二十日目(3):悪党、休む
「準備よしでーす!」
「よーし、では引けーい! いち、に! いち、に!」
サフィートのかけ声と共に、ずずずず……と資材用のでかい木が引きずられていく。
(あれはあれで、たしかによく似合うなぁ)
のんきに見ていると、隣でがしゃり、という金属音がした。
「どうも」
「おう」
やってきたコーイに、あいさつする。
このおっさんと俺、それにリッサとサリは待機中である。
とおいうか、切り札なので怪我されるとまずいから、絶対に休んでいてくれと頼まれている。
のだ、が。
「なあ」
「なにか」
「重くないか? その鎧」
「はい」
……沈黙。
「なあ」
「なにか」
「脱がないと、疲れるんじゃないか? その鎧」
「いいえ」
「なんで。重いんだろ?」
「慣れの問題です」
「あ、そう」
……沈黙。
やばい。このおっさん、場を保たせようという気がまるでねえ。
「あの」
「ん?」
「つかぬことをお聞きしますが」
強い口調で言う、コーイ。……うう、なんか怒られる予感。
「な、なんだよ」
「通例、休息を取る際、人々はどうしているのでしょう」
「…………?」
意味がわからない。
「どうする……って、休むんじゃないのか?」
「ですから、その休むというのはどうやるのでしょうか」
「……あ、ええと」
やべえ、こいつ、マジで言ってる。
「とりあえず、寝たら?」
「睡眠を取りすぎると、かえって疲れると思いますが」
「じゃあ、遊べば?
……いや、そんな無理難題を押しつけられたような顔をされても困る」
「しかし難しいです。遊ぶ、というのは、どういう概念なのでしょうか」
「遊ぶのに概念なんかいるのか?」
「無論。それがなければ、なにをすれば遊んだことになるのかがわかりません」
「いや、べつに遊ぶために遊ぶわけじゃないだろう。本来の目的は休息なんだから、テキトーにやればいいんじゃないのか?」
「適当――ですか」
またまた深刻な顔をしてだまりこむ。
……いや、そんな悩まなくても。
「普段、休暇とかはどうしてるんだ?」
「ありません」
「は?」
「この身はただただ、道を究めんがためにあつらえた道具。
故に、私に休暇などはありません。生まれてから61年の間、ずっと」
「あーもう、じゃあ普段通りにしてればいいんじゃないのか?」
「はい。そう思い、鍛錬に励んでいたところをコゴネル様に止められました。それでは休息の意味がない、と」
「……まあ、そりゃあ、なあ」
「ですが休息の意味とはなんなのでしょう。それがわからず、やむを得ずこうしてひとに尋ね歩くことにしたという次第です」
「むう……」
困った。
信じがたいことだが、どうやらこの朴念仁は本気で休息を持てあましているらしい。
と、そのとき。
「やっほー、ライ兄ちゃんっ」
「どうもですっ」
「まるる~♪」
「ああ。いいところに来たなマイマイ、グリート、ミーチャ」
押しつけるやつ発見。
「んー、なにかあったの?」
「ああ。実は――こいつと遊んでやって欲しいんだ」
ずい、とコーイを押し出す。
「え゛?」
「はい?」
「まる?」
「実はな、こいつは遊び方を知らないらしいんだ。だから教えてやってくれ」
「――よろしくお願い致します」
「あ、えと、よろしくおねがいします……」
反射的におじぎしてしまうマイマイ。
よし。なし崩しのうちに押しつけ完了。
「じゃ、任せた!」
「あ、ライ兄ちゃんっ、ちょっと!?」
