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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
十一日目:悪党、戦争に巻き込まれる
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十一日目(2):悪党を取り巻く陰謀

「はあ、はあ……!」

 薄暗い洞窟を進む。

 味方はいない。すでに兵たちはあの女の支配下だ。見つかれば捕まる――いや、その前に殺されるか。

 逃げなければ。逃げて帝国に戻り、「裏切り者が偽の『生贄』を擁立している」と報告してやるのだ。

 そうすれば、自分の首は繋がる。あの女にも復讐できる。

 私兵の大半を失うことになるが、べつに惜しくはない。自分は皇帝になるのだ。この程度の出費は、後からどうとでもなる。

「くそ、くそったれ……!」

 にもかかわらず。足が進まない。

 なぜか牢の看守がいなくなり、鍵が偶然壊れて外に出たものの、もうそれからずいぶん走ってきた。

 いい加減、スタミナの限界だったし、それに。

「くそ、どっちが安全なのかわからん……! 地図さえあれば、安全な移動経路を確保できるというのに!」

 それというのも、あの女がすべてを奪ったからだ。

「ちくしょう、ちくしょう……! 覚えていろよカシル・ヴァロックサイト、このままでは決して済まさぬぞ!」

「ふうん?」

 声がして、そちらを振り向く。

 そして。

「な……に!?」

 声が詰まる。

 ――自分の見た光景が、いまいち理解できず。

「運命律を操作して呼び寄せたはいいが……使い物になるのか、こいつ」

「あ、あ、あ……! 貴様は、貴様たちは、なんなんだあああ!?」

「ふん……まあいい。おい、下郎。力が欲しいか?」

「あ?」

「力が欲しいなら――くれてやるぞ。これを」

 言って、男は背後を指さす。

 薄暗い闇の中で、なにかがぞろりと蠢いた。



-------------------------



「にしても暇だねー、ミスフィト」

「そうだな」

 岩巨人の集落の、外側。

 そこでキャンプ中のふたりは、狩った獣をたき火で焼きながらのんびりしていた。

 サリ暴走の一件で手を組んだものの、本来的に彼らは集落を襲った組。つまりは敵である。

 魔人同士なら、雇用の都合上敵対することは珍しくないし、水に流すことも容易。だが岩巨人たちは魔人ではないし、である以上、居住空間を集落の中にすることは、さすがにできなかった。

