第六話 添える華さえ
__夢を裂くようなアラームで目を醒ます。枕元に置いていたスマホに手を延ばし、アラームを停止させては起き上がる為にベッドの端に腕を置きそのまま重心を落とす。
ゆったりとした動作で起き上がっては階段を下ってリビングに着くと、既に両親が朝の支度をしてくれている途中だった。
母「おはよ聖裕、ご飯出来てるわよ。」
聖裕「ありがと、母さん。」
父「今日も帰りは遅くなる。ごめんな、聖裕。いつもパパ達が夜勤で家にいなくて。」
聖裕「別に気にしてないよ、仕事なんだから仕方無い。それに父さんが働きに行かないと生活出来なくなっちゃうし。」
父「ありがとなぁ、お前良い子に育ってくれて嬉しいよ。」
そんな会話を母と交わせる事などそう多くはない。常に二人は夜勤だ。だからこそ自分はあまり両親と一緒にいられる時間が無いわけだが、家庭を支える為ならと思うと自然に心が少し軽くなる。
それに、孤独を埋めてくれる存在も出来たと勝手ながらに思ってしまっている。今日も彼女に会えると思うと胸が弾む様な高鳴りがして仕方が無い。
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無意識にも時間は進み、朝の支度から高校に気持ちが切り替わる。窓辺から吹く風は暖かくて心地良い。薄桃に包まれた校庭を眺めながら黄昏ていると、不意に顔の近くから女子生徒の声がした。
?「ねぇねぇ、君華道部だよね?部長と恋人ってマジ?」
聖裕「えっ!?違う違う違う!ってか初めまして!だよね?」
クラスの女子。先日、自分が華凛さんに色仕掛けを仕掛けられていた時に、紗枝先輩達と固まっていた新入生の中に見えた同クラスの女子である。名前自体覚えていないが、新学期早々に友人を増やすチャンスかもしれない。
?「よろしくー。アタシ、卯月 乃愛。アンタは...出雲 聖裕だっけ、」
聖裕「そうそう。それでさっきのは...」
恐らく御幣だらけの勘違いを正すべく華凛さんの話題を彼女との会話に持ち出した。すると乃愛さんは興味津々そうに此方へ距離を詰めて来た。
聖裕「何て言うか、華凛さんとは中二の頃に関わりがあって久々の再開...みたいな、」
乃愛「ほー?結構それ良い感じだよね。ま、今日から華道部仮入部らしいから一緒にがんばろー?じゃーねー。」
そう言って乃愛さんは自分から離れると自席に戻って行った。華凛さん、紗枝先輩、乃愛さん。もしや華道部のメンバーは自分が認知していないだけで皆キャラが濃いのでは、と思いながら再び校庭に視線を移す事にしたのだった。
_____あの後も特に変わった事は無く授業等の説明やオリエンテーションは終わり、放課後を迎える。五階の教室を出て華道部の活動場所、二階の奥にある第二生物室へ。階段を下って角を右に曲がった後に直進。
するとドアが見えた。そのドアを数回ノックして部室へ足を踏み入れる。
聖裕「失礼します。」
部室を見ると先輩方は既に座って待機している。勿論華凛さんも例外では無く待機しているが、意外にも周囲に誰もいない机に一人で座っていて普段の姿とギャップを感じた。
取り敢えず名簿に出席の証明となる丸を付ける。その後は教室を見渡して何処に座ろうかと一人で部室を顔で見渡していると、不意に両肩に衝撃が走った。
紗枝「わっ!!!」
聖裕「ぎゃあぁあ!?」
紗枝「あはは!そんな声出すんだー。」
振り向くと、悪意たっぷりの悪戯を仕掛けて満悦そうな表情を浮かべる紗枝先輩。悪戯を仕掛けられる事に少々複雑な感情が浮かぶが、少なくとも悪い様には思っていないのも事実。
聖裕「心臓に悪いですよ紗枝先輩...」
紗枝「ごめんごめん。席探してたの?彼女の横座れば良いのに。」
聖裕「違いますって!!」
紗枝「でも名前出してないのに部長の事って分かるんだ。だって部長!!」
聖裕「えっ!!」
