二十日目(2):悪党、再会する
パルメルエに連れられて、図書館の廊下を歩く。
「どうか私から離れないでください。屋内に見えても聖典世界、迷うとやっかいですので」
「なあ」
「なにか」
「戦況はどうなってるんだ? その、わかる範囲でいいから教えてもらえれば」
「悪いです」
ものすごく端的に、パルメルエが言った。
リッサがあわてて、
「ど、どのくらいですか?」
「すでにメギド砦は抜かれました。敵はトマニオの城門近くまで迫っております」
「そ、そんなに早く……っ」
「――それ以上は、私にはわかりません。そもそも、外に出れば私は、目隠しをしなければなりませんので」
「目隠しって……なんで?」
よくわからなかったので、尋ねる。
パルメルエはあくまで静かに、
「神託に触れられる代償です。目隠しを取れば、外の光に目を焼かれて視力を失ってしまうのです」
「じゃあ、そのメガネってもしかして」
「いえ、これは単なる近視です」
「……あ、そう」
まぎらわしいやつだ。
と、ふとパルメルエが止まった。
行く手には扉がひとつと、その左右に小部屋がひとつずつ。
「どうした?」
「門を通る準備をして参ります。おふたりはここで、しばしお待ち下さい」
「わかった」
「断っておきますが。左の部屋には入らないで頂きたい」
「右はいいのか?」
「気になるならどうぞご自由に。そちらは外典の保管所ですから」
「外典?」
「結果的に間違えていた神託と、間違いであろうと思われる神託のことです。興味があるならそちらの部屋で閲覧してください」
「そう。で、左のほうはなにがあるの?」
「私のジムです」
「ジム?」
「巫女は運動不足で健康を害しがちですので。先代から、このような施設が設置されております」
「あ、そうなんだ」
「はい。おかげで私も、ここ60年ほど成人病と無縁です」
「そっかー効果あるんだな……って、おい」
「なにか?」
「……あんた、いくつなんだ? 60には見えないんだが」
「聖典世界にいる間は身体の成長が止まりますので。
私は今年で70になります。先日、孫が生まれたと聞きました」
「そ、そうなのか」
「はい。
……無駄話ばかりしても仕方がありませんので、そろそろ行きます」
「ああ、よろしく。引き留めて悪かった」
「ええ。では」
うなずいて、パルメルエは去っていった。
……さて。
「じゃ、漁ってみるか」
「ライー? なにをナチュラルに左に行こうとしているのかなー?」
「な、なんだよぅ。いや、だって気になるじゃん? いろいろ」
「不可。ダメ。バッテン。やったら確率二分の一ずつで半殺しか全殺しだから」
「男のロマンを解さないヤツめ……」
「なんならいますぐ半殺し、行く?」
「俺が悪かったです」
ロマンより身の安全である。
仕方なく、右の部屋に向かう。
ドアを開けて入ると、そこには。
「……あ、ライ。それとポエニデッタ神官」
「サリ!?」
サリが、座り込んで本を読んでいるところだった。
「どうしたんだ? こんなところで」
「外にいるとわたしは邪魔だから。ここは静かだし、リラックスするにはちょうどよかった」
「外って?」
「戦の準備中」
「そっか……やっぱもうそうなってるんだな。
あれ、でもなに読んでたんだ? おまえ、たしか文字読めないんじゃなかったっけ?」
「ここの本なら、ライだって読める」
「え、マジ?」
「ええ。文字ではなく意味で書かれているから。試しに読んでみる?」
言われるままに中身を見る。
そこには見慣れない文字で、
終末の刻。
最後の王国に、七人の賢者が集う。
『女王』は座して視る。
賢者が剣を抜き、
かくして打ち砕かれた剣の塔は終焉を迎える。
混沌は放たれ、
終末は始源に至り、
すべてがすべてになる。
