+++第二話:強敵襲来
【数時間後】
「――――お待たせ」
アンティークな腰掛椅子に座り、窓からの風に当たっていると・・・・目の前にさわやかな雰囲気の青年が現れた。彼は机にコーヒーカップを置いて、そのまま俺の前に腰かける。
さて、先ほどまでとは打って変わり、ここでは穏やかな時間が流れる。ミヤダイたちの案内で到着したのは、廃墟が集まった小さな無人街だ。ここには彼女ら四人のほかにも、二人の男性が生活しているようだった。
目の前の彼【マモル・シバウラ】と、後ろのソファーに腰かけている【ハヤト・キリヤ】である。彼らはここを拠点に、"あるもの"を探しているらしい。
「もう、体は良いのか?」
「ああ。とりあえず食料を分けてもらえて助かった。おかげでもう、だいぶ良いよ」
「あ、そんなかしこまらないでくれよ」
俺が深々と頭を下げると、彼は居心地が悪そうにそう言った。クミシマたちもそうだ。助け合いの精神とかで、恩に着せようなんて感じはまったくないようだった。
「それにしてもすごいな、三日食べてなかったんだろ?」
「十分すぎるぞ。食後にコーヒーまでもらえるなんてさ。俺の故郷では高級品なんだ」
もったいなさを感じつつ、一口含んでから俺はふたたびカップを置いた。
「――—―で、どうなんだ?」
すこし空いた会話の間を嫌ってか、キリヤが後ろから割って入った。彼が意図するのは、もちろん彼らの"探し物"についてだろう。
「すまない。お前たちの故郷の話は・・・・正直俺が役に立てる可能性は低い」
「ちッ、やっぱりかよ」
「【ニホン】だったっけ?そもそも、俺は別の世界から来たなんて話は聞いたことない。まして、帰る方法なんて見当もつかないぞ」
「そうか・・・・」
もちろん期待はあったのだろう、マモル・シバウラの声が暗くなっているのが分かる。
「役に立てずにすまない」
命の恩人たちに対して心の底からそう感じつつ、俺は考えを巡らせた。
(異世界、か)
信じられないような話ではあるが、敵を前にしたクミシマたちの反応。魔法に対して、あの耐性の無さ。危険を感じた状況の行動に、嘘はなかったはずだ。ニホンがどんな場所なのか詳しくは知らないが・・・・すくなくとも魔法のない、どこか遠くから来たっていう感じに思えた。
「・・・・ほ、ほら皆さん?あまり暗くならないでください。
まだハルガダナさんが知らなかったってだけです。あ、私あれやりましょうか?水魔法:水遁の術、でしたっけ?」
雰囲気を察知し、トレイノルが必死に場の盛り上げを図る。
(・・・・?)
「そういえば、トレイノルとハウンシュタッドは歳も違うよな?魔法のことも知っている風だが」
「はい、私たち二人はもともとこの場所にいたんです。二人とも親を亡くした戦争孤児という経緯でして」
「・・・・悪いことを聞いた」
「いえ、いずれ言うべきことでした。でも、皆さんが暗いと少し悲しいです・・・・」
(・・・・)
「強引に持っていったな」
「駄目でしたか?」
「いいや?」
しかしこれで合点がいった。トレイノルが妙に大人びてしっかりしているのは、彼女がエレナ・ハウンシュタッドと行動をともにしている姉貴分だかららしい。
「実際、トレイノルの言う通りだろ?暗くなるのはまだ早いはずだぜ。人間なんてたくさんいるんだからさ」
「そうだよな・・・・すまない」
「だがよ、実際問題俺たちは、ここがどこなのかもわからない。ハルガダナ、お前も迷子になってるって話じゃねえか」
「ああ、たしかに道に迷ってる」
「だから迷子だろ」
「道に迷っている」
「・・・・」
すこしだけ上向いた雰囲気に、キリヤは容赦なく現実を突きつける。もちろん、誰も彼を悪くは言えない。方向は違えど、彼も彼で集団を思っての発言だからだ。
「俺の状況は、まあおおむね予想通りだと思う。地図も縮尺が大きいものは持ってなかったし、小さいのも全部食料と交換してしまったから、もうないな」
