ブラッディーダガー
武器ウィンドウを再度開き、固有スキルの欄を確認する。
おぉ、あった! あっ……た……けど……。
そこにあったのは俺の期待したカッコいい名前のスキルではない。
『吸血』という禍々しいスキルだった。
いや~予想外だな~。カレンは『マジックドレイン』とかいう使えそうなスキルなのに……『吸血』って……。
俺の落胆した様子が気になったのだろうか、カレンが声をかけてきた。
「ジークのスキルは何でしたか? これほどの豪華な剣です。余程のチートスキルだったんでしょう?」
チート……ねぇ~。あんまりそんな感じじゃないよな……。
無言でカレンにブラッディーダガーの武器ウィンドウを投げ、勝手に確認してもらうことに。
「もう、態度悪いですね。そんなにダメなスキルだって言う……ん……ですか?」
カレンも『吸血』の文字を視界に捉えたのだろう、反応に困っているのがヒシヒシと伝わってくる。
「私にも見せてよ! ん~『吸血』? ……ププッ……あははははっ!! あはははっ!! 『吸血』って、あははははっ! ジークさんはヴァンパイアにでもなるんですか? あはははっ! お腹痛い~~!」
「う、うるせぇ! 確かに名前はあれだが、まだ能力が判明してないだろ! 貶すのは……それからにして下さい……」
だんだんと尻すぼみになっていく俺の声。それは、この能力への期待度を表していたのかもしれない。
要するに、俺自信がこのスキルに期待していない……。
「まぁ、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないですか? やっぱり、使ってみてからじゃないとなんとも言えませんしね」
「そ、そうか……?」
「そうですよ」
カレンだけが俺の味方だよ……あの馬鹿狐はどうでもいい……。
「まぁ、ジークのことは置いておくとして、皆はとりあえず落ちるんでしょ?」
「だな。でも……こんなところで落ちるのか?」
俺は暗い広間を見渡す。遠くには暗い闇が広がっており、いつでもそこからモンスターが這い出てきそうだ。
「と言われても、外にはプレイヤーがうじゃうじゃいますし……」
俺とカレンがログアウトのポイントに悩んでいると、クリスが提案してきた。
「今日、もう少しやるの?」
「俺は風呂から上がったら、またINする予定だ。このダンジョンの占有はおそらく今日だけだろうし、明日になれば、さすがにプレイヤー達が入ってくるだろう」
いつまでも塔の入り口で戦闘をしているワケがない。自然と争いも沈静化されるだろう。
「私も今日はもう少しやりたいですね。明日も休みですし」
カレンもやる気だ。……ん? 明日も休み? 明日は平日のはず……。
「もしかして、カレンって学生さん?」
ゲームで私生活に関して口にするのはマナー違反だが、ここまで一緒にプレイしたのだから、聞いてもいいだろう。まぁ、カレンが言いたくなければ、俺も詮索はしない。
「えぇ。高2です」
「えっ……」
あっさりと答えが返ってきたことに驚いた。
「あらら、私とジークの一つ上だ」
「二人共、高1ですか?」
「そうそう。別に学校が同じとかではないけどね」
なんか女子率が上がってきたぞ……。俺にも日が当たり始めたのだろうか? ゲームの中だけな……。
「それよりも、次の予定についてだよ。皆で一斉にログインすれば、ここでモンスターと戦闘になることもないでしょ」
「そうだな、そうするか」
俺がカレンにアイコンタクトをとると頷いてみせた。
「じゃ~一時くらいかな? またここに集合しよう」
「おっけー」
「分かりました」
次のプレイの予定が案外すんなりと決まった。
「カレン、せっかくだしフレンド登録しよ?」
「あっ、俺も俺も」
二人してカレンに群がる。
高2ということは先輩である。俺の狭い交友関係を広げるチャンスだ。
「私の初のフレンドですね」
カレンが画面を操作して、俺たちにフレンド申請を送ってくれた。
「これからもよろしくお願いします」
「おう、よろしく」
「よろしくねー」
互いに改めて簡単に挨拶を交わし、俺たちはBOからログアウトした。
約一時間後――。
入浴を済ませ、後は寝るだけとなった。
「俺たちの夜はこれからだ!」
俺がベッドの上で興奮していると――。
ドカッ!!