と、書いてあった。
「お、読める」
「本当だ。……知らない字だけど、意味はわかる。ふしぎ」
横からのぞき込んだリッサが言った。
「なんだろうな。それにこの『女王』ってひょっとして、」
「はい。ア・キスイの代理されておられる方です」
「うわ?!」
「ひゃあ!?」
いきなり後ろからパルメルエの声がかかって、思わず悲鳴を上げる。
……サリといいこいつといい、なんでこうも世の中には気配のない人間が多いのか。
「まあ、とはいえそれは外典ですから。そこにあるものは『外れ』であって、実現はしないだろうと思われる予言です」
「あ、予言なんだ。
……でも、終末についての予言が『外れ』だなんて、どうやってわかるんだ? わかったときには世界、もう終わってるだろうに」
「他の神託には世界が永遠に続くとするものも多いので、それと矛盾するのです。どちらかは間違いでなければなりませんし――」
「で、こっちが間違いだと?」
「少なくとも、これを外典に分類した時代の方々は、そう判断されたのだと思います」
「え、人間が分類するの?」
「はい。神託委員会が」
……案外、そのへんいい加減にできてるんだな。神話システムって。
「えと、パルメルエ様。準備はいいんですか?」
「ええ。整いました。こちらへ」
「わたしはまだここにいるから、じゃあね。ライ」
「おう。後でな、サリ」
こうして、ふたたび俺たちは彼女の後について歩き出した。
聖典世界の出口には、馬鹿みたいにでかい門があった。
「ここを出れば外界です。私は目隠しをして行きますので、先にどうぞ」
「ああ、わかった。……って、目隠しして歩けるのか?」
俺の言葉にパルメルエは、部屋の隅に立てかけてある杖を指差した。
「あれで歩くから大丈夫ですよ」
「わかった。じゃあ先に」
「はい。おふたりとも、また外でお会いしましょう」
「はい。ありがとうございました、パルメルエ様!」
「じゃ、お先に」
言って、ふたりで門を開けて外に飛び出す。
そこには――
「来たか、ライ!」
「待ってたよ、ライ兄ちゃんっ」
「まるまる~♪」
「待ってましたっ」
「ほほほ、待ち人現る、ですな」
「……ふむ」
懐かしい顔が、待っていた。
「よう……みんな、ただいま」
「ただいまっ」
「巫女から聞いたぞ。神になったんだって?」
「ああ。――コゴネル、バグルルなんだけど……」
「言うな。戦が終わってから聞く」
きっぱり言って、それ以上の説明をコゴネルは拒んだ。
「わかった。……戦況は?」
「追い詰められてるよっ。大変だよっ」
「もう超危険ですっヤバいですっ」
「さんかく~☆」
「滅びの風が吹いています」
口々にみんな、大騒ぎする。
コゴネルは、その様子を見てふっと笑って、それから
「ともかくいったん本部へ行こう。ライが来た以上、作戦は立て直しだ」
と言った。
本部、というからには、それはもう各国の諸侯がずらりと勢揃い。
というのを想像していたのだが、
「……これだけ?」
コゴネルとハルカとテン。なぜかいるサフィート。ドッソとジロロとキスイ。あとカシル。
入っても紹介すらされない。知り合いばっかりである。唯一知らないのは壁際に立っている完全武装のおっさんくらいか。
「トマニオ所属の聖戦士、コーイ・エスタファンと申す。お見知りおきを」
「あ、どうも」
丁寧なあいさつに、会釈で返す。
キスイが笑いながら、
「あはは……やっぱり、少ないって思います?」
「ああ。
ていうか、このだだっぴろい会議室にこれだけだとさすがに寂しいぞ。騎士とかそういう偉いひとたちは?」
「半数は討ち死に、半数は逃げ申した」
「待てやコラ」
いま、さらっとものすごく致命的なことを言われたんだけど。
ドッソが深くうなずいて、
