6.権力争い-3
ケリーは自分が担当している工場の工場長から、内密に話があると呼び出されていた。
材料の手配や設備不良などで問題があれば、担当者に連絡した上で対処するのが社内のルール。
いつもより深刻そうだなと思いつつ駆けつけたところ、予想だにしない爆弾を投げ渡された。
「工員が!?ミックスバーを盗んで転売してる!?」
「ええ、お恥ずかしい話ですが...」
話を伝えた工場長も苦渋の表情を浮かべ、申し訳なさそうに肩を縮こまらせている。
「業務上の横領...。これは犯罪よ。間違いでは済まされないわよ」
私は慎重に事実を確かめようとするが、工場長の目から光が失われ、黒く淀んでいった。
「残念ながら...。直近の不良品率が明らかに高いのです。原因を調査しようとしたところ、廃棄前の不良品が消失していました」
検品で弾かれた不良品は一旦倉庫にしまわれる。
そして、それらに足は生えていない。
「意図的に不良品を作り、それを横流ししてるってことね。ああ、なんてこと...」
頭を抱えて嘆く私の声は、今にも消えそうなほど弱かった。
競争が激しくなっているというのに、よりによってこんな問題が発生するとは。
「工場の急拡大。それに伴い、質の悪い工員が紛れ込んでしまったようです」
「人手不足のせいで、工場の稼働率と頭数の確保を優先してしまった。そういうわけね」
私の言葉に工場長は申し訳なさそうに頷く。
以前問題解決のために足繁く通っていた工場では、工員の採用基準も厳しく、管理者も監視を怠っていなかった。
しかし、昔からある工場と新設の工場では勝手が違う。
「誤解の無いように言うけど、こればかりは運が悪かったと思うしかないわ。問題のある人材を全て弾くなんて無理よ。それよりも今後の対処を―――」
彼に全ての責任を負わせるのは間違いだ。
それに似たような問題は他の工場でも起きてもおかしくない。
そう思って話を進めようとしたが、工場長の顔色は悪いままだ。
「......まだ何かあるの?」
酷く嫌な予感がする。
工場長と目が合う。
彼の目は「勘弁してほしい」と雄弁に物語っていた。
「.........話を知った一部の工員が犯人を捕まえようと躍起になっています」
「......具体的には?」
「倉庫の張り込みや小売店への聞き込み。中には怪しい工員に嘘の横流しを提案する者まで」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「おとり捜査やってるの!?」
「勝手にやっているんです!私が話を聞きつけた時には手遅れでした!」
私の悲鳴混じりの声は、彼の悲壮感溢れる声に打ち消された。
「この話は明日重役に報告する予定です。ケリーさんには先に話を共有しておいた方がいいと思いまして」
「配慮してくれたのは嬉しいけど...」
彼なりの心遣いは良い関係を築き上げていたおかげだろう。
その結果、爆弾が放り込まれたとも言えるが。
(さて、どうしたものかしら。無関係ですと主張はできるけど、それだと現場を見捨てることになる)
下の問題は上の責任となるのが組織というものである。
本件で最も不幸なのは工場長だ。
私にできるとすれば、少しでも彼をフォローするくらい。
「......報告前に工員たちから話を聞ける?」
「それは...巻き込まれますよ?」
工場長は躊躇いがちにこちらを伺う。
私はため息をつき、毒を喰らわば皿までと覚悟を決めた。
「どうせ複数人での事実確認が必要になるわ。これ以上後手に回るのは避けたいの。愛社精神に溢れた工員を失うのも避けたいし」
私が工場長を見つめると、彼は「そういうことであれば...」と不承不承納得してくれた。
もちろん、これは本心であるが、打算でもある。
(誰かからの信頼を得るには、困っているところを助けるのが1番早い。いやらしい考えだけど...)
体を張って火中の栗を拾う姿は同情を引くし、評判も良くなる。
周囲からの「困った時には頼りになる」という評判は、何物にも代えがたいほどの価値があるのだ。
そして、私たちは呼び出した工員たちに話を聞き始めた。
「ミックスバーで悪事を働こうとする輩が許せなかったんです」
「そうです!ケリーさんが必死に考えた商品ですよ!それを何だと思ってやがるのか」
「犯人に目星はついてます。クズどもをふん縛ってやりますよ。任せてください!」
「次期社長のためならこれくらい朝飯前です!」
工員たちの説明を聞き、私と工場長は揃って頭を抱えた。
私は無関係だと思っていたが、預かり知らぬところで話の中心にいたようだ。
(その熱意を別の形に活かしてくれれば...。しかも、よりによって私のためって...)
