ヴィンセントとデート【3】
「と、いう感じでうちのケリー様は優秀な上に大変な努力家でもあるのですよ」
「ふ、ふふふふ! そ、そうなんですね!」
たっぷり小一時間。
時々アンジュの淹れるお茶を飲みながら、ヴィンセントはこれでもかという程に語り尽くした。
いやぁ、思った以上に至福のひとときだったわ……!
「ヴィンセントとケリー様は本っ当に仲がよろしいのね!」
「…………」
「ケリー様の事をお話ししているヴィンセント、とてもキラキラしていて……ケリー様が大好きなんだなって伝わって参りますわ! うふふふふ、うふふふふっ!」
「…………、え、えーと……」
ごまかすようにお茶を飲むヴィンセント。
居心地悪げに目線を泳がせている。
あれだけ語ったあとで「そんな事はない」なんて言えないものね〜。
「…………」
「?」
さて、と……次はわたしの番か。
覚悟を決めるのよ。
十分過ぎる程、幸せな時間はもらったのだから……。
さあ、終わりにしましょう。
大丈夫、わたしには貴女が付いていてくれるものね……ヘンリ……。
「あの、あの……違ってたら、ごめんなさい……」
「え?」
「……ヴィンセントも……もしかして貴方も『ティターニアの悪戯』に遭ったの……?」
「っ」
表情が、強張った……!
ヴィンセント、やっぱりわたしと同じ……⁉︎
「さ、さあ? どうなのでしょうか? …………。……自分ではよく分かりません……」
「そ…………、……そうよね。ねぶた祭り、ってさっき言いかけた様に聞こえたので、もしかしてと思ったのだけれど……」
「え?」
「え、えーとね、ほ、本当の事を言うとわたしの『ティターニアの悪戯』は夢にアミューリア様が出てくるだけではないの! ……別な世界の人間の魂が宿ってるというか……」
「……え……?」
「……、……貴方は、違うの?」
「…………」
ここまできたら全部話してしまうつもりで!
全てさらけ出して、真実を確かめたい!
わたし、というかヘンリは貴方にはきっと恋愛対象として見てもらってない。
そんなの、今までの貴方を見ていれば嫌でもわかってしまう。
それでもわたしたちは前に進まなければならない。
貴方へのこの想いを、今日こそ断ち切る。
でも、でも……ヴィンセントがわたしと『同じ』なら?
想いは切れても、同郷のよしみで友人として接していく事はできないものかしら……?
これで終わりにしたくない。
貴方と、わたしは……少しでもいいから……側にーーー。
「…………。多分、違いますね」
「! ……そ、そう……ごめんなさーーー」
「俺は斑点熱に罹った時に『思い出した』んです。前世はこの世界の人間ではないと」
「…………え?」
斑点熱?
十年くらい前だかに、流行ったとかいう?
ヘンリの記憶を辿るけど、いまいち覚えている感じではないわね?
「俺は死んだ時の事を覚えてるんです」
……………………え?
「し、んだ?」
「はい。飛行機の事故で」
「………………」
「分かりますか? ……飛行機」
「…………」
コクン、と……なんとか頷く事は出来た。
けど、けど……まさか……!
ーーーー死んでいる……?
