十一日目(1):悪党、相談を蹴る
寝苦しくて目が覚めた。
(サリの心の中で暴れてから、一日くらい寝込んでたみたいだしな……寝過ぎなんだよな)
もそもそと起きあがり、窓の外を見る。
この、窓から外が見える部屋は、客間としては最上級のものらしい。
(それを、なんで今も俺にあてがっているのかはよくわからないけどな)
剣なんてもうなくなったんだから、普通にべつのヤツに当てればいいのに。
たとえば――
(サリとかな。亜神だって言うんだから、待遇は良くてしかるべきだろうに)
ぽりぽり頭をかいて、立ち上がる。
寝付けない以上、ここにいても退屈なだけだが……さて、どこにいこう?
ふらふらとあてもなくさまよっていたら、広いところに出た。
――最初にキスイと出会った、あの広間。
正面には巨大な穴があって、外を一望できる環境にある。
月の光に照らされて、幽玄な雰囲気の漂うそこに、
「……なにやってんだ、ペイ」
「おう」
俺の言葉に、ペイは片手だけ上げて応えた。
つーか、その雰囲気ダイナシに放置された鉄の筒はなんですか。
「そんな顔で見るなよ。だいぶ前の戦闘で設置した砲台だろ」
「いや、片づけろよ。使ったのだいぶ前だろ」
「だから今片づけてるところだろうが。
ここまで重いと簡単には持ち運びができなくてな。一度分解しないと話にならん」
工具を片手に作業をしながら、ぶつぶつとこぼす。
(そういえば、こいつはテンの弟子なんだっけか)
まあ、扱いは弟子というより、態度のでかい使用人って感じなのだが。
踏み込まないようにしてはいるが、なんでこいつが魔人になろうと思ったか、ちょっと気になるところではある。
「で、おまえさんはどうしたんだよ」
「あん? ああ、ヒマでな」
「……仕事がないと気楽でいいな」
「不満なら仕事なんてサボればいいじゃん」
「バカたれ。そんなかっこわるいことができるかっ」
口論しながらも、手は休まることを知らない。
……あ、案外こいつ器用かも。手つきが素人離れしてる。
これなら邪魔しても問題ないと踏んで、俺は話しかけた。
「サリ、どうするつもりなんだろうな?」
「知らねーよ。サリが決めることだろ」
「まあそうだけど。魔人連中はどう思ってるんだ? ファトキア行きって」
「バグルルは猛反対。ハルカは放任。センエイはなに考えてるかわからん。
他は……聞いてないが、おおむね賛成なんじゃないかな」
「へえ、そうなのか」
「マイマイやミーチャはなにも考えてないだろうがな。コゴネルやうちのジジイは――ちと、企んでそうだな」
「なにを?」
「サリをダシにしてどうにかしようって話さ」
不愉快そうに言う。
「ダシ?」
「ああ。ほれ、魔人って連中は、世間的に肩身が狭いだろ」
「まあ、そうだけど」
「だからよ。魔人のなかに亜神がいるってことになれば、ちっとは風当たりもよくなるんじゃないかって思うだろが」
「あー、そういうことか」
……待てよ。
「でもさ、サリがこの後、魔女を続けるとは限らないんじゃないか?」
「なんだよ。神殿が圧力かけるってことか?」
「まあ、それもあるけど……」
「問題ないだろ。亜神に神殿が指図できる言い訳もないし、本気になったサリ・ペスティなんか、誰も止められやしない」
ペイはこちらを見もせずに言う。
……そういうことじゃないんだがなあ。
まあ、いいけどさ。
「スタージン、亜神が魔人出身だったことについてはなにも言わなかったな」
「そうだな。あれも腹に一物ありそうなクチだ。
まあ、バグルルの友人じゃ一癖あって当然か」
「そういやバグルルって聖騎士団出身だって言ってたっけ。あれ、みんな知ってたのか?」
「まさか。俺らもおまえと同じだ。仲間だと言っても、必要以上に過去に踏み込むのは失礼だ。
けどバグルルはファトキア出身だったからな。そうだったとしても俺は驚かねえし――センエイはもうちょっと具体的な情報、つかんでたっぽいな」
「そうだな」
「なんだかなぁ。俺はヤな予感がするよ。あのスタージンって奴、うちのジジイなんかより一枚も二枚も上手な気がする。
ナメてると、思わぬところで足をすくわれる気がするんだがな。まあ、サリを出し抜けるかどうかは知らんけど。
……っと。さて、じゃあそろそろ運んで行くかな」
「おー。がんばってな」
「お前も、あんまり夜更かしするんじゃねえぞ」
「はいよー」
言って、俺たちは別れた。
「……ふう」
どっこいしょとベッドに腰掛けて、一息。
――結局。散歩に行ったからって、眠れるようにはならなかった。
(まあ、最初からわかってたけど)
たぶんこの体調は、身体的なものじゃない。
要するに、俺は。
(気になってるわけだ。結局)
「あー、どうするのかなー、サリ」
「なにが?」
「うどわわわわわわ!?」
「ライ。夜は静かに」
しー、と言うサリ。
