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7/23

+++第七話:ガラムバト掃討作戦

 

 「――――はあ、はあ、はあ」

 

 ”「手始めにこの街の掃除をします」”

 彼女の言葉を聞き、俺はその場を駆けだした。なぜだろうか、嫌な予感がしたのである。普通に考えれば、あんな人間が王国軍の兵士であるはずがない。そうだ。きっと、いや間違いなくそうだ。

 だって、王国軍は―――――――――。

 

 ”

 「―――――――王国軍は、正義の味方なんだぜ!」

 ”

 

 10年ほど前の話。

 とある極北の町で、セシル・ハルガダナはそのとき初めて”王国軍”と遭逢した。彼の友人はまるで自分の武勇伝でも語るかのように、古びた絵本に書かれた彼らの雄姿を話したのだ。

 それによれば、王国軍は困っている人の味方であるらしい。悪者から民を助け、侵略者から国土を守っているのだ。どんな困難にも立ち向かい、仲間と協力し乗り越える。英雄的に描かれた彼らは、そして誰にでも優しかった。

 なんて魅力的なストーリーだろうか、これほどに幼い男子の心を惹くものはそうないだろう。しかしながら達観ぶって、ませた子どもは、見たこともないものには無関心を装っていたのだった。

 

 (ああ、でも・・・・心の隅ではきっと、憧れていたんだろう)

 俺は、王国軍に・・・・だからこそ、信じることなんてできない。これが王国軍のやったことで、彼らの正義であるなんてことは。

 

 「・・・・ちくしょう」

 周りを見れば、さきほどまで平和だった街並みが、いまとなっては地獄のようである。右を見れば女性の遺体が転がっていて、彼女には首から上が存在していない。あっちには、小さな身体がうつ伏せに横たわる。もちろん、ピクリとも動かない。

 

 (こんなこと、ありえない)

 この期に及んでなお、俺は現実をゆがめていたのだ。あれは、あの女の馬鹿げた狂言・・・・兵士たちのこの行動にはきっとなにか理由があるはず。

 そう――――たとえば、この町は凶悪な強盗団の根城――――とかが有力だろうか?いやいや、待て待て・・・・それだと女性はともかく、子どもまで殺す必要はないはずだ。

 そうですよね?

 違いますか?

 

 「はあ、はあ・・・・・」

 頭では言い訳を考えながら、凶行を横目に夢中で走った。彼らは不審な俺には目もくれず、ただただ町の住人を殺し続けた。いたるところに血が撒き散っているが、亜人族以外の被害者は見当たらない。

 その様態のすべてが、俺に現実を突きつける。そして結局、このとき本当の意味で夢から覚めたのだ。

 

 「どうして、お前がここにいるんだ⁉」

 たどり着いたその場所には、武装した数多くの兵士らが集まる。そしてそこには、それらに指示を出すふたつの影があった。状況からして、彼らは王国軍の指揮官であることは間違いないだろう。

 茶髪の男に見覚えはない。だが隣の長髪の男は、忘れようにも忘れられないだろう。

 「もう一度聞く、どうしてここにいる‼」

 (俺を刺した、お前が―――)

 

 周囲の視線が集まるのを感じた。敵意よりも困惑に満ちているらしい。

 「ああ。こうして目にすれば、実にあやし・・・・」

 「いい、ゴーナル。僕がやるから、作戦に戻ってくれ」

 

 前に出ようとした男を、もう一方が制止する。すると、長髪の男は一度こちらをじっと見つめてから去って行った。

 「遅れたな、僕は王国軍兵士アーザーポック・マキバロ少将位。セシル・ハルガダナ・・・・きみには悪いことをしたね。でもわかってほしい、あれは大いなる目的のため経るべき過程だった」

 

 そう言いつつ、ほとんど悪びれる様子もない。男は、たんたんとこちらに語りかけ続ける。

 「きみは数奇な運命にある。召集されていたことは、後から知ったよ。どうだろう?きみさえ良ければ予定通り王国軍に入りたまえ。悪いようにはしないさ」

 「なにを言っているのか、理解ができません」

 「僕らは一度対立した。きみが獣人族を守り我々に敗れたのは、無知故だろう?本来であれば重罪だが、せっかく勇者の力で生き延びたのだ。今回は大目に見よう」

 「つまりあの細目の男も、トレイノルという少女も!王国軍、ということでいいんですか?」

 

