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+++第三十八話:危機

 【ティア_1】

 今回現れた魔神は、間違いなくそのレベルにあるだろう。

 王国の戦略参謀部は、確認された魔族、一部の亜人族に対してのクラス分けを行っている。【ティア_1】とは、その中で【ティア_0】に続く危険度を持つグループであり、基本的に太極位が対峙するべきとされている。

 つまり―――王国軍の最高基本戦力たる大将位では、対処が難しい。

 そう判断されるほどの力がある、ということだ。

 

 「ええい、どうなっている⁇状況はッ⁉」

 王国軍内では、すでに対策本部が組まれていた。指導部”縁枢院”から、上級委員のタンダン卿はそう質す。

 視線の先には、そばかす面の兵が地図をのぞき込んでいた。

 【サム・ベンダー】。彼の特殊な能力は、地図上に魔力のおおよその位置を感知できる。

 

 「・・・・大きな反応は四つです。

 西にひとつ・・・・北にはふたつと・・・・・・東に残りひとつ」

 「な―—――四つだと⁉」

 

 タンダン卿は、驚愕の表情を浮かべる。

 結界は間違いなく機能していた。とすれば、なにかしらの方法ですべてすり抜けたということ。あり得ないがそう考えるしかない。

 魔法だとして、【ティア_1】を同時に四つ出現させるなど想像もつかないぞッ⁉

 

 「——――あ、待ってください!」

 大声のあとすこしして、サムはこう付け加えた。

 

 「東の反応がちょうどいま、消失しました」

 

 (―——―‼)

 やってくれたか。

 

 「東・・・・ヘンダーソンだな」

 「ええ、ほぼ間違いないでしょう」

 

 彼の考えに、サムも冷静にそう賛同した。タンダン卿とマール・ヘンダーソン太極位は歳が離れており、あまり話は合わない。しかし、戦時にはこれほどに頼もしい存在になるのだ。

 

 (・・・・)

 太極位――――か。

 距離的に、彼女をほかの二つに向かわせることは効率が悪い。

 王都に現在するもう一つの巨大戦力:【カーターナ・エジル】太極位は、中心5区で国王の護衛。

 

 「だが、いますぐ対応しなければならない」

 「わかっています」

 彼の言葉に、司令部の人間は強く覚悟を引き締めた。

 

 「無論、これ以上王都で好きにはさせません。西の反応には大将位を三人向かわせています。北には、対応可能な部隊がひとつ」

 

 サムは戦力配置を的確に読み解き、策を練る。さすがは王国軍きっての参謀肌、といったところだろう。若手だが、実力もセンスも十分。

 

 (よし――――)

 現状の最善策はこれだ。しかしそう決めた彼は、タンダン卿が次に放った言葉にすこしだけ緊張を覚えた。

 

 「では、残りひとつはどうする――――――――?」

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 「――――あ!」

 視界の奥に人影を見つけると、セイヤッタは声を上げた。

 

 「おーい、ここは危ないですよ~ぅ‼」

 (――——って、うん⁇)

 

 快く手を高く上げ、その人物の方へ向かいだしたセイヤッタ。彼女の手を、ヘルル・ガノーシャは掴んで静止した。

 

 「どうしたのヘルル。この辺は危ない人たちがいるんでしょ⁇」

 彼女はそう言って、足踏みをしながら困惑の表情をガノーシャに向ける。

 

 (早く助けなくては、その気持ちはわかるけど)

 視線の先に、ガノーシャは警戒の視線を送り続けた。

 

 直感型のセイヤッタと違って、ガノーシャは冷静に状況の分析ができる。彼女が感じ取ったのは、その人物の異質な雰囲気だけではない。

 

 あふれ出る、おぞましい”魔力”的ななにか。

 

 次第に・・・・セイヤッタもその場の違和感を感じ始め、視線をふたたび建物の端に移した。

 (・・・・?)

 

 「―――――――血、沸き・・・・肉は踊る。

 素晴らしい・・・・・・若い女はとりわけ柔らかく、そして美味だ」

 

 「「―――――――――‼‼‼⁉」」

 

 その瞬間、二人はかつてないほどの緊張を覚えた。周囲に放たれた波動・・・・そして、振り返ったその男の姿に驚愕する。褐色の肌に、ただ黒いだけの瞳。

 魔人族のようで・・・・しかしなぜかそうも思えない。

 ここまでなら、まだ良かったのかもしれない。現状は、少女たちにとって考えられないほどに凄惨なものだった。

 男の口元は赤黒い液体で染め上げられ―――手元にはぐちゃぐちゃになった棒状の物体が握られている。

 

 (骨―――――????)