「……の割には、おまえはいとも簡単に集落に入って、なじんでいたよな。プチラ」

「しゃーないっしょー? ジジイは気配すらなく行方不明、かといってこっちに占術師の手配もなし。

 そしたら情報収集は足でするしかないじゃん。連中から話を聞く以外に方法ないでしょ」

「理屈はわかるが、だったら俺が透明化して探ればよかったんじゃないのか?」

「あ、それダメ。魔術を使うのはダメ。相手にどれだけ神秘使いがいると思ってんの。見通されればかえって警戒レベル上がるだけだよ?」

「……そういうところの嗅覚は鋭いんだよな、おまえ」

 憮然として、ミスフィトは言った。

 まあ、実際。

 あたりを埋め尽くす氷の塊(・・・)を見れば、プチラの言に理があるのは明らかだ。

「まさか白雪(スノウ・ホワイト)とはなあ。事前に情報がなかったら洞窟に避難もできなくて、一巻の終わりだったかもな」

「でしょー? にひひ、これがプチラさまのご加護ってやつよ」

「しかし連中、それにしても警戒心が低いな。俺たちがスパイである可能性とか、考慮してないのか?」

「考慮はしてると思うし、だから監視はされてるよん。たぶんね。

 でも実際、あたしたちは害ある行動を取ってない。だから放置されてる。中身はそれどころじゃないだろうしね」

「それどころじゃない。なぜ?」

「岩巨人たちについては、攻めてきた兵士たちが残ってる。休戦はしたものの、警戒の対象でしょ。こっちに注視するどころじゃないよ。

 魔人たちのグループは、ジジイが消えたことと、サリの後始末で大忙し。しばらくはあたしたちどころの話じゃないってこと。

 んで、あの集落にいる、他の勢力ってことになると、隊商のグループだけど――」

 プチラはそう言って、顔を上げ、

「ほらね。このタイミングで接触(・・)してくると思ったよ」

「…………」

 無言でミスフィトは、プチラをかばう位置に移動。

「ほほ。そう警戒せんでよろしい。わたくしは敵ではありませんし、そもそも戦う力も持ち合わせておりませんでな」

「それを信じる根拠はないがな」

「ていうかー。中にいるあんたの手下たち、めっちゃ迷走してたよ。なんで戻ってあげないのさ?」

「もはや事態は動き出しましたので。あの隊商(カモフラージュ)は切り離します。

 妖術師殿もおそらくご存命。どうやらセカンドプランに移行した模様です。となると、お二方の引き続きのご協力がなければうまく行きませんので、こうしてわたくしが接触した次第です」

「また、戻ってこいと?」

「然り」

「報酬は? ここであちらの魔人どもについていって、グラーネルをぶっ殺して報奨金を得るより高いんだろうな?」

「そもそも、ここにあなたがたが残ることは不可能ですよ」

「なに?」

 ミスフィトの言葉に、彼はにんまり笑って、言った。

「戦争になります。そして戦争になれば、裏切り者候補は真っ先に消去される。……おわかりで? かりそめの平和は、昼過ぎには終わりを迎えます」



-------------------------



「……っ!」

 跳ねるように椅子から立ち上がる。

 今のビジョンは――

(よくないものが近づいている。それも至近に!)

 慌てて身支度を調え、彼女は部屋を飛び出した。

 どん!

