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 ナンシーさんはおらのクエスト完了の報告を受け取りながら、すべて心得てる風の顔をして頷いた。

 何故かここは受けつけじゃなく、会議用の小部屋の中だった。

「やっぱり予想通りの働きだったようね。

 というか予想通りだったから恐ろしくなったわ。

 昨日、ベンジャミンさんが追加料金を持って来たついでにギルドにポーションのセットを寄付して下さったの。

 これからもたびたびミッキーさんを手伝いに廻してくれないだろうかというお願いよ。

 普通なら二つ返事で引き受けたところだけれど、そうは簡単に承諾できない。

 だって、ミッキーさんをギルドから引き抜きたいという気持ち丸出しだったもの。

 だから早速手配して、ギルドの素材解体部と話を通しておいたわ。

 但し解体部としては、仕事を覚えた途端やめられたら割に合わないということで、最低三か月の契約にしたの。

 変更は効きませんからね。

 今度はギルドの解体部だから引き抜きの心配はないから、安心してがんばってね」

 おらは口をあんぐり開けた。

 手回し良すぎるし、三か月は長すぎるだろうって抗議しようとした。

「大丈夫っ。週に三回くらいだから、領都内の雑役も十分できるよ。

 それでだけど、領都の中のことを詳しく知りたいって前に言ってたよね。

 これ、滅多に冒険者に持ってこない話なんだけれど、配達屋からの応援要請があって、解体のないときはそっちに行くというのはどうですか?

 うまい具合にそちらもある程度都内地図を把握する関係上、長期間の仕事になるから、解体と抱き合わせで丁度良いじゃない?」

 普段穏やかなナンシーさんが今回は何故か強引なのに驚いた。

 おらがどう返事をしようか分からなくなり混乱していると、ナンシーさんはおらの手を両手で包むように持って目を覗き込むように小声で囁いた。

「ミッキーさん、あなたの仕事ぶりはすぐにベンジャミンさんから近所のお店の人たちにそしてギルドにも聞こえてきましたよ。

 一週間の仕事を半日で完璧に終わったって話は大袈裟でもなんでもなく、すべて本当のことだって次の日には確認してます。

 余った日にちは追加料金ということで、ポーション作りの手伝いをしたって聞きました。

 ところがミッキーさんの腕があまりにも良いものだから、すぐに手伝いじゃなく専門に作るのを任せられて、中級薬までできるようになったという話もね。

 だからベンジャミンさんが魔法契約書を出してポーションのレシピの秘匿義務を誓わせた。

 そうだよね?」

「どうしてそこまで知っているんですか?」

「ギルドの諜報部を甘く見ちゃいけないですよ。

 だからそうなれば何がなんでもミッキーさんを欲しがるに決まってる。

 だからここ三か月の間はベンジャミンさんが指名依頼を出しても応じられない既成事実を作らなきゃいけなかった……だからごめんなさい。

 このお詫びは私がいくらでもするから、クエスト受けてくれる?」

 年上のお姉さんの熱い眼差しにおらは心臓がバクンバクンして、思わずコクコク頭を上下に振っていたと思う。

「ありがとうっ」

 そのときナンシーさんはおらの手を包んだまま自分の胸に引き寄せて胸の前で合掌するポーズをした。

 膨らみじゃないけれど胸の中央の骨のあたりに手が軽く触れたので、心臓が止まるかと思った。

 そうしたらナンシーさんがそのままの姿勢で一気に喋り始めた。

「わたしミッキーさんに了解貰う前に決めてしまったから、断られたらどうしようかって……最低責任取って辞めなきゃいけないとこだった。

 受けてくれて本当にありがとう。

 このお礼は必ず……そうだっ。

 ミッキーさんは『水鴨亭』を定宿にしていたよね。

 その近くなんだけれど妹と住んでる私の家があって、今は使ってない離れが空いてるの。

 亡くなった父母が済んでいたところで、住んでくれたら家賃はいらないわ。

 人が住んでくれたら家が傷まないし、女二人だけの所帯だから男の子が住んでくれたら物騒じゃないし。

 『水鴨亭』の料理が気に入っているならいつでも行けるし、看板娘のスージーちゃんともいつでも会えるよ。

 それとは別にうちの料理で良かったら妹が作ってくれるから、それを食べて貰っても良いよ。

 朝なんか三人で食卓を囲んで家族みたいに食べるのも楽しいよ」

 そう言いながらナンシーさんはおらの手を上下にブンブン振って、おらもつらされて頭をカックンカックン上下に振った。

「あっ、大丈夫よ。水鴨亭のスージーさんには話を通してあるから。

 部屋に置いてあった荷物は私の所に運んであるし、挨拶は今夜引っ越し祝いで三人で水鴨亭に食べに行ったときにでもすると良いよ。

 さあ、これから私の家に案内するからちょっとここでお茶でも飲んで待っていてね。

 ほらお盆にあるお菓子も自由に摘まんで良いよ。

 今すぐ支度してから来るから、どこにも行かないでね」

 おらは言われた通りお菓子を摘まみながらお茶を飲んで待つことにしたけど、何が何だか分からないうちに引っ越ししてナンシーさんたちと同じ敷地の離れに住むことになってしまった。

