七日目(8):悪党、駆ける
「時間停止……ですかね」
数十分後。
時刻はすでに夕刻に近い。燎原から少しだけ離れた場所に力なく横たわったサリを見て、ハルカが言った。
センエイはぽりぽりと頭をかいて、
「やっぱりそれか?」
「そうとしか思えません。
サリの身体には、たくさんの短刀が突き刺さっています。それらによって血が出るようなことはありませんが、治る気配もありません。
魔物の影響を脱しているならば出血があるはずです。そして魔物の影響を脱していないのならば治るはずで、治療の過程で短刀が抜けてしまうはず。
どちらも起こっていない以上、可能性としては時間の停止しか思いつきません」
「だが厳密な時間停止なんて不可能だろう」
「だから、非常に強力な時間遅延でしょうね。停止に近い効力の」
ハルカはそう、結論づけた。
センエイもうなずいてから、
「テン、ちょいと聞きたいんだがな」
「はい。なんでしょう?」
「この事件が起こる前のサリの能力に、こんなのはあったか?」
「まさか。あり得ませんよ。
我々とサリが出会った時点で彼女が持っていたスキルは『端末』の魔術と、魔法剣を始めとした魔具の作成技術のみ。その後、いくつかの技の指南程度はしましたがね。時間の停止となると我々魔技手工の手には余る。それは霊魂技師の領分でしょう」
「となると、決まりだな。サリは、修羅招請をあの場で習得して、逆方向に使ったんだ」
センエイは言って、本格的にため息をついた。
「マジかよ……私の専売特許なんだぞ、そういう技は。いくら魔物と一体化していたとはいえ、普通あの場でそんな綱渡り、成功させるかあ?」
「おい。そろそろ俺にわかるように説明してくれよ。どういう話なんだ?」
「だからさ、さっきライくんも体験しただろう。爆速化したサリを。
あれを逆転させたんだよ。逆に、身体の動きをもんのすごい遅くする呪術を、サリは自分自身にかけた。その結果、サリも魔物もほとんどまったく動けなくなって、それでいまに至るってわけだ」
「……それ、実はいまも危ないんじゃないのか?」
「だろうな。時間が経てば魔物が術を解いて、また暴れ出す。だからそれまでになんとかしないと、世界の危機復活、ってわけだ」
センエイは、またため息。
「呼吸はしてないな? 遅くなったのだから当然だろうが。対応して代謝も遅延しているから生命活動に別状はないと思うが――この状況で魔物から解き放って、大丈夫かねえ?」
「まるで魔物から解き放つ算段があるような言い分ですね、センエイ」
「じゃあこのサリを輪切りにするか? 最悪、その衝撃で術が解けるぞ。可能な限りサリの治療を行うのが、この場合の最適解だ」
「おおー。だから悩んでたんだ! 納得!」
「……つーか、このちびっこ誰?」
俺はふと、気になっていましゃべったのを指さして言った。
虹小人……だろうか。やけにカラフルな頭髪をしたそいつは、手を腰に当ててふんぞり返った。
「ちびっこ言うな! あたしは鋼の大魔女、プチラ様だぞ。敬いたまえよキミぃ」
「知らねえよ。つーかたしかこいつ、ミスフィトのおっさんと同じで敵じゃなかったっけか? バグルルがそんなこと言ってたような」
「だからおっさん言うなっつってんだろボウズ。
……まあ、なんだ。どーも俺たち、クライアントから見捨てられた気配がするんでな。俺がさっき助力したってことで、なし崩しだが勘弁しといてくれ」
「そうそう。勘弁したまえよ。にひひ」
胸を張って言うプチラ。
バグルルがそれを見て、首をかしげた。
「……べつにそれはいいが、なんでこのチビ、こんなぴんぴんしてんだ? さっき思いっきり頭かち割ったと思ったんだがな、俺の大剣で」
「ん。衝撃吸収かつらで耐えた!」
「かつらかよ」
「やー、即席のわりに案外役に立ったよねこれ。あの大剣で頭やられて、ちょいとのびるだけで済むんだからさ」
ずるずるとカラフル頭髪(かつら)を取り払うプチラ。……あ、地毛は案外、地味な黒なんだ。
