第十一話 『シーユーアゲイン』 2. 協力者たる人員
伏見綾音はメガルの基地内をくまなく探るがごとく徘徊していた。その鋭いまなざしはどんな些細な情報も見逃すことはない。
メック・トルーパーの待機所の付近で足を止めた。
獲物を狩る鷹のような眼光が何ごとかをとらえキラリと輝く。
生つばを飲み顎を引くと、その無防備な背中に音もなく飛びかかっていった。
「!」
ただならぬ気配を察知して、眉間に皺を寄せ夕季が振り返る。その顔を確認し、瞬きも忘れ声にならない声を発した。
「綾、さん……」
「ゆ~きぃ~」綾音の顔つきが豹変していた。にこにこと笑い、嬉しそうに夕季に抱きつく。「ひっさしぶり~」
くすぐったそうに身をよじる夕季。しかし、決して嫌そうではなかった。
「……。いつ帰って来たの」
「昨日。あんた大きくなったねえ。あたしより背が高くなったんじゃない?」
「あ、うん……」
「ほら、また、もごもごもごもごしてえ。変わんないねえ、あんたは」
「あ、うう……」ちらちらとうかがうように目線を向ける。「連絡してくれれば迎えに行ったのに……」
「ん? 木場さんが来てくれるって話になってたみたいだからね」
「ふうん……」
「何だかビップ扱いになっててさ、まいっちんぐだっての。護衛なんていらないのにね。ここもすっかり変わっちゃってさあ。前こんなに広くなかったじゃん。ちょっと散歩してたら迷子になっちゃって、おんなじとこばっかグルグルまわってたら何だか切なくなってきちゃってさ、びええって泣きそうになっちゃて、そしたら見覚えのある場所に出て、あんたみたいな顔が見えたからさ、一瞬違うかなって思ったんだけど、いや、あの顔は昔の忍に似てるかもって思って、ええい、いいや、駄目でもともとってな感じでさ、がばちょっと」
「うん、うん……」怒涛の口撃にただ凌ぐのみの夕季。「あ、の……」
「ねえ、あんたまた基地の中案内してよ。あたし地図とか見るの苦手なんだよね」
「……あ、いいけど……」
あっけにとられる鳳と駒田。
「苦手って言うか、嫌いなんだけどね。面倒だからとりあえず行ったれ、みたいな感じで手ぶらでぶっつけ勝負してみたんだけど、やっぱ気がないから駄目だわ。こういうランドマークとかがないとこって全部同じに見えちゃってイライラしてくるし、一つ角曲がったら全然知らない建物ばっかだしさ。ほんと、まいっちんぐだって。今日は後で進藤さんとこに行かなくちゃいけないから、また落ち着いた時にゆっくり頼むね。あ、今度の土曜とか……」
「久しぶりだな、綾音」
鳳に声をかけられ、綾音が咄嗟に身なりを正す。
「ご無沙汰しています、鳳さん」
「昨日帰って来たのか?」
「昨日帰ってまいりました」
鳳の顔もまた、にこやかだった。
「誰だ、この人?」
小声でたずねる駒田に夕季が答える。
「あたし達と一緒に財団の募集で集まった人間の一人。今はアメリカの関連企業で働いているけど」
「へええ」
「さすがのおまえも綾音の前じゃかたなしだな」
鳳にからかわれ、照れ臭そうに夕季が口をへの字に曲げる。
「仕方ないよ。綾さんはあたし達全員のお姉さんみたいなものだから」
「夕季、駄目じゃない!」
突然の怒号にすくみ上がる夕季。
眉をつり上げ、綾音が睨みつけていた。
「目上の人に何て口きくの! ちゃんと敬語つかいなさい」鳳に頭を下げる。「すみません、鳳さん。これからはちゃんとさせますから。ほら」
振り返り、夕季のへの字口を見て綾音のボルテージがさらに度合いを増した。
「夕季!」
「……」
そのやり取りをおもしろそうに眺めていた鳳が救いの手をさしのべる。
「いいんだ、いいんだ。こいつなら」夕季の背中をバシバシと叩いた。「やることはちゃんとやってる。誰も文句は言わん」
「俺達の命の恩人だからな。な、夕季」
合いの手を入れた駒田に、綾音が不服そうな顔を向けた。
「だからってお世話になっている人達に対して……」