 「そうだよ。だから―――――」

 (―――ッ‼)

 

 男がそこまで言いかけたところで、セシル・ハルガダナは右足で地面を強く蹴った。

 (悪意のある攻撃だ)

 そう認識すると男は襲撃者の蹴りを剣で受け、後ろに飛び退き衝撃を緩和する。王国軍兵士であれば、訓練で何度もやってきた技術だ。

 

 「どういうつもりだ⁉正気か?きみは」

 「それは、こちらのセリフですが‼⁉

 貴方がたが王国軍であれば、なぜ民間人を襲うんです⁉」

 

 正直、俺が殺されかけたことはこの際どうでもいい。こうして生きているんだし、期日までに兵士として登録できなかったこちらにも非があった。

 だがこれはあまりにも残酷すぎる・・・・ッ!俺の問いに茶髪の兵士は元々細い目を、さらに窄ませた。

 

 「はあ、はあ・・・くそッ!」

 おいおい・・・・もう答えは出ているだろ⁉ずっと気になってはいたんだ・・・・この町の端には亜人族がいた。彼らは俺たちに憎悪を向けていたんじゃない。王国軍、ひいては人間族に向けての憎悪だったんだ。

 それにくわえて、マーシャ・トレイノル。あの女が本当に王国軍だとするなら――――。

 

 ”

 「ニホンジンは、ぬるすぎる」

 ”

 

 俺は彼女の言葉を思い出す。

 「―――――――利用したんですか⁉

 この町を、シバウラたちを王国兵として教育するために」

 「教育・・・・?ああ、そうか。きみはあれだろ?長く辺境の田舎にいたんじゃないか?きみのような世間知らずは、たまに徴集されるよ」

 少将位は冷たい声で、侮辱するようにこちらに吐き捨てる。

 

 「・・・・」

 (世間知らず?)

 「故郷では、亜人と仲良しだったか?確かに王国は広く、そのような地域も存在する。―――――だがな!それもそのうち終わるはずさ、融和や黙認は罪深いこと。この国にいる亜人は一匹残らず根絶する、それが国王の方針だ!」

 

 そして、彼は付け加えるように俺を諭し始める。

 「ちなみに、これはきみのための作戦でもある。適応しないと、これからは生きていけない」

 「話は後でいい!とにかく・・・・いますぐこの虐殺をやめさせろ!あんた、そこそこ偉いんだろ⁉」

 

 「・・・・・・・」

 

 異様な沈黙があたりを包む。彼の口からはなかなか次の言葉は出ないが、しかしそれは想定通りのものだった。

 もはや、俺は――――いや、この男も。

 お互いがお互いを理解しようとなんて、していなかったからだ。

 

 「・・・・。えっと、話聞いてた?国家謀反は死罪なんだけど」

 (――――ッ!)

 これが・・・・おかしいと思うのは、俺が世間知らずなだけか?故郷は他所者が寄り付かないような辺境地だが、いろんな種族が協力して生きてきた。亜人族と呼ばれる獣人族、魔人族。そして、当然に人間族も。みんな仲良く、助け合っていた。そんな環境の方が、逆におかしいって言うのか??

 

 「あなたは、なんとも思わないんですか?」

 「ああ、もちろん。これが正しい」

 そう、これは彼の紛れもない本心なのだろう。なにがおかしいのか、とでも言いたげである。

 

 (ああ――――)

 「――――そうですか。だけどその考え方だけなら、すこしだけわかる気がします」

 

 (これが正しいなんて、そんなわけないだろ)

 おかしいのはお前らだ。俺は足に力を込め、全力で地を蹴った。

 

 「俺は多分、いまあなたを殺しても・・・・引け目を感じない!」

 「――――!」

 

 (戦る気か⁉)

 向かい来るハルガダナを見て、少将位もまた戦闘態勢をとる。

 「はき違えるなよ⁉彼らを殺すことは、家畜にすることと同じはずだ!では、なぜ後者は許される?」

 報告によれば、きみはたいしたことないそうじゃないか。

 (所詮は偽善だ。実力もゴーナル少将位に瞬殺されたレベルだろう?)

