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第三話 見るだけなら、


時刻は11:20分。残り10分程で文化部の見学が可能になる。

あくまで可能になると言うだけで文化部見学をせずに運動部を見学し続けていても問題は無いのだが、『またおいで』と勧誘を華凛さんから受けた手前、それを無視した行動をするのは何処か罪悪感を感じると共に、邪な感情が煙の様に立ち込めて行く。

そうは言っても華凛さんのいる部室へ向かう足音は先程よりかは小さくなっていたのもまた事実だった。


_______


聖裕「し、失礼します...」


ガチャリという音を立てて扉を開く。入室した先には既に同じ3年と思われる女子生徒が一人と、2年の男子生徒が二人程居た。その内の一人の女生徒が自分の姿を見るなり目を輝かせて此方へ駆け寄って来た後にこう告げたのだ。


?「君、もしかして見学希望の1年生?」


その積極性に思わず目を逸らして受け答えしてしまう。しかし、その逸らした視線の先には妖艶な雰囲気の彼女が憶測通りとでも言いたげな表情で口角を上げていたのだ。

彼女のその僅かな笑顔から目を逸らしながら「はい!」とだけ返事をすると、女生徒は目を輝かせて捲し立てる様にこう述べた。


?「えー男子が来てくれるなんて嬉しい!部長!男子ですよ男子!」

華凛「へー、君、華道部志望なんだ。」


此方を見下ろす形で話し掛けて来た華凛さん。その態度は新入生と接する態度と何ら変わり無く、先程の事がまるで嘘だと記憶を書き換えられるかの様な感覚に陥る。

しかし強いて記憶が本当だと言える根拠を見つけるなら、『君』と言う前に一瞬、Sの音が上がった事だろう。それが嬉しくありながらどこか悲しいが、今の自分にそんな感情を抱く資格があるわけが無いと押し留める事が出来た。


華凛「私は部長の早乙女。よろしくね。えーっと、じゃあ取り敢えず君は私の作品見てもらおうかな。あ、紗枝。そこの女子達に案内して。」

紗枝「はーい!じゃあ君達おいでー!!」


紗枝、先程話し掛けてくれた女子生徒だ。後に先輩になるだろう。


華凛「んで、君は私とね。」

聖裕「あ、はい。よろしくお願いします...」


華凛さんの後ろへ続く様に背中を追い掛ける。そして一番奥の部室の奥側の席に二人で腰掛けた。椅子の距離がやたら近いのは一度脳の片隅に押しやった先程の記憶を思い出してしまうからなのか、それともわざとやっているのだろうか。

そんな事を考えながら作品を見学する。その作品は先程華凛さんと二人きりの時に見た作品である。その淡く儚い幻想の様な美しさに目を奪われては、その作品から視線を逸らす事など出来やしなかった。


華凛「そんなに気に入った?」

聖裕「...はい。」


素直にそう答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ後に、こう続けた。


華凛「そっか、嬉しいな。あぁ、君もう華道部に入る事は確実なの?」


答えの分かりきっている質問をする彼女に対して『はい』と一言で返す。そもそも自分がここに来る理由と言えば華凛さんからの誘いもあるが、彼女に少しでも近付きたいという下心があったからなのだ。


華凛「じゃあグループラインおいでよ。」


そう言ってQRコードを画面に表示させて此方にそれを見せる彼女。軽く頭を下げてそのQRコードを読み取ると『早乙女』という名前と共にグループの枠が1つ追加された。


華凛「そこでやり取りしたら効率良いでしょ?」


確かに一理ある、そう思ってスマホをズボンのポケットの中に仕舞った後にスマホのバイブレーション機能が揺れた。確認すると華凛さんから個人宛のメッセージ。


『やっぱ君正直だね、純粋で可愛い。』


どう言う意味かを考える間も無く、そのメッセージの後に謎の猫のスタンプが添えられる。やはり遊ばれているのだろうかと思いながら『ありがとうございます?』と困惑の感情をそのまま文字にして返す。


『なんで疑問形?笑』


華凛「ニヤニヤしないの。」

聖裕「えっ!」


つい素っ頓狂な声を発してしまった。弄ばれてしまった自分を見世物の様に見る華凛さんは横で微笑んでいる。


華凛「良いリアクションするね。」

聖裕「は、はい...」


先程も驚いたばかりだと言うのに再び華凛さんに驚かされてしまう自分が情けないやらなんやらで何も言い出せなくなってしまう。全て悪戯の範疇かと思いきや、何か別の思惑が動かしている様な気もしなくもない。