 それもまさか、人のもの・・・・じゃないよね⁉しかし男の傍を転がっているのは、たしかに人間の身体。

 あの状態では、もはや命はないだろう。

 

 「うそ・・・・」

 喉元を、熱い液体が戻り登る。無意識のうちに、全身が小刻みに震えだしているのがわかった。

 ガノーシャは無意識に、隣の少女に目を移す。元気印のセイヤッタも、いまばかりは絶句し表情をゆがめていた。

 

 (駄目だ、年上の私がしっかりしなきゃでしょッ)

 胸元に手を当て、呼吸を落ち着かせると・・・・彼女は魔力を解放した。

 

 「――――行くよ、エレ丸ッ!」

 ガノーシャの背後に形成された黒い穴。漆黒の異空間から、こちらは雪のように白い毛並みの魔獣が現れた。

 

 「アオオオオオオ―――――ゥッ‼」 

 エレ丸は一度高く吠えあげると、唸りながら強烈な視線を男に向け始めた。

 

 (なるほど、緑髪の女・・・・)

 あちらはなかなか、洗練された魔力を持っていると思えば護獣使いか。”飢餓”の魔神:【グリエンティス】はそう考えながら、ガノーシャに視線を向けた。

 

 (良い・・・・先ほどまでのは手ごたえがなさ過ぎた)

 魔神は口元をぬぐうと、冷徹な笑みを浮かべる。

 

 「・・・・うぅ」

 「セイヤッタ、大丈夫⁇」

 

 兵士とは言え、実戦経験のすくないセイヤッタには酷な相手だ。ガノーシャは彼女を気に掛けながらも、過度に情けは賭けない。その余裕がないというのもそうだが、この場面・・・・もはや戦うしかないのは明白。

 

 「合わせられる⁇」

 「お、おうよ!任せとけいッ」

 少し戸惑いながらも、セイヤッタは魔力を全身にまとった。

 

 (押されちゃだめだ)

 あいつは悪者・・・・町を壊して人を殺した、犯罪者‼そらしていた目線を、横たわる赤黒い物体に移す。

 

 (許せない・・・・!)

 「――――成敗してやるからなぁっ‼」

 

 地面を強く蹴りつけ、前方に勢い良く加速する。グリエンティスは、二つの影が不規則な軌道で向かってくるのを感じた。

 

 (――――速い―――――――――‼)

 それだけではない。お互いに動きを意識した、連動攻撃。魔神は首元に現れたエレ丸を優先して、防御した。鋭い歯が腕に突き刺さり・・・・肉を裂き、骨を突く。

 そこに痛みを感じた瞬間。ほぼ同時に背後からの中段攻撃がグリエンティスを襲った。腹部で体が大きく湾曲し、反動から左方向への強い移動圧力を受けた。

 風を切り、そのまま壁に衝突――――。

 

 (―――威力も十分だな)

 「やるじゃないかァ」

 両者齢もまだ十数年とないだろう。それで、これだけの実力。感心している間にも、空中に影が大きくなっていく。

 

 (速攻で片をつける‼)

 セイヤッタがこぶしに集めた魔力は、目で、それがそれである、とわかるほどだった。

 ”あれを食らえば終わる。”

 常人であればそう考え、その場を退こうとするだろう。しかし、不気味なことに・・・・グリエンティスはそうしようとはしない。まるで興の最中のように、ただただそこに《《居る》》のだ。

 

 「ぐはははは、勘違いするなよ⁇お前は獲物、俺が捕食者だッ‼」

 

 裂けそうなほどに大きく口を開き、笑う。彼が魔力を放出すると、突如としてグリエンティスの《《身体が肥大し》》始めた。

 

 「う、うぅぇえッ⁉」

 魔神は二倍・三倍と、どんどん膨らんでいく―—――それを予想していなかったセイヤッタは空中で体勢を崩した。

 

 (どういう原理なの―――—⁇)

 「セイヤッタ、エレ丸!いったん下がって‼」

 底知れぬ不気味さを感じたガノーシャは、二者にそう伝える。が、それではもう遅かった。グリエンティスは丸々と膨張した肉体をしならせ、セイヤッタを近くの建物まで吹き飛ばした。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~ッ⁉

