七日目(7):悪夢!燎原の魔王-2
「こらライくん、ぼーっとしてんな! 起きろ!」
「うげほっ!?」
センエイの活(みぞおちに蹴り)によって、俺は強制的にたたき起こされた。
「げほっ、がほっ……! ど、どうなった……!」
「ち、わざと苦しいところに打撃入れたのに、案外丈夫だな」
「おまえ意外と余裕あるよね今回! 世界の危機とか言ってんのに!」
突っ込みながら立ち上がる。
まわりを見回すと、幸いなことにほとんど時間は経っていないようだった。
ノボリゴイを始末したサリを、トゥトとミスフィトが頑張って足止めしている状況。
「次の策はあるか? べつの召喚獣とか」
「君、さらっと無茶を言うねえ。一日に二度も召喚できる怪物なんて私はハルカしか知らないし、ハルカでもノボリゴイ級を二つはさすがに無理だ」
「……あんな弱いのに?」
「弱くねーよ! 間違いなく最強クラスの竜祖だっつの!」
「でもサリのナイフだけで四散したって、弧竜ですらもうちょい固くなかったか?」
「あれでも死んでねーんだよノボリゴイ! ちょっと召喚契約が緩かったから、すねて帰っちゃっただけで!」
「ええ……それはそれで引くんだけど」
衝撃波で俺がぶっ飛ばされて伸びるレベルの爆散して、それでもまだ生きてるとか、逆に気持ち悪い。
「それに……ああ、くそっ。正直あそこまでのレベルのサリの能力は想定外だよ。本来、魔法戦士ってのは魔力的な防御を突破する手段に乏しいんだ。サリだって例外じゃない。裏技はいくつかあるが、あそこまでのを使えるってのは――」
「想定外だった?」
「……いや。考えてみりゃ相手は、神聖文字掘れるレベルの魔法鍛冶だからな。
普段は魔物を封じるのに手一杯で使えない隠し必殺技も、いまなら使いたい放題だ。想定しておくべきだった。くそ」
センエイは、失態を認めて毒づいた。
「つーことは、もう打つ手なし?」
「いや。ひとつだけある」
俺の言葉に、センエイは言った。
「正直、気が進まないやり方ではあったんだよ。完全に賭けになるからな――だがまあ、四の五の言ってられる状況じゃない」
「どんなやり方だ?」
「ライくんの剣を部分的に呼び戻す」
「…………」
俺はセンエイをにらんだ。
「言いたいことはわかる。ここに持ってこなかった時点で、予測はついてたよ。剣の人格とけんか別れしたんだろう?」
「まあな」
「だから人格は呼ばずに力だけ呼ぶ」
「できるのか、そんなことが?」
「君、たしか岩巨人の集落でお祓いを受けてたな」
センエイは言った。
「その強度次第だ。正直、三日前の契約強度だったら、サリに斬りかかられた最初の時点で剣が呼び戻ってきていて、大惨事だったろうさ。だが、その呪いが大幅に弱まっているいまなら、剣の持ち主としての力だけを呼び出すウルトラCが、可能かもしれない」
「……。どうやる?」
「迷いがなくて助かるよ、ライくん」
センエイは言って、真剣な目で俺を見た。
「やることはいつも使ってた、あの真名宣言の必殺技と同じだ。いままでのライくんのやり方は、神力をぶっぱするだけだったが――今回は、『剣を手に持つ』ことに全力で集中しろ」
「それで、なにが起こる?」
「うまく行けば、神力で編まれたかりそめの剣が、おまえの手に出てくる。
部分的にだが、神格も戻ってくる。そうすれば、それでサリのイェルムンガルド外殻を中和できる。そうなれば多少なりともサリを苦戦させられるし――となると、サリの中のサリが介入する余地が出てくる」
「全部うまく行けば、か」
「うまく行けば、じゃない。うまく行かせるんだよ。
――正直、もう手が思い浮かばない。足止めが機能しているいまがチャンスだ。やってみろ!」
「よし、わかった!」
俺はサリの方に向き直って、
「ってうぇええええ!?」
トゥトとミスフィトを振り切って、全力でこっちに駆けてくるサリに絶叫。
やばい、かわすのすら間に合わない!