 

 マキバロは魔力を腹で練り・・・・視界の中心に彼をとらえる。しかし、セシルの姿は一瞬にして彼の狙いから消え失せた。

 困惑する少将位。振り出したハルガダナの拳は、彼の顔面を正確に捉えた。

 

 「――――グォフッ゙⁉!!」

 (は、速い…⁉)

 それになんだ?

 この、威力は――――‼⁉

 

 「話は終わりです」

 セシルはマキバロの手から離れた剣を掴み、地面に倒れた彼の方に向かった。

 「王国軍がこんな組織なら、入隊なんてするつもりはない。反逆者にでもなってやる!」

 「く、くだらない価値観で人生を棒に振るなんて、本当に馬鹿だなきみは!」

 マキバロ少将位は唇からの出血をぬぐい、ふらつきながら立ち上がる。

 (しかしなんなんだ?これほどの実力を、いままで隠していたというのか⁉)

 魔力を練るが、意識が朦朧としてうまくいかない。もはや、決着はついたと言ってもいいだろう。

 

 「最後の警告だ。部下に攻撃を止めるように指示を出してください!」

 セシル・ハルガダナはそう言って、剣に魔力を込めた。

 

 

 *

 

 

 舞台は変わって、王国軍”ガラムバト”特別作戦本部。司令官の席に鎮座するのは、経験豊富な老兵である。

 この作戦に際し彼女は、多少の犠牲の可能性を認識してはいた。長年の経験からして、想定通りに事が進まないことも知っていた。

 そして――――――。ローシブシ・ナルノルカ中将は今回、慌ただしく動く兵士たちにそれ以上の緊急事態を感じ取る。

 

 「――――――報告です!」

 「来たね?手短に伝えなさい」

 「はっ!数十分前から、こちら側の被害が急激に増加しています!理由は不明!

 すでに現場で作戦を指揮していたマキバロ、ゴーナル両少将位が戦闘不能の模様で、戦局は混乱しています!」

 

 「――――‼??」

 (あの二人がやられただって⁇)

 

 ふむ・・・・。

 (少将位クラスが二人も、こうもあっさりと、同時多発的に)

 いくら身体能力が高い獣人族や、魔力に優位性を持つ魔人族の抵抗にあったとしても、これほどの被害はありえない。

 

 「・・・・はあ」

 考えてる暇はないか、とにかく――――。

 「———―これは、想像以上だねぇ。すぐに王都と、それから南東支部にも連絡を入れな!」

 そのように部下への指示を出すと、中将位は羽織を椅子にかけて建物の外に急いだ。

 「まったく、腰が痛ぇのに・・・・まだまだ若いのには任せられないってことね」

 

 勇者だなんだって言えども、結局負担がかかるのは私ら”ベテラン”じゃないか。軍隊が強くあるためには、大原則としてそこに居る兵も強くなくてはならない。

 ――――――――しかし、どうだ⁇最近は「こんなもんか」と、すぐ投げ出す兵士も多い。天才的な才能も出て来ている一方で、その逆も一層目立つようになった。

 

 (あたしがまだこんな場所にいるのが、いい証拠)

 「―――――やっぱり、最近の子らには年配を労ろうって気がないわけだ」

 兵士一人ひとりにも、思うところはある。あたしだって、人形じゃないんだからね。そうして本部の正面広場にでると、待ち構えるように男が立っているのがわかる。腰に手を当て、現状を推察する。

 

 「あんたが元凶かい?」

 (奴が手に持っている、あの剣)

 ――――間違いない、マキバロのだね。

 

 「しかし、あんたはなかなか出来たガキだ。わざわざ出向いてくれるなんてさ」

 「・・・・」

 

 こちらから話を振ってみるが、男から反応はない。彼はただ肩で呼吸を整えながら、思い詰めるようにこちらに視線を向けた。

 