彼らの正義感は素晴らしい。
でも、やり方は大問題だった。
(話を聞いておいてよかった...。何も知らないままだととんでもないことになってたわ)
直接指示したわけではないが、私のためにやりましたと言われては飛び火するに決まっていた。
隣に座る工場長の顔が酷く歪んでいる。
彼の配慮は最初から無駄だったわけで、その気持ちは察するに余りあった。
「えーと、話は分かったわ。でも、そういうのは止めてほしいの」
「何が不味いんですか?犯罪者を捕まえるんですよ?」
私の言葉に、工員の1人が納得できないと反論してきた。
そう主張する彼の気持ちもよく分かるだけに、私は言葉を慎重に選ぼうとする。
「それは社内ルールに反す―――あれ?」
「どうしました?」
発言の途中で首を傾げた私を見て、工場長が不思議そうにした。
「いや、その、今回抵触する社内ルールって、具体的に何かあったかしら?」
「それは...」
戸惑いながら口にした私の問いに、工場長は少し思案した後、ハッと表情を変えた。
「...具体的なものはありませんね。コンプライアンス的なルールは曖昧なものが多いので」
コンプライアンスとは社内ルールだけではなく、企業倫理や社会規範を踏襲することであり、具体的な定義が難しい。
それ故に、基本的には「悪いことはするな」という曖昧な線引しかできないことが多い。
(グレーゾーンってことでギリギリ許してもらえる?)
彼らの行為は社内ルールには違反しないが、「良いか?」と聞かれると「止めてくれ」という微妙さ。
これなら叱られはするが、解雇のような重い処罰は免れるかもしれない。
「重役に報告した場合、具体的にどんな指示が下ると思います?」
「間違いなく社内調査の指示が下るでしょう。不正の確証が得られれば警察への連絡。その後は横流し先の摘発です」
「つまり、警察への連絡、監視の強化、倉庫の張り込み、小売店の聞き込みといったところね」
私の意図を察したのか、工場長の目に輝きが戻ってきた。
(今やってることと変わらないわ...。流石におとり捜査は不味いけど、これなら先回りしたという形に整えられるかも)
要は独断専行で好き勝手やった工員たちを、「行動よりも報告を先にすべきでした。ごめんなさい」という話に丸めこむのである。
(報告と同時に不正の再発防止策を提案する。重役の関心が「誰が悪いか」から「どう防ぐか」に移れば、責任追求も少しは和らぐはず)
不正は他の工場でも発生していて、単に気がついていないだけかもしれない。
今回のような不正を摘発するためには、製造から出荷まで追跡できる仕組みが必要になる。
優秀な重役たちならそこに思い至るに違いない。
(なんとか光明が見えてきた)
私と工場長は目を合わせ、同時に頷く。
これならいけるかもしれない。
「私たちに言ってないことはある?あなたたちを守るために必要なの。怒ったりしないから、隠してることがあったら教えて」
重役たちへの報告は明日。
それまでに取り繕ったカバーストーリーを考えなくてはならず、後出しの材料でひっくり返されるのは避けたかった。
「隠してるわけじゃないんですけど...」
気の弱そうな工員の1人がおずおずと手を上げる。
「ええ、何でも言って」
「そうだ。その方が君たちのためだ」
私と工場長は内心では「頼むから全部話して」と思いつつも、彼の警戒心を解こうと、冷や汗を隠しながら必死に笑みを浮かべた。
「怪しそうな人に横流しを持ちかけたんですけど。その人がさっき『今夜実行したい』って連絡してきました。他の工員たちが『一網打尽にできるチャンスだ!』と、現場を押さえる準備中です」
「今すぐ重役たちに報告しに行くわよ!」
「はい!」
流石にそれはフォローしきれない!
私と工場長は椅子を蹴って立ち上がり、工員たちに言い含めた後、慌ててオフィスへと出発した。
結局、カバーストーリーは移動中の車内で必死に考えたが、すぐに無理があると悟る。
今回の工員たちの行動を、重役たちの視点でまとめるとこうなる。
「次期社長と持ち上げている人間のため、明らかな問題行為に手を付けた。しかも事後報告で」
部下の失態は上司の責任。
そして、工員たちは私のために行動した。
直接指揮する立場になかったとはいえ、日頃から仲良くやっている工員たちである。
重役たちからすれば、「お前が指示したんじゃないのか?」としか思えないだろう。
少なくとも私ならそう考える。
「......これ、私も責任取ることになるわよね」
「......そうですね」
諦めを含んだ私の言葉に、工場長はこの世の終わりを前にしたような消え入りそうな声で相槌を打った。