「悪いな、俺はたったいま用ができたんだ! そういうわけで後は任せた!」
「あ、な、ちょ、ちょっと待ってよライ兄ちゃーんっ」
「え、な、なにがおきたんですかっ!?」
「さんかく~☆」
ダッシュ。
――後に兵士たちは語る。
子供や妖精に混じって淡々とかくれんぼに興じる聖者コーイの姿は、それはそれは奇妙なものでありましたとさ。
ちゃんちゃん。
「ふう、なんとかピンチを切り抜けたか……」
「よう。なんだ、手持ち無沙汰なのか」
「おう。そういやあんたも来てたんだな、カシル」
「ああ。報酬の当てができたからな。
――まさか、あれだけ大物の家だとは思わなかったが。コゴネル・フリーナスタル、あいつすごい男だったんだな」
「そうらしいな」
俺もリッサから聞いた知識しかないが、そうなんだろう。気がついたら、ここの指揮官ポジションになってるわけだし。
「とはいえ、兵の士気も上々だ。やはりア・キスイが観覧されていることが大きいか」
「へえ。そうなんだ?」
「ああ。岩巨人の都から『生贄』がいなくなって以来、女王の加護を得られる戦いなど、久しくなかったからな」
「そういやここ、どれくらい兵力いるんだ?」
「うん? ああ、もともとの守備隊が500と、諸侯の軍勢の残党が2500ってところだな。我々も入れて合計6000ほどだ」
「……それは、多いのか? 少ないのか?」
「四日前よりは少ないぞ。その十倍はいたからな」
「いや、それは……」
比較するのもバカらしいというか。
カシルは感心したように、
「いや、やはり追い詰められると騎士と言えども逃げるものだな。改めて実感した」
「そういうおまえらは逃げなかったんだな」
「当たり前だ。岩巨人が『生贄』を放り出して逃げたとなれば末代までの恥だ。討ち死にしたほうがマシだよ」
「そういうもんか?」
「まあ、おまえには関係のない通念だろうがな。
背負うものがあると、いろいろ苦労するんだよ。いろいろな」
しゃべりながら、カシルは地図とまわりを見比べてきょろきょろしている。
「それで、おまえはなにをやっているんだ?」
「うん? 地図と実地を比較して、この城の地理を覚えようと思ってな。城門を撤退して図書館前での戦闘になったとき、役立つ可能性がある」
「それって最後のあがきじゃ……」
「そうだ。だから役に立たなければいいな」
笑いながら、彼女は地図との照合を続ける。
「聖地は防戦には恵まれた地だ。東は切り立った山に、西は海に接し、よって北からの軍勢はよほど無理しないと南から攻められん」
「つまり、北門だけ守ればいいってわけか」
「南や東西にも兵は置くがね。それは予備だ。奇襲された際、こちらが増援を派遣するまで持ちこたえられればいい。
まあ、それもないだろうがな。相手の主力はあくまで魔王だ。魔王さえ来れば北だろうが南だろうが、小細工なしで粉砕できる」
「そこに、隙がある。ってわけか」
「そうだな。頼りにしてるぞ、主力」
ぽんぽん、と肩をたたかれる。
俺はため息をついて、
「期待されるのは苦手なんだけどなぁ」
「あきらめろ。神になったんだから仕方ないだろ。
ま、今日はおとなしく休んでいるんだな。コゴネル殿にも言われただろう?」
「ああ。俺とリッサは万一怪我したりしないようにぜったい休むようにって、ちょっとしつこいくらい言われてて――」
「あ、ライ!」
「お、どうしたリッサ……って」
なんでこいつは、資材なんかをひょいひょい運んでたりしますか?