「そうですか……」
「…………ごめんなさい……短慮でした……」
「いえ。……お会い出来て光栄ですよ」
そう、微笑むヴィンセント。
これまでに見た事のないような優しい笑み。
きっと、わたしと貴方は同じ場所から来たのね……。
その笑みは、同郷と知ったから……。
「いつからですか?」
一瞬質問の意味が分からなかった。
でも、多分記憶が……前世と呼ぶべきわたしたちの世界の記憶が現れた時を指している。
「……あ〜……例の南校舎で倒れた時なの。あれから一週間学園をお休みしたでしょう? ……あの時に色々ね……思い出したというか、なんというか……」
「そうだったんですか。もしかしてその影響で、なんというか、以前より性格がマイルドになられたというか……」
「え、ええ、そうね。でもみんなには内緒にしていてくださいませんか? さすがに信じてもらえないと思うの。変人扱いされて家に迷惑を掛けてしまうわ」
「ええ、それはもちろん」
アンジュにはあっさり見破られてしまったし、ヘンリパパママにはもう話したけれどそれでもね。
この世界とは別な世界の記憶がある。
なんて、さすがに『記憶継承』があってもおかしな事だものね。
「前世の記憶は……大分薄れていたので、とても不思議な感じです」
「そうなの?」
「ええ。前世で……東京の大学に行って、一人暮らしをして、外資系企業に入社して……そんな生活をしていた事が自分の妄想なんじゃないかと思えていたくらいです。こんな話、誰にも出来ませんでしたからね」
「あ……、……そうよね……。…………。……その、聞いても大丈夫? えっと、前世の事……」
「もちろん。というより、話せば思い出せるかもしれませんし……」
「そんなに忘れているの?」
「そりゃあ、思い出したのは八年……九年近く前ですからね」
「どんな事は覚えているの?」
「ええと、前世では兄と妹がいて、両親は山形でさくらんぼ農家をしていましたね。まあ、兼業農家でしたけど。佐藤錦ってご存知ですか? さくらんぼの品種なんですが……」
目を細めて話し始めたヴィンセント。
それは、彼が『ヴィンセント』になる前のーー前世の記憶。
わたしも車に家の壁ごと押し潰されて、体は半死状態のはず。
このまま死ぬか、戻れるかはわたしとヘンリの頑張り次第。
でもヴィンセントは……『彼』はもう……。
でも飛行機事故なんて、随分凄惨な死に方をしたのね。
山形出身で両親と兄と妹……うん、なんたがどこかで聞いたような家族構成。
それに農家。
東京の大学に通って一人暮らしして、外資系企業に就職。
すごいわエリートじゃない!
まるで水守く…………。
「…………懐かしいですねぇ」
「……………………」
ーーーそんな馬鹿な。
「す! すみません、俺ばかり……」
「い、いつ……」
「え?」
「……ひ、飛行機の、事故って……」
「……? ……えーと……夏、でしたね? 確か……会社の夏休み中に、海外旅行に一人で行って……妹が行方不明になったと報せを受けて慌てて帰る日を早めたんですよ。……それが運悪く……山の中に堕ちたんです」
「何月⁉︎」
「え?」
「な、何月に……!」
「……。…………」
立ち上がり、詰め寄ったわたしに驚いたような表情。
そして、困惑する瞳。
でも、わたしはそれどころじゃない。
だっておかしいじゃない!
わたしがこの世界に来て二ヶ月。
ヴィンセントが記憶を取り戻したのは八、九年前?
そんなわけない、そんなわけ……!
ーー水守くんのわけが、ない!
「確か、七月……くらいでしたね」
「しち、がつ……」
椅子に力なく座る。
愕然とした。
わたしが同窓会で最後に水守くんに会ったのは五月の末。
六月に『覚醒楽園エルドラ』が発売してそれから二ヶ月後にわたしはこの世界に来た……。
そういえば七月にどこかの国の山に飛行機が落ちたとかニュースでやっていたわ。
でも、すぐに芸能人の不倫騒動や政治家の金銭問題が週刊誌に取り上げられて、飛行機事故のニュースはかき消された。
日本人が乗っていた、というのは調査中、とかで……まさかでしょう?
その飛行機に、水守くんが、乗ってた?
ゴールデンウィークからみんなが東京に帰ってくるのを狙い、開かれた大学時代の同窓会。
告白には至らなかったけど、そういえば早めに休暇を取って海外に行くと言っていた。
まさか、あれが?
でも、じゃあそうなると……『わたしの世界』での水守くんは、もう……。
「…………そんな……そんな事って……」
「? ヘンリエッタ様?」
「‼︎」
ヘンリエッタ。
そうだ、わたしはヘンリエッタ・リエラフィース……。
ヘンリの……。
「ヘンリエッタ様、あの」
「…………。……っ」
「!」
でもごめん。
ごめんね、ヘンリ。
ごめん。
溢れてくる。
この涙は絶対貴女のものじゃない。
わたしの感情だ。
歯の奥がカタカタ鳴る。
誰か、これは夢だと言ってよ……。
「お嬢……?」
「…………、……ご、ごめ……っ、ちょっと……」
「す、すみません……」
「違うんです! 違うの……貴方は悪くないんです、そうでは、なくて……」
ヴィンセント……水守くん、貴方は悪くない。
謝る必要ない。
これはわたしが勝手に溜め込んできたものなの。
貴方はずっと気付かなかったけど、わたしは、わたしはーーー。