……というかですね、サリさん。夜の自室で後ろに回り込まれたら誰だって叫びますよ。
「い、いつから?」
「ライの後ろにずっといたけど」
「だからいつから」
「集落を目的もなくうろうろしているみたいだったから、どうしたのかなって」
「…………」
それだと、俺はうろうろして戻ってきてベッドに腰掛けるまで、まったくサリに気づかなかったことになるんだけど。
(まあ、おかしくはないか)
頭を振る。サリだし、そんなこともあるだろう。
それよりも、今は聞きたいことがあった。
「で、どうするんだよ」
「……明日まで待つ」
「待ってなにが変わる?」
「グラーネルの様子を見る。ひょっとしたら目くらましかもしれないし、ハルカが再探知に成功するかもしれない。だとすれば、仕事を放っては行けない」
「それでなにも起こらなければ?」
「…………」
サリは、珍しく深く悩んでいる。
まあ、理由はなんとなくわかる。
「どうすればいいかわからない?」
こくん。サリはうなずいた。
(……やっぱりか)
「いままでは、心の中の魔物に対処するためだけに生きてきたから。
だから、それがなくなったいま、どうすればいいのかわからない」
ぽつ、ぽつ、という調子で言う。
(故郷に帰るったって……ほぼ全滅してるしなあ)
要するに、そういうことだ。
いままでやらなければいけなかったことが一気に消えたせいで、逆になにをすればいいかわからなくなってしまった。
「ライ。あなたはどうしたらいいと思う? わたしは、どうやって生きていけばいい?」
「俺に聞かれても困る。
ていうか、自分がどうやって生きるかなんて、自分以外に決めようがないだろ」
「……でも」
「でもじゃねえよ。お前、俺がこうしろって言ったらそうするつもりか」
「……ライが言うなら」
参った。重傷だ。
「おまえな、あんまり甘えてるとぐーで殴るぞ」
「でも、ライは助けてくれるって言った」
「悪党の言うことなんて真に受けてんじゃねえよ。約束なんて破ってなんぼだぜ」
「だけどライは悪党じゃなくて、悪ぶってるだけのしょうもないひとだし」
「前より評価下がってますよねえ!?」
不条理すぎる。俺がいったいなにをした。
「ああもう、ともかく明日のことは明日考えろ。残ってもいいし、ファトキアに行ってもいい。
行くにしたって、途中で気が変わったら戻ってきてもいい。逆にファトキアが居心地いいんなら、定住して魔女なんてやめちまってもいい。
ぜんぶおまえの自由だ。自由だから途方に暮れてるんだろうが、だからって他人に頼るな。お前の道はお前が決めるんだ。俺には決められねえよ」
「……うん」
「わかったら明日に備えて寝ろ。いいな」
「うん」
うなずいて。
サリは、元気なさそうに立ち上がり、ふらふらと外に出て行った。
「ライ、おやすみ」
ばたん。
……はあ。
(迷子の子供みたいな顔しやがって――けど、まあ)
似たようなものかもしれない。
たぶんサリは、あの廃墟になった街にいたころから、なにひとつ成長していないのだ。
結局。サリは、行くことにしたらしい。
「ファトキアには行ったことないから、ちょっと見てくる」
という、端から見ればえらく安易な決め方だった。
……それでも、たぶん。
サリが一生懸命悩んで、自分でそう決めたのだから、それでいいと思う。
気が変わらないうちに、ということなのか、スタージンはえらく迅速に馬車を用意してきた。
「バグルルはどうしたんだ?」
「いじけてる。まあ気にするな」
「あ、そう」
で、俺はその見送りの場所でコゴネルと雑談していたりする。
「サリ姉ちゃん、ばいばーいっ」
「……またえらく気が早いな、マイマイ」
まだサリ、馬車にも乗ってねえぞ。
と、そのサリがてくてくこっちに歩いてきた。
「どうした?」
「忘れてた。ライ、手を出して」
「ん?」
ぽん、と重い感触。
見ると、サリのおなじみの短剣が俺の手に置いてあった。
「なんだよ、これ」
「後で取りに来るから、預かっておいて」
「……ああ、そういうことか。べつにいいけど」
なんとなく照れくさい。
あと、後ろからバカの殺意をひしひしと感じるのですが。
「らーいーくんー……」
「うわ、しなだれかかってくるなバカっ」
「しくしく。サリぃぃ、私にはなにもないの?」
「センエイには放っておいても会うから。要らないでしょう」
ぴた。センエイの挙動が止まった。
そしてその身体が小刻みに震えはじめる。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……」
「どうした? 酒でも切れたか?」
「勝った! 勝ったぞライくん!」
「ええい、うるせえから耳元で叫ぶなっ」
「わはははは! そうとも! 順当に行けばサリは用事を済ました後真っ先にこちらと合流し、そのときには邪魔なライくんはべつの場所にいる!