 「そんなに魔力を溜め込んで、おしゃべりしに来たわけじゃないってことかい??」

 「はあ、はあ・・・・ああ。流石にもう、話しても無駄だって理解した」

 

 「そうかい」

 (悪いね、そんな目で見られても・・・・あたしにはわからないんだよ)

 ナルノルカは、冷ややかな―――落ち込んだようにも見える表情を作った。ハルガダナの悲壮感は、老い先短い老婆にもなにかを感じさせるらしい。

 

 「それでも、あんたの思いどおりにさせることはできないよ」

 察するに、彼には確固とした信念がある。それは王国軍とは相反するものであるのは、考えるまでもない。状況が伝えるのは、彼が必死にそれを守ろうとしていること。そのための”必死さ”は【伝わる】が、老婆にはそれを【理解する】ことができなかった。

 (信念に生きることはできなかった私には、いまさらどうすることもできないね)

 そう考え、老婆はすこしの間目を閉じた。

 

 

 ”

 【四十年ほど前】

 「諸君らを、栄えある王国軍兵士として任命する‼‼‼」

 登壇した官僚の言葉とともに、巨大な歓声が巻き上がる。このとき、王国軍兵士:ローシブシ・ナルノルカが誕生した。半年もしないうちに、彼女は新兵階級である”新緑位”から、二階級昇進。しかし彼女は、優秀な人材であるとともに問題を抱えてもいた。当時の王国軍には、伝統的ながら非効率的な慣行が蔓延しており、ナルノルカを含めた一部の若手は、そのことに不満を感じていたのである。

 

 「ああ、もう!嫌になる‼これで今月何人目⁉」

 怒りのあまり、上司が作戦室から出るとすぐにナルノルカは声を挙げた。ほかに残ったのは、彼女と同じ部隊・班に所属する三名である。

 

 「六人目・・・・本来、助かった命のはずよ」

 「あってはならないことだ‼もう一度、中将位殿に直訴しよう‼」

 「無駄だ。俺たちでこれまで、いったい何度同じことをした?」

 彼女らが話題に挙げているのは、王国軍の部隊編成問題である。昨今、一部隊に必ず通信兵や衛生兵を置く編成が他国では主流になっている。しかし、彼女らロワーヌ王国正規軍については、そのような取り組みはない。

 「なにを躊躇しているのか知らないけど、これは明らかな人命軽視でしょ‼」

 「そうだな。偵察隊や先見隊に関しては、生存確率はもちろん下がる。彼らはあくまで捨て駒で、そこに貴重な人材を割くわけにはいかないというのが上の考えだろう」

 「ひどい話よね」

 「だが実際に、現状王国軍は戦果を挙げている‼難しい判断だ‼」

 

 そう。現状を変えたくない理由は、彼が言う通りだ。しかし、結局いつかはそのような運用にも限界が見え始める。たとえ末端であろうが、人を重視しない組織は崩れていく。

 「上層部の爺さんたちには期待できない。私たち若手が変えていかないと」

 ナルノルカがそう言うと、彼らもまったく賛成の様子で頷いた。

 

 「その通りだ‼」

 「ええ。積極的に私たちの考えをアピールしていきましょう。ある程度強引でも、成果が出せれば指導部も変わらざるを得ない」

 「決まりだな」

 四人は一致して結論にたどり着いた。彼女らのなかには、違反や制裁といった負のイメージはまるでなかった。信念に取りつかれ、自分たちの考えを達成させることしか、頭になかったかのように。ブレーキが利かないまま、また次の作戦が始まった。

 

 ・

 ・

 

 「うあああああ‼‼‼」

 爆発音とともに、激しい悲鳴が聞こえる。その作戦とは、北方の遊牧民との戦争であった。新兵の多い第16部隊の任務は補給支援と援護。しかし戦地ではなにもかもが混乱していて、いままでの訓練や任務とは比べ物にならない過酷さであった。

 

 「え、援軍はまだか⁉??第32部隊はなにをしている⁉」

 「それが、予定時間を過ぎても到着していません‼」

 「そんなことはわかっている‼なぜだ?なぜ到着しない??」

 「現時点で不明です!ですが前日から・・・・途中経路で待ち伏せがあるという、不確定な情報がありました‼」

 普段は憎たらしい上官の声も、今回ばかりは頼もしく感じてしまう。ナルノルカは班長として、彼らにそう報告した。

 

