十一日目(3):悪神、挑戦を受ける
「状況はどうだ?」
副官に尋ねる。
「おおむね、先ほどの状態を維持しているようです。カシル様」
「……ふむ」
カシルはうなずいて、考え込んだ。
『生贄』からは、第一に非戦闘員を避難させるための時間稼ぎを依頼されている。遅滞戦闘というやつだ。
それで、しばらくは陣をゆっくり下げながら応戦を続けるように指示したのだが――
「気に入らんな」
「御意に」
「ほう、おまえもそう思うか」
「うまく行きすぎています。それに、オオカミどもの戦術が人間的に過ぎます」
「操っているヤツは人間並みの知恵があるな。あるいはやはり、神そのものが作戦指示を出しているのか――しかし。
解せないのは、神自身がさっさと出てこないということだ。聞いた話ではいかにも前線大好きバカのようだったんだがな」
「それもあるのですが……」
「ああ、わかっている。戦の神が指揮しているにしては、どうにも練度が低い。
ヘンに時間を空けた波状攻撃や、中途半端な連携が目立つ」
単体の戦闘能力は高いのだが、うまく活かし切れているように見えない。
さきほどから前線が危機に陥り次第投入しようと待機させておいた一隊は、いまこの本陣の近くで待ちぼうけを食っていた。
「んー……こうなると、アレだ。陽動の可能性を疑いたくなるな」
「陽動、ですか」
「そうだ。――そこでだ」
ぽん、と肩をたたく。
「はあ」
「斥候を北のほうへ出そう。ちょうど非戦闘員が避難しようとしている頃だ。あのあたりに回り込まれると危ない」
「……斥候、ですか?」
「どうした?」
「いえ。どうせならそちらに戦闘部隊を連れて行ってはどうでしょうか? 敵がいた場合、こちらに報告してから戦うのでは遅いでしょう」
「――ふむ」
考える。
副官の言うことも一理あるのだが……微妙に引っかかる。
もし相手が戦力をかなりそちらに振り分けている場合、こちらとしては多正面作戦を強いられることになりかねない。
どうせなら、もう少し楽に戦いたいものだ。少なくとも、相手の戦神が出てくる前に消耗したくない。
ならば――
「よし、攻めよう」
「はい?」
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「おい、そっちいったぞっ」
「わかってるっ。ああもう、しつこい奴らっ。迅雷ぉ!」
ばちばちばち、と襲ってくるオオカミを焼き払いながら、リッサは叫んだ。
――非戦闘員が安全な場所へ避難するのを護衛していたら、ヘンなのと鉢合わせしてしまった。
幸いにも魔人たちはかなりこちらに人員を割いてくれたので助かったが、それがなければどうなっていたことか。
「光狼ったってしょせん神の眷属だ! 魔術に対する防御は薄い、どんどんたたき込めぇ!」
「だからおまえが仕切るなってーの、バグルル!」
「ほほ、ふたりともケンカしていると私がおいしいところを全部持っていってしまいますよー! ほぉら、発明はぁ、火力ぅぅ!」
どごぉ! と音がして、テンの放った砲弾がオオカミたちをなぎ払う。
「……いいかげん、こいつを放っておくと魔技手工はみんな火力バカって世間に認識される気がするな」
「ぶつくさ言ってねえで働け! ペイ!」
『右から敵!』
「ち! おい、いくらなんでも多すぎないか!?」
焦ったコゴネルに、ハルカが首を振って答えた。
「誤算でした。てっきり、敵はライナー・クラックフィールド少年の神力を目指して来ると思っていたのですが」
「囮にしたつもりが、アテが外れたってか? へ、上等! この場で全滅させてやるぜ、おらぁぁ!」
「猪突するな、バグルル。非戦闘員を抱えている以上、こちらがだいぶ不利だ。
――ああくそ、だっていうのに退く隙すらなく次から次へとやってきやがるっ……!」
「ほら、無駄口たたいているヒマがあったら次の魔術っ。こっちに来る量が増えてるよっ」
「しょーがねーだろ! 敵の数自体が増えてるんだよ!」
リッサの言葉に、コゴネルが言い返した。
現状、狭隘な洞窟の地形が、バリケードの役目を果たしてくれている。
それを利用しておおざっぱに魔人達が相手を防ぎ、討ち漏らして後方に来た分をこちらが潰す。
そういう手はずなのだが、だんだんそれも首が回らなくなってきた。
「ねえ、ちょっと……! これ以上来ると、矢のほうが先に尽きるよっ」
「――やむを得ん。ハルカ!」
「了解です、コゴネル」
途端。洞窟内をとてつもない怖気が支配した。
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「ふん。予想を超えて無能か」
吐き捨てる。
光狼は理想的な兵隊だ。必要があれば使用者と目を共有して情報を提供し、遠方からでも精神のみで意のままに動く。
それを使ってこの程度……いや。
「無理もないか? 皆殺しがヤツの宿願のようだからな。あんなどうでもいい目標に戦力の大半を注ぐのも、まあ理解できなくはないか」
しかしそれにしても不甲斐ないのは。
「ならいっそ、全戦力をたたきつけてしまえば、魔法使いどもも支え切れまいに。やはり無能だからか」
考える。このまま推移すればどうなるか。
だいたい半分くらいの確率で連中は光狼を押し切り、目的地に達してしまうだろう。
そうなったらなったで、後で滅ぼしに行けばそれでよいのだが――
「気に入らんな」
雑魚を相手にするのは面倒だったが、幸い大半の雑魚は光狼に対処するために夢中になっている。
なら、このまま一気呵成に目標まで攻めかかってしまおうか――?