 

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・

 ・

 ・

 ・

 

 「――――くあぅッ‼」

 意識を取り戻すと、周囲には粉塵が舞い、建物のがれきが散らばっていた。三階建てのひときわ高い建物。これがなかったら、どこまで飛ばされていただろうか。

 むろん、彼女の身体もそうだ。あれほど強く全身を殴打して無事なのは、身体強化魔法のおかげである。

 それがなければ、思春期少女の体など間違いなく壊れていただろう。

 

 「やってくれたなぁ‼私、もう怒ったぞ」

 

 指の関節を鳴らしながら立ち上がるセイヤッタ。彼女の心はなお、壊れてはいない。

 

 これくらいのことでは、まだ。

 

 突然、部屋が暗転した。建物にできた穴が塞がったらしい。

 

 「―――—?

 なんだ、生きてたのか。頑丈、頑丈・・・・」

 

 それは、セイヤッタの若い心にひずみが生じさせた。どこからともなく、長く伸びた首。その先には薄ら笑いを浮かべた巨大な顔面がしっかりと付いている。

 そうは言っても、ところどころぐにゃぐにゃと変形しており、もはや人間のものかも怪しい。

 

 彼女は表情をこわばらせる。

 

 「さすがにここまで来ると、形を維持するのは難しいな。

 見ろ、さっき殺した男を意識してみた―—――似ているか⁇」

 「・・・・‼」

 (・・・・駄目、怖がっちゃ駄目だ)

 

 私は――――みんなを守るヒーローになる。

 正義の味方は、こんなの怖くなんてないんだから。 

 

 「・・・・ああ、安心しろ」

 黙り込んだセイヤッタを見て、なにを思ったのか。面白そうに、グリエンティスはそう切り出した。

 

 「すぐに貴様も取り込んで、同じようにしてやるさ」

 「――—―うっ‼」

 

 なにかが内臓をゆすり、吐き気を催す。思わず口を押え、地面を眺める。額から汗がしたたり落ち、紋を作り出した。

 

 (ひーろー・・・・に・・・・・・・・)

 

 ”

 「――――――――ヒーローはなにをする人⁇」

 ”

 

 当然!ヒーローは、みんなを守るのさ!

 

 うん?これで・・・・・・・・・守れるの?

 あれ・・・・・・・わたし、どうしちゃったんだろ?

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 (まずい)

 率直にそう感じる。

 あの一撃を食らって、それだけならたぶん大丈夫だと思っていたけど。セイヤッタが、なかなか出てこない。

 それどころか、あの男、奇妙な形になった敵も動きを見せない。

 

 (けん制しあってる⁇)

 いや・・・・普通なら、あのセイヤッタが黙っているはずがない。やっぱりあのとき、もっとああするべきだったんじゃ・・・・。

 

 (ああ、もうッ‼)

 考えてる時間はないし、後悔なんてもっと駄目。ガノーシャは軽く頬を叩き、自戒した。

 私は、自分にできることをやるだけでしょッ‼‼

 

 「――――――――は?」

 そのとき、後方からのあり得ない現象に、グリエンティスは思わず振り返った。

 

 (なんだと――――⁇)

 あり得ない、俺はただこの女をまず、食ってしまえばいい。なぜなら犬も飛ばしたことで、緑髪の方に関して手駒はつぶしたからだ。

 

 そのはずだった。

 ――――――なのになぜだ⁇

 その構え、それにこの魔力は?さっきの契約に基づく召喚のときと同じ――――――――。 

 

 そう。

 ヘルル・ガノーシャがエレ丸を召喚することができたのは、”契約”による効果。”契約”は、魔獣や悪魔などとの間にかわすことで、様々な効果を得ることができる――—―双方向系魔法の一種である。

 そしてそれは、不特定多数を対象とする召喚魔法や降臨魔法とは異なり、一体とだけ結ぶことができる特別なもの。

  

 (お前は、さっき契約によって護獣を召喚しただろう⁇)

 彼女の行動は、神をも困惑させる。物事には例外がつきものである。

 ヘルル・ガノーシャは、同時に二個体と契約を結ぶことができる。きわめて特異的な人材であるということだ。

 

 「—―――マーシ=マシン、力を貸して‼」

 彼女はそう叫んで、魔力を解放した。

 

 

 *第三十九話につづく

 

 

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