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令嬢のトラップ(1)

 おらは令嬢に抱きしめられて空気がトローンと重たくなったのを感じた。

 分かりづらいが時間がゆっくり流れ始めたのだ。

 令嬢のいきなりのハグ攻撃を危険なものと判断して高速行動に切り替えたのだ。

 でもこの場合は動けないから高速思考だけになる。

 見上げると令嬢の口は喋っている途中で止まっているように見える。

 おらはこのゆったり流れる時間の中で考えなければならない。

 何故令嬢はおらの嘘を見抜いたのか?

 子爵は騙せたのに令嬢は騙されていない。

 子爵と令嬢の違いはなんだろう?

 

 令嬢はコボルトビーストという魔物が倒されているのを見ている。

 でもそれは槍が勝手に飛んで来て魔物を殺したようにしか見えなかった筈だ。

 ただ子爵との違いは、話に聞いたか実際に見たかの違いだけだ。

 違う、これではない。


 後に考えられることは……

 ポーションで治ったのは子爵も話に聞いて知っている。

 待てよ……

 そうかっ。

 ポーションだ。

 ポーションの瓶だ。


 あれを見ているのは令嬢だけだ。

 確かあの瓶は領都に来てから買った瓶を使っている。

 おらは水色のポーションを領都で買った瓶に入れたが、三年前にはこの瓶は生産されてなかったのかもしれない。

 そうだ、思い出した。

 ポーション用の空き瓶を買う時雑貨屋の店主のおばさんが勧めたときの言葉だ。

『こっちの方が新しくてね、質が良いし安いんだよ。

 見てごらん。

 今までのは微妙に形がまちまちだろう?

 ところがこっちは形が揃っていてガラスの透明度も良いのさ』

『じゃあ、どうして安いのですか?』

『古い方がガラスが分厚い分材料費がかかるってことだよ。

 その分透明度も落ちるしね。

 でもね、薬屋は新しい方を好まないんだよ。

 透明度が低い方が品質の良しあしが見えにくいし、見かけよりガラスが厚い分ポーションの量が少なくてすむだろう?』


 そうか、分かった。

 やっぱり新しい瓶は三年前には使われていなかったんだ。

 ポーションの瓶は新しいのを使っていたから、三年前に手に入れたという話が嘘で、青いポーションはおらが自分で作ったと見破ったんだろう?


 でもそれならうまく躱(かわ)せる。

 ところで令嬢の胸の膨らみがおらの胸の上の位置に押し付けられて思いきり歪んで潰れているんだけど、これってお仕置きになるのだろうか?

 普通に考えるとご褒美になると思う。

 しかも上位貴族の令嬢が年下とはいえ平民の男子にしてはいけない行為じゃないだろうか?

 とは言ってもおらが可愛い男の子だから抱きしめたいって訳でもないと思う。

 何かを狙ってる。

 お色気攻撃?

 そうか。

 綺麗な年上のお姉さまが、しかも身分差のある高値の花のお嬢様が、自分のような者を抱きしめて来たら、びっくりして喜んで舞い上がる。

 そうすれば冷静な判断を失って本当のことを言えばもっと優しくして可愛がってくれるのじゃないかと思うかもしれない。

 ましておらは十二才で女性のことに関心がある年頃だけど、免疫がないはずだから理性を失わせるには効果的だと……それならパニックになってうっかり尻尾を出してしまうだろうってことだ。

 それにしてもこれは令嬢にとっては不名誉なことだ。

 そうまでしてもおらのことを囲い込みたいのだろうか。

 待てよ、このことを理由に令嬢の名誉を守る為におらを監禁するとなったらどうしよう?

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 冷静になるんだ。まだ時間がある。

 

 大丈夫だ。おらが『妖精の涙』を作れないと分かれば、監禁する意味がない。


 



 おらの高速思考はそこで終了した。


「ご令嬢さま、くるしいでしゅ。

はなしてくだしゃい」

「だからいったでしょ、本当のことを言えば……」

「本当でしゅ。全部ほんとうでしゅ」

「じゃあ、私にくれたポーションは三年前に知らないお爺さんに貰ったものだって言うのね」

「はい、そうでしゅ」

「ポーションの瓶もそうだって言うのねっ」

「ん? 瓶? 瓶は違いましゅ」

「えって、どうゆうこと?」

「瓶はこっちに来てから新しいのを買って中身を入れ替えたんでしゅ」

「どうしてそんなことしたのっ」

「だって、その方が中のポーションの色がはっきりみえるからでしゅ」

「見えたからどうだって言うの?」

「おら、あの青い色と細かい泡を見るのがしゅきだから」

「そう……そういえばそれで使わずに持っていたって言ってたわね」

 令嬢はおらの体を離してくれた。

「お前のことを疑ったりして、悪かった。

 私の騎士を助けてくれたのに乱暴なことをしてすまなかった。

 けれど今わたしがお前にしたことは、決して誰にも知られてはいけないことだ。

 それゆえ魔法契約で口外することを禁止したいが構わないか?

 拒否すれば監禁するか死んでもらうかになるが、多分手間や経費を考えると後者になる」

 令嬢は優しい顔つきでさらっと怖いことを言うので、おらは背筋が寒くなって全身鳥肌が立った。

「魔法契約しますっ、それでお願いしますす」

「そうか、契約しなかったらお前は喋ってしまうかもしれないからな」

 おらは首をブンブンと横に振った。

「いえっ、しょんなことはありましぇん。おらは令嬢様の不名誉になることは決していいましぇん。

でも魔法契約を望みます。

令嬢さまに関することは決して口にしないという魔法契約でもかまいましぇんっ」

「ほう……そうか、私に関することは決して口にしないという契約でも良いと?」

「はいいっ」

 だってもうおらは令嬢様には関わりたくないからだ。

 貴族と関わることは恐怖しかない。

「試しても良いか?」

「えっ? 試す……のですか?」

「ここに真実の水晶という魔道具がある。

 ここに手を当てて誓えば、それが本当なら水晶は光るのだ」

「つまり令嬢様に関することは一切言わないということが本当かどうか試すのですか。

それならどうぞ試してください」

「許可を取ったぞ。それなら……」





 次に令嬢がしたことは驚くべきことだったっ。


続きます。

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