チート
書庫に篭って一週間が経った頃、俺は異変に気付いた。
「あれ? 記憶力がさらに上がってないか?」
【物覚え】スキルを取得したことで劇的に記憶力が上がったが、それでも一部内容を忘れてしまったり、覚えてはいるものの思い出すのに時間がかかることがあった。ところが今はそういったことが一切なく、覚えたことは一切忘れることがないし、スムーズに思い出すことができた。
「もしかして、スキルのランクアップに成功したのかな?」
調べたところ、【物覚え】スキルは繰り返し使うことで【記憶術】にランクアップするらしい。女神によると【物覚え】は5ポイントのスキルだが、【記憶術】は20ポイントのスキルらしい。そしてスキルの内容も若干異なる。
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――【物覚え】任意の情報または出来事を覚えやすくなる。このスキルにより覚えた事柄は忘却率が十分の一となる。このスキルで他のスキルの影響による忘却を妨げることはできない。
――【記憶術】任意の情報または出来事を記憶する。このスキルにより記憶した事柄は他のスキルの影響による場合を除き忘却しない。このスキルは【追憶】スキルを包含する。
――【追憶】過去に記憶した任意の情報を確実に追憶する。記憶に失敗し、またはスキルの影響により失われた記憶に係る情報を追憶することはできない。
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「確かに【物覚え】スキルはこの一週間ずっと使いっぱなしだったけど……そんなに簡単にランクアップってするものなのか?」
俺は考え込んだ。気付くと手を口元に当てていた。少ないポイントで取れるスキルは補助的に使うことだけを考えられており、それを連続して使うことは想定されていないのではないか……。もしそうならば、わずか一週間連続して使っただけでランクアップしたことが納得できる。
「あれ!? だとしたら、【記憶術】にランクアップしたスキルを取り消してポイントに変えて、また【物覚え】を取得してこれを繰り返せばポイントを無限に取得できるってことだよな……」
【記憶術】に包含される【追憶】の効果で過去の記憶も鮮明に思い出せるようになった男は、女神のレクチャーを思い出す。
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「……転生前なら取り消しもできるしね」
「え? 試しにスキルを取ってみて変更もできるんですか?」
「できるわよ。転生前ならね」
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「この取り消しって言うのはスキルを手放して別のスキルに代えるっていうことか? たしか【スキル返納】でスキルを取り消してスキルポイントを取得できるはずだよな」
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――【スキル返納】任意の対象者の任意のスキルを一つ消去し、引き換えにスキルポイントを付与する。失敗した場合には対象者のスキルポイントは変化しない。神格者以外の者は発動に対象者の同意を必要とする。神格者以外の者がこのスキルを所有している場合、第一界以外の場所では無効化される。
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もしそうならば、5ポイントで【物覚え】スキルを取って一週間で20ポイントの【記憶術】にランクアップさせ、それを手放すことで取得時よりも多くのスキルポイントを得ることができる。
「でもそれだと、この部屋にいる目的が変わったと判断されるのか?」
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「……転生するまでに許される時間に制限はありますか?」
「時間の制限はないけど、ここにずっと居座ろうとするのはダメね。そのときは強制的に転生させることになってるの。スキルを選ぶという行為そのものに時間がかかるならいくらいても構わないわ。何日かかっても平気よ」
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俺は少しでも有利なスキルを取得して、最終的には転生を受け入れるつもりだが、この判断の基準が分からない。
「仕方ない、女神サマに聞くか」
俺は一週間ぶりに女神の元へ戻った。
「あ! おかえり! うん。大丈夫そうね……一週間も書庫に篭って平気だなんで、前世のどんな環境で鍛えられたのよ?」
「一週間も自由に資料を読めるなんて、夢のような環境じゃないすか。……もしかして、神サマ達って俺達よりも勉強苦手だったりします?」
「な!? 言っとくけどね、神格者がみんな私程度の知性だと思ったら大間違いよ!」
女神が堂々と胸を張って主張する。
「それ、本当だとしても偉そうに言わないほうがいいっす……。それより、また質問いいすか?」