「いたっ……」

「キスイ様?」

 ぶつかったジロロが、きょとんとした顔で覗き込んできた。

「ジロロ、皆は?」

「すでに動き出しております」

「そう。いい手際です」

「キスイ様、この気配を感じられたのですか?」

「はい。相手は神ですね」

 言葉に、ジロロが目を丸くする。

「それと従者が大量に。妖精の類かもしれませんが、それにしては体格が大きいですね」

「キスイ様、……」

「はい?」

「いえ、なんでもありません。ともかく、いまのが事実であれば皆に知らせないと」

「はい。お願いします」

「キスイ様は、何処に?」

 問いに、キスイはほほえんで答えた。

「カシルの下へ。正式に守護を依頼しに行きます」



-------------------------



 休んでいたところを突然呼び出されてなにかと思ったら、敵襲だと言われた。

 敵襲、と聞いてすぐ思い浮かべたのは魔人たちの敵のじーさんなのだが、

「じゃあ、やってくるのはじーさんのほうじゃないのか?」

 俺が聞くと、ハルカは静かに答えた。

「わかりません。わからないとしか答えようがないのです」

「けど、このタイミングで来たということは、やはりそれしか考えようがないんじゃ……」

「たとえそうだとしても、相手が爺さん自身とは限らん。この前みたいに、誰かをけしかけてくる事もあり得るしな」

 答えたのはコゴネルだった。

 今回呼び出された場所にいたのはこのふたりと、なんとなく手持ち無沙汰にしていたリッサだけだ。他はみんな、なにかの作業に出かけている。

 そのこと自体が、いまから起こる『なにか』の尋常ならざる規模を想像させた。

「で、結局、どれくらいの規模なんだ。敵は」

「それもわからん。

 というか、それがわかるかと思っておまえを呼んだんだけどな、ライ」

「え? なんで俺がわかるんだよ」

「前にも危機を『見た』ことがあったそうじゃないか。

 今回は神話に属する敵のようだし、だったらなにかわかるかもしれんと思ってな」

「んー、そうだなあ。でも意識してはできないからなあ、俺の場合」

 キスイにやり方を教わっておけばよかったかもしれないが、なんにせよ後の祭りだ。

 そこでふと、ハルカが手招きをしていることに気づく。

「なんだよ?」

「いい方策があります。少年、こちらへ」

「む……」

「なんだ? なにかやる気か?」

「いえ。少年の前で神力を大きくかき回してみようと思ったまでです。うまくすれば彼の能力を惹起できるかもしれない」

「なんで?」

「多分に専門的な理由ですが、解説を求めますか? コゴネル」

「あー、いや、いいや。任せる」

 コゴネルはあっさり理解を放棄した。

 というか……すごい不安なんだけど。

「おい。安全なんだろうな? それ」

「安全でしょうかね?」

「いや、問いかけられても」

「運命律に干渉するわけですから、どうなるかは完全にはわかりません。大した影響はないと思いますが」

「……まあ、いいけど」

 不安は残ったが、一応相手に任せることにする。

 ハルカは、小さくぶつぶつと呪文のようなものをつぶやきながら、俺の額にそっと手のひらを添えた。

 途端、


 見る。

 世界が暗転して、真っ暗になる。

 その暗い世界の中を突進してくる、無数の――


「なんか、光でできた狼みたいな獣だな」

 つぶやくと、魔人ふたりがぎょっとした顔をした。

「マジか。ライ」

「嘘ついても仕方ないだろ」

「ハルカ、どう思う」

「どうもこうもないでしょう、コゴネル。『光狼』で間違いありません」

「光狼?」

「別名をフェンリル。最強格の妖精だよ。神族が大巨人に戦争を挑んだとき、尖兵としてやってくるモノだ」

「じゃあ、相手は……」

「神だな。光狼を従えるモノなんて神くらいだろ」

「え、ええええ!?」

 コゴネルは渋面になって言った。

「いまどき光狼連れてケンカ吹っかけにくる神ねぇ……なんとなく、正体も想像がつくな」

「バルメイスか」

「おそらくな」

「うわー、やっぱそうなのかあ……やっかいなのを放置しちまったなあ」

「ともかく、この話は他の魔人連中にも伝えないとな。光狼はともかく、神本体は岩巨人には手に余る。

 2000年前から、厄介な神退治は魔人の仕事だ。どうにかしてやらねえとな」

「あ、あの……」

 と、それまで沈黙を保っていたリッサが声を上げた。

 コゴネルはちらりとそっちを見て、

「悪いね、ポエニデッタ神官。神だからって、殺しに来る相手は殺さなけりゃやってられん。ここは黙認してくれ」

「いや、それはいいんです。元々神とか大巨人って戦争好きですし、襲ってくる相手と戦うことは、神殿的にも問題なしだと思います」

「じゃあ、なんだ?」

 言葉に、リッサは答えた。

「ボクも戦いに参加します、って」



-------------------------



 がらごろがらごろと、音を立てて馬車は進む。

 隊商から買い取ったらしい、3台の幌馬車。その先頭。

 そこにあの神官と一緒になって座りながら、わたし、サリ・ペスティは茫洋と考えごとをしていた。

(そういえば、もうこの眼帯もいらないんだ)

 前は、魔物に奪われた左目を隠すためにしていた。

 だがその魔物ももはやなく、左目も元の人間の目に戻っている。

 紅くもないし、妖気を放出したりもしない。人間には見えないなにかを知覚することもない。

(それは便利だったのだけど、仕方ないか)

 結局。フレイア・テイミアスとの死闘の中でも、なにかを見ることはなかった。

 もしかすると、未来視の能力は、失われてしまったのかもしれない。

 いままで見えていたのは単にあの魔物の能力で、魔物が消えてしまった以上、もうそれは過去の遺物になったのかも――

(……空っぽになっちゃった)

 がらがらと馬車は進む。

 これから単調な旅が続いて、やがてファトキアに着く。

 その後いくつかのセレモニーが終わって、わたしは自由になる。

 自由になって……なにをするんだろう?

 魔女をやめる?

 ライはそれでもいいと言っていた。

 でも、そうした場合、そこから先のビジョンがなにも思い浮かばない。

 じゃあ、魔女を続ける?

