貴方の隣で
貴方の隣で
014
彼女が待ち望んだその時は、夏が枯れて秋も通り過ぎそうになった冷めた昼下がり、ようやく訪れた。
境内で迎えてくれた誠さんはさほど驚きもしなかった。「久しぶり」「うん、久しぶり」それだけの言葉だったけれど、きっとそれ以上の重みがそこにはあった。
二人並んで兄の墓石の前に立った。それが僕たちの選択だった。
遠目に兄の墓の前で俯く佳奈さんが見えて、それでも駆け寄ろうとは思わなかった。
もう、駆け寄る必要なんてなかった。
あの二人の間には、僕は入れない。ようやく兄の前に立てた彼女を、ただ遠くから眺めていた。
墓石の前で俯いたまま、それでもその場を離れようとはしない。口が裂けても言葉にはできないけれど、死してなお佳奈さんにここまで愛されている兄が、僕は羨ましいと思った。
静かに俯く彼女をただただ眺めていた。
三年分を吐き出すのだから、きっとゆっくりでよかった。
「お待たせ」
目元を赤く腫らして、それでももう切り替えたと顔を不器用に作って、彼女は僕の隣へ戻った。肩が触れ合った。僕と彼女を隔てる枚数が、季節が変わったことを思い出させる。
「もう、いいんですか」
「うん。今日はもう大丈夫。そのうち、また来るから」
僕が彼女にどんな顔を向けたのかは分からない。それでも、彼女がクスリと笑ったのだから、きっと間抜け面に違いなかった。
「妬いた?」
「勿論」
「正直者」
頬をつつかれる。冷えた指先が、ちゃんとここに彼女が居ると教えてくれた。
「秋ってさ、私嫌いだったんだよね」
見上げた空に何かを見ているようだった。横顔に浮かぶ火傷痕は、もう柔らかかった。
「昔、この季節に友達を亡くしたから。そいつを思い出すこの季節が、ずっと嫌いだった」
その人を、僕は名前しか知らない。佳奈さんがどんな顔でその人と笑っていたのかも、どんなふうに嫌われていたのかも知らない。
それでも、きっとその人は彼女の中で生きていた。
「今度、そいつの墓にも行ってやらないとね」
「きっと、喜びますよ」
「どうだろ、私嫌われてたからな」
どこか可笑しそうに笑う。
嫌われた理由は聞かなかった。僕の知らない彼女がいて、僕の知らない誰かとの時間がそこにある。それはきっと、兄との時間だって同じだった。
知らないままでいいこともあるのだと思う。
冷たい風が墓地を抜けた。木々の枝が揺れて、乾いた葉が一枚、僕たちの前を転がっていく。佳奈さんはそれを目で追いながら、寒そうに肩を竦めた。
「さっき、秋は嫌いだったって言いましたよね」
「うん」
「今はどうですか」
佳奈さんは少しだけ考えるように空を見上げる。
「どうだろ」
答えの代わりに、ベンチの上に置いていた僕の手に指先が触れた。探るように指と指が重なって、やがて隙間を埋めるように握られる。
冷たかった。佳奈さんは満足そうに繋いだ手を眺めていて、目が離せなかった。
「でも」
指先に、少しだけ力が籠もる。
「いつもより温ったかいから、今はそんなに嫌いじゃないかも」
何が、なんて野暮だった。
秋なのか。この場所なのか。それとも、僕の隣なのか。きっと、答えはどれでもよかった。
佳奈さんがベンチから立ち上がる。繋がれたままの手が引かれて、僕も少し遅れて腰を上げた。
「帰ろ」
「はい」
隣に並ぶ。
握った手は、まだ冷たいままだった。
それでも彼女は離そうとはしなかった。
僕も、離さなかった。
そうやって二人で、歩き始めた。
(了)