 「クソッ!仕方ない・・・・一度撤退するぞ!襲撃の可能性があるルートを避け、拠点まで下がる!ナルノルカ光赤位も準備をしろ‼」

 「わかりました!」

 

 撤退の単語を聞き、多少安堵したところで彼女は重大なインシデントに気が付いた。

 「グラノル?テーヴェ、ハインシュヴァルト⁉」

 同じ班に所属する、三人の姿がどこにも見当たらない。たしかに、今回の作戦では別行動となっていたが、撤退する以上班単位で動かなくてはならない。

 「どこに行ったのよ、まったく!」

 「光赤位!まだか!?」

 「すみません!班員がどこにも見当たらず・・・・!!」

 「なんだと!!!?」

 

 この場では、この瞬間も戦いが続いている。すぐに撤退できないせいで、犠牲が増えてしまうかもしれない。私たちのせいだ・・・・いったいなぜ?

 

 (・・・・まさか)

 ナルノルカはそのとき、ひとつの可能性にたどり着く。行方がわからなくなっている、第32部隊。彼らの通るルートはあらかじめ共有されていた。三人は、それを助けに向かったのではないか?

 

 「どうしたナルノルカ!なにかわかったのか!?」

 「いえ、でも・・・・この状況でそんなはずは・・・・」

 「なにかあるなら言え!このままでは全滅するぞ‼」

 

 「・・・・・・はあ、はあ」

 私は・・・・私のせいなの?だって、間違っているのは現状のほうだったはず。

 今回のことは、はじめから通信兵を帯同させていればいまのような状況にはならなかった。たいした戦力のない後方部隊だからと甘く見積もった、作戦立案者の責任だ!そうだ、そうに違いない‼私たちは正しい!正義に基づいた行動に、謝りなんてあるはずがないからだ!

 

 『ナルノルカ光赤位‼』

 

 そうして、ナルノルカは意識を失い倒れこんだ。幸運なことに撤退は成功し、彼女は命を失わなかった。つぎに気が付いたのは、王国の病院である。

 

 ・

 ・

 

 (・・・・。)

 私は、これからどうなるのだろうか。目が覚めてから三日がたち、リハビリの日々が続いている。しかし、あの日のことについて軍からなにか言われるということはない。宙ぶらりんの状態で、ときどき動悸が激しくなって止まらない。

 「大丈夫。私は、間違っていないんだから」

 

 窓の外を眺めた。すると小鳥が、ちょうど近くに見える木の枝に止まっていたので、それに語り掛けてみたりする。

 すべては王国のためを思ってのこと。もしそれでなにかしらの処分が下されることになっても、堂々と受け入れよう。そして、私が王国軍改革の先駆けとなるんだ。

 

 『ガラガラガラ・・・・』

 (———!)

 するとちょうど、王国軍関係の馬車が病院の傍に停車した。

 く、くる・・・・!降車した二名男を見て確信すると、ナルノルカは翻って身なりを整えた。

 

 「ローシブシ・ナルノルカ光赤位だな?」

 「はい」

 病室に入るなり、彼らはそう確認した。重厚感のある言葉と風格から、階級の高い官僚だということがわかる。

 

 「まずは回復したようでなによりだ」

 「ありがとうございます」

 緊張でどこからともなく汗が湧く。それを見て、兵士らは備え付けの椅子に腰を掛けると一服を始めた。

 「まあ、そう身構えることもない。光赤位は土魔法をとくに得意とする、非常に優秀な人材だと聞いている。悪いようにはしないさ」

 「では―――—」

 「————だが、けじめはつけないといけない」

 

 彼らの言葉に、淡い期待をした。あるいは今回の件で部隊の編成までもが見直され、私たちもとくにおとがめなしという完璧なシナリオだ。しかし、現実はそう甘くない。

 

 「入れ」

 合図とともに、病室には顔色がすっかり悪い兵士たちが現れた。グラノル・ラシ、テーヴェ・ガロンバル、アイシャ=ハインシュヴァルト。彼らは私の班員であり、木の知れた仲間だった。

 「ナルノルカ、すまない」

 「みんな!無事だったんだな、よかった‼」

 「無事?そんなことは――――」

 

 「————静粛にしろ」

 ((((!!!!!!))))

