ヴィンセントとデート【4】
肩が震えて、嗚咽が止まらない。
アンジュが肩を抱き締めてくれる。
それでも、感情が高ぶって涙は止まらなかった。
……水守くんが死んでいる。
わたしの初恋の人は、わたしの事故の後に飛行機事故で“本当に”死んでしまった。
目の前にいる『ヴィンセント』として、生まれ変わって……。
彼がどうしてこの世界にいるのかは分からない。
でも、多分『ティターニアの悪戯』は無関係ではないだろう。
……水守くん、わたしの……。
「…………ヴィンセント」
「は! はい!」
なぜか立ち上がるヴィンセント。
アンジュから借りたハンカチで顔から出たものをとりあえず拭う。
そして「間違ってたらごめんなさい……」と前置きして、ヴィンセントを真正面から見た。
……面影はないのに、空気が、そういえばとてもよく似ている。
いや、似ているというよりもーーー。
「……水守くん、ですか? 水守鈴城くん……?」
「!」
「あの、わたし……!」
「ど、どうして俺の名前を……」
「っ!」
ぶわりと、また瞳に涙が溢れる。
合っていた。
やっぱり……ヴィンセントは……!
「あの!」
「す、好き……」
「え?」
「…………ず、ずっと、す、好きでした……」
「………………」
立ち上がりたいけど、足に力が入らない。
だから精一杯、わたしの、全部を込めた。
伝われ。
今度こそ伝わって……!
わたしは!
「……俺、ですか?」
「そうです! 貴方のこと! ……ずっと、好きだったの! ……水守くんの事も、ヴィンセントの事も……好き、だったのに! なんで、こんな……ひどいよ……水守くんが、ヴィンセントになって、こんな……うっ!」
「…………」
水守くん、わたしずっと貴方が好きでした。
貴方の事を。
貴方の事も。
ずっとずっと。
ずっと…………。
「あ、あの……」
狼狽えた声。
涙が頬を伝う。
答えは分かっていた。
「申し訳ございません」
深々とお辞儀をして、わたしがずっと欲しかった答え。
通じる事もなく、ただ流され続けたわたしの『心』。
それに対する……『答え』が、初めて返ってきた。
それがたまらなく嬉しくて、そして思った通りの答えに安堵した。
悲しい気持ちももちろんだけど、なにより……本来なら二度と会う事の叶わなかった貴方から、決して伝える事の出来なくなっていたわたしの未練が……今……。
「…………。ありがとう」
「え!」
心が……晴れていく。
驚いたような貴方に、わたしは、笑顔をちゃんと返せているかしら?
これはわたしの想いでもあるけれど、ヘンリの想いでもあるのよ。
良かった。
良かったね、ヘンリ。
胸が熱い。
貴女も同じ気持ち?
そうだね、良かったね……。
「……ううん、初めて『答え』を貰えたから……。それに、断られるのは最初から分かっていたの。えへへ、だってもうずっと……ノーリアクションだったものね……そんな風にも見て貰えていないし、その気もないんだろうなぁって分かってた…」
「……、……。……ヘンリエッタ様……」
「…………だからありがとう……やっとスッキリした。…………。っ……」
「……申し訳ありません……」
それでも、顔を見ていられなくて顔を背けて俯いた。
そんなわたしの肩にアンジュがブランケットをかけてくれる。
……すごい、あったかいな……。
こんなに体が冷えてたのか。
「……………………」
どのくらい泣きじゃくっていたのだろう。
ハンカチがぐしゃぐしゃになる頃、アンジュが新しいのをくれるので何枚目かも分からない。
それでもあらかた泣いて、少し落ち着いてきた。
ショックだった。
振られる覚悟なんてとっくに出来てるつもりだったのに。
現実は予想の斜め上。
ヘンリだけではない。
わたし……佐藤笑美の初恋までも、完全に終わらせてくれたのだ。
それは多分、いい事のはず。
でも、それでもショックだし悲しいのは仕方ない。
ーー彼が死んでいたなんて……。
もしわたしが自分の世界に戻って、あの事故の瞬間まで巻き戻ったとしても水守くんはもうーーー。
助けられないんだ。
ぐっ、と拳を握り締める。
こんな事なら同窓会の時に思い切って告白していれば良かった。
彼の鈍さでは、それでも通じなかったかもしれないけど!
