九日目(1):悪党、拾われる
「――っと」
気がつくと、俺は街の中にいた。
洞窟の中ではない。たぶん、リッサの術式が成功して、ここはサリの心の中なのだろう。
(ここに至るまでの流れが、もんのすごい納得いかなかったけどな)
リッサに変な背負わせ方をしてしまった。不覚だ……本来、あんなこと、誰にも話す気はなかったのに。
疲れていたからだろうか。
しかしまあ、ともかく。
「……で、どこだよ。ここ」
見たこともない街。
たぶん、サリと縁のある場所なのだろう。
街並みの様式は俺の生まれた地方とはだいぶ違う。噂に聞くファトキアなどとも違う。
あたりは夏の雰囲気でもなさそうだが、それにしてはずいぶんと暑い。日差しが根本的に違うのだろうか。通りには、風通しがよさそうな建物がずらりと並んでいる。
そして――人がいない。
出歩いている人間がまったく見られない。こんな昼間の大通りでそれとなると、それだけでなにかが起こっていることを嫌が応にも感じてしまう。
「とりあえず、適当に歩き回ってみるか……」
この街のどこかにいるという、魔物を倒せばいいのだろう。
だとすれば、まずは足を使うことだ。そう思った俺は一歩を踏み出し
「……え?」
その足が引っ張られていることに、ようやく気がついた。
引っ張っているのは、俺よりずいぶん年下っぽい子供だった。そいつはなにかに焦ったように、
「なにやってんだあんた! 早く!」
「え、ええ!?」
「いいから路地行くぞ! こんな大通りで突っ立ってて、兵隊に見つかったらどうすんだ馬鹿!」
「あ、うん」
あわてて俺はその子供に連れられて、そのへんの路地に入り込む。
子供は、たぶん背格好からすると俺より7つくらいは下だろう。なにか確認するように路地から顔を出してきょろきょろしていたが、やがてため息をついて、こっちを振り返った。
「……で、なんであんなところにいたんだよ」
「俺か?」
「他に誰がいるんだよ。つーか、配給の時間以外外に出るなって、こんなん基本だろうが。なに考えてんだ?」
「いや。俺、今日この街に来たばっかりだから。そういうの知らないから」
「は?」
子供はきょとんとした。
(ん、なんかまずいこと言ったか?)
ごまかそうかとも考えたが、いいや。と開き直る。
ここで下手に情報を隠して、協力者候補のこいつと疎遠になっても困る――と、思ったのだが。
子供は、盛大にため息をついた。
「あー……そっか、頭が」
「待て。なんかすげえ侮辱的なこと言われてる気がするんだが」
「仕方ないよな。この状況だもんな。近所の旦那さんもすっかりぶっ壊れちゃって、嫁さん刺し殺そうとして逆に犬のエサになったもんな」
「その物騒な事件はスルーしていいものか悩むけど、とりあえず状況を教えてくれよ。いまこの街でなにが起こってるんだ?」
「言ってもにーちゃん、どうせ明日には忘れてるだろ?」
「忘れてない、忘れてない」
「……はあ。じゃあ、一度しか言わないからよく聞けよ」
子供は――少しだけ大人びた表情になって、言った。
「この街は死海に飲み込まれて、疫病が流行って滅亡寸前。目ざとい連中はとっくに逃げてて、目ざとくない連中はこの街に閉じ込められてる。暴動が起きるのを防ぐために規定時間以外の外出禁止、破ったら兵士に捕まって、牢屋ももういっぱいなんで容赦なくその場で処刑だ」
「おわー……思ったより末期だ……」
まあ、街に人っ子一人いない理由はわかったけど。
「そんなわけでにーちゃんが今日この街に来たわけがないんだよ! だからにーちゃんはボケてんの! 自覚! 自覚!」
「あーもうそれでいいよ。最近物忘れ激しくてなあ」
「よし。建設的にまとまったところで、んじゃ俺の家行くぞ」
「え? いいの?」
「どーせあんた、ボケたんで使い物にならねえってんで家族から追い出されたクチだろ。かわいそうだからうちで引き取ってやんよ」
「……微妙に不名誉だが、まあいいやそれで」
害はないし。むしろ、都合がいいと言える。
「そんじゃあ行くぞ。にーちゃん……あー、名前は覚えてるか?」