 「申し訳ありませんでした!!」

 言葉ひとつで、場にふたたび緊張感が戻った。しかしグラノルたちは、尋常ではないほど血の気が引けている。いくらなんでも、そこまで怖がる必要はないんじゃ?姿勢を正しつつ、彼らが心配で仕方がない。

 

 「状況から説明しよう。彼らは罪人で、すでに国外追放が確定している」

 「!!!?」

 (国外、追放??????)

 

 「そんな、重すぎます!」

 「黙れ。これは決定事項だ。彼らが犯した罪、つまり対外戦争において利敵行為を働いたこと。それによって我が王国に損害をもたらした、国家反逆罪はあまりにも大きい」

 「誤解です!それは私たちも、王国を思って行ったことです!」

 そう。あれは王国軍を良くするための、治療のようなものだ。腐った現状を打破するためには必要だったこと。私たちは正しい。このままでは王国は衰退の一途をたどることになる。私たちは正しい。一歩も引いてはいけない!

 

 「そうか・・・・それでは、ナルノルカ光赤位。貴様も彼らと同じで、あの場において第32部隊を救出するのに賛成であったと?」

 「それは・・・・」

 あの場で私は指示を出していないし、そもそもそんなこと聞いていない。だとしても、もしその場にいれば同じことをしていただろう。私は賛成だった。つねに、正しいことをしたいからだ!

 

 「――――ちなみにだが。貴様がなんらかの形で今回の行動に関わっていた場合、国外追放では済まされない。班長であった以上、死罪となるだろうな」

 「!!!!!!」

 決心が固まった、はずであった。兵士のうちひとりが、そう耳元でつぶやくと、小刻みに手が揺れ始める。

 (死罪?私が、死ぬ?)

 なぜだろう?私は、悪いことをしていない。王国のために、正義のために行動したというのに。

 

 「――――いまなら間に合うぞ。王国としても、優秀な兵を失うわけにはいかない。この場で大切なのは真実ではない。いかに忠実であるか、だけだ」

 「わ、私は」

 (死にたくない)

 その瞬間、心のなかはそれでいっぱいになった。もはや、正しさや信念などという尺度は、どうでもよくなっていたのだ。

 そうか、そうだったんだ。いままで、なにも考えず、ただひたすらに従うだけの人間を、心のなかで見下してきた。

 しかし、たとえそれが正しいことでも、権威に背くような信念を持ってはいけないんだ。やっとわかった。上に従い、上の機嫌を取り、上のとおりに行動する。それが、そうすることこそが、唯一幸せに、正しく生きるすべなのだと。

 

 「私は――――関係ありません。今回の判断は彼らが独断で行ったことです」

 それは、考えたことではなく口から自然に出てきたものだ。だから罪悪感というものはあまりなかった。そのとき彼らがどういう顔をしていたのか、いまとなっては思い出せない。

 きっと、悲しみや恨みに満ちた、ひどい顔だったのだろう。

 

  

 *

 

 

 「・・・・・・・」

 結局それ以来、大切だと感じられるものはなくなった。むなしいね、あのとき私はどうするべきだったろうか?

 以来すっかり黙ってしまった老婆だが、情けのようなものをかけるつもりはない。

 

 「気が進まないみたいだが、敵である以上死んでも文句は言うなよ?ばあさん」

 「ご自由に。心配しなくても、すこしうらやましくなっただけさ」

 すっきりした笑顔でそう答えると、魔力を練り上げ戦闘態勢を取る。私も経験したように、若さは力だ。その期間をどう使うかは、その人次第。

 

 「でもね、選択に責任はもちな?私は本気で殺しに行くからね」

 「当たり前だ。あんたもせいぜい気をつけろよ」

 「なに?」

 いまからまさに戦いが始まろうとするとき、セシルは相手のうしろを指さした。

 

 「あんたは、そっちを選んだんだろ?」

 「――――‼」

 (しまった――――)

 背部の激痛で、はじめて理解する。攻撃を受けた!中将位の口元に血が滴り、老婆は苦しそうに崩れ落ちた。

 

 「これはッ!」

 「この畜生共め‼よくも私の家族を―――――ッ!」

 振り返ると背後にいる女性が、ローシブシ・ナルノルカの背中を包丁で突き刺しているようだった。

 

 (獣人族・・・・!町の人間か!)