 

 ここはギルド長室。

 ミッキーが小会議室でお茶を飲んでいる間、スキンヘッドのギルド長がナンシーと二人で話をしている。

「ナンシー、全部隣の隠し部屋で聞いていたぞ。

 うまい具合に囲い込んだな。

 お前だけでなく妹のネルのカードまで使って、さらにスージーへの道を封じてしまうとはなんともあざといな。

 しかし相手が知らないと思って、女二人だけの所帯だから男の子がいると物騒じゃないからだって?

 Bランカーまで行った、『鮮血のナンシー』がそういうことよく言えるなぁ。

 しかもミッキーは十二才の男の子だろう?

 お前が守ってやるの間違いじゃないか?」

「でもギルド長、ベンジャミンが遠くに住んでる孫娘を呼び寄せてミッキーさんとくっつけようとしていたのを聞いてなんとかしろと言ったのはあなたですよ」

「もちろん責めている訳じゃない。

 体を張ってベンの動きを阻止してくれたナンシーには感謝しているんだ。

 これで有望な新人が失われるのを防げた。

 ありがとう、ナンシー。

 もう絶対ミッキーを手放すなよ」

「でも仕事が速くて丁寧だとは知っていたのですが、薬草に詳しくポーション作りの才能まであるとは知りませんでした。

 この一週間でベンジャミンさんの製薬技術の守備範囲を軽くクリアしたのは驚きです」

「ナンシー、あいつが持っている荷物に棍棒があったのを覚えているか?

 普段は持ち歩かないが、あれは並みの剣よりもよほど上物の得物だぞ。

 いざ領都の外に出て討伐を始めたら『闇の殺戮者』なんかのコケ脅しの名前のパーティよりもよほど手強くなると思うぜ」

「あの棍棒はそれだけ大した物ですか?」

「本人は森で拾ったと言ってるが、あんなものが森に落ちている訳がない。

 ゴブリンの、それも上位種が持ち歩くレベルの武器だ。

 つまり俺の予想では実力で奪ったってことだ。

 その下につく二けたのゴブリンと一緒に討伐した後にね」

「そうですか。なるほど今後も期待できるってことですか。

 ところでギルド長、闇の殺戮者については進行状況はどうなんですか?」

「リーダーのアルも、ダニーも、弓のクリスも同郷らしいな」

「はい、同じ村の出身です」

「そこに甘えがあるのかな。

 三人でいればなんとかなるだろうって安易な考えがあるみたいだ」

「あの子たちは先輩冒険者と同じように飲んで遊んでます。

 そして冬になればダンジョンに潜るから心配ないと」

「そのダンジョンのある都市まちまでどのくらい遠いと思ってるんだ?

 一モルグもない状態で長旅をしてダンジョンのある所まで行く積りなのかってことだ」

「確かメアリーが担当でしたわね」

「だが、メアリーは諦めているようだ。

 いくら忠告しても耳に入って行かないらしい」

「もったいないですね」

「まあ、実際にしんどい目にあってから分かってもらうしかないだろうな、こればっかりは」

「その前に命を落としたらどうするんですか?」

「それはないだろう。仮にもちょっと辛抱すれば来年につなげることができるから」

「その前にダンジョン都市に向かって行ったら?」

「あいつらがミッキーのように先の見通しができる者ならそうするだろうな。

 暖かいうちに狩りをしながら移動して向こうに着けば冬の前なら基盤ができる。

 だがそれをやられると冒険者がここから流出してしまう。

 だから適当に馬鹿な方がここに残る確率が高いって訳だ。

 どうしようもなくなったら救いの手を差し伸べて恩を売れば良い」

「男の子はそれでも良いかもしれませんが、クリスはどうします?

 以前いたダイアナは同じパーティの男の子に売られて先輩冒険者に喰われてしまったじゃないですか?

 その後、宿で自死してたでしょう?」

「だからそうなる前に目を光らせて」

「私、メアリーと相談して、クリスを一時ミッキーのそばにつけようかと思っています」

「ということは?」

「彼の真面目さと堅実さを学ばせるのです」

「それは分かるが、その為にあの二人からまず引き離す策を考えないとな。当てはあるのか?」

「彼女は潔癖ですから、ちょっと先輩冒険者に頼めば」

「おいおい、策士策に溺れるとならない方が良いぞ」

 そんな会話がされているとは、ミッキーはもちろん闇の殺戮者のメンバーも預かり知らぬことだった。

 

続きます。

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