「ライナー・クラックフィールド。ライで通ってる」
「んー? なんか妙な響きの名前だな……クラックフィールド? そんなけったいな名字、聞いたことねえぞ」
「聞いたことない名字なんていくらでもあんだろ」
「まあそうかもしれんけど……いいや。呼びづらいからにーちゃんって呼ぶわ。
俺の名前はマキノ。マキノ・オリヒヤーナだ。せっかく拾った以上は雑用やってもらうから覚悟しとけよ、にーちゃん」
にひひ、と笑って、そいつ――マキノは、そう言った。
「死海ってのは、呪われた大地だ」
家へと赴く道すがら、マキノは俺に語って聞かせた。
「なんか昔、神々の大戦争で死んだ大魔神が呪いを放って作った領域で、これが世界に広がりきると世界は滅亡するらしい。
で、その死海の境界は、一年前まではこの街より南だったんだけどな。最近急速に北上してきて、街が飲み込まれちまった」
「死海に飲み込まれると、どうなる?」
「さっき言ったろ。死海の疫病が流行る。それに街の中であろうと、大量の魔物がどこからともなく発生することになる。噂によると、魔物たちを統べる七つの王がいて、そいつらが新しく死海に加わった領域を取り合うために配下を送り込んで来るんだと」
「なるほど……そりゃあ大変だ」
「だから金持ちたちはすぐ、北へ逃げた。大金持ちは自前の船で北洋を渡ったらしい。中金持ちくらいの連中は北のバスファモイに逃げて、そこからぼったくり価格で連絡船に乗ってやっぱり北洋を渡った」
「なんで海を渡るんだ?」
「このへんじゃ、死海の話は行き渡ってるからな。
せっかく逃げても、疫病を巻き散らかされたら大事になる。だから金持ちでもないのに逃げた連中の半分くらいは、逃げた先で火にかけられた。金持ちどもはそれを避けるために、最低でもメメジェフとか、ファトキアまで逃げることにしたらしい」
「なるほどなー」
……てことは、ここは『中つ海』の南側なのか。
俺だって聞いたことがある。俺のいた街のはるか南にある聖なる都市、ファトキア。その南には黄金に輝く『中つ海』が広がっていて、かつてはファトキアの民がそのまわりの大地をすべて支配していたという。
「街を出入り禁止にしたってのも、そういうことさ。周辺の領主からの要求らしくてな。疫病をまき散らすことを防ぐためにうんぬんかんぬん。それに不満持った連中は全員で暴動起こして、全員処刑された」
「で、外出禁止までなったと?」
「そう。人間の接触をなるべく禁止すれば疫病が流行るのも防げるかもって。ついでに領主は死海を追い払うためにいま、毎日若いねーちゃんを生贄に捧げてがんばってるらしいぞ」
「うええ……末期じゃん……」
改めて聞いても、終末感が半端なかった。
「とんでもねえ街に来ちまったなあ……はあ」
「まだ言ってんのかそのボケ。正直面白くないぞ」
「面白くないボケでも繰り返すと味が出るってのがクラックフィールド家の家訓なんだ」
「……家訓というより芸人の教えだよな、それ」
「俺もそう思う」
「とにかく、城門は開かないし、いまはこの街に外から人が来れるわけがないんだ。諦めて現状を受け入れろ。
まあ、食事はこの街じゃ完全に配給制だからな。にーちゃんひとり養ったところでそう大きなデメリットがあるわけじゃねえ。俺にはもう一人、養わなきゃいけない奴もいるしな。だからまあ、たまにそいつの面倒見てもらうくらいでいいよ」
「へえ? その養わなきゃいけない奴ってのは、子供か? それとも老人か?」
「それは――」
「サリ」
「え?」
突如として聞こえてきた声に、振り返る。
路地である。当たり前だ。路地から路地へ移動してきたのだから、それは当然なのだが、その路地の自分の後ろに、女の子がひとり、くっついてきていた。
女の子は俺を見て、にぱっ、と笑って、
「サリ。サリ。ペスティ」
と、ひっついてきた。
――俺は、それを見て、固まっていた。
いや。まあ、唐突に出てきた固有名詞は、さておくとして。
