぜんぶだったんじゃないか?」
「さすがにそこまで倒したわけでもなかろうよ。
じゃが、まあ……変な移動をしておったからな。このあたりにいないのは、おかしくはないかの」
ぶつぶつと言って、グラーネルは歩いていく。
他のみんなは、特に無言。
「おう、見えたわい。あそこがアンテノールの円の入り口じゃ」
グラーネルが嬉しそうに、前方を指さす。
はたしてそこに、古びた門と下り階段があった。
門の脇には、見たこともない文字で「アンテノーラ・リング」とある。
「順調じゃの。さて、行くぞい」
グラーネルの歩幅が、心なしか大きくなる。
(…………。
さて、なにが起こっているやら)
心の中で、そうつぶやいた。
雪が降ってきた。
「ううう、さむいよーミスフィト。ちょっとその毛を貸して」
「無茶を言うな、プチラ。
ってこら、痛いから引っ張るんじゃないっ。いたたたた」
「おまえら、元気だな」
呆れた声でつぶやく。
「やっぱりおかしいのぅ……本気でなにもおらんわい」
グラーネルの言葉に、クランが応えた。
「順調に行っているなら、それでよいのではないですかな?」
「そうなんじゃがのぅ。
儂にはなにやら、怪物どもがなにかにおびえて隠れておるように見えるんじゃが」
「なにかって、なんです?」
「それがわからんからおかしいと言うておるのじゃ。
まあ、ええ。悩んでも仕方のないことじゃて」
つぶやいて、グラーネルは歩を早めた。
「急ごうぞい。なにやら悪い予感がするわ」
「ああ」
ふと見ると、女王は疲れた顔をしていた。
「どうした。休みたいのか」
問うと、ふるふると首を振る。
……意地っ張りめ。
順調にプトレマイオスの円に入った頃には、あたりは豪雪と言っていい状態にまでなっていた。
「さささ、さむいいい。な、なんでこんなに寒いのよお」
「寒いと言ってられるうちは大丈夫だ。がんばれプチラ」
「ミスフィトの毛……」
「だからそのネタはもういい。ええい離せっ」
「仲いいねー君たち。ちょっとあったまるためにタッグで殺し合う?」
「やめんかい、フレイア。
……むう。天気が悪いのぅ。迷わねばよいが」
「神力を追っているという話ではなかったのか?」
「ああ。じゃから、視界が悪かろうと問題はないのじゃがな……」
グラーネルは相変わらずぶつぶつと言っている。
俺は女王の方を見る。
雪に足を取られて、ものすごく歩きにくそうだった。
なので、
「うわ!?」
彼女を肩に担ぎ上げて、乗せる。
「そうしていろ。ここを歩くよりは楽だろう」
「……ふん」
そっぽを向く。
「へえ、君、優しいところもあるんだねえ」
「……倒れられたら困るのは全員じゃないのか。レイクル」
皮肉に答えながら、先を進む。
進むだけで、骨の折れる作業になってきた。
そうして、しばらく歩いた頃。
「見えたぞ。ユダの円の門じゃ」
見えた、とこの雪で言うからには、そうとう近くに見えたということだ。
「さっさと進もう。早めに一息つける場所に行きたい」
「そうじゃな。歩を進めよう」
ぐぉぉぉぉぉぉ……と、うなり声のようななにかが上がった。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
「なあ。なにか起こってないか、これ」
「……薄々、そんな気はしておったがのぅ。なにが起こっておるのじゃろうな?」
「気にしても仕方ないんじゃない? それより、さっさと進まないと何人か凍死しちゃうよ?」
「――かちん、こちん」
「プチラ、おまえもおぶってやろうか?」
「うう、ミスフィトありがとー。でもたぶん、おぶわれただけじゃあったかくなんない」
「……それは、そうだろうな」
「ええい、いいから行くぞい。こうなったらぶっつけじゃ」
叫んで、グラーネルが先導して歩き出した。
(…………。
さて、なにを起こした? ライナー・クラックフィールドとその一味よ)
ここまで来ると、もう雪でろくに前方が見えないのだが、それでもかろうじて見える仲間の背を追って歩く。
上の女王は涼しい顔。どうやら、神格で熱量も制御しているようだ。器用な奴である。
俺はそこまで器用な真似はできないが、体力にはそれなりに余裕があった。戦神としてのものなのか、身体の特性なのか。そこまではわからない。
と、先頭を行くグラーネルが、
「む?」
と言って、止まった。
「どうした?」
「いや、ちょっと声がな……」
「うおお、超やべえええええええ!」
「はっはっは、これはもうダメかもしれませんなあ!」
「!?」
唐突に前方から聞こえてきた声に、全員立ちすくむ。
「な、なんじゃ、お主らは!?」
「お、妖術師じゃん。おはつー。
……ってそれどころじゃねえ! おまえらも逃げないと皆殺しだぞ。さっさと散れ散れ!」
「な、なにが――」
問う前に、その二人連れ――正確には、女の方が怪我をした男を背負っていたのだが――は、いなくなってしまった。
(…………。
たしか、女の方は一度俺の前に現れた魔術師……)
「た……たいへんじゃ!」
グラーネルの慌てた声が響く。
「なにがあった!?」
「白雪が――この地におる!」
「なんだ、それは?」
「知らんのか! 氷小人族の最後の生き残りにして、大巨人どもが作り上げた最強の対神兵器じゃ!
あ、あんなもんに襲われたら、それこそ塵も残らんわい! 誰か対抗を――」
いない。
気がつくと、俺たち以外は全員、ちりぢりに逃げ散っていた。
「……俺たちも逃げるぞ」
「え、ええい! 待たんかい――!」
慌てるグラーネルをよそに、俺は駆け出した。
【余談】
本来はゲーム企画だったこの話ですが。
このあたりは敵キャラを操作するので、このタイミングだけ敵の能力値が見れて、みんなうっはうはするという仕掛けが施されてる予定でした。
ライバルキャラのスポット参戦、いいですよね。