一人で座る華凛さんの方へと大声を出す紗枝先輩。しかし弄り倒して来るだろうなと予想した華凛さんは無反応で、むしろ一目此方を見た後に目だけを逸らした。声も発さずに動揺一つも見せなかった。
紗枝「やっべぇー...もしかして部長機嫌悪いかもごめんなさい部長あぁ本当にごめんなさいごめんなさい...!!」
涙目の紗枝先輩は華凛さんに何度も頭を下げると自分の下を離れてそそくさと華凛さんの方へと頭を下げに向かった。
機嫌が悪いと思われた華凛さんだが、当の本人は考え事でもしているのか心ここに在らずで頰杖を突いて窓外の校庭と夕焼けを眺めていた。そして一言、
華凛「別に良いよ、気にしてないから。」
とだけ、紗枝先輩へ告げたのだった。彼女の返答に安堵した様な表情と動作を見せた紗枝先輩は再び頭を下げると、此方へ走って来る。玩具を咥えた犬の様に。
紗枝「部長怒って無かったぁあっ...!!」
聖裕「いっ...!...いや...あの...」
紗枝「ん?」
聖裕「華凛さん、何かありましたか...?」
紗枝「いや分かんない...さっきからずっと遠く見詰めてるんだよね。」
紗枝先輩と会話をしながらも華凛さんから目を離さない。自分の視線に気付くと此方へ一度視線を向けるが、その後視線を逸らしてはまた遠くの夕焼けを眺め始める。こんな様子の華凛さんを自分は知らない。
それ程までに日常のそれとは全く別人だった。昨日までの明るさは何処へ行ってしまったのか、何故かそんな気しかしなかった。
紗枝「君から聞いてみたら...?もしかしたら話してくれるかもだし...」
聖裕「でも何となく今は一人にして欲しいです感が___」
言い掛けた時、
華凛「聖裕君、ちょっと良いかな。」
後ろから華凛さんの声が聞こえては二人の会話が止まる。その後に自分が振り向くと、そこに居たのは此方へ手招きをする華凛さんだった。
無言で頷きと沈黙で了承の意を伝えながら机の間の通路を歩いて華凛さんが座る席の前へと移動した。すると今度は隣の椅子に座る様にと指示が飛んで来たので紗枝先輩に会釈しながらその指示に従う事にした。
そして着席した自分に対して華凛さんは少し申し訳無さそうに話を始める。
華凛「ごめんね、昨日は顔見れなくて。」
聖裕「いえ、別に。それより何かあったんですか?何か元気無さそうですけど...。」
華凛「...ちょっとね、」
そう言って彼女は自分の目を見た。その目は何処か虚ろで、しかし何かを訴えている様にも見える。そんな目をした彼女の言葉を待つが、何も話そうとはしてくれない。
聖裕「僕じゃ...力になれませんか...?」
華凛「...分からない。けど、一つお願いして良い?」
聖裕「ぜ、全然何でもどうぞ。」
華凛さんからの頼み事など初めてかもしれない。彼女の為なら無理難題であってもその頼みを叶えたいと感じた。華凛さんの遠くを見詰める瞳は何処か空虚で、壊れそうな程に繊細に揺らめいている。
まるで視界にはその風景しか入っていないとでも言いたげなその虚ろな眼光は何を考えているのか自分には分からなかった。
華凛「今日さ、夜通話したい。...ダメかな?」
聖裕「いえ、勿論!」
華凛「ん、ありがと。」
ただ断る理由なんて無かった。自分もまだ話したい事は沢山あるのだから少しでも長く話せるのなら好都合。更に、もしかしたら彼女の心の枷を解ける糸口でも見付かるかもしれない。
その期待を胸に秘めては彼女と共に華道部を過ごす。そんな青春の一ページを想像して思い描いていたのに。
乃愛「あ、いたいた聖裕。一緒に帰らない?ってかアタシも今日から仮入部だから部活のルールとか教えてー!」
背後から今朝聞いた陽気な声が発せられた。卯月 乃愛。同じクラスの新入生、恐らく俗に言う一軍的存在。予想的中と言うべきか、当然ながら帰宅部では無く彼女は華道部に入部するらしい。
何とタイミングの悪い事か、華凛さんの傍で一緒に帰ろうなんて。
断ろうと言葉を発そうとしたが、時は既に遅かった。