その女の子……栄養の足りてなさそうな、みすぼらしい格好をしたちっぽけな子がまとう、圧倒的な聖気に、気圧されてしまったのだ。
外見的にはなんの変哲もないのに、気配が尋常ではない。これは――
「えへへ、サリ」
「……驚いた。エフがオトナになつくなんて、見たことないぞ」
「そうなのか……」
「でもまあ、そうだよな。にーちゃんちびだもんな」
「待てやコラ」
その納得のされ方はすんごい屈辱なんですけど。
まあ、ともかく。こいつが、マキノの言ってた『養わなきゃいけない奴』なのだろう、ということは、推測できた。
「サリ。サリ。アグナ、マルクテ」
「おいマキノ、翻訳してくれ。こいつ、さっきからなに言ってんだ?」
「わかんねーよ。エフはどっかからの移民でさ。通訳してくれてたひとは死んじゃってたし、もうさっぱり」
「まったく意思疎通できねえの?」
「いや、エフも少しはこっちの言葉がしゃべれるんだけどな。
なあエフ、ちょっと俺たちにわかる言葉にしてくれないか?」
マキノがジェスチャーしながら言うと、エフは、んー、と難しそうに首をひねり、
「オキャクサン、モウカリマッカ……?」
「うん。誤訳だな」
「サリぃ!」
「うわわ、いきなりひっつくなって! 倒れるだろ!」
「あー、とにかくふたりとも。家ん中入るぞ。まだ外だし、路地とはいえ騒いで兵士に見つかったらことだから」
マキノが、苦笑しながら言った。
マキノの家は、大通りに面していない、日当たりの悪い立地の小さな小屋だった。
たぶんこいつが貧乏だったから、こういうところにしか住めなかったのだろうが……現状のこの街においては、路地にしか面していないというのはむしろ、メリットだ。
家の裏手には井戸があるので、案外いい家と言えるのかもしれない。
まあ、それはいいんだが。
「なあ、マキノ」
「なんだよ、にーちゃん」
「このエフっての、なんで俺にひっついて離れないんだ?」
「当人に聞けよ」
「エフ、なんで俺にひっついて離れないんだ?」
「サリ、サリ。えへへ」
「…………」
謎の懸案は解決しなかった。
べつに俺、子供に好かれる体質とかなかったと思うんだけどなあ。
マキノはそんな俺を見て、
「むー……二年ほど一緒に暮らしてきたマキノにーちゃんとしては、アレだな」
「アレ?」
「ほら。娘を嫁にやる父親の気分」
「このレベルでそんな気分に浸れるとかお気楽なメンタルだなオイ」
「にーちゃん意外と毒舌だよね。ボケてるのに」
「そうか?」
「あー……なるほど。素の性格が悪いとこうなるのか」
「おまえの謎の納得はどうでもいいけど、この状況はどうにかならないのか? 正直、子供の体温暑いんだけど」
ただでさえこの街の空気、あっついのに。
「知るかよ。俺だってひっつかれたいよ。自慢かよ」
「嫉妬か。見苦しいぞ」
「これでも手塩にかけて育ててきたつもりだったんだがなー。ときどき俺の飯の一部を譲ったりもして」
「んなことしてると、おまえのほうが育たないぞ?」
「う……にーちゃんが言うと、なんか、実感がこもってるな」
「うるせえ。俺は欠食が理由でちびなんじゃねえよ」
「ちびであることは認めたな」
「…………」
大悪党ライナー・クラックフィールド、そのへんのガキに言い負かされるの巻。
「ま、ともかく」
マキノは、壁に立てかけてあったほうきを取り、ずいっと俺に差し出した。
「夕の配給までまだ時間がある。さっそく雑用やってもらうぞ。まずは掃除」
「……。
いや。待て。このエフがひっついた状態で俺にどうやって掃除をやれと?」
「がんばって説得しろ」
「エフ、仕事するから離れてくれないか?」
「ドグレグっ、サリ」
エフはそう言って、ぎゅっと俺の服をにぎりしめた。
「……マキノー」
「自分でなんとかしろ。俺は用事あって出ていくからな」
「どうすりゃいいのさ……」
一向に離れてくれる気配のないエフと、渡されたほうきをながめて、ため息。
(俺はいったい、なにをしているんだろう……)
果てしなく目的から離れていっている気がする。大丈夫か、これ。




