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神と怪物  作者: 観月
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「アンタたちだって、薬師が砂漠を渡る民の中で特別な存在だっていうのは、知ってるんでしょ? はっきり言って、アタシはこの一族と一緒にここで死ぬなんて、まっぴらなのよ。ねえ、仲間に女がいたっていいんじゃない?」

 毎日一緒に暮らしてきたリズですら一度も聞いたことのないような、媚びた話し方だ。

 数人の男が口笛を吹いたり、卑猥な声を上げたりしたが、 暫くすると男たちははやし立てるのをやめて、リーダーの様子をうかがった。

 「興味がないな」

 かすれた低い声が聞こえたのと同時だった。

 先ほどから何度も聞かされていた銃声が、すぐ近くで聞こえた。

 ユリナ!

 リズは両手を固く組み、祈ることしかできない。

 と、ほとんど同じタイミングでテントの入り口から、新しくこのオアシスへやってきた二人組が飛び込んでくる。

 いくつかの銃声と、怒号、何かが倒れる音が、ほんの一瞬の間に湧き上がり消えていった。

 そして、ユリナの体から、暖かな灯が消えていく。

「生きているか?」

 テントの入り口あたりから、若い男の声がした。いや、男の子、といった方がいいかもしれない。柔らかなアルトの声だ。

「いえ、もうすでに亡くなっていますね」

 もう一つの声が答える。その声は深くて静かな大人の男の声で、リズの隠れているすぐそばから聞こえた。腰を折り、倒れたユリナを覗き込んでいるらしい。

「一足遅かったか……」

「しかしアルフレド様。このあたりを荒らしまわっていた賊をひとつ潰せました。これで砂漠の民も、我々商家のキャラバンも、少しは安心して砂漠を渡ることができる。ひとまず目的を果たせたということです」

「ベータ、アルカヌムを出たら、僕のことはアルファと呼んでくれと言ってあるだろう」

 少年は深いため息を吐き出すと踵を返した。

「帰ろう、ベータ。ここの始末はひとまずシティに戻ってから、うちの者たちを差し向けよう。僕たちだけでは弔ってやることもできないしな」

 ユリナの絶命を確認していた男も立ち上がる。

 リズは、この時初めて自分の手が祈るように組まれたまま小さく震えていることに気が付いた。

 きつく組まれた手は、がちがちに固まったまま離れない。動かなければと思うのに、まったく身体がいうことをきかない。

 この恐ろしいオアシスに一人取り残されてしまう。焦りはどんどん膨れ上がっていったが、リズの体は固くこわばったままだった。

 と、不意に誰かに背中をたたかれた。

 それから、今度ははっきりと声が聞こえた。

『いきなさい!』

 リズはその声に弾かれた様に立ち上がった。


「待って!」

 部屋を出て行こうとしていた二人が振り返り、新しい人物の登場に驚き銃口を向ける。

「おや、これは……」

 年かさの男の声に「ヴァンパイア!」という男の子の声がかぶさった。

「アルファ様、その言葉は適当ではありません」

「けどベータ、その白い肌と金の髪、それにその赤い目だ。砂漠を渡る民じゃないだろう」

「それにしてもです。彼ら自身がヴァンパイアという呼び名を受け入れていません」

 ベータと呼ばれた男は、下着一枚で仁王立ちし、果敢に顔を上げるリズに近づいてきた。アルファの銃口は、変わらずリズの胸に照準が当たったままだ。

「お譲さん、なぜこんなところに? とにかくこれを」

 ベータは着ていた大きなマントをリズの肩にかけてくれた。

 片膝をつき、リズより低い目の高さになると、そっと手を差し出して、きつく組まれたままのリズの指を一本ずつ優しくほぐすようにして解き放ってくれる。

「あなた方地下に住む民は、視力が極端に悪いと聞いています。私が見えますか?」

 リズは首を横に振った。

「あなたの姿は見えません。でも私には、あなたの姿を感じることができます。あなたたち二人がどんな姿かたちなのか、目は見えなくてもはっきりと心の目で見ることができます」

「まあ、ヴァンパイア……失礼、地下に住む人々は、目は見えなくても見える者以上にみえるって言うしね」

 アルファと呼ばれていた男の子の方が言った。

 リズはそちらに体を向ける。

「いいえ、私はリズです。砂漠を渡る民のリズです」

 そういうとリズは身に着けた白いシュミーズの裾をもって足を一歩引き、お辞儀をしてみせた。

「これはこれは……」

 ベータが感心したようにつぶやき、ここでようやくアルファが銃口を下げる。

 お辞儀を終えたリズの手をベータが軽く握る。

「私は……ベータとお呼びください。エデンファースト近郊の衛星都市アルカヌムの住人です」

「僕は、アルファ。本名はアルフレド=ブラッドベリ」

 アルファもリズに近づくと、軽く握手を交わした。

「ブラッドベリ商会は知っているか?」

 リズはよく見えない目をわずかに見開いた。

 砂漠を渡り商いをするリズたちにはなじみの名前だったからだ。ブラッドベリ商会はアルカヌムで一番大きな商家だ。ということは、もしかするとこのテラの大地で一番の商家かもしれない。自前のキャラバンも持っているが、リズたちのような砂漠を渡る民からも商品を買い上げてくれる。

