二日目(4):悪党、歴史を知る
「ふう、さすがにここまで来れば追ってこないだろ……」
「どうかしましたかな?」
「うおあはっ!?」
後ろからいきなり話し掛けられ、思わず変な声を上げてしまった。
「い、いつからそこにいたんだ、おっさん!?」
言われ、クランは困ったように、
「そう申されましても……そもそも、ライ殿がこちらに向かって走ってこられたわけで、わたくしはずっとこの場にいましたが」
……よく考えてみればそのとおりだった。
「てゆーか、走るのに夢中でまわりを見ていなかった……」
「それで、なにが追ってくるのですかな?」
「弧竜」
「ええっ!?」
「てのは冗談で、リッサ」
「な、なんだ……おどかさないでくださいよ」
……さすがに、いまの冗談を真に受けるとは思わなかったが。
「てゆーか、弧竜に追われてたら、さすがに俺も生きてないって」
「いやあ、そう言われてみればそうですな」
(――話題すりかえ作戦、成功)
聞こえないように、俺はつぶやいた。
「? なにか、おっしゃられましたかな?」
「なんでもない。
それより、魔人たちとミーティングするという予定なんだが、どこの馬車に乗り込めばいいんだ?」
「ああ、それなら、隊の先頭の馬車がそうです」
「そっか、ありがと」
礼だけ言って、俺はその場を立ち去ろうとしたが、
「ライ殿」
「ん?」
「あなたは、魔人を恐れないのですか?」
最初、冗談かと思った。
だが、こちらを見るクランの目は真剣そのものだ。
だから俺は、できるかぎり誠実に答えることにした。
「さあ?」
「さあ……って」
「魔人なんて、ほとんど知らねーし、危なそうだったら走って逃げりゃいーし。
って思ってるからかな。連中が恐いなんて、思ったこともねーや」
ふむう、とクランはうなり、
「なかなか、面白い発想ですね」
「男はでんと構えてどかんと一発、てのが、うちの家訓だからな。まかせろ」
胸を張って言う。
ぜんぜん説明になっていなかった気がしたが、この際気にしないことにする。
ついでに、べつの気になることを俺はたずねた。
「あんたは、なんでそんなに魔人にこだわるんだ?」
「おや、こだわっているように見えますかな?」
「見えるね。だんぜん見える」
言い切る。
「護衛なんか邪魔なだけ、と言いながらわざわざ魔人たちに護衛を頼むあたり、特にな」
「なるほど、たしかにそうですね」
目のつけどころがよいですな、と言ってクランは笑った。
「そうですね……あえて理由を問われるならば、私がメサイであるから、でしょうかね」
「? メサイと魔人って、なんか関係があったのか?」
「おや、ご存知ありませんか?」
相手は意外そうな顔をした。
「そうすると、もしや愚者がなにをした人間か、というのもご存知ないのではありませんか?」
「……ごめん。休息日の説教、よくサボってたから」
正直、そういうことにはてんで疎かった。
「たしか、すごい数の神とかを殺したんだろ?」
「伝承には、108の神と、576の大巨人を殺した、とありますな。まあ、実際は疑わしいですが。
その愚者が、神を殺すために使ったとされる技が、魔術と呼ばれるものです」
「魔術? 魔術って――」
クランはうなずいた。
「ええ。魔人たちが使う、魔物殺しの技。その原型は愚者ことフィーエン・ガスティードの使った技術なのですよ。
その縁もあって、魔人とともに旅をするのはメサイの伝統となっているのです」
「へええ、そうなんだ」
ぜんぜん知らなかった。
「しかしそうすると、愚者ってのはメサイにとって悪人じゃないんだな」
「まあ、そうです。神殿には、おおっぴらには言えませんがね。
それに、メサイは知ってるんですよ。愚者が戦った、その理由を」
「女の子のためか?」
言うと、クランは驚いた顔をした。
「むう、正解といえば正解ですが――いや、これは驚いた。ひょっとして、ライ殿はすでにご存知だったのですか?」
