ルナちゃん
「私は、アサトくんの一番なの!!一番だったのにぃ……」
仮住まいさせてもらっている研究所へと戻ると、ある女性が研究員の方に愚痴ってた。あの女性、見たことある。
「あっ、」
研究員の方と目が合うなり、やば、って顔された。
「あ?」
そして、手を払うようにハンドサインされて、出ていった方がいいのかなって思って、踵を返そうとすると
「あ〜〜〜っ!!君だ!!!モルモット!!!」
とその女性に学ランのカラーの部分を後ろから強引に引っ張られて、僕は尻もちを付いた。その女性からは少しお酒の匂いがして、呂律の回ってない口で説教された。
「な、何これ……??」
「ごめんね〜、ホダカくん。彼女、アサトくんの人体実験、第一号だから」
と研究員の方に言われて、パッと思い出した。
「ニュースで見た、自殺未遂の研究員」
結局あの後、死ななかったって、ユキさんから連絡が入っていた。次のインタビューの日程調整のついでに。
「あれは、研究ですぅ。私、死ねない身体なんですぅ。けどぉ、アサトくんと心中したいのっ♡」
彼女はふらふらと歩いて、夢見る少女のミュージカルのようにくるっと回ってから、椅子にパタンと力無く倒れるように座った。
「アサトは僕が救い出すよ」
「ううん、もう死ぬしかないんだよ。あれはアサトくんへの愛ある罰だから、ね?」
この人が……アサトを通報した?何故??
「愛ある罰って、何?」
「アサトくんが悪いんだから。私のこと……好きになってくれないから。それなのに、こんなフランケンシュタインと……ふふっ、馬鹿みたい。だから、私が社会的に彼を殺したの。いいでしょ?まあ、そのうちに肉体的にも死ぬだろうけどっ♡」
僕は腸が煮えくり返るほど怒り心頭で、そんないい加減な理由で、アサトを刑務所に送って、僕達の仲を引き裂いて、このチームの実験だって進まなくなくさせた。それなのに、誇らしげにそれを自慢して、そんなことしといて、まだここに入ってこられる、その神経が理解できなかった。
「アサトのこと尊敬してる研究員じゃないの?」
「勿論、初めは彼の天才っぷりに魅了されて、その虜になって、尊敬というか、誰よりも崇拝してた。だから、私が彼の一番になれたし、セックスしながら私の首を絞めて殺してくれた。その瞬間だけは、めっちゃ気持ち良くて最高だったぁ♡♡」
彼女がタートルネックを下ろすと、そこには爪を立てて首を絞めた形跡があって、アサトがこれらを付けたんだと思うと、かなり視界が歪んできた。研究員の方が僕の耳を塞いで、「ホダカくんの前でそんなこと言うなよ」と彼女に注意するも、お酒を呑んで陽気な彼女は「いいじゃん。どーせ後で知ることだし」って反論して口を開けて笑ってた。
「ホダカくん、こっちおいで」
と研究員の方に腕を引かれると、彼女は僕のもう片方の腕を掴んで、待って、話終わってない!!って駄々こねる。僕の腕取れやすいから、そんな引っ張んないで。
「君、アサトくんのこと好きなんでしょ?でもアサトくんは君のこと、研究対象にしか見てないよ。ヤリ捨てされてやんのっ!」
「貴方も同じでしょ?」
「あははっ、だけど彼の優しさは、傷をより深く抉るだけだから悪いよね〜っ!」
と彼女はもう一缶、お酒を開けてグイッと呑んでいる。僕は奥の方へと連れられて、荷物をそこら辺の床に置いた。
「何でみんな彼女に対して怒らないの?アサトのことを私的な理由で殺したのに……」
「みんな心の中に多少なりとも罪悪感はあるんだよ。アサトくんのことは尊敬してるし、研究が医学の進歩に繋がっていると信じている。だけれど、倫理的に受け入れられない部分もあったんだ。だから、少しだけ気が楽になった。そんな感じだね」
倫理的にダメだと感じていながらも研究を続けていた。とても精神的にストレスがかかるんだろうと、月並みに思った。みんな疲れていたんだろう。アサトが捕まってから、研究所から出ていく人は多かったらしい。だけど、アサトはもっと疲れていただろう。全責任を負って、捕まったのだから。生きていたくない、彼の本心だったのかもしれない。
「じゃあ、お兄さんは何でまだここにいるの?」