 知っているということを伝えるために、リズは二度三度と首を縦に振った。

「僕はそこの次男坊。ってことになって……」

「アルファ様」

 尖ったベータの口調がアルファの声を遮った。

「かまわないだろう? この子はアルカヌムの家に連れて帰る。ここに置いていくわけにはいかないだろう? 僕の氏素性が知れたところで問題はないよ。おまえ、リズ? 僕はね、僕ら商家にとって邪魔でしかない砂漠を荒らしまわる奴らを狩って回ってるのさ。どうせ次男坊の僕は家を継ぐわけにもいかないし……。秘密の組織をつくったんだ。まだ名前もないけど、お前も今日から一員だから」

「は?」

「そう、リズはコードネーム・イプシロンだから。あのねリズ。僕たちの秘密を知ってしまったんだから、お前に拒否権はないからね」

「は?」

 アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン……。リズは心の中で指を折った。

「つまり、私で、たったの5人しか仲間がいないというわけね」

「少数精鋭と言ってくれ」

 アルファはこともなげにそういうと、ベータに行くぞと声をかけ、歩き出した。

「待って……」

 後を追おうとしたリズはベータにあっという間に抱えあげられてしまう。「失礼」という低い声が耳元で聞こえた。

 驚いたリズは「歩けるわ」と抗議の声をあげ足をばたつかせたが、下ろしてはもらえない。「駄目ですよ、レディ。外はもう陽が登っています。あなたたちには毒となると聞いていますよ。どうか私のマントの中で大人しくしていてください」

 リズは太陽の暑さと、やけどをした時の苦しさを思い出し、動きを止める。体を小さく縮こまらせて、しっかりとベータに縋り付いた。

 抱きかかえられて小さなテントの集まる野営地を後にする。

 そこここにある昨日まで共に旅をしてきた仲間の体には、もう魂の存在を感じることはなかった。まだ温かいというのに。

 リズは、ベータの着ているシャツをぐっと握りしめ、その大きな胸元に顔を押し付けた。

 

 野営地の外には、ブルータルビーストたちが乗ってきた車とモーターバイクが停まっている。けたたましく鳴り響くエンジンは、アルファが切った。

 静かになると、それまで喧騒に隠されていた流線型の存在が立ち上がってくる。

「エアカー?」

「よく知ってるな。砂漠じゃあんまり 見ないんじゃないか?」

「私たち、砂漠ばかりを歩くわけじゃないわ。アルカヌムにだって行くし、ブラッドベリとの取引もあるもの。聖なる山より西に、私たちが足を踏み入れないところは無いわ」

 リズの答えをアルファは笑った。

「間違えてるよイプシロン」

 まるで昔からそう呼んででもいるかのようにイプシロンと呼びかけられて、リズはあきれる。

「イプシロンが入ったことのない場所がいくつもあるはずだ。例えば、そう」

 もったいつけるように、アルファはここで一呼吸置く。

「神々の住む楽園。エデンさ」

 何をわかりきったことをと、幾分リズはむっとした。

「そんなの、 知ってるわ。人間が入ることができない場所なんてノーカウントよ。あなただって入れないでしょう?」

 何しろこの世に12あると言われるエデンは、神々しか入ることが許されない。隷僕と天使は入れるが、彼らももう人としては数えられない。

「今はね」

 意味深な言葉を残して、リズに質問する隙を与えず、アルファはすぐにベータに声をかけた。

「運転は僕がする。君は後ろの席で、イプシロンを抱えていてくれ」

 流線型のボディから翼のような扉が開き、三人はエアカーの中に乗り込んだ。

 清潔な空気と匂いにつつまれ、リズはようやく安堵の息を吐き出す。仲間のながした血の匂いも、ここまでリズを追ってくることはもうなかった。

 登り始めた太陽は、ここに歩いてくるまでにベータのマントを通してもリズの皮膚を焼いていた。

 体が重く、リズはもう目を開けていることもままならなかった。

「アルファ様、口にしていいことと悪いことがあります」

 音もなく静かに動き出したエアカーの中で、おもむろにベータが口を開く。

 次第に朦朧とし始める中、リズはアルファの楽しそうな笑い声を聞いた。

「大丈夫だよ。リズのことは、お前が監視してくれればいいんじゃないか。僕のガーディアンフォックス」

「その名はもう、捨てました。私は天使ではないし、あなたももう……」

「神だなんて名前ばかりで、碌な奴はいなかったしね。フォックス、僕はいつか空……宇宙に戻るよ。その時は君も、イプシロンも一緒の予定」

 どうやらリズの将来のことを勝手に決められているらしいと感じたものの、それ以上の情報を処理できるほどの気力がもう、リズには残っていなかった。

 体が重い。

 ベータにすがっていた手からも力が抜けていき、リズはもう指一本動かすことすらできずに、無意識の中に引きずり込まれていった。


 了


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは、ご無沙汰しております。 読み始めたときは民族調のファンタジーかと思いましたが。SFなんですね。 リズの見えない視界で起きている出来事が、緊張感とともに伝わってきました。ユリナ…
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