九日目(2):悪党、説教する
「しっかし、みんな、元気がないなあ」
俺は言った。
あの後、なんとかエフを引きはがして掃除をして、その後にどこかに行っていたマキノと合流して炊き出しの列に並びにきたのだが。
全員、生気のない顔をしている。まるで死人の群れだ。
「だよなー。正直情操教育上悪いから、エフは連れてきてない。足が悪いってことにしててな」
「大丈夫か? こんな街だ。足が悪いなら望みがないから間引く、とか言われたりしないか?」
「役人にも余裕がねえんだよ。そんな頭働かせられる奴はもういない。書類通りに処理するのが関の山さ」
「そんなもんかねえ……」
言いながら俺は、マキノが持っているタグに目をやった。
足が悪いことにしているエフの身分証明タグ。これを見せることで、もう一人分の配給がもらえるって寸法だ。
もちろん、強盗からすれば、一人分の追加配給権である。だから普段はマキノも見せびらかさない。こういう、必要なときでなければ、見せびらかすことそれ自体が危ないだろう。
そして、このタイミングでは強盗なんて襲ってきようがない。
「……にしても、兵士たち、ちょいと多すぎじゃねえの?」
あたりを見回しながら俺は言った。
俺たちを取り囲むようにして配置された兵士たちは、列を警備するにしては少々多すぎる人数に見える。
マキノは少し声をひそめて、
「そりゃアレだよ。兵士になればいろいろいい目が見られるからさ」
「あー。配給に色がついたりすんの?」
「他にもいろいろだ。……って噂だけどな。正直ホントかはわかんねー。俺の年齢じゃ入隊できねえしな」
「そりゃそうだな」
「にーちゃんなら入隊できんじゃね? その後にボケてることがバレて放り出されるかもしれんけど」
「それもそうだな」
あっさりスルーして、俺はあたりを観察した。
一般人よりハッピーハッピーな環境でいるはずの兵士たちだが、その表情も一様に固い。
死人というほどではないが、とにかく緊張している。なんでだ? と俺はいぶかしんだが、
「もうたくさんだ!」
前方で上がった声に、反射的にそちらを振り向いた。
50代くらいだろうか。はげたおっさんが、手を振り上げて叫んでいる。
「もう無理だ、もう終わりだ、もういい加減にしてくれ! 疫病は流行る! 魔物は人を食う! そして外出禁止! 領主は俺たちに死ねと言ってるのか!? こんなときに役にも立たないくせに、自分だけは居城でのうのうと――」
どすっ。
遠くから飛んできた投げ槍がおっさんの身体を貫通し、おっさんが吐血した。
が、おっさんはそれでもにやりと笑った。
「は、はは、ははは! 知ってる、知ってるぞ! 兵士ども、領主の犬どもが! おまえらの仕事は俺たちを片付けることだ! その対価にもらう餌はうまいか!? ははははは――ぐえ!?」
どすどすっ、と、さらに二本の投げ槍がおっさんを貫く。
それでもなにか言おうとしたおっさんだが、駆け寄ってきた兵士が槍を振りかぶり、ざくりと心臓を貫くとおとなしくなった。
あたりにざわめきが広まるが、
「静まれ! 静まらぬ奴は対処する!」
兵士たちの一喝に、すぐそのざわめきは静かになった。
俺は運ばれていくおっさんの死体にちらりと目をやり、
「ラッキー。一人分早く飯にありつけるぞ」
「にーちゃん、そういうとこ極端にドライだよね……」
「エフの情操教育に悪い場所だってのはわかったよ。おまえにとってもな。
それだけわかれば十分だ。こんな胸くそ悪いとこさっさと片付けて、帰って飯食おうぜ」
「まあ、そりゃ正論だけどさ……気分悪くなったり、しない?」
「グロいとは思ったけど」
「あっそう」
マキノはそう言って、
「……まあ、ボケてるからな。仕方ないか」
「さっきからおまえはおまえでときどきひどくない?」
「そこ! 私語を慎んで静かに並べ!」
威圧的な兵士の言葉に、俺たちは口を閉ざした。
……思うところ? ないわけがない。
だが、それをここで語るのは、矜持が許さない。
(――彼女の死は、あんなおっさんの自殺行為と同列には扱えねえよな)
言葉としてしっかり思い浮かべ、そして俺は黙って自分の番を待った。
「パルナー!」
エフが歓声を上げた。
「どうだーエフ、うまいだろ? な? な?」
「パルナー!」
「そうかうまいかー。よしよし。俺の分も後で、ちょいと分けてやるからな」
「……親バカだな」
「ふふん、言ってろ」
「サリ、パルナー!」
「わかった。わかったから落ち着け。あわててこぼさないようにな」
俺は言って、あたりを見回した。
ボロ小屋でも、エフの明るい声があるだけで、雰囲気はけっこうよくなるもんである。
それに、少人数で落ち着いて食べる飯も久しぶりだ。
(ここんとこ、大部屋での食事会と、野営の2択だったからな)
しみじみかみしめてると、マキノがこっちを見て笑った。
「どうした?」
「いや、こういう大人数で食べるのは久しぶりだなって、しみじみしてたとこ」
「……大人数?」
三人を大人数とは普通、言わないだろうに。
「大人数じゃん。あれ、それともにーちゃん、家族が多かったクチ?」
「まあ、賑やかな環境で育ったのは確かだけどな」
わりとよくマリアの酒場で飲み食いしてたし、そういう意味では家族的な食事とは、昔からあまり縁がない。
「だけどアレだ。それじゃおまえら、ずっとふたりだったのか」
「まあなー。だからにーちゃんには感謝してる。俺以外に他人を知らないままオトナになるのは、エフにとっていいことじゃないし」