「残念ながら事実です。勇敢な方々はメギド砦で討ち死にされ、そうでなかった方々は最早これまでと聖地を去りました」
「マジかよ……」
コゴネルがため息をついて、
「まあ、メギド砦が保つ時間が三日は増えたと思うんで、無駄じゃなかったとは思うけどな」
「何日保ったんですか?」
「三日だ」
「最悪……」
つーか紙かよ。その砦は。
「ふん。減ってせいせいしたわ。無能どもめ」
「そういや、サフィートのおっさんはなんでいるんだ?」
「ふ、こんなおいしい出世チャンスを逃す私ではないわ。竜にかじりついてこっちに来させてもらった。
というわけで、がっつり待っているから魔王退治は任せたぞ小僧」
「待ってるだけかよ……」
「案外優秀だぞこのおっさん。物資の管理は全任せしてる」
「……マジ?」
コゴネルの言葉に、聞き返す。
横領とか超しそうなんだけど、大丈夫なんだろうか。
「さて。……皆様、そろそろ会議を始めましょう。時間は限られておりますから」
コーイの一声で、全員が私語をやめて着席した。
「さて、まずは現状の整理ですが」
「敵の予想到着時刻は、明朝。そこからが勝負だな」
コゴネルが、いろいろ書き込まれた黒板を指さして言った。
「敵戦力の予測なわけだが。ハルカ?」
「はい。魔王本体の前に、前哨戦力として魔物たちが来るはずです。
魔物だけであれば残された兵力でも対処可能でしょう。ですが、魔王本体はどうにもなりません。防戦では、勝ち目はない」
「よって攻めるしかない。それが結論ってわけだ。ここまではいいな」
全員、こくんとうなずく。
「では次に、どのように攻めるかですが。
現況、相手の弱点と言えるのは魔王のコア部にいると思われる老グラーネル、その人に他なりません。彼さえ消えれば、召喚獣である魔王はすべて、無に還ります」
「そこでじいさんが標的になるわけだが、奴に攻撃を届かせるにはみっつの壁を打ち破らなければならない。
第一に、魔物たちの猛攻。まあこれはどうにかなるだろう。
第二に、魔王のイェルムンガルド外殻。神格を利用したバリア――あの魔王の規模だと、もはや動く城塞といったレベルだ」
「そして第三に、魔王そのものの攻撃、ですか」
ハルカの言葉に、コゴネルはうなずいた。
「そうだな。これらを乗り越えて到達しさえすれば、老人を撃破することも叶うだろう。
案はこうだ。まず、魔物の攻撃を耐えしのぎ、魔王が近寄って来るまで待つ」
かつかつとチョークで黒板に書き込みながら、コゴネル。
「次に、コーイ師に聖戦士宣言の大秘儀を用いてもらい、魔王を弱体化させる。
その後、我々が撃って出て、魔物を蹴散らしつつ魔王に取り付き、ジジイを打ち倒す。これが当初の案だった」
「勝てるのか? それで」
「サリがいるからな。まだ多少勝ち目はあった。ギリギリだけどな」
「ですが、少年が帰ってきた以上、この戦術は十分に有効です。『宣言』後の魔王にとって、彼の神力は猛烈な毒となる」
「ん、なんでだ?」
ハルカに聞き返す。
と、テンが口を開いた。
「ほほ。では久々に解説しますかな。
聖戦士宣言とは、言ってしまえば相手を神話世界の中に取り込む術なのですよ。
神話には「聖戦士が戦うのは神話の敵」という記述がありますからね。その敵と宣言すれば、相手は神話の枠組みに取り込まれてしまう。
そうなれば、魔王の持つ異世界の法は大幅に効力を失います。イェルムンガルド外殻も大幅に弱体化するでしょうね」
コゴネルはうなずいて、
「残った魔王はただ強いだけの魔物に過ぎん。強大な神力に近づけばそれだけで抹消されるだろう。
前はコーイ師とサリの神力だけが期待だったんだがな。ライの神力なら、魔王は攻撃すら放り出して逃げまどうだろう。――勝算は、十分だ」
にやりと笑って、そう宣言した。




