解体師デビュー
場末の暗い酒場でギルド職員のナンシーと向かい合って座っているのはC級冒険者のエディという無精ひげの男。
ナンシーは私服の為、他の客が見てもギルド職員だとはすぐには気づかれないだろう。
エディは熱っぽい目をナンシーに注いでいるが、彼女は実に冷淡な表情で話している。
「それじゃあ、ナンシーさんよぉ。
おれがあのアルとダニーの坊主どもを男にしてやれば良いのですかい?
しかもその資金まで出してくれると?」
「そうよ、間違ってもクリスには手を出さないでね」
「そりゃナンシーさん、あれは全くの誤解ですぜ。
ありゃ本人も納得の上での出来事で、無理やりはしてないんですよ」
「それじゃあ、本人が納得しても手を出すのはやめてもらおうかな?
これなら話が通じるでしょう?」
「つまり二人の坊主からは言質を貰っておいて、クリスにそのことが分かるようにすれば良いってことですかい?
なんでそんな回りくどいことをするんですかい?」
「アルとダニー、そしてクリスが冒険者としてこれからもやって行けるようにするためよ」
「わかりやしたよ、で?
俺はナンシーさんとこれから」
「勘違いしないでね。あなたとこれからという言葉はないわ」
「あーあー、本当に俺の気持ちを知りながら残酷な話ですぜ、全く」
この密談が行われて間もなく、エディはアルとダニーを娼館に誘って盛大に遊ばせた後、クリスと食事する機会を作ってくれと約束をとりつけた。
それから間もなくクリスは闇の殺戮者を脱退し、メアリーに連れられてギルドの解体場にやって来た。
「メアリーさん、どうしてここに?」
「あなたたちが馬鹿にしていたミッキーさんもここにいるけど、自分の目で確かめると良いわ」
「えっ、どういうこと?」
「彼はね、臆病者でもなんでもないのよ。
村にいたときは狩人と一緒に狩りをしていたし、薬草採取もしていた。
さらに元冒険者について魔獣も討伐していたという実績を持ってるの。
ギルド長も言ってた。相当の凄腕に違いないって。
でもどうして雑役ばかりしていると思う?
弱虫ではないよね。それならどうして?」
「どうしてですか?」
「それを自分の目で確かめると良いわ。
ギルドとしてはあなたには一度闇の殺戮者のパーティから離れて自分を磨いて欲しいと思ったの」
「一度離れて? もう二度とあそこには戻りません。
娼館に連れていってもらった見返りに私をおっさんに渡そうとしたんですよ」
「でも結局何もなかったじゃない。
エディもあなたに食事をごちそうしてくれて、その後ちょっと誘ったけれど、あなたが断ったのでしょう?」
「なにかあってたまりますかっ。私もう村に帰ろうかな?」
「帰ってどうするの?
アルと一緒になる積りでついて来たんでしょう?