「それも風情がないか」
思い直して、つぶやく。
「へえ、余裕だね」
ぴくん。と、眉が動いた。
「……ほう。光狼の監視網は万全と思ったが、抜けがあったか」
「いやあ、そりゃ無理。あれだけひしめいてりゃ絶対見つかるよ」
「では欺瞞したか。なるほど、当代の魔法使いも侮れん。
名を聞こうか、無謀なる挑戦者よ」
「ばーか。誰が教えるか」
「なに?」
相手――魔女は、ふうやれやれと肩をすくめた。
「バカだね君は。一騎打ち気取りのつもりかもしれないけどね、こっちは生物としてアンタほどデタラメじゃないんだ。故に」
「故に?」
「だまし討ちが基本さあ。そら!」
「!? ぬん!」
ざくん!
とっさに振った剣によって裂かれたのは、――光狼。
「な、に――?」
「隙あり!」
「ち!?」
飛びかかってきた相手に、即座に意識を集中させる。
「――地割刺域!」
どすどすどすっ!
発動した神威によって隆起した大地の槍に刺されて絶命したのは、――やはり、光狼だった。
「俺を欺瞞したか! 魔女!」
「そうさあ! おまえの知覚なぞもはや役にも立たん!
さあ、同士討ちで絶滅するか、本物の私に打ち倒されるか、どちらか選べ!」
大仰に言う魔法使い「達」。
気が付くと、自分は大量の魔法使いに取り囲まれていた。
その、中で。
「面白い。やはり名前を聞いておきたいな、戦士よ」
「……ふうん。切り札があるって顔だね。さしずめそれは価値干渉能力の類か」
「ほう。そこまで看破するか」
「いやーなことに定番でね。この業界が長いと読めちゃうんだよなぁ、パターンが」
「ふん。で、名乗らぬのか、貴様」
「しつこいね。偽物の名前なんてどうでもいいだろう。できればさっさとくたばってくれないかな、くされ神」
聞いて、にやりと笑う。
「ならば無名のまま散れ。――我が最強の神威、その身に受けるがいい!」
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ぽつん、と、座っている。
場所は、前に竜と戦った草原のあたり。
夜が近づいたのでここで泊まろう、ということらしい。
神官や人足たちは、外で野営の準備を始めている。
わたし――サリ・ペスティは、空っぽのまま、死んでいる。
目を閉じても、その光景は否応なく見せつけられてしまう。
圧倒的な暴威に崩され、なすすべなく死んでいくモノ達。
わたしはなにもできないのに、おまえのせいだと光景が告げる。
それは、苦痛を超えて、なにかの呪いのようだ。
――このままだと、狂ってしまいそう。
いっそ、目をえぐってしまえばこの光景も見ずに済むだろうか。
(刃物は取り上げられてしまったけれど、――指でなら、すぐに)
「ぐ、――ぐぐ」
鉛みたいに重い腕は、ろくに動かない。
それでも、ムリヤリ腕を上げて眼帯を取って、人差し指を目に向ける。
「ぐぐ、……ううう」
指の先が、ぶるぶると震えている。
ぎりぎりと、歯がきしむ音がする。
わたしは、
「馬鹿か、貴様」
声がして。
振り仰ぐと、そこにそいつがいた。
ちょびひげの、小物っぽい神官補。名前は……ダメだ。思い出せない。
「どんな幻像を見たのか知らんが、くだらん覚悟を決めるくらいならさっさと動けばどうだ。――ほら」
ごとん、ごとん。
彼が持ってきたものを落とす。
……わたしの、装備。
「これ、なに?」
「見たとおりのものだろう」
「……なぜ、わたしに?」
「はん、決まっているだろう。見ていて苛々するからだ、馬鹿者が。
まったく、最初から有無を言わさず、幌をぶち破いてでも脱走してしまえばよかったのだ。スタージンの馬鹿なんぞが無駄な術を発動させる暇を与えずにな」
「――聞いていたのね、あなた。あのときの会話」
「偶然な」
いつものように、彼はえらそうに言う。
……まだ、よくわからない。
「理解できない。なぜ、わたしを手助けしてくれるの?」
「べつに手助けしたつもりはない。貴様に我慢がならないというだけの話だ」
「――魔女が聖者として扱われるのは気に入らない?」
「そんなものは些細な問題だっ」
どなりちらす。
「本当に我慢がならないのはな、貴様がどうでもいい理由で悩んで、無駄に行動をためらっていることだ!