「おまえ、エフのことはいいけど自分のことも考えろよ。おまえだってガキなんだからよ」
「俺はいいんだよ。エフが立派になってくれれば、後はどうでもいい」
「いいわけねーだろ。死人みたいなこと言ってんじゃねえよ」
「いやいや。そういうことじゃなくてさ。
俺は思うんだ。この街は最悪でこの世の地獄で、俺たちが生き残れる目なんてどこにもないけど、それでもエフさえ生き残ってくれれば――ひとりでも生き残ってくれれば。そうすれば、それはそれで、俺たちが生きた意味はあるんじゃないかって」
「それがエフの負担になっても、か?」
「……? 負担?」
「そうだよ」
俺は、つい先ほどのリッサとの会話を思い出しながら、言った。
「死んだ人間の想いを引き継ぐってのはさ――しんどいんだぞ」
「…………」
「おまえが教師で、他人の価値を引き立たせるのが生きがいだってんなら、それもありなんだろうさ。
それに、おまえが死人で、もう誰かに引き継がせるしか道が残ってないのでも、それはそれでありなんだろう。だけど今回はどちらでもない。
おまえは生きてるのに死んでること前提で話してる。そうするとエフは――おまえが死んだ分、精一杯生きなきゃいけない義務を負うことになるんだ」
よく、先人の想いが受け継がれていく、というような話があるが、あれは美談でもなんでもないと思うのだ。
それはつまり、先人が生きる価値を自分で生み出せなかったから、後を引き継ぐ誰かに押しつけているだけ。
まるで借金だ。生きる価値を生み出さなければいけないという、呪いだ。
――まあ、マキノがエフを呪うつもりだったのなら、それはそれでいいのだろうが。
「続く奴にだけ価値を生み出せなんて残酷だ。生きているなら、生きている時間をバカにするんじゃねえ。いま生きている幸せな時間、それが生きる価値だ。おまえがそれを踏みにじったら、その分だけエフの負担になるんだぞ」
「……よく、わかんねえ」
マキノは言った。
「どうせこの先どうなったって、俺らが死んじゃうとしても?」
「それでもだ。それでも、この食卓は幸せだろ。
たとえ一時の幸せで、その後は泡みたいに消えちまうとしても。その幸せを踏みにじった奴にはなんの価値もねえんだよ。そんだったらいますぐ腹かっさばいて死ね。あのおっさんみたいにな」
俺は突き放すように言って、それから飯をかっ食らった。
――結局。
マキノはそれから、一言も口を利かなかった。
夜。
割り当てられた部屋から星を眺めつつ、俺は今後のことを考えている。
(結局、魔物の姿は見えなかったな)
それに疫病も、話だけしか聞かなかった。
まあ、どのみちこの世界に長居する気はない。
ささっと魔物を倒してさっと現実世界に帰る。それが一番なのだが、いまいち全体像が見えない。
(エフがサリ……というのも、なんか違う気がするし)
なにか重要なキーであるとは思うが、サリ自身と言われると、首をひねる。
まあ、サリの心の中なのだから、全部サリと言えばそうなのかもしれないけれど。
とはいえ。
(サリの中にある重要な場所が、このマキノの家だってんなら――守らなきゃな)
だから、ここにいるのは間違いじゃないんだろう……が、それとはべつの問題もある。
「動き出したか」
俺はつぶやいて、手はずどおり、窓から身を乗り出した。
……さあて。
鬼が出るか蛇が出るか。
屋根の上を伝って、家から家へ。
路地を伝うよりずっと効率的に動ける。こういう技能を使うのも、久しぶりだ。
(そもそも、町中に来たのが久しぶりだからな。当然だ)
思いつつ、俺は走る。音を立てないように屋根を移動し、壁に飛びつき、さらに高い屋根へ。
やがて、城壁っぽいところにたどり着く。
(……城壁?)
予想外だった。これはまずい。
(城壁だったら見張りが……くそ。やっぱいるな。これだと登るのは危ない。
街の中は……巡回してる兵士は、とりあえず見当たらないか)
俺はひょいひょい、と壁のでっぱりを伝って、城壁途中の窓へ。
中を覗くと、案の定、そこには人がたくさんいた。
といっても、兵士たちだけではない。
(マキノ……)
そう。俺がなぜここにいるかと言えば、それはマキノを追ってきたのであった。
昼間から、大通りに突っ立ってた俺にいち早く気づいたマキノ。その後もことあるごとに出かけていたマキノ。
なにをやっているのかに興味が湧いたので、こうして夜に追跡させてもらったのだが。
(マキノだけじゃねえな。兵士とそれ以外、半々ってところか。
だが、こいつら……)
誰も死人の目をしていない。
この街の標準的な連中からはかけ離れたそいつらは、なにか小声でひそひそと話している。
もうちょい聞き耳を立てるかと、俺はほんのちょっとだけ身を乗り出し、
「はい、ご苦労さんでーす」
「え?」
言葉とともに、いきなり窓から引っ張り込まれた。
「うわあああ!?」
ずでーん! と中に引っ張り混まれる。
「い、いてて……」
「に、にーちゃん!? なんでここに?」
マキノの声は、とりあえず無視して。
俺は、俺を引っ張り込んだ相手を、まじまじと見た。
見た目、貴族の家の使用人さんみたいな格好をした、糸目の女。
だが、俺の気配にいち早く気づき、引っ張り込んだ手並みは、素人とは思えない。
「おまえ……誰だ?」
「わたしですかー? フリイと申しますー」
怪しい女はそう言って、にこにことお辞儀をした。
……どうやら。
なにか俺は、得体の知れないものに、首を突っ込んでしまったっぽい。




