第三章 狐
第三章 狐
託二は信藤の屋敷に呼ばれて、その一室で兄と対面していた。兄弟は形式ばった挨拶もそこそこに早速本題に入った。依頼を書いた紙が渡されて、
「それでは託二、任せたぞ。お前のことだから心配はしていないが、祝いも控えている、気を付けてくれよ」
託二の兄、元は穏やかな視線を向ける。託二は、彼にしては珍しくあどけなさを残す満面の笑みを返した。
「おお、ありがとなお兄」
「しかし祝いとは、もうそんな時期か、誓いも昨日のことのように感じるな。お前が十のときだから十年前か…。
いや、年寄り臭い話になってしまったな。お前はどうだ?まあ、若いし、時間は長く、待ち遠しかったか?」
そう言われて、託二が考えまいとしてきたことが託二の脳裏をよぎって、愛想笑いを浮かべようとして失敗したかのようなあいまいな表情を浮かべて沈黙した。
「まあ、お前たちは常から夫婦のように仲睦まじいからな、私たちのように幸せになれるだろうなぁ」
元は、そんな託二の様子には気が付かなかったようで、頬を緩めると大きく笑った。少し居心地が悪くなった託二は、話を変えることにして、
「まま、俺のことよりもお兄の話を聞かせてくれよ。坊ちゃんの話とかさ」
その言葉を受けて、子煩悩な元は自分の息子の話を始めた。その後は和やかな様子で、兄弟の話は長く続いた。
紙に視線向けて何事か考えていた託二は、そばに控えている多津美に視線を向けた。
「多津美さん。依頼の話なんですが」
「はい!何でしょうか」
託二は紙を指で示して、
「どうも大物か数が多いかみたいで、ついてきてもらえませんか」
「はい!任せてください!」
笑顔でこぶしを握り締める熱意にあふれる多津美の姿に、託二は頷いた。
「それでは行きましょうか」
街の外れにある屋敷、それも何年も放っておかれていたため草は伸び壁や柱は汚れ、化け物が住処とするにはまさにおあつらえ向きの、いやこれは偏見かもしれないが。そんな屋敷に、質の悪い化け物が住み着いているらしい。旅人が被害にあい、確認に入った警察も化かされたようだ。火にまかれただの、屋敷の中が吹雪いていただのどうにも証言に一貫性がないのが多少気がかりではある。まあ、悩んでいてもしょうがないと託二は多津美を促して屋敷の中に入っていった。
「こりゃあ……凄い」
外見とは打って変わって、屋敷の中は煌びやかな装飾で、明らかに化かされている。そう意識した託二の視界はノイズとともに、たちどころに書き換えられて、朽ち始めたころ合いの真実の姿を明らかとした。
金色の床と天井に白い壁戸、子供の戯言を実現したかのような悪趣味な幻と朽ち果てカビがはびこる廃墟を書き換えて、数秒ごとにノイズが走る。視界の書き換えにめまいを起こしそうな中、託二はそれを顔には出さず屋敷を早足で進む。金張りの廊下、しかしその実は穴が開いたぼろ板の廊下を歩いて、託二はわざと見えている穴に足を取られた。悪態などをついて、不思議そうに首をかしげてから歩みを再開する。突き当たりの大部屋についた、それも幻で実際は六畳ほどの床の間なのだが、そこに狐が居座りこちらに視線を向けてくる。幻の光景ではありえない位置、壁の中に陣取っており、この異常の原因ではないかと疑いがわく。託二は多津美の耳に口を寄せると、そっと囁いた。
「多津美さん。私の正面、3m先にお願いします」
多津美は、かすかに頷いて、狐の前まで進むと右肩に引っ掛けている外套を取り、普段は隠している右腕を露わにした。漆黒の、筆で一画引いたかのような歪な腕を見て、狐は何かをしようとしたのか、幻の光景が形を変えるかに見えたが、あまりに遅すぎて。狐は多津美が腕を振り下ろした一撃にあっけなく飲まれた。一瞬で黒焦げになった狐を起点にして、赤黒い炎が広がっていく、それは幻の光景すらも焼き尽くしていった。炎は、多津美や託二には害をおよぼさずに燃え尽きて、二人は荒れ果てた屋敷、そのはずれにある床の間に立っていた。