「二日以上は保証しません」
ハルカが静かに言った。
「二日は保つでしょう、この呪詛は。二日以内に解決する算段が見つからなければ、殺すしかありません」
「……そうだな。それには同意だ。
さて、そうするとどんな手が取り得るか、なんだが――」
「あのさ」
ハルカとセンエイがうなっているところに、コゴネルがおずおずと手を挙げた。
「なんだよコゴネル。妙案でもあるのか?」
「いや、逆だ。懸案がある。
サリはとりあえずどうにかしないといけないとして、ライの方はどうすんだ?」
「あ? 俺?」
言われて、きょとんとする。
「いや、おまえも似たようなもんだろ。前触れなく神に乗っ取られやがって。
あれが二度三度と起こったら、世界の危機とまではいかなくても俺たちの生命の危機にはなるんだぞ。どうにかしないとやばいだろ」
「あー、そうだったっけ」
「そうだったっけって、おまえなあ……」
「まあ、それについては大丈夫だろう。いまは状況も安定してるしな」
「安定してるかあ? 法皇の降神儀よりやばい気配がしてるぜ、いま。これが神力だとすれば、今朝方よりいまの方がよっぽどやばいぞ、センエイ」
「……ああ、そうか。君、ファトキアと縁があったんだっけか」
「あー、ごほんごほん」
バグルルがわざとらしく咳をした。
「ほれ。それより本題に入ろうぜ。ライは大丈夫なのか?」
「いくらなんでもわざとらしすぎるぞ、バグルル。安心しろ、魔人でおまえら親子の経歴をいまさらどうこう言うやつなんていないよ。
で、コゴネルの疑問に答えると、大正解。ライくんは現在も爆弾を抱えたままだ」
「…………」
センエイの言葉に、コゴネルは一瞬、沈黙した。
「……さっき、安定してるから大丈夫って言わなかったか?」
「安定はしているんだよ。ライくんは神力と呪いを両方抱えていたんだが、呪いの方の影響が極めて薄くなってる。
だが、神力が爆発してるのは私にとっても想定外でね。なにが起こってるのか、正直わからん」
センエイはあごに人さし指を当てて、
「この場合、サリがいないのが致命的でね。こんな状況を解説できるのは彼女くらいなんだ。
魔法鍛冶としてのサリの意見が聞ければ、いまの剣とライくんの関係が類推できたんだろうが……まあ、ないものねだりでしかないね」
「あのライに取り付いて暴れていたのは、結局なんだったんだ? シンとハルカは、バルメイス神ではないって言ってたが……」
「ああ、そういえばシンに会ったんだっけか。
まあ、そうだろうね。ハルカの言うとおり、バルメイス神の死はトマニオにある大聖典に、すでに記載済みの事項だ。
私の予測を言うこともできなくもないが、当たっている保証もないし、それ以上に意味がない――対策できない災害を知ることにはなんの意味もないよ」
「……前途多難、だな」
「で、とりあえずの私の意見だが」
かぶりを振るコゴネルに、センエイが言った。
「まずは『生贄』を頼らないかね、諸君」
「『生贄』……ア・キスイをか?」
「ライくんの状況に対処できるのは『生贄』くらいだろう。神の代理者としての経験はあちらが上だ。もしかしたら、なにかアドバイスをもらえるかもしれん。
それにサリの方もだ。この場合、あのスタージンとかいう神官が頼りになる可能性がある」
「え、あのおっさんが?」
俺は小首をかしげた。
センエイはうなずいて、
「というか、バグルル。あんたに聞きたいんだがね、ひょっとしてあれ、あんたの知り合いじゃないかね」
「……。
はぁ……わかったよ」
バグルルはなぜかため息をついて、そしてうなずいた。
「ああ、そうだ。パゼット・スタージン――俺はパズっつってたがな。あいつは聖騎士団に俺がいた頃の、後輩だ」
「え?」
俺は驚いた。
いや、バグルルが聖騎士団にいたというのも、すごい衝撃だったのだが。
「あの暴言親父、あれで聖騎士なの? マジで?」