まあ、少しミッキーさんと一緒に仕事しながら頭を冷やしたら?」
「分かりました。
メアリーさんがそういうなら、やるだけやってみます。
汚れ仕事は好きじゃないですけど」
「まあ、そういう所から直した方がよさそうね。
まだあなたは、アルやダニーもそうだけれど、冒険者としての心構えができていないのよ。
まあ、がんばってみて」
「……はい」
おらはあの日ナンシーさんの家の離れに行ったら荷物がもう運んであって、その晩ナンシーさんと妹のネルさんと三人で水鴨亭に行って夕食を食べたんだ。
看板娘のスージーさんには突然引っ越して宿を出ることになって申し訳ないと言ったら、笑顔で首を横に振って気にしなくても良いって言ってくれた。
食堂にはこれからも来て欲しいし、弁当も作ってくれるから契約して欲しいって言ったから、お弁当の契約だけして一か月分払って来た。
その後帰りがけにスージーさんがナンシーさんを呼び止めてなにやら真剣な話をしていたようだが、妹のネルさんがおらを店の外にぐいぐい引っ張ったので、話の内容は聞き取れなかった。
気のせいかスージーさんの顔は怒っているようにも見えた。
でも笑顔は崩してなかったからきっと気のせいだと思う。
それからおらは解体部に行って通う日のシフトを決めてもらった。
「坊主、その若さで解体部の手伝いとは見上げたもんだ。
だが舐めちゃいけねえぞ。
まず食後に来るのはやめた方が良い。
食べた物を全部ここで吐き出してしまうからな。
一日目はここにある解体刀を研ぎながら、ずっと見学してみることだ。
最後までいれたら合格だ。
もちろん解体刀はしっかり研いでもらうがな」
解体刀というのは片刃の大中小の刀で、ナイフのような小さいものから刃渡り一メートルのような長いものまであった。
それがすぐに脂で切れなくなるので何度も研がなければならない。
大物を解すときは刃こぼれがおきたりする。
ギルドの裏にある解体場は外気にさらすようにしてあるが、匂いが籠って慣れていない者は嘔吐してしまう。
血や汚物の匂いには慣れが必要で、幸いおらは幼い時から経験していたから合格した。
それより、研ぎの方が大変だった。
大物を研ぐのは経験なかったし、見学しながら研ぐのは難しかった。
「呆れた坊主だ。平気な顔をして研ぎながら解体の仕方を盗み見てやがる」
「これはひょっとすると俺たちの後継者ができたんじゃねえか?」
「ナンシーが言ってたぜ、気に入っても引き抜きはなしだってよ」
「そりゃあ、生殺しってもんだ。がはははは」
おらは解体師さんたちが何を言ってるかわからなかったが、一日見学するって話しが途中で予定が変わって驚いた。
「ほら防水エプロンを着て、少しやって見な。
手を切るんじゃねえぞ」
「はい、かわはぎですか、それとも切り分けですか?」
「ほう……お前やったことあるな。
じゃあ、最後までやってみろ。
分からねえことはその都度聞け」
おらが始めると、他の解体師さんたちは手を止めて周りに群がって来た。
「おいおい、うめえもんじゃねえか」
「無駄な肉を残さねえ」
「綺麗なもんだ。これなら肉を沢山とれるぞ。こいつは何者だ?」
「おい、今の手つきどうやった?
もう一度やってみろ」
「あのう……獣はイノシシとか鹿とかやったことがあるんですが、魔獣は初めてで……ここはなんですか?」
「そこは魔石の入っているところだ。どら見てろ。やり方を教える。
こうやって小さい解体刀でな少しずつ……」
骨から肉を外すのにおらはジャイアントスパイダーの糸を取り出した。
当然みんなやってると思って糸を骨に巻き付けて擦るように骨から肉を剥がした。
すると大騒ぎになった。
「おい、坊主。お前、今何をやった?
どうしてそんなに綺麗に肉を骨から剥がせるんだ?」
「手に持っているそれはなんだ?」
「ジャイアントスパイダーの金剛糸です。
村ではこれを使って骨から肉を外してました」
「おい、ジャイアントスパイダーの金剛糸が資材部にあったな。
持って来い。
これは画期的な方法だぞ」
なんでもおらのやり方でやると、肉が何パーセントも多く取れるそうだ。
しかも時間短縮になるとか。
そうやって数日後にはおらは解体師さんたちのなかでも花形解体師みたいな地位になりあがっていた。
「おい、ミッキー君よ、これ頼むぜ。お前は手早いから任せられる」
「お前がナンバーワンだよ。だからこれも頼む」
なんだかおだてられて使われている気がするけど、悪い気がしない。
おらは自分で言うのは何だが、人が良いのだと思う。
そんな時にメアリーさんというギルド嬢の人が闇の殺戮者のメンバーだったクリスさんを連れて来た。
「ミッキーさん、この子にしばらく解体の仕事教えてやってくれない?」
「えっ?」
続きます。