依頼が終わったので自宅に戻る途中に、託二は多津美を誘って高級な商店が並ぶ一角に来ていた。
「先生。私はこのあたりには疎いのですが、何をお探しですか?」
「日々使いの品が欲しくてね、………この店だ」
託二は、扉の前の鈴を鳴らした。すぐに店の者が扉を開いて迎え入れる。店の中に入ると、まず色鮮やかな着物が並んでいるのが目について、その隣、机の上には帯や手提げ、櫛や髪留めといった各種小物が並んでいた。どうやらここは服飾屋であるらしい。託二は多津美に囁いた。
「着飾るために入用でしょう。気に入ったものを教えてください。
個人的な贈り物です。もちろん着物でも大丈夫ですよ」
「えっ、贈り物?私にですか?」
物珍しそうに店内を眺めていた多津美は、託二の言葉に慌てて、左手で自分の方を指さした。託二は頷いた。
「はい、遠慮はいらないんで、なんでも選んでください」
多津美は困ったような、それでもうれしさがにじみ出る笑みを浮かべて、
「いえいえいえ、私は欲しい物なんて、あっ、でも先生からの贈り物ならなんでもうれしいです。な、なので、先生がいっぱい悩んで決めてください」
そう言って多津美は駆け足で店を出て行ってしまった。その選ぶのが大変だから本人に来てもらったのにと、託二は肩を落とすして、とりあえず小物を見て回ることにした。
結局何件か回って、いくつか包んでもらった託二は、袋を抱えての道中にふと以前の似た記憶を思い出した。形式ばった贈り物の類は既に品が決められているから、愛しの君への贈り物を初めて選んだときはひどく緊張したものである。その時の選択では結局失敗してしまって、渡すことができなかった。今回もかなり時間をかけてしまったし、贈り物を考えることは向いてないなどと考えながら帰路についた。
託二が自室につくと平吉が待っていて、託二が抱えている荷物を見て目を丸くした。
「託二。暇だったよ。…それは何?食べ物?」
平吉は、託二が抱える荷物を指さして首を傾げた。
「いや、これはですね。おお、そうだ、忘れないうちに渡しておきましょうか」
託二は包みの一つ、一番大きなものを平吉に差し出した。平吉は受け取ったが、どうすればいいかわからないようで、
「ああ、開けてみてください。贈り物です」
平吉は、恐る恐るといった手つきで包みを破って、中からは濃紺に黒い格子の模様が描かれた半纏が出てきた。
「えっ、託二。これくれるんだよね。ありがとう」
「ええ、貴重な羊の毛を使ったものだそうで。子供は風の子って言いますが、幾分かしたら寒くなりそうなんで、そのときは着てみてください」
早速半纏を着ていた平吉は、聞きなれない言葉だったのか、ひつじ?と問いかけた。
「獣ですよ。獣。珍妙なことに体から糸が生えてくるんだと。いや、世界は広い。想像できないものに満ちてますね」
「ふ〜ん。まあ羊はいいや。ありがとう託二。すぐにお礼を持ってくるからね」
そう言って窓から飛び出していった平吉は、結構な時間を経てから戻ってきた。お礼にと化け物の死骸をいくつも差し出してきたので、託二は感謝のみが顔に出るように、大変気を使いながら礼を言う他なかった。
夕時に訪ねてきた多津美に託二は包みを差し出した。流水に桜舞う包み紙を青いリボンが美しくまとめている。包みを受け取った多津美は破顔一笑した。
「ありがとうございます!ずっと大切にしますね!」
「え、ええ、大切に使ってもらえたら、送ったかいがあるってもんです」
多津美は、運んできた夕食を机に置くと、受け取った包みを大切に抱えて退室していった。
余談であるが、託二の贈り物は、多津美に封を開けることも惜しまれて、そのままの姿で、大切に保管されている。