「ひ!? ど、どんなこと?」
俺は先ほど浮かんだ疑問を女神に伝える。スキルの取り消しとはスキルポイントの取得を意味するのか、そして、スキルをランクアップさせてスキルポイントを増殖させる行為は禁止されるのか。しかし……
「ちょ、ちょっと待って、それって今、スキルのランクが上がったっていうこと?」
女神が男の話を遮って尋ねる。男がうなずくと女神が呆れた顔になる。
「あのね、ここは時間の流れがないの。だからいくらスキルを使ってもランクアップはしないはずよ。実際、転生前にスキルをランクアップさせたなんていう話は聞いたことがないわ」
「でも、一応、念のために、俺のスキルを確認してもらえませんか? 多分女神サマなら持ってますよね? 確認するためのスキル。【スキル鑑定】でしたっけ?」
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――【スキル鑑定】任意の対象者が所有する全てのスキルの名称を認知する。対象者が自らのスキルについて無自覚である場合、このスキルの使用により自覚し、スキルを使えるようになる。
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「もちろんあるわよ。……じゃあ一応確認してあげるわ。……【スキル鑑定】! ……え? ええぇ!?」
スキルを発動して俺のスキルを確認した女神が驚愕の声を上げる。
「どうです? やっぱりランクアップしてますか?」
「してるわよ! 何で!? 【物覚え】が【記憶術】になってるわ!」
「単純に、ランクアップするまで使い込んだ人がいなかっただけじゃないですか? いくらこの部屋に時間の流れが存在しないとしても、ランクアップに必要な使用量と時間は自分自身の時間の流れで反映されますよね?」
「え? そうなの!?」
「あれ? たしかそう書いてあったような……」
俺は記憶を手繰り寄せる。かなり最初に読んだ資料だった。
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――取得したスキルは相当困難な環境又は対象においての使用即ち質的条件又は相当困難な数量又は期間における使用即ち量的条件により上位スキルにランクアップする。質的条件は第三者的観点により、量的条件は使用者観点により評価される。
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「やはりスキルを大量に使用した場合や長時間使用した場合の影響は自信の感じるままに反映されるって考えていいみたいですね」
俺は資料に書かれていたランクアップ条件を女神に説明する。
「ううー、そういう意味なのね……ちゃんと読んでなかった……てか、もっと簡単に書いてよー!」
女神が両手を床について落ち込む。転生者が女神の知らないことを次々に調べていくことに無力感を感じていた。
「それでですね、さっきの質問の答え……教えてもらえますか?」
「ああ、一度取得したスキルを取り消した場合のことね? もちろんその分スキルポイントが返ってくるから別のスキルを取れるわよ。でもスキルの取得とランクアップを繰り返して高位スキルを取り続ける……っていうのはダメじゃないかしら……」
「あれ? でもスキルポイントを増やすのはより良いスキルを取る目的の為です。それなら強制的に転移させることはできないはずですよね? もしダメならどんな対応を取りますか?」
「う……そうなんだけど、そんなズルをして神様が怒っちゃったら大変だし……1回くらいなら大丈夫だろうけど」
「1回っていうのは1つのスキルにつき1回ですよね? じゃあスキルポイント増殖用にいくつかスキルを育てておこうかな……」
俺はせっかく見つけたチートを妨害されたがそれほど悔しくはなかった。ポイントの無限増殖など最初から無理だろうと思っていたし、むしろ一回だけでも許されるなら使いどころを考えれば大量のスキルポイントを得られるチートの余地を手に入れたと喜んだ。
「ところで、この【スキル返納】の取得に必要なポイント教えてもらえますか?」
「クス。【スキル返納】の取得に必要なポイントはゼロよ。私たち神格者用に作られたスキルだからね。そういうスキルは神格者以外は持てなかったり、持っても意味が無かったりするわね」
「なるほど。そうなんですね……」
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――【スキル返納】任意の対象者の任意のスキルを一つ消去し、引き換えにスキルポイントを付与する。失敗した場合には対象者のスキルポイントは変化しない。神格者以外の者は発動に対象者の同意を必要とする。神格者以外の者がこのスキルを所有している場合、第一界以外の場所では無効化される。
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俺は、顎に手を当てて少し考えた。別に神様じゃなくてもこの空間でなら俺も使えるんじゃないか? いや、もう少し確認を進めてから試すことにしよう。