「奔れぇ!」
とっさにセンエイの手から放たれた暴風のような神力がサリを止める――こともなく、減速すらせずにサリはこちらに駆けてきて、
「だぁあ!」
「うお!?」
爆音と共に俺は吹っ飛ばされ、サリはその場を駆け抜けていく。
「見たか俺とテンの新発明、吹っ飛ばすカノン! ダメージを与えずに敵を吹っ飛ばすことに特化したクソ兵器だぜ!」
「た、助かったぜ、ペイ!」
やけくそに叫ぶペイに叫び返して、俺は手に力の収束をイメージする。
――たぶんいまのでサリが駆け抜けるだけで横に攻撃して来なかったのは、中のサリに余分な負担をかけている。
何度も避けてればなんとかなるという次元では、もうない。
「だから、いま俺には力が必要なんだよ!」
叫んで手をかざす。
「戻ってこいクソ剣! このライナー・クラックフィールドの力になれ!」
次の瞬間、爆発的な光の柱が手から吹き上がった。
警戒して、サリならぬサリの挙動が止まる。
(…………。
見た感じ、剣の本体までは呼び出してないな)
手の中に剣の形で収まった光を見て、思う。
もしかすると本体の剣ごと呼び出してしまうのではないかという予感がしていたが、うまく行った。本体はたぶん、まだ洞窟で埋まっているだろう。
「っ、とおおお!」
がぎんっ! と、一気に寄せてきたサリの短剣を光の剣で受ける。
よし、受けられてる!
これならまだ勝負に――
「馬鹿たれ、一回受けたら逃げろ、ライくん!」
「!? うわああ!?」
もんのすごい剣捌きになにがなんだかわからないままかろうじてかわし、ひねり、後ろに飛び、着地。
追ってこようとしたサリだったが、
「カララ・マイアスター! 二度目っ」
マイマイの仕掛けた幻術に引っかかったのか、ぐらりと身体を揺るがせ、
「っせい!」
そこに姿を現しながらのミスフィトの一撃が刺さって、身体を崩し、
「撃てぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!」
ペイの放った吹っ飛ばすカノンの一撃で、大きくぶっ飛んだ。
「よし、なんとか距離を取れたぞ!」
「さっきより魔術、体術、共に効きやすくなっている。イェルムンガルド外殻が干渉して力を落としているな」
『いまならば我が霊術も多少は効こう。
――全員、ライナー・クラックフィールド少年を護れ。この弱体化の加護こそが勝機の鍵だ。失っては戦いようがなくなる』
「りょーかい! 次の魔術、準備するよっ」
全員が集まってきて、言う。
……そうか。
センエイが狙っていたのというのは、これだったのだ。
俺ががんばってサリを苦戦させる――のではなく、俺が神力を持つことそれ自体が、相手の邪格を中和する役割を持つ。
これなら戦いようはあるかもしれない。そう思った瞬間、サリが吠えた。
「あ、あ、ああーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「なんだ!?」
ミスフィトが叫んだ。
サリの身体が大きくびくん! と跳ね、その身体からゆるやかに、煙にも似た、得体の知れない気配が漏れ始める。
「修羅招請……だと……!?」
センエイが、鬼気迫る顔でつぶやいた、直後。
「!」
誰も、止められなかった。
正直、見ることすら難しかった。
神速で動いたサリの身体が――次の瞬間、俺の目の前にいた。
「う、うわああああ!?」
剣をでたらめに振ると、がきん! という感触があって。
そしてその次の瞬間、後ろから衝撃を受けて俺はぶっ飛ばされた。
「が、はぁっ!?」
「な、なにが――」
「ちょ、ライにいちゃ――」
「あぶな――」
まるでスローモーションみたいにあたりの連中が叫び始めるのを見ながら。
(……行ける!)