 けど、その理由はもうない。単調な魔物退治だけの生活を続けるには、熱意がなさすぎる。

(結局は、なにも決まってない――)

 それが、たまらなく不安だというのは、なぜなのだろうか。

 あるいは、……あのとき死んだのは、魔物ではなくて自分だったのか。

(だとすれば、皮肉ね)

 くすっと笑う。

 魔物をあれだけ憎んだサリ・ペスティは、その憎悪だけしか生きていなかったのだ。

 考えていると、だんだん眼帯が邪魔になってきた。

 どうせこれも死人の持ち物だ。どこかに埋めてしまおう。

 吐息して、わたしは眼帯に手をかけ


 ――そして、その光景を見た。


「!?」

 跳ねるように立ち上がる。

 いまのは――

(見えた――まずい!)

 走り出そうとして、身体が止まる。

 目の前を塞いでいる、巨体の男――スタージンに。

「どいて」

「だめです」

「どきなさい!」

「行ってなにになるのです! あれは神話の軍勢だ。一人や二人程度がどうにかできるものではありません!」

 言葉に、動きが止まる。

 そしてわたしは、強い目で相手を見据えた。

「――なにが起こっているか、わかっているのね。あなた」

「これでも聖戦士の端くれです。これほど強大な神力が動けば、嫌でもわかる」

「なにと戦っている?」

「具体的にはわかりません。ですが、おそらく大量の光狼を連れた神の類かと」

「光狼――!」

 歯噛みする。

 神々が自らの手助けのために作る生物、妖精。そのなかでも、光狼は特別なものだ。

 戦闘という単一の用途のためだけにデザインされ、戦神に使役されて戦へ向かう。

 その姿はまるで光でできた狼のようで、そして狼を超えた俊敏さで敵を打ち砕く。

「ならば、それはバルメイスか」

「可能性は高いでしょう」

「どいて。助けに行かなくちゃ」

「助けに行ってどうなるのです。あなたは――」

「勝てる可能性はある! わたしは勝算がなければ動かない! なめるな、神官!」

「あなたは本調子ではないでしょう! サリ・ペスティ!」

「――――!」

 見抜かれた。

 というより、見抜かれるほど自分が衰えていたことを、自覚させられた。

「力を失い、活力を失い、再生力を失い、目を失った。

 その状況で、再び戦えるようになるには十分な再訓練が必要でしょう。今では無理です」

 神官の声は真摯で、熱が籠もっている。

 だから、心が折れそうになった。

 そう。いまの自分は弱い。

 伝説を作ったあのサリ・ペスティは、もういまは存在していないのだ。

 ――それでも。

「それでも……身体は動く。いつも通り、最善手を打てれば、きっと」

「無理だ、とは言いません。ですが難しいでしょう。相手は百戦錬磨の戦神です」

「だからって、座視してはいられない! 相手を討てる可能性があるのに、ただ黙って見過ごすことなど――」

「やむを得ませんな」

 がくん。いきなり膝をついた。

「な、身体、が――」

「失礼ながら。先ほど、気づかれぬように戒め(ギャサ)をかけておきました。

 あなたが自ら死の危険を冒そうとする限り、あなたの身体は鉛となるでしょう。おとなしくすることです」

「――――」

 身体を起こす。

 確かに鉛のように重いが、この程度なら。

 相手は驚いたようだった。

「なんと……流石です。この重圧に耐えて、なお手前が止められないほどの力をお持ちか」

「どいて。わたしは、行かなきゃ」

「無駄です。手前は押しのけられても、それでは敵と戦えない。行ったとしても犬死にでしょう」

「…………く」

「悪しからず。不幸なことですが、我々はあなたまで失うわけには参りません」

 がくん、と膝が折れる。

 わたしは……結局、なにもできないまま。

 あの光景を、遠くから見ていることしかできない。

(ライ……!)

【秘儀紹介】

『戒め』(ギャサ)

使用術者:パゼット・スタージン

種類:秘儀 難易度:C+

行動制約の呪い。特定行動をしようとすると凄まじい苦痛が全身をさいなむようになる。

強そうに見えるが、制約が極めて多い。効果時間は数日間が限度、隙を突かないと強者にはかからない、等。

気軽に使うには難易度が高い秘儀なのもネック。そして特定行動を禁止する系なので、「勉強させる」とかは一切できない。生存に関わる事態では発動しない、という制約もあるので敵に戦闘を禁じることも無理。ないないづくしの秘儀。今回のような使い方しかできない。

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