2章 3話 フレデリック商会へ売り込み
数日後。
俺たちは王都の大手商会フレデリック商会を訪れていた。
ここには昔から世話になっている。
俺が値切り倒したり、無茶な物々交換を持ち込んだりしても、表では一度も嫌な顔をされたことはない。
……内心ではそう思われてるかもしれないけどな。
だけど、その分、俺が持ち込んだ魔物素材は高値でさばかれているのは知っている。
お互い様だ。俺は見て見ぬふりをし、向こうは融通を利かせる。
だからこそ、こういう時に頼れるってもんだ。
応接室で向かい合うのは、上品な艶のある服を嫌味なく着こなした、中年に差し掛かる手前の若い商人。
にこやかに細める目と整った顔立ちは相手の懐に入りやすい。その目の裏の脳みそで、たくさんの策や計算を巡らせているのを知っているのは、こいつのことをよく知っている人間だけだ。
こいつがやり手で有名なニコール・フレデリック。フレデリック商会の会長の次男坊にして、実質的な切り札。
冒険者の真似事をしながら王国に帝国、エルフランド等渡り歩き、人脈を築き、商会に戻ると、その人脈と鋭い目利き、金の匂いに敏感な嗅覚と頭脳で戦うようになった。
ニーナが図面を広げる。
憎い元4階建ての伯爵屋敷だ。
「この王都一等地の物件なんですが」
片目につけたメガネ、モノクルを付けた茶髪のニコールは少し驚いた顔をした。
「……これは」
片手でニーナは頭を抑えた。
「事故物件のような物を買っちゃったのよ」
「あそこの解体するのも困難で誰も手をつけていなかった物件ですよね。リファさんがいるなら大丈夫だったと思いますが」
「俺たちは四階建ての屋敷で売り出すつもりだったんだ」
ニコールは一瞬だけ視線を上げ、すぐに戻す。
「ん、もしかして……高さ制限に引っかかった?」
「その上、日照権にも引っかかっている地元で有名な建物じゃった。実質王国建築法の高さ制限だけなんじゃが、放っておけば2つの法律で罰せられるんじゃ」
「いろいろ、イラっとする要素のてんこ盛りの建物だったんですね。建物自体にも売り主も」
「売り主はとっくに消えていた。きっと、最初から分かって売りつけやがったんだ」
俺は出された紅茶を一口飲む。
こいついい紅茶いれたな。
俺のところにミルクをつけているところとか、本当に空気を読んでやがる。
「まあ、仕方ないでしょう。相手の方が上手だったんだから。つかまされた物をどう利用してやるか、で考えましょう」
やられたらただでは起き上がらない、それがコイツの流儀だ。だからこそ相談先として一番頼りになる。
「ちなみに4階はもう解体した」
「リファさん、いい判断です。是正措置を取り始めたと役人に思われたなら、いきなりなんらかの強制執行はされないでしょう。続けて3階も削るのでしょう?」
「そこが問題だ」
俺は腕を組む。
「三階の壁に、あの勇者の斬撃の跡があるんだ」
「たまにわざわざ観光客が立ち止まって見てますね」
「あれ、勇者エンデルクが魔族に当てようとして盛大に外した斬撃の痕でな……。嫌がらせでその部分を売りにした、いわゆる勇者の英雄譚をコンセプトにした屋敷を売りたいと思っていたんだ」
ニコールの口元が緩む。
「それはユニークなアイデアだと思います。よっぽどリファさんが勇者のことが大嫌いなんですね」
「それもあるんだが、せっかくの付加価値になる勇者の斬撃痕を撤去したくないんだ」
「ふむ……つまり三階を一部削って、低めの三階にする? おすすめできませんね」
「だろ? それだと高さが低すぎるんだ」
ニーナが身を乗り上げた。
「それよりも大事なことを先に言うわ。二階建てだと床面積が狭くて貴族の屋敷としては売れない」
「床面積を単純に広げたいなら、リファさんがいるなら簡単にできるでしょう。地下一階や地下二階を作ればいい」
「ええ、でも日当たりは当然ない。あなたなら貴族用として買わないでしょう?」