そんなバカみたいな自分の勘違いを笑う様に華凛さんは一言付け加えた。


華凛「もっと作品見て欲しいな。ちょっとなら触ってもいいよ。」

聖裕「良いんですか...?」


指先で淡い花弁をなぞる。触れた指先から何処か生暖かい様な感覚が伝わって来る。先程作品を見た際に感じた儚さが指先を通じて感じられる様に錯覚する程だ。


華凛「どう?」

聖裕「本当に...繊細で暖かくて...」

華凛「そう、ありがとね。」


彼女はそう言ってはにかんだ後にスマホを操作する。その動作の数秒後には自分のスマホのバイブレーション機能が再び揺れた。確認の為にスマホを確認すると、


『見るだけならいいよ?』


聖裕「え?」


脊髄反射で言葉が出てしまう。先程少しなら触れて良い、と許可が出た。なのに見るだけならと追加される。触り方が乱雑だったのか、もしや花弁を落としてしまって作品が壊れてしまったのか。

そんな不安が巡りに巡って脳を圧迫する。動作でもあたふた慌しいのが見て取れたのだろう。

しかし予想は大きく外れていた様で、机をコツコツと爪で二回叩く音でその動作と思考は中断される。音を出した彼女の方へ顔ごと視線を向けると、彼女も此方を見ていた。

一見ただ此方を呼んだだけの様な動き。それでも決定的な異変がそこにはあった。


聖裕「華凛さぁんっ...!?」


視線の先。其処には厄災があった。制服のリボンを落下する寸前まで緩め、ワイシャツのボタンを外して自身の谷間を覗かせる。もはや華道部見学とは何なのか。

そんな言葉すら想起される様な雰囲気だ。制服が綺麗だ、としか言えない程の乱れっぷりである。冷静に考えれば他の新入生も見学している筈なのに近くにいない事を良い事に度を越えた色仕掛けを此方に仕掛けているとしか思えない。

何とか意識を冷静に保つべく、必死に飾られた作品を凝視するが、自分の脳内に侵入しようとでも言いたげな甘い香水の様な匂いが鼻孔をくすぐる。


華凛「聖裕君...時間いっぱいまでいてくれる、?」


わざとらしく上擦った声でそう言う彼女。もはや自分の顔が火照っているのか血の気が引いているのか分からないぐらいに思考がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。そんな時だ。


紗枝「えー!部長彼氏いたんですかぁあっ!?後ろから見えるくらいイチャイチャしてるじゃないですかぁ!」

華凛:聖裕「っ!?」


二人同時に身体をビクつかす。肩を上下させる程の疲労が身体にのし掛かると、自分が肩で呼吸をしている事を理解する。横の華凛さんは顔を伏せて制服の乱れを整えつつ呼吸を整えていた。

正直この爆弾発言は空気を読むと言う言葉を知っているのかどうか、常識を疑ってしまう程だが同時に華凛さんからの色仕掛けから逃れられたのも事実。おかしくなりそうな自分を救ってくれた事に感謝しつつ、死んだ空気感をどうにかして欲しい。

しかし、この空気を読む気配すら感じない少女は新入生なんて気にも留めずに話を続けた。


紗枝「あんでこんなかっこいい男の子を...ぶちょー!?」


華凛「紗枝!今部活見学中!それに彼氏じゃない!作品について関心持ってくれたから話してただけ!ね?」

聖裕「は、はいっ!」


華凜さんの有無を言わせぬ圧が紗枝先輩の言葉を遮った。取り残された新入生たちは気まずそうに顔を俯かせているが、その中に同クラスの女子が数名。全身から血の気が引いて行く。

明日は何と言い訳をしようか思考を点と線で張り巡らしている内に終了のチャイムが鳴り響く。

そのチャイムによって現実へと引き戻された全員はハッとした様に意識を取り戻しては先輩から『明日も来てね』等の勧誘のメッセージを受けとっては次々に部室を後にして行く。

勿論自分も例に外れずに華凛さんから『またおいで』と一言受け取ってから部室を後にした。


聖裕「あぁー...明日からかわれたらどうしよ...。」


漠然とした不安が取り巻く中、絶望の足取りで下駄箱へと歩みを進めて行く。脳が不安と妙なドキドキに支配されている事を遮らせる様にスマホのバイブレーション機能が振動した。

人が不安になっているタイミングに何なんだと苛立ちを露にしながらスマホを確認する。


『まだ学校に居たらさ、正門前で待ってて欲しい。』


華凛さんからだ。断る理由も無いため『分かりました、待ってますね』とだけ返してはスマホをポケットの中に仕舞う。しかし、不安が取り除かれた訳でも無いのに何故だろう。

華凛さんから連絡が来るだけで不安とは別の感情が生まれ、不思議なほどに一時的な安心感が襲う。そんな事を考えつつ、自分の靴と上履きを交換。まるで実家を出た際に家から持ち出す大きな家具の様に大きく重たい足取りで正門へと向かうのであった。


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