「いや、あてずっぽだけどさ」
いったん言葉を切って、続ける。
「殺しは、あんまり金にならないからな。金稼ぎ以外の理由で、思いついたのがそれくらいだった」
「そ、そうですか。いや、たしかに」
妙に動揺していた。
「どうした? なんか、悪いこと言っちゃったか?」
「いえ――正直、いままで当てられたことが一度もなかったもので、びっくりしたんですよ」
「そうか? まあ、そうかもな」
というか、さっきみたいな発想は犯罪をやろうとしたことのある奴でないと思い浮かばないだろう。
(……うかつな発言には気をつけよう)
反省していると、ふたたびさっきとおなじ鐘の音がした。
「あとちょっとで昼休みも終わりですな」
「そっか。じゃあ、もう行かないとな」
「ええ。よろしくお願いしますね、ライ殿」
「ん、まあ死なない程度にな」
言って、俺は隊の先頭に向けて歩き出した。
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「おーっす、ペイ。見回りから帰ってきたよー」
「風の故郷へ赴きましょう」
「まるまるー♪」
「よお。早かったな」
手元の課題をもてあそびながら、返事をする。
帰ってきた3人――マイマイ、ハルカ、ミーチャのうち、ハルカはいつもどおり意味不明なことをぶつぶつ言いながら馬車の壁際へ。ミーチャは妖精らしく楽しそうにぶんぶん飛び回っている。
マイマイだけが、手元のそれに興味を持ったらしく、近寄ってきた。
「それ、ドクトル・テンの課題?」
「ああ。チエノワって言うそうだ。東方の遊具だそうで、このチェインをうまくすると外せる構造になってるっつー話なんだが」
「おもちゃなんだ。たのしそー」
「……もう連続で何個やったかわからないけどな。いい加減飽きが来てるところだが、構造を把握するための訓練なんだと」
「ふーん。魔技手工もたいへんなんだねー。ところで……」
マイマイはあたりを見回して、
「男たちは? 休憩時間だってのは知っているけど、ペイ以外いないなんてめずらしいよね」
「バグルルとコゴネルだったら、喧嘩して両方出て行ったぞ」
「ありゃー。コゴネルもはんこーきから抜けないねえ。あたしみたいに素直に生きたらいいのに」
「……おまいさんは少し素直すぎる気がするがな。主に欲望に。
シンはたぶん隊商の主のとこだな。うちのバカ師匠は……なにやってんだろうな。よーわからん」
「バカとは失礼ですねえ」
「うおっ!? いつからいたテメエ!」
「ほほほ、この程度の隠行で動揺するとは修行が足りませんねえバカ弟子。精進なさいよ」
「うるせえ。ていうかテメエ道具使って音消しただろいま。そんなんノーカンだノーカン!」
「ほほ、道具の使用は魔技手工の実力のうちですよ。そこも修行が足りませんな」
「うぐぐ……」
「あははは。ペイ、みじゅくものー」
「ええいうるせえぞマイマイ。自覚はあるんだから黙ってろっ」
気がつくと、残りの連中も戻ってきていた。
「おー。みんな揃ってるじゃねえか。ぐははは」
「……うるせえから下品な笑い声立てるな。バグルル」
「まーそう言うなよコゴネルちゃんよ。さっき仲直りしただろ?」
「うぜえ」
「やあ。みんな帰ってきたようだね……って、あれ。センエイとサリは?」
「お、シン。戻ってきたか。
センエイとサリ? どうせそのへんでいつものように追いかけっこしてるんじゃねえのか?」
「そうなのかな……サリ、さっきは馬車に戻るって言ってたんだがなあ」
「まあ、そのうち戻ってくるだろ。どうせ定例会議があるし」
「ああ、そうだね」
シンとの会話を打ち切って、手元の課題を見る。
この分だと、会議までに課題を済ますのは無理そうだ。ため息をつく。
(はやく成長してえなぁ……少なくとも、いまみたいにいちばん下っ端じゃなくなれるくらいに)
などと、思ってしまうのだった。