「ちょうどよかった。手伝ってくれない?」
「なにを?」
「設営の準備。ボクも手伝うことにしたんだけど、まだ人手が足りなくて」
「……足りなくて、じゃねぇだろオイ」
お、コゴネル登場。
「だーかーらー、なんであんたといいコーイ師といい、そうやって無駄にリスクを上げたがるかな。休んでろっつったろうが!?」
「な、え、でも体力は余ってるし……」
「余ってても怪我とかされたらまずいんだよ! あんた、自分がどれくらい貴重な戦力なのかわかってないだろ!?」
「でも、ボクはべつにそこまで――」
「十分だろ。生きている神の祭司だ。6級か7級かは知らんが、ともかくコーイ師より高い神格を制御できるんだ。
それがなんかの弾みで使えなくなったりしたら取り返しがつかないんだっての! わかったら休む!」
「あ、ちょっと!?」
ぶつぶつ言いながら、コゴネルは資材を強奪して去っていった。
「……うううう」
「なんつーか……あいつも苦労人だな」
「総大将だし、それに大物だからな。やむを得んだろうよ」
「まあ、そうなんだろうけどなー」
カシルと話しながらふと見ると、リッサはうんうんとひとりうなずいて、
「もっと軽い雑務なら――」
「てい」
がし。
「こ、こら、ライ!?」
「いいから来る。まったく、休むのも仕事なんだっての」
「わ、ちょ、わかったからちょっと引きずらないで――!?」
「しっかり休めよー」
ぶんぶん手を振るカシルに軽く挨拶して、立ち去る。
こうして。
俺の仕事は、めでたく「隙あらば仕事に行こうとするリッサを監視&捕獲」に決まったのだった。
……まったく、手間のかかる奴ばっかりだ。
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「…………。
誰もいなくてさみしい。ぐすん」
『それがしならいるが』
「呼んでない」
『…………。
変わったな。サリ・ペスティ』
どこか呆れた口調で、トゥトが(姿を見せないまま)言った。
わたしはため息をついて、読みかけの本をぱたんと閉じた。
「この図書館は神属以外出入り禁止よ。よく侵入できたわね」
『それがしに忍び込めぬ程の場所ではない』
「まあ、そうでしょうね」
隠行だけなら、この岩小人族の忍者は、わたしとすら引けを取らない。
「それで、なにをしに来たの。雑談じゃないでしょう」
『そこまで構えられる程の大事でもないのだがな。
単に、貴女が見えているものと、見えていないものが気になっただけのこと』
「見えているもの、というのは――」
『偽典繰り。そう、呼ぶのであったな』
「…………」
そう。それはたしかに、わたしの能力だった。
わたしの、未来を見る能力。運命律の流れと周囲の状況から想定される未来をシミュレートし、視覚化して表示する能力。
ただし限定として、見えるものは『破滅』だけだ。決して実現させたくない未来だけが、常に見える。
その特性を見て、センエイが名付けた。実現しない破滅的な予言――偽典繰りと。
だけど。
「見えてないわよ。未来。
そもそも、未来が見えるような行動をわたしは選ばない。見える時点で、その未来は変えるべきものなのだから」
そう。
わたし、サリ・ペスティの目に、今回の事件はなにも見えない。
だから、それが気に入らない。
「言っておくけど、わたしが見えてないということは保険にはならないわよ。
ある程度意識でコントロールできるとはいえ、わたしの能力は基本的に受動形。いままで見えていなかった破滅が、突如として見えるようになったりする。油断できる能力ではないわ」
『それは承知した。だが……』
「?」
『サリ・ペスティ。貴女は、何かに疑念を抱いて居るのではないか?』
「――どうしてそう思う?」
『そも、ここにこもって読書を嗜むなど、平素の貴女らしくない。
それがしには何か、貴女が言い知れぬ不安要素を抱えている様に見える』
トゥトの言葉に、わたしはうなずいた。
「正解よ」
『では――』
「よくわからないのは、こういうこと。そもそも、今回の戦、負ける要因がないの」
あの日。ライと話した夜を思い返しながら、言う。
「いろいろ計算してみたわ。たとえば、ライが出かける前にふんじばってみんなから隔離したらどうなるか、とか。結果として、それでも未来は見えなかった。
つまり、ライが参戦しなくても、今回の戦は勝てるのよ。もちろん、ライが参加している以上、より楽勝できるでしょうね」
それが計算の結果。
だからこそ、センエイの言ったという言葉が解せない。
「勝算なくして老グラーネルは動かない。センエイの言い分はもっともだわ。
でもそれはわたしの視覚と食い違う。この場合、どちらかが間違っているのは確実だけれど……どちらが間違えているのかしらね?」
『それが不安要素か』
「そうよ」
だから、運命律を少しでも読みやすくするために、こうして外典の知識をせっせと蓄えているのだ。
『ふむ。少し意識し過ぎのようにも思うが……
まあよい。それがしの疑念は晴れた。好きにするといい』
「そうね」
『根を詰めすぎて明日の戦いに響かせるなよ』
「それも大丈夫。
――わたしが参加しなくても、勝てるのよ。今回の戦」
『……そうか』
言って、気配は消えた。
わたしは、読みかけの本を再び手にとって。
それを開く前に、ふと独白した。
「わからないわ。
あなたにはなにが見えているのかしら、センエイ――」