「この研究が好きだから。アサトくんとこのチームで一緒に研究できたのが楽しかったんだ。だから、まだここから動けないでいるの」
「アサトって、自己中でサイコパスじゃん」
僕のこと揶揄うの大好きで、自分のことばかり考えてて、保身のために僕を捨てようとした。彼女のことだって、利用して終わり。本当に恋をしていたのは、あの腕の持ち主だけで、あとはゾンビ幹細胞くらい?そのくらい、薄情で罪な男だ。ああ、こんなにもアサトのことを悪く思えたのは初めてだ。
「それでも、君だって彼のことが好きなんだろう?」
「んーーー、わかんないかも……」
あんなにも好き好き言ってたのに、今の僕は他の男とキスをしてきて、付き合っている。今日、ルイくんからクリスマスイブの話を聞いた。アサトと出会って、鎌をかけた質問をしたって。それにまんまと引っかかってしまったアサトに、ルイくんはこんな提案をした。
「ホダカを無事に返してくれたら、通報はしない」
って。だから、アサトはクリスマスプレゼントで僕にスマホを返してきたんだと合点がいった。その前々からアサトが怪しいと、マサヤくんとルイくんが目星をつけていたらしい、さすが自称探偵部。猫が怪我なく帰ってきたのがきっかけで発足された。だけど、さっきの女性に通報されたから、アサトは捕まってしまったんだ。その後で、研究室に来て何か会話でもしたのだろうか?
「クリスマスイブの日、アサトはここに来てた?」
「そういえば来てたね。みんなにクリスマスプレゼントだって、お菓子を持ってきてたよ」
「そのとき、あの、さっきの女性の人は、いた?」
「え、どうだったかな?」
「私は休みだったよ。アサトくんがお菓子配りに来てくれたんなら来れば良かったなぁ♡」
彼女が後ろにいきなり現れて、吃驚した。いつからそこにいたんだろう。
「じゃあ、その日はアサトとは何もない?」
「ううん、イブなんだから連絡くらいするよ。トーク画面見る?」
そこには何の変哲もないトークが繰り広げられていて、例えば、昨年はマグカップでしたけど、今年は何がいいですか?みたいな。とゆーか、マグカップまだ使っててくれて嬉しいです、みたいな。ああ、あのマグカップって、この人がアサトにプレゼントしたんだ。アサト、今年は肩たたき券、強請ってんの可愛いなぁ。
「何も脅してない……」
「はあ?脅すわけないじゃん!!君とべろちゅーしたのは少し恨んでるけどぉ、まあアサトくんはクズ男だから元々の期待値低いしぃ……」
「ムカつく、アサトのこと悪く言わないで!!」
「ふふっ、ごめんごめん!でも君が思ってるほどアサトくんは聖人君子じゃないよ。あんなに脆くて弱いんだって、吃驚した」
僕の知らないアサトを話す彼女。僕の前では脆くて弱い部分なんて、そんな見せてくれたことない。考えれば考えるほど、愛されてなかったんだって思わされてくる。あの酔生夢死のような一時は何だったんだろう。
「貴方はアサトの一番じゃない。モルモット第一号なだけなのに……」
悪口を言えるほど、仲がいい気がしてしまって、相手のことをよく知っているような感じがして、嫉妬だ。
「私とアサトくんは付き合ってるのっ♡ 知らなかった?」
「え?彼女はルナちゃんだって……」
「そう、そのルナって私だよっ♡」
僕は彼女の袖を捲りあげた。するとそこには、無数の傷跡が刻み込まれていて、それに僕は絶句して、「何すんのよ〜っ!」と腕を隠す彼女に
「……ごめんなさい」
と頭を下げた。彼女はアムカするほど精神的に不安定な人。だから、みんな強く言えないのかもしれない。でも、彼女が生きているのなら、アサトは研究する必要ないし……彼女の妄想、?
「ノゾミちゃん、あんまり飲みすぎないでね」
という研究員のお兄さんの一言。彼女が酔って楽しそうに帰って行った後で、彼に教えてもらった。彼女は頭は良いんだけど、統合失調症を患っていて、妄想や嘘をよく話しているから、真偽のほどが分からないって。
「アサトは彼女のこと、抱いたのかな?」
「さあね、君はどう思う?」
「アサトは殺す前に要望とか話とか聞いてくれるから、ありえなくはないと思うけど……僕の場合は鋸だった!!」
ふふっ、チェーンソーがいいって死ぬ前に言ったの思い出して、笑えてきた。現実はそんなもんだ。