華凛「邪魔して悪いね。ごめん、乃愛ちゃんと先帰ってて良いよ。」
聖裕「あ、いや...」
華凛さんの目の虚ろさが増した気がした。無気力な圧を感じるその言葉に自分は言い返す事も出来なかったのだ。
彼女は何も悪くないのに何故か謝らせてしまい、落胆とも捉える事の出来る溜息を吐き出しては言葉を無理矢理押し込んだ様に部室のドアへ歩みを進めて行く。
しかし華凛さんの初めて見せた表情に心を抉られた様な気がして、彼女の後ろ姿を黙って見詰める事しか出来ない。身体は動きたいのに脳がそれを許さない。
だが次の瞬間。背中を手で強く押された。振り向くと晴天の様に明るい水色をした女子生徒が背後に立っている。
紗枝「ん!!」
彼女の行動、表情で全てを察した時。言う事を聞かなかった身体は動き出していた。廊下に出てしまった華凛さんを追う形で部室を急ぎ足で後にする。
真っ白な廊下を走った先の階段を下って教室の並ぶ廊下を走ると、見慣れた薄桃色の髪が見える。息を荒くして必死にその姿を追う様にして階段の踊り場に出た時、去ろうとする彼女の手首をグッと掴んでは引き留めた。
すると華凛さんは直ぐに立ち止まって振り向いてくれたが、その際に見えた彼女の顔色は先程までの虚ろさが嘘の様に消え失せていては瞳を小さくして驚いた様に自分を見詰めていた。
華凛「何、どうしたの...?」
聖裕「...あの!その、本当は華凛さんと帰りたくて!ぜ、全然乃愛さんは恋仲とかそんなんじゃ無いですから!」
彼女の目を一切視界から逸らさず、真っ直ぐに目を見ながら言葉を畳み掛ける。あの中身の無い様な虚ろな瞳を見たく無かった。きっと想いを汲み取ってくれると身勝手にも華凛さんを信じて、その言葉を思いっ切りぶつけた。
二人きりの空間には暫く沈黙が訪れるが、やがて彼女の小さくなった瞳孔は徐々に元通りの形に戻る。そして意味深に顔を一度伏せては、フッと吹き出して再び顔を上げた。
再び上げられた彼女の顔は空虚な物から一転して、口元が緩んだ優しい笑みに変わっていた。
華凛「ふふっ、ありがとう。でも、今日は乃愛ちゃんと帰ってあげて。私は夜に君を独り占め出来るから。」
聖裕「ひ、独り占めっ!?」
その返しに彼女はまた笑う。本音か揶揄いか真意不明の言葉に動悸は激しくなる一方。そんな自分の事を彼女はクスッと笑いつつ、今度は此方の手首を掴んでは優しく手を離させた。
此方の腕を身体の横に戻す最後の動作まで手を添えては、彼女はまた優しい笑みで此方をエスコートする。
華凛「部室戻ろっか、まだ活動中だし。」
聖裕「そ、そうですね。流石に抜け駆けみたいになるのはダメだろうし...」
華凛「良いよ別に、ちょっと気が乗らなかっただけだから。」
そう言って彼女は足早に階段の方へと進む。自分もそれに続いて追い掛けると、自分の側へ来た瞬間に制服の袖をきゅっと指で摘んで来た。咄嗟の行動に心臓が強く鼓動するが、そんな自分を見透かす様にして華凛さんは悪戯っぽく笑う。
口に含んだ笑いを浮かべては『夜楽しみにしてる。』とだけ残して颯爽と階段を駆け上がって行ってしまった。
聖裕「あっ、華凛さん速いって!!」
駆け足で後を追う自分に彼女は最後に振り向き、此処まで聞こえる声の大きさで一言だけ言い残す。
華凛「早く掴まえて、君の手で。」
そう言うとまた直ぐに前へ向き直って階段を登って行く彼女。もしや鬼ごっこでも仕掛けられてるのかとさえ思う程の速さで部室へ向かって行く。身体は自然と彼女を追っていて、追い付いた頃には既に部室のドアを開けて中へ入っていた。
しかし先程の色濃い出来事が忘れられない自分は少しの間だけ立ち尽くす。華凛さんの最後の言葉は何か自分の想像力を掻き立ててくる様な、そんな予想もつかない意味を含んでいたのかもしれないと勝手に想像しては一人で顔を紅くしてしまう。
その表情を一際背の高い目立つ女性が静かに笑う。桜の様に可憐で淡い雰囲気を纏う女性が。
華凛「...可愛いね、本当に。」