「そんなこと言ってたら、メックもエスもこいつに敬語を使わなくちゃならんことになるな」楽しそうにバシバシと鳳。「いっそそうするか? 夕季」
「ほら、そんな顔で睨むんじゃない!」
「おおっ!」
ビクリと退いた鳳を睨みつけ、夕季が押し殺した声を絞り出した。
「睨んで……、ないです……」
「……余計おっかねえぞ」ぼそりと駒田。
かすかな物音に綾音が振り返る。
メロンパンをくわえたまま、呆然と立ちつくす礼也の姿があった。
「礼也!」
綾音に呼びかけられ、慌てて口からメロンパンを取り出す礼也。
「あ、綾さん……」呆けたように呟いた。
「またあんたは、そんなもんばかり食べて!」
「……いきなりかよ」
紙袋を後ろに隠し、緊張の面持ちで礼也が綾音に近寄って来た。
「あ、いや……。いつ帰って来たん、すか」
「だから昨日だってば」
「だからって言われてもよ……」
今いち距離感がつかめず、戸惑いを隠せない礼也。
すると綾音がにやりと笑った。
「礼也、背、伸びたね。カッコよくなったよ」
「んなわけねって……」綾音にそう言われ、照れたように礼也が口ごもる。それからかしこまった様子で向き直った。「いつまでいるん、すか」
「しばらくいるよ。世話になるけど、よろしくね」
「や、いや、そんなよ……」微妙なリアクション。それは歓喜を意味していた。小さくガッツポーズをする。「おし」
「おい、夕季。ありゃどういうことなんだ」
駒田が不思議そうな顔を向ける。
夕季は何も言わずに綾音の顔を見続けていた。
「たいしたもんだな」
メックの事務所で資料を眺めながら桔平が感嘆の声をもらす。
「少なくとも補助具を装着した状態でのシミュレーションでは、礼也や夕季より上だ。おそらく陵太郎よりもな。その他もろもろの処理能力も申し分ない。本部でもこれだけ優秀な人間は見当たらないだろうな。なんでこんな鬼スペックをメガなんぞにくれてやったんだろうな。うちの人事部は節穴か」
「彼女が望んだらしい」
重々しい口調の木場に怪訝そうな顔を向ける桔平。
「またなんで」
「詳しくは知らん。だが彼女自身が望んで、子会社のメガ・テクノロジーに出向したことは確かだ」
「……。おまえ、前にいた時、彼女とは……」
「知らん。俺とは入れ違いだ。だが噂を聞く限りでは、そこまでの人物ではなかったようだ。何がきっかけかは知らんが、常人では考えも及ばんほどの努力を積み重ねて、現在のような優能な人間になったらしい」
「……そうか」ふん、と息をつく。「まあいい。理由なんざ関係ねえ。優秀な人間ならこっちは大歓迎だ。口だけ達者な連中ばかりだからな、ここは。まあ、すぐに光輔みたいにってわけにはいかないだろうが、そのうちな、ぼちぼちとだ。……お! 思い出した」
「?」
「おい、木場。しばらく、しの坊を俺の秘書として使わせてもらってもいいか?」
「そいつはかまわんが」
「そうか。助かるぜ。事務処理、事務処理で死んじまいそうだ。奴ならデスクワークもドンとこいみたいだしな」
「あいつもまだ本調子じゃないからな。気にするな、と言ってはいるものの、居場所がなくてつらそうなところもあるし、かえって気が紛れていいかもしれんな」
「こっちが用がある時だけでいいからよ。頼むわ」
「ああ……」木場が顎を引く。それからずっと喉もとにつかえていた懸念を口にした。「桔平」
「あん?」
「……。伏見綾音には気をつけろ」
「何がだ?」
「あいつは進藤の親派だ」
「……」
「どうぞ」
進藤あさみに招き入れられ、伏見綾音は司令部別室へ足を踏み入れた。意味ありげな笑みを浮かべ室内を見回す。
「久しぶりね、伏見さん」
あさみに声をかけられ、その笑みを崩さぬまま綾音が向き直った。
「お久しぶりです。あさみさん」
表情もなく綾音の顔を見続けるあさみ。
それに動じる様子もなく、綾音は含んだような笑みをあさみへ向けながら言った。
「髪、切ったんですね。私も切ろうかな」にやりと笑う。「ご心配なさらないで下さい。必ずあなたの期待に応えてみせますから」