「そうですね、私なら売れるとは思いません。だから、商会の屋敷みたいなら売れると思いこちらへ来ましたか?」
「半分は当たり」
「うちで買って欲しいと?」
にこりとニーナが笑う。
「ええ、130万ゼニーで」
同じようにニコールも笑う。でも、全く目は笑ってない。
「ご冗談を」
ニーナは地図の伯爵屋敷に指を立てた。
「ここを、一等地のテナント、として購入しない?」
ニコールは右手の人差し指の先っぽをテーブルの上でトントンと叩いた。
「へぇー、そう来ましたか。面白い。でも、利益が出る保証は?」
ニーナは息が詰まった。
そんなの不確定要素だ、利益が出るか出ないだなんて。ニコールがやる気があるなら十分に儲かるチャンスがある。
そもそもこのニコールの白々しい言い方、利益が出るのわかっていて遊んで言ってやがる。
むかつくので俺は横から口を出した。
「商売はお前の領分だろ。乗るかどうかだけ決めろ。お前が乗らなきゃ別の誰かにあたるだけだ」
「ツレナイね、君は。もう少しおしゃべりを楽しんでもいいじゃないか」
「俺はこの手の話で、お前を一番信用しているから最初に持って来たんだ。嘘か本当を言っているかわかる魔道具をつけて調べたっていい。
この物件がおすすめな理由はな、周辺は王都の一等地で、王城で働く文官や騎士も多く出入りしている。
付近は住宅街。二等地も比較的近い。
それなのに飲食店はほとんどない。あるのは冠婚葬祭でもやるようなお高いレストランが1件だけ」
そんな高圧的な言い方しなくてもいいじゃない、みたいなおどけた感じにニコールの顔が緩む。
「なるほど、そのテナントに飲食店を入れる。地下にうるさくできる店舗があれば騒音の苦情も少ないし、付近の飲食店と差別化出来るだろうね。そういう意味でも、上の階は軽食、カフェなんかがいい」
「だろ?」
ニコールは手を叩いた。
「カフェならテラス席だ」
「テラス?」
「屋上テラスだ。リファさん、あなたのアイデア、一儲けできますよ」
ニコールは不敵な笑みを作って、俺に向けた。
「普通なら3階以上はお客様は登りたくない。でも、理由があれば登る。例えば、王都でしか観れない、勇者の果敢な伝説の跡。そして、夜はライトアップされた王城や街並みを見るカップル」
ニコールはそこで一度言葉を切り、図面の上を指でなぞった。
まるで人の流れを追うように、入口から階段へ、そして上階へと視線を滑らせる。
「……人は目的があれば動く。なら、その『動き』を設計すればいい」
顔を上げた彼の目には、すでに確信が宿っていた。
「動線です。観光客が屋上テラス席から見える勇者の斬撃痕を見るために、二階のカフェで飲み物や甘味を買う。屋上テラスで観覧。一階にスイーツ店を置くことでカフェで食べた甘味などをお土産として買って帰る」
指先が軽くトントンとテーブルを叩く。
思考がさらに先へ進んでいる合図だった。
「夜の客には、地下の居酒屋で飲む。そこでいい感じになったカップルが屋上テラスで夜景を眺めるために2階のカフェ……夜は軽いバーに変えましょう。そこで買った飲み物を手にして登る」
ニコールは小さく息を吐き、わざとらしく、自分の顎を手で触った。
「……と、まあ。ここまで考えてしまうわけですが」
そして、にやりと笑う。
「で、これだけのアイデアをリファさん方はタダで私から聞いたわけですが、あなたたちで商売をした方が得なのでは?」
「よくしてくれる人からの情報を盗むだなんて、まともな人間じゃないよ。
そもそも飲食店の経営は本業じゃない。リフォームが俺たちの仕事。本業以外の商売に入れ込んだら……」
「そうですね、痛い目を見ます」
そう言った、ニコールはにこりと笑うがその笑顔には陰がある。俺は一瞬だけ視線がニコールの左腕に向く。
冒険者時代に切り取られたその腕の場所。
読んでいただきありがとうございます。
感想や評価など大変励みになります。
明日も午後8時30分ころに更新します。