ふはは、いける、いけるぞ! 今度こそサリの心は私のものだぁーっ!」
「煩い」
ずしゃあっ!
「あごふっ!? い、いま、鋭角とも鈍角ともつかぬ未知の幾何学的角度から来た足払いがっ……!」
「……とりあえず、しばらくセンエイのお守りもお願い。ライ」
「責任重大だな」
「サリ様、そろそろよろしいですか」
「かまわない。――ライ、それじゃ」
「土産を期待してるぞー」
「してるぞーっ」
「してますーっ」
「まるまる~♪」
……こうして。
サリは、行ってしまった。
「行っちゃったねー、サリさん」
「……つーかなぜテメエが残ってる、リッサ」
「む。なによーそれ。まるでボクが残ってたらおかしいみたいじゃない」
「おかしいわけじゃないが……残りふたりはサリと一緒に行ったんだろ? なんでおまえだけ残ってるの?」
「あのふたりはあのふたりだよ。ボクは任地に行く途中だからね。そっちを優先したの」
「任地って?」
「ヴァントフォルンの北の開拓村」
「……それは、最果てとか言いませんか」
「まさかぁ。東にはもっとすごいところ、いっぱいあるよ。半日歩かないと人が住んでいるところにたどり着かない神殿とか」
「いや、そんなのと比較されても……」
まあ、左遷なんてそんなもんか。
と、ふらふらしながらセンエイがやってきた。
「いいなー。その剣、いいなー」
「うるさいヤツだな。なにが言いたいんだよ」
「サリに『私だと思って持っていて(はあと)』とか言われるなんて……むきー! 憎い、憎いぞライくん!」
「だああ、暴れるなばかたれっ」
「ていうか、そんなこと言ってましたっけ……?」
「言っていた。ああ言っていたともさキスイくん。まわりには聞こえていなかったようだが私は聞きもらさんぞ!」
「幻聴だろ」
「うるさい。私が聞こえたって言ったら聞こえた! 聞こえたんだもん!」
「おー! きこえたんだもんっ」
「きこえたんですっ」
「まるまる~♪」
あたりの連中が盛り上がる。盛り上がり過ぎて俺はついていけねぇ。
「ったくしょうがねえヤツだな。……ほれ」
ぽい、と剣をセンエイに渡す。
センエイは目を細めて、
「……おい。どういうつもりだ?」
「どうせヴァントフォルンあたりまでは一緒に行くんだろ。それまで預かってろ」
「む。まあいいだろう。もともとサリの錬成術には興味があったし、調べるにはいい機会だ」
「断っておくが、ちゃんと返せよ? 幻覚とすり替えたりしたら、後でサリが激怒するからな」
「ばばばばばかなことを言うなよライくん。わわ、私がそんなことを考えるとお、思うのかい?」
「……ホントに考えてたのかよ、おい」
「ちょっとな」
「ちょっとな、じゃねえよ……」
他愛もない話をしながら、上を仰ぐ。
天気は快晴。旅立ちの日としては上出来だ。
(ま、あいつなら大丈夫だろ。そのうち普通に生きていけるようになるさ)
だから、いまはお別れを。
次に会う日には、お互い胸を張って会えますように。