「ハルガダナさん・・・・切実ですね」
「まあな」
「そう、か・・・・」
そこまで聞いて、キリヤはあきらめ半分のような感じでソファーに背をうずめた。
「じゃあやっぱ、打つ手なしってことじゃ――――――」
「ところがどっこい」
「・・・・なんだよ」
「手に入ったんだよ、詳細な地図が」
俺はカップをどかし、テーブルの上にメモ帳を四枚つなぎ合わせた。
「―—――これは?」
「俺がクミシマと作ったものだ。俺たちを襲ってきたあの茶髪、この辺に土地勘のありそうだったからさ」
「あ!あのときですか!」
「そう。この地図によれば、ここから南東に進んだ場所にそこそこ大きな町がある。その名前は・・・・【ガムラバト】」
現在地から紙面上をスライドさせ、俺は薄く丸された部分を指さした。
「ここなら王国軍も駐留している可能性が高い。俺はここを目指すつもりだ」
「なるほどな。人が多い場所に行けば、日本についての情報もそれだけ可能性が上がる」
「だろ?」
ようやく彼らの役に立てたことで、すこし自慢気になるのは仕方ないだろう。俺としても、ようやく長旅に終点の目処がつきそうだ。
「あれ、そう言えばハルガダナはなんであんな場所にいたんだ?」
「ああ、実は俺は徴集兵なんだ。故郷のある北の辺境から、【ルホート】って町に行く予定だった」
「な、なるほど、徴兵されて・・・・って大丈夫なんですかそれ?期日的なものとか」
「いや、期限はもうすでに一週間くらい過ぎてる。完全アウトだ」
(・・・・・・)
「あ、そう・・・・なんですね」
俺の返答に、明るく振る舞っていたトレイノルまでバツが悪そうに沈黙した。
(なにか秘策があるとでも思っていたのだろうか?)
「というか、俺の話はいいだろう?シバウラが言うように、この町なら人も多いし、情報を集めるならうってつけのはずだ」
「たしかになァ。だが、ガキ二人ここに置いとくのも気が引けるぜ」
「連れて行こう。二人のことを考えれば、俺たちでも一緒にいたほうがいいだろうからね」
「そうしていただけるとありがたいです。エレナも、そのほうが安心できるはずですから」
「決まり、だな」
「ああ。発つなら早いほうがいい。明日朝、ここを出発するぞ」
一連の流れについて、このようにメンバーで合意がなされた。ここでシバウラは、なにかに気が付いたように視線を右に移す。
彼が席を立ち、窓を開けるとロロカ・ミヤダイの声が室内に届いた。
「おーい、みんな~。ちょっと手伝って~!」
「わかった!ちょうど伝えたいこともできたし、すこし待っててくれる?」
「うん!」
「たぶん夕食の準備かな、ちょうどいいからロロカ達にも話してみるよ」
向き直った彼はそう言って、部屋のドアから出て行った。後ろには、くるくると腕を回しながらキリヤが続いた。
「―—――さき、行ってますね」
「はいよ」
トレイノルがすこしして退出すると、部屋に一人になった。俺はコーヒーを飲み干し、カップを持って一階に降りる。階段は軋み音をたて、ほこりとカビ臭さも建物の歴史を感じさせる。
(・・・・)
玄関先で青空から日光が照らし、思わず手のひらで目を隠す。
「あ!ハルガダナお兄ちゃん!」
「おう、エレナか。シバウラたちとは行かなかったのか?」
「うん、待ってたの!」
そう言って少女は、隠していた左手をこちらに見せた。
「ほら、オオシジャクトミル!」
「お、捕まえたのか」
全長8センチほどの大型の蝶――—―薄黄色の色素で染められた羽には、奇怪な模様が形成されている。待っていたとはなにごとかと思えば・・・・なるほど、ハウンシュタッドの中で俺は虫好きの仲間になっていたらしい。
「ねえ、珍しいんだよ?」
「あ。ほ、ほう・・・・やるなあ」
俺からすればこの辺の虫はどれも見たことないが、たしかにきれいな蝶だ。せっかくだしもうすこし近くで・・・・ってあれ?