「だから出世できなかったんだよ。自業自得だな」
「あー、納得」
「……まあ、関係ない情報はともかく。
つまるところ、一般神官の顔をしてるが、聖騎士資格を持ってるってわけだ。しかもバグルル、君と違って現役だ。とすれば、魔王対策についてはエキスパートと言ってよかろう」
「まあ、そうだな」
センエイの言葉に、バグルルはうなずいた。
「決まりだな。
移動手段はテン、あんたの発明を借りるぞ。私の魔力はもうからっぽだ」
「構いませんが、あれはふたつしかありませんよ」
「十分だ。ライくんと私が履く。サリは私が運ぶよ。残りの連中は悪いが、徒歩で後を追ってきてくれ」
「ほらよ、これだ」
言ってペイが出したのは、一見してえらく大きな靴だった。
「これを履くのか?」
「そうだ。サイズは気にするな。足を入れれば自動的に調節される」
「ちょっとためしに……うお!?」
いきなり靴が小さくなる。
「び、びっくりした……でも、たしかにぴったりだな」
「ライくん……」
「ん、なんだ?」
「ちびだちびだと前から思ってはいたが、足も小さいんだな」
ぐさぐさぐささっ。
「う、うるせー! んなこと言ってる場合じゃねーだろが!」
「……子供の足みたいだね、ライ兄ちゃん」
ずん。(←とどめ)
真顔で言ったマイマイの言葉に、俺はとどめを刺された。
「こ、子供にバカにされた……」
「なんだよー。ちびなことは悪いことじゃないんだぞキミぃ。なにしろ相手がナメてくれるから、隙を突き放題よ」
「その理屈はわかるけど理屈じゃねえんだよ! おまえだってわかるだろ!」
「いや、あたしキミと違って女の子だから。かわいい要素にしかならないよ。にひ」
「卑怯だああああああっ!」
プチラの言葉に俺は叫んだ。
「ほら、サリ背負え」
「ああ。よっと」
ひたすら落ち込んでる俺をよそに、センエイはサリを背負った。
「意外と重量あるな。装備品が多いせいか」
「靴には荷重制限はありませんから、大丈夫ですよ」
「そうかい」
言って靴に足を入れるセンエイ。
……あー、うん。普通に俺よりでかい。見た目でわかるほどでかい。
ふと、目が合った。
「言っておくけど、どさくさにまぎれてサリと触れ合えてらっきー、とか思っていないぞ。私は」
「……そんなこと考えてたのかテメエ」
「思っていないってば。というか時間遅延の影響で、ごつっとして堅いんだよ今のサリ。もっとぷにぷにを期待してたのに」
不満そうに言うセンエイ。……本当に、こいつ余裕あるよな。けっこうなピンチなのに。
「で、どうやってこの靴を使うんだ?」
「走るだけですよ。靴の裏に張った符が、自動的に加速してくれますから」
テンが言った。
「準備はいいかね、ライくん」
「ああ、いいぞ」
「よし。じゃあ私についてこい。障害物が多いから、間違っても目をつぶるなよ」
「? なんで目をつぶるんだ?」
「よし出発ぅ!」
「あ、こら待てひとの話を――うわぁぁ!?」
どんっ!
走り出したとたん、すさまじい加速に息が詰まる。
顔面を圧迫する風に目をつぶりそうになって、あわてて思いとどまった。
(そういうことか……こりゃ、目をつぶりたくなるわ)
とんでもないスピードだった。足を止めたら止まれるのか、不安になる。
風に負けないように前方を見ると、センエイはサリの身体を持ったまま、悠々と前を疾走していた。俺よりずっと安定して速い。
(慣れてるのかなんなのか……魔人って体力あるよなぁ)
と、センエイが少しスピードを落として、こちらの横に来た。
「思ったより楽に行けそうだな」
「なにが?」
「周囲から、禍々しい気配が消えている。
隊商を襲ってきたっていう魔狼ども、引き上げたようだね。目的を達成したからだろう。おかげで、逃げたり戦ったりしなくて済む」
「…………」
「この後下り坂が来て、それから森に入る。障害物が多いから激突に気をつけろ」
「わかった」
俺はうなずいて、走ることに集中した。