俺はぶっ飛んでいる身体を空中でむりやり態勢を立て直して、足から地面に着地。
直後、身をかがめて、後ろから襲ってきたとおぼしきサリへと足払いをかける。
「!?」
サリの驚いた顔が、ちらっと見えて――その身体が、足払いを受けて空中へ飛んだ。
「光よ!」
即座に剣を逆袈裟に、空中のサリに向かって振るう。そこから放たれた光の衝撃波を、サリはなんとか短剣で防いだ――が、そのせいで姿勢を崩したのだろう。無様に脇から落下して、地面にバウンドする。
そして即座に立ち上がったが、
「ううううう……るうううううっ……」
「へ……速いだけでどうにかなると思ったら、大間違いだぜ」
うなるサリに対して、俺は笑みを向けた。
そう。たしかにサリは、凄まじく速くなった。
だがその代わり、サリの持っていた器用さとかが、ほとんど失われている。
さっきまでやり合っていたからこそわかる。いまのサリの攻撃は単調だし、読むことは容易だし、さっきみたいに浮かせてしまえば、行動の自由を奪って必殺技を当てることまでできる。
――おそらく。いま使っている『速くなる』技は、サリの技ではないのだ。
サリにとりついている魔物、それ自体が持っている技。だからこそ逆に、サリの技の方に制限がかかっている。
「来いよ魔物! サリならともかく――テメエ程度の雑魚相手に、このライナー・クラックフィールド様が負けるわけがねーだろーが! 大悪党の格を教えてやるぜ!」
「ああああああああ!」
サリが吠えながら突進してくる。
その速度は速すぎて見えない――だが。
(雑な攻撃すぎて、読めてるんだよ!)
がぎぃ! と俺の剣とサリの短剣が火花を散らす。
次の瞬間、俺は相手の力に逆らわず、後ろに飛んだ。
(斬れなきゃそのまま体当たり。それも読めてる!)
吹っ飛ばされる形で宙に浮いた俺をサリは追おうとするが――その前に俺は無理やり、光の剣を地面に突き刺して身体を止め、そのまま着地すると、地面を掘り返すように切り上げた。
ちょうど突進してきていたサリの顔付近を刃が通過し、その身体がたたらを踏む。
「判断が遅え!」
俺の蹴りがサリの身体を捉え、ぐが、と彼女が声を上げる。
「……っああああああ!」
短剣を乱打するサリ。だが俺は後ろに下がりながら、致命的な剣筋だけをきっちり剣でいなしていく。
怒りが湧いてくる。
「サリの身体を雑に扱いやがって! それは本来、もっとすげえもんだろうがよ!」
「ぐがああああ!」
「おら、今度は俺から攻撃行くぞ!」
「馬鹿ライくん、時間切れだ!」
「え?」
センエイの声に、俺が我に返る前に。
サリの剣筋が突如として、鋭くなった。
「な、ああっ!?」
あわててかわそうとしたところに、側頭に足蹴り。俺の頭を強い衝撃が走り、そのまま身体が崩れる。
「ぐ、はっ……!」
(あ、死んだ)
そう思った。
流れから見ても、この状況で殺されないはずがない。揺れる視界を見つめながら、俺は冷静に判断した。
知っていたけど、案外あっさり人って死ぬなあ――そんなことを、考えながら。
首先で止まった短剣の先を、ぼーっと見ていた。
…………
(え?)