うじうじ悩んでないでさっさと行動しろ! 貴様には力があって目的がある。他に考えるべきことがあるかっ」
……よく、わからない。
どちらにしても。
「でも、いまさら行こうとしても、わたしの身体は鉛みたいに重くて――」
「たわけっ。それが我慢ならんというのだっ」
一喝された。
「いいか馬鹿者、よく聞け。貴様の身体にかけられた呪はなんだ」
「それは、」
「死の危険を冒そうとすると動けなくなる呪いだろう。つまり、貴様は死の危険を冒そうとしているということだ」
「けれど、あのレベルの敵を相手にする以上は――」
「黙れ! 死ぬつもりなら行くな馬鹿が! 奴らを救っても貴様が死んだら、結果的になにも残らんではないかっ」
「――!」
脳裏に、言葉が。
『おまえが死ぬってんなら、それは――』
「あきれた魔女だ! 聖女にでもなったつもりかもしれんが、それでは相手が救われたか否かの確認すらできん! それは無責任な救いの押し売りだ! 一方的な善意の押しつけなど迷惑なだけだ、阿呆め!
本当に貴様が他人を救おうとするならば! 死ぬ覚悟など決めるな! 死んで他人を救うなど愚者の幻想に過ぎぬわ!」
『人死にはいつまで経っても人死にだ。そこに救いも希望も――』
「いいか魔女。誰かを救おうというのならば、死んでも助けるなどという邪念は捨てろ。
もとより自分の事を考えることもできんヤツが他人を救うなど笑止。真に他人を救えるのは、自分を救ってなお余力があるヤツのみと知れ」
『死人にならない限り、俺は必ずおまえを――』
「ああ――」
重圧が、ゆっくりと消えていく。
そう、これは心の重り。
……空っぽのわたしは、無意識のうちに自分の命を軽視していた。空っぽなのだから、それでいいと。
その思考が――サリ・ペスティを死人たらしめていたのだと、なぜ気づかなかったのか。
結局は、ライの言うとおり。
生きるために足掻いてきた自分がそれを捨てたとき、残るものなんてなにもない。
だから、空っぽなのだ。
「ふん。息を吹き返したか」
「そうね」
「それでどうする、死に損ない。勝てそうにないからしっぽを巻いて逃げるか」
「まさか」
装備を拾い、身につけながらつぶやく。
「あの程度、どうってことない。相手が皆殺しにしようというのなら、相手を皆殺しにするだけよ」
「そうか」
「――神官補。名前を聞いておくわ」
「サフィート・パリーメイジだ。
きちんと覚えておけよ。いずれ出世し、大物となる身だ」
「そう。
礼を言うわ、サフィート。いつか借りを返せることを願う」
言って。
そして、わたしは駆けだした。
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相手がいきなり眼前から消失したのを見ても、さほど感慨は沸かなかった。
(ふん、手間のかかる……だから小娘は嫌いだ)
うんざりした、という顔で、馬車の外に出る。
すると、スタージン神官に出くわした。
「――彼女は?」
「さあ。この馬車の中にはいませんが。外で休んでいるのでは?」
「その形跡はなかったはずですが。……ふむ、逃げられましたか」
いやぁ、参りましたなぁと言って頭を掻く。
(ざまあみろ。偉そうにしていい気になっているから馬鹿をみるのだ、愚か者め)
「いやしかし、そうするとパリーメイジ神官補も残念なことになりましたなぁ」
「え?」
「新たに現出した亜神をいち早くファトキアに保護したとなれば、法皇さまの覚えもめでたいというもの。晴れて出世への道が開かれたでしょうに。
ま、逃げられてしまったものは仕方がありません。どうせもう彼女は仲間と離れようなどとは思わないでしょうし、諦めるしかありませんな」
残念ですなぁ、はっはっはと言いながら、スタージンはその場を立ち去った。
「……………………
…………
……
しまったあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
【現在の戦況】
カシル……岩巨人の戦士団を率いて光狼と戦闘中
リッサ……魔人たちと共に避難する岩巨人の非戦闘員を守って戦闘中
センエイ……単身でバルメイスに戦闘を挑む
サリ……集落から離れた場所から移動開始
ライ、キスイ……事情あって待機中