「うっさい、バカ!!」
おいおい……姉ちゃん、壁蹴るのやめてくれよ……怖いって……。
俺は姉ちゃんのお叱りを受け、静かにVRヘッドギアを被りBOの世界へ逃げ込んだのだった。
再度、暗闇が蔓延る広間にやってきた。
周囲は相変わらず暗いし、しかも誰もいない。
「まだ時間じゃないんだよな~」
集合時刻は一時と決めていたのだが、俺は我慢できずにここにやってきてしまった。
理由はただ一つ。
ブラッディーダガーの性能を確かめたくなったからだ。
「猶予は30分くらいだな……」
時間はあまりないため、俺はブラッディーダガーを早速装備して、隠し通路を引き返しモンスターを探し始めることに。
できれば一匹で孤立してるようなモンスターが丁度いいんだけど……お、いたいた。
通路に出てから大して時間がかかることもなく、単独で放浪しているスケルトンを見つけた。
場所はダンジョンの行き止まり、つまり邪魔者はいない。
俺は足音を響かせないように注意しながら、ゆっくりとスケルトンに忍び寄る。
相手も俺もLv5同士。条件は一緒だ。
カツッカツッ……ギロッ。
スケルトンの首がぐるりと回り、俺と視線が合う。
気づかれちゃったよ……。
前向いて歩いてんのに、なんで急に後ろを振り返るかな……。
まぁ、気づかれたものは仕方ないか。
俺はブラッディーダガーを抜剣し、出来る限りのスピードでスケルトンに迫る。
あれ、何かデスサイズと戦ったときよりも俺の体が速いような……? まぁ、いいか。それよりも、今はこいつの相手だ。
体を一本の矢のようにして、一直線でスケルトンに肉薄。
スケルトンも体を捌き避けようとしたが、そのときにはすでに俺のブラッディーダガーが深く食い込んでいた。
まるで、豆腐でも斬るような感覚だった。相手は骨だらけのモンスターだ。攻撃がヒットすれば、硬い骨の感触が俺の腕に伝わらなければおかしい。
そして、さらに俺を驚かせることがあった。
スケルトンに一撃を与え、二撃目を加えようとした時だ。スケルトンが小さな光の粒子を撒き散らしながら消えていったのだ。
嘘……だろ……一撃……。
スケルトンが消えたということは、奴のHPバーを一撃で消し飛ばしたということに他ならない。
俺が前にダガーで攻撃したときはニ、三回の攻撃が必要だった。それが……一撃――。
ブラッディーダガーは圧倒的な攻撃力を誇るダガーのようだ。刀身は黒く輝き、薄っすらとした朱色はさらなる血を求めているようにさえ見えた。
しかし、まだこいつには隠された能力がある。固有スキルの『吸血』だ。
先の戦闘では、特に異変がなかったので固有スキルは発動していなかったのだろう。
このスキルの能力が仮にとんでもない役立たずだとしても、ブラッディーダガーの高い攻撃力があれば全然気にならない。
凄い物を手に入れてしまったのかもしれない……。
これが中ボス的なモンスターからのドロップだとすると、この階層のボスを倒すとどれほどの装備が手に入るのだろうか……。想像するだけで興奮してくる。
とりあえず、こいつの性能確認は終了だ。当分の間は、この武器を使っていくことができそうだ。
俺はブラッディーダガー腰に納め、時間を確認すると0時40分だった。
「まだ時間あるし……ヒヒッ……スケルトンが一撃だろ……乱獲じゃーーーーー!!」
バハムート第一層に馬鹿みたいな声を響かせ、俺は漆黒の剣を片手に貸し切りの通路を駆けまわったのだった。