 「ばあさん、俺に気を取られすぎなんだよ。この人たちは動物じゃない・・・・理性的な人間だからな」

 「ガフッ・・・・」

 

 そして吐血し倒れこむ老婆だが、おそらく致命傷にはなっていないだろう。

 「まだだ‼絶対殺してやる‼‼‼」

 「・・・・!まってください!!」

 

 女性は覆いかぶさるような体制になって、まさにナイフを振り下ろそうとする。そうなっては、取り返しのつかないことになるだろう。

 「ッ!あなたは、私たちの味方ではないの!?」

 「味方です」

 「じゃあなぜ!止めるの!!!?」

 「冷静になってください。ここでこの人を殺してしまえば、対立は深まるばかりです」

 

 「こいつらは・・・・家族を殺したのよ?」

 「・・・・」

 憎い気持ちは痛いほどわかる。だが、このままでは人間族と亜人族は完全に対立してしまう。

 「将来のことを考えてください。まだあなたに残っている大切な人に、同じような経験はさせられないでしょう」

 「————ッ」

 苦虫をかみつぶした表情で涙を流すと、彼女はナイフを置いた。気持ちに整理をつけるのは難しいだろうが、俺の考えは伝わったらしい。

 

 「私はどうすればいい?」

 「俺がなんとしてでも作戦を中止させます。あなたは町中で避難誘導を頼めますか?」

 「・・・・わかった」

 

 これでいい。あとのことも考えれば、やるべきことは変わらない。このふざけた作戦の責任者を見つけ出し、中止させることだ。本拠地と思われる建物に歩を進めようとすると、さきほどの老婆に弱弱しい声で引き留められる。

 「うっ・・・・き、聞きな若造・・・・もう、遅いんだ」

 「・・・・?どういうことだ」

 

 「はあ、はあ・・・・あんたは知らないかもしれないがね、王国ではもう亜人排斥に舵が切られている。この場所も・・・・たとえ私たちができなくても、王国軍は威信をかけて掃討しに来るだろう」

 「それでも、わかってもらうしかない。亜人族は悪い種族じゃないし、危険でもない。それは俺が保証する」

 「ははは、やっぱりお前は面白いね。敵なのに、応援したくなっちまう。だからこそ言うけどね、もう、そういう次元の話じゃないのさ。手遅れになる前に、さっきの女性とか・・・・この町の住人連れて逃げちまいなよ・・・・はあ、はあ・・・・うっ‼」

 「お、おい!ばあさん‼」

 そこまでいったところで、老婆は意識を失ったようだ。

 (死んでないだろうな・・・・?)

 彼女は最後に、ここから逃げるように言った。だが、この町の人間を一気に移動させるなんて不可能だ。

 ぶれるな。俺はこのまま、この町を守ればいい。そう判断し、ふたたび建物に向かおうとした瞬間、素早く動く影を知覚した。そして、そのときにはすでに遅かった。俺の脇腹に軽い横傷ができ、鋭い痛みが走る。

 

 (まったく反応できなかった・・・・軽症にしたのはわざとか!)

 新手なのはたしかだろう。そして、かなりの実力者だ。攻撃者に目を向けると、彼女は正体を隠そうともせず、複雑な表情でこちらを見つめていた。


 「――――は⁉??クミシマ?それに、キリヤか⁉」

 「・・・・」

 俺が尋ねても、彼らは黙っているままだ。意味がわからない。

 

 「どういうことだ⁉お前たちまで、なんで俺に攻撃するんだ⁉」 

 つい先日まで仲間だった。そう思っていた人間の攻撃。どうやらこの混沌はとどまることを知らないようだ。

 

 

 *第八話に続く

 

 

 

 

 

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