「なんで引っ込めるんだよ?」
自分からみせておきながら、少女は怪訝そうな瞳をこちらに向ける。
「いや、もしかして食べ―――――」
「ない、ないから!そもそもあれは不可抗力、忘れてくれ」
「・・・・ホント?」
「ああ、蝶に誓う」
「ふふ、いいよ。じゃあ見せてあげ―――ああっ⁉」
エレナが伸ばした腕の先から、ひらひらと鮮やかな昆虫が飛び立った。
「うそぉ・・・・」
「逃げられたか・・・・しょうがないだろ」
「まあ、最後は返すつもりだったけどさ」
そして自由に舞い踊るその姿は、いまの俺たちとは若干の皮肉的対比となるのかもしれない。
(・・・・それがいいかもな)
「飛んでる姿も綺麗でいいよ、ありがとな」
「それならいいけど・・・・あれ?」
エレナの心配そうな声。
その理由は、俺たちの視線の先にあった。
大自然へと帰っていったはずの蝶は、しかしすぐに地面へと舞い落ちてきてしまう。
「うそ・・・・ちょっと強く握りすぎちゃったかな⁉」
となりの少女が悲壮感の漂う声を出す。こういうときはなんて言うのが正解なんだろうか。
「出だし、順調だったんだけどな・・・・」
(・・・・いや違う⁇)
この感じは・・・・魔力か‼⁉
「エレナ!」
「――――え?うわっ‼」
俺が歩いていた彼女を抱えるようにして寄せると、目の前に巨大な炎柱が突き抜けた。
「きゃあ‼な、なに⁉」
「じっとしてろ」
俺はそう言い聞かせると、ぎゃくの手で近くに落ちているさびた看板を手に取った。
「―—――ッ‼」
瞬間、鈍い金属音があたりに響いた。俺が構えた看板に接触している謎の剣。
「魔力で受けましたか、至極器用なり」
その持ち主は高い男声で、そう呟いた。
「うれしくないって」
細長い顔に白目、長身長髪の男。昼間の男たちとは明らかに違う、洗練された新手である。
「――――ハルガダナくん‼」
事態を察してか、ロロカ・ミヤダイたちが背後から駆けて来ているようだ。
「ちょうどよかった・・・・ミヤダイ!エレナを頼む、どこかに隠れていてくれ」
「う、うん。でもハルガダナくんは?」
「――――俺は、こいつの相手をする」
彼女は俺の答えを想像はしていたのだろう。表情はあまり変えなかったが、それでも食い下がる。
「え、一人でなの?」
「考えがある、任せてくれ」
(・・・・)
「わかった」
ミヤダイはそう言って、エレナの手を引いた。ここでできることはない―――そう自覚しているからこその行動である。
一転して歯を食いしばり、悔しそうな表情だ。
でも――――頼んだ。俺は彼女らの気配を後ろに感じつつ、思考を回す。
(さっきの攻撃・・・・)
明らかにエレナを狙っていた。だとすれば、彼女をここから離すのが最優先。なにが狙いかは知らないが、ここは魔法を使える俺にしか背負えない。
「—―――実に勇敢。そしてそれは無謀というふうには、決して言えぬやうなり」
ぶつぶつと独り言をつぶやきつつ、長髪の男はうつむきながら剣を揺らしている。その姿は無気力そうで、しっかりと戦気を発している。
(——――来る)
男の機敏な動きに呼応して、こちらに剣技が降りかかる。こっちには武器という武器がない、さっきみたいになんとか受けきって反撃の機を狙う。悪手ではないはずだ―—――しかし、セシル・ハルガダナは瞬間、一抹の胸騒ぎを覚えた。
周囲に、どんより暗い空気が広がったのだ。
(なんだ―――—?)
魔力が・・・・練れない。
「しかしまだ荒削りの、未開代周世。若さか、甘さか・・・・実に哀れなり」
そう呟いたのは聞こえたが、俺の意識は遠のいていく。鋼鉄の剣を防ぐには、やはりあまりにももろすぎた。彼が用意した防御策はあっけなく付き抜かれ、内側には赤い液体が大量に付着した。
ロロカ・ミヤダイが振り返ったときにはすでに、90センチ・厚さ3.5もある刀身が・・・・セシル・ハルガダナの腹部を貫いていた。
(う、そ・・・・)
「ハルガダナくん――――‼」
*第三話につづく