サリが、止まっていた。
倒れた俺に馬乗りになり、首先に短剣を突きつけたまま――サリが、その動きを止めていた。
「間に合ったよ。ライ」
「サリ……おまえ……」
だが俺は、気づいてしまう。
サリのほほえみが――どこか、悲しげなことに。
まだ、サリの身体から放出される邪悪な力が、衰えていないことに。
サリは、それでも笑っていた。
「ライのおかげ――あいつの気をわたしから、完全に逸らしてくれた。その上で、わたしの力を引き出さないと勝てないと、あいつに思わせてくれた」
……そう。
最後のあの剣筋は、完全にサリ本来のもの。
速度によって俺を圧倒できないと知ったサリの中の魔物が、あわてて引っぱり出したサリの本当の力。
だが、それは魔物にとっても、無茶だったのだろう。
魔物の中で力をたくわえていたサリが、一時的にとはいえ、身体の支配権を取り返せるほどに。
「それでも――これ以上は、無理。センエイはなにか成算があるような顔をしてたけど……わたしの取り返せた支配権が、あまりにも小さい。時間稼ぎもできない」
「サリ……?」
「だから――こうするしかない」
「やめろ、サリ!」
俺の制止を待たず。
どすどすどすっ! と、サリの短刀が四方八方から飛んできて、彼女の身体に突き刺さる。
「ばいばい、ライ」
そして、その突き刺さった短刀から、光が溢れ――
それで、すべてが終わった。
「無茶してくれるよねえ、ライ氏も。
修羅招請に対抗するために、バルメイスの戦闘経験を無理やり脳内に引っぱり出して対処とは。おかげでこっちは、その召喚に剣が引っ張られないように押さえ込むので必死だったよ」
地鳴りが響く洞窟の中、もはや物言わぬ剣を手に持って、シンはつぶやいた。
「にひひ、だいぶご苦労さんだったみたいだね、シン」
「そういう君は最後まで手を貸してくれなかったね、プチラ」
「そりゃそーでしょ。あたしは魔法剣士。神力と神力のかち合いなんかに居合わせられるわけないっての。
それよりこれで任務完了だよねー。剣さえあればあのジジイから金、せしめられるんでしょ?」
「やめておいたほうがいいよ」
「え?」
プチラはきょとんとした。
「どゆこと?」
「いや。この剣は僕がグラーネルのアジトに持っていくとして、だ。
君とミスフィトは、間違いなく戻ったらグラーネルに殺されるよ。最初から報酬なんて、あの爺さんに払う気があるわけがない」
「ええー!? なにそれ、どゆこと!?」
「言葉の通りさ。使えるうちは使うが、利用価値がなくなったら殺す。
それがあのグラーネルの哲学だ。むしろ彼はこう言っていたな。『殺さず報酬を払う、合理的な理由があるのか?』ってね。彼には、利用価値のなくなった相手に金を払うこと自体、理解できないらしい」
「うげー。じゃあこっちこそ前金だけもらってとんずらすりゃよかった……でも困ったな、どうやって逃げよう」
「いまならミスフィトがあっちに寝返った状態だ。こっそり相手側に混ざれば誰も気づかないんじゃないかな?」
「おー、ナイスアイデア! じゃああたしは行くよ、シン。あんたも達者でね!」
言って、プチラは走って洞窟の出口へ去って行った。
「……やれやれ。結局あの子、最後まで僕がどうするつもりか聞かなかったな」
一切興味がない、ということなのだろうが、ちょっと寂しい気もしなくもない。
(まあ、一介の魔人ならともかく、カイ・ホルサの神殿を敵に回すような真似は、グラーネルもするまい。僕との取引は有効だろう……しかし)
手持ちの剣を、見やる。
「まさかこんな算段とはね。グラーネルの計画に支障が出かねない事態になってきたが――あるいはこれすらも、誰かさんの計略だったのかな?」
問う声は、誰にも聞かれず、闇の中に消えて行った。
魔術解説:
『修羅招請』(クシャトリヤ・インストール)
系統:奥義 難易度:?
『秘剣』カイ・ホルサの神威、真儀解放を他人が使えるように改変、調整したもの。
効果は行動速度の増加と時間分解能の増大。要するに「相対的にあたりの時間の流れを遅くする」能力。
厳密には魔術ではなく、その原型たる『奥義』に分類される。