でも、ヘンリと、そしてヴィンセントになった水守くん……こんな形での告白ではなく、佐藤笑美として、水守鈴城くんに、告白したかったなぁ。
「…………?」
ぐすん、とハンカチで涙を拭う。
そろそろ目元も痛くなってきたし、またハンカチがびしゃびしゃになってきた。
辺りもすっかり暗い。
それでもまた差し出されるハンカチを受け取り、アンジュにお礼をーーー。
「あり、……⁉︎」
「? なんです」
「ケケケケケケリー⁉︎ な、な、な、な⁉︎ なんで⁉︎」
「え? 今気付いたんですか?」
なんでケリーがわたしの隣にいるのおおおおぉ〜〜〜〜⁉︎
ここは⁉︎ ガゼボの中の椅子。
ケリーがいるのはガゼボの手すり。
腰掛けるように手すりに寄りかかり、わたしにハンカチを差し出していた。
いや、でも! そうじゃなくて! なんでケリーがここにいるの⁉︎ いつから⁉︎
「同級生の方のお茶会に招待された、その帰りですよ。ここの公園は馬車乗り場への近道なんです」
「え? えーと?」
「ルークですか? あいつはダモンズ様にとっ捕まりましてね」
普通、馬車の手配は従者がやるもの。
しかしケリーの従者のルークたそはハミュたんに捕まったのか。
なにそれ、かわいい。
じゃなくて……!
「どうぞ」
「……あ、ありがとう……」
改めて差し出されるハンカチ。
とてもシンプルな白い絹。
まだ涙が溢れたので、ありがたく借受ける。
いや、もうこれ返せないけど。
新しいの買ってお返ししないとね……。
「…………」
「…………」
あとは沈黙。
肌寒さはアンジュがかけてくれたショールのおかげで和らいでいた。
ケリーはなんにも言わずに側にいる。
多分、アンジュも近くに居ると思う。
不思議と穏やかな時間が流れているように感じるようになった。
電気はないのに、今日は月も星も明るいから暗闇とは程遠い。
ガゼボに用意されたランプはアンジュかな?
ケリーのハンカチ、ラベンダーの香りがする。
ポプリかなにかかしら?
ローナは花が好きだし、ハーブにも詳しかったものね。
…………落ち着く。
「ありがとうございます」
「落ち着かれましたか?」
「はい、だいぶ」
目元は痛いけどね。
これは明日休んだほうがいいかしら?
いやいや、勉強が遅れちゃうわ。
「わっ」
「冷やさないと腫れますよ」
「…………」
いつの間に用意していたのか。
濡れた布を目元に当ててくれるケリー。
その布を受け取って、自分で目元を冷やす。
なによ、優しい……いや、ケリーは、優しいのよね。知ってる。
ゲームの中のケリーはやんちゃだし意地悪だけど、泣いてるみこたそを見付けると何も言わずに寄り添って、泣き止むまで側に居てくれるのよ。
今のわたしみたいに、側にいてもらえるだけで安心する。
「お送りしますか?」
「…………、……いえ、大丈夫です。ありがとうございます。ハンカチ、後日お返ししますわね」
「それこそお気になさらず。……けしかけたのは俺ですからね」
ああ、ヴィンセントとデートのセッティングというか、謀ったのはケリーだったものね〜。
そうか、罪悪感を感じてたのか〜。
なんだかんだまだ十五歳の男の子だものね。
……ちょっとだけ可愛い。
「……そんな……とんでもないわ。おかげでいい思い出が出来ました。ありがとうございます、ケリー様」
「いい思い出?」
「ええ。振られるのは分かっていましたもの。最後にデート出来たんです。わたしは運がいいですわ」
「……そう、ですか……」
ええ、これで前を向ける。
そうよ、もしも車に突っ込まれて『ティターニア』に来れてなかったら、わたしは水守くんの死をニュースか何かで知って、それはもう嘆いていた事だろう。
分からせるまで告白し続ければ良かった、って。
わたしの気持ちを伝えられた。
答えも聞けた。
それも、彼が転生した後ではあるけど……。
とんでもない奇跡じゃない、これ。
「…………」
もしかしたらわたしがアミューリアに選ばれて、ヘンリに入ったのは、惹かれ合ったからかもしれない。
同じ人を好きになったから……。
今夜はヘンリと目一杯一緒に泣こう。
夢の中まで泣くなんて、ちょっと泣きすぎかもしれないけど……今夜くらいはいいわよね……。








