第十一話 『シーユーアゲイン』 1. 穏やかな日々
お目当ての桔平が外出中だと受付けで告げられ、古閑夕季はメガル本館を出てメック・トルーパーの待機事務所へと向かっていた。
呼び出しがあったわけでも、訓練の日でもない。
「おう、夕季」
後方から呼び止められ、夕季が振り返る。
ガッチリ体型の日焼け顔がにやりと笑う。駒田かつみだった。
「駒田さん」
「何やってんだ、こんなところで?」
「別に。……鳳さんは?」
「鳳さんなら今日は休みだ。何でも娘の用事とかでよ」
「ふうん……」
「何だ? 何か鳳さんに用でもあったのか?」
「……別に。最近顔見てなかったから」
「お、あの人喜ぶぜ。伝えておいてやるよ」
「いいよ、言わなくても……」
夕季が照れ臭そうに視線を落とす。
穏やかな表情で駒田がそれに注目した。
「アスモデウスがいなくなってから俺達も平和ボケしてしまってな。情けない話だが、何やっていいのかよくわからないんだ。南沢なんて有休とりまくって、ガキと嫁さんの相手だ。世間でもメガルのバッシングさえあれど、俺達の存在なんてないに等しいみたいだしな。さんざん泣きついてきやがったくせして」
「それでいいんじゃない」
「ん?」
「あたし達が忘れられてるくらいがちょうどいいと思う」
涼しげにまなざしを泳がせる夕季を、駒田は頼もしげに眺めていた。意味ありげに、ふっと笑う。
「そうもいかないんだな、これが」
「?」夕季が不思議そうに駒田の顔を見上げた。
「おまえは普通の……、普通よりちょっと変わった女子高生に戻ればいいのかもしれんが、俺達はこれが本職だからな。いつどんな不測の事態が起きてもいいように、テンションだけは維持しておかなければならない」
「……」夕季が口をへの字に曲げる。
「で、メックの士気を高めるためにも、かねてから温めていた提案がある」体育会系の笑顔を向けた。「一日メック隊長の実施だ。こんなこと誰も思いつかないだろう」
「……」嫌な予感がしていた。「……誰がやるの」
「いや、だから、おまえに……」
「やだ」駒田に背を向け、すたすたと歩き出す。
手を伸ばし、駒田の声が追いかけた。
「だからな、おまえならみんな納得するんだって。南沢に空竜王のカブリモノとかさせてな、鳳さん扮するアスモデウスをおまえがえいやっと……」
立ち止まり、夕季が駒田をじろりと見やる。
すると駒田のテンションがみるみるしぼんでいった。
「……と、もう二度と言わないから、そんな柊さんを見るような顔で睨まないでくれ」
「睨んでない」困ったように駒田を見つめた。「どんな顔……」
エネミー・スイーパーの事務所に足を踏み入れる夕季。
忍の姿はなく、人影もまばらだった。
きょろきょろと室内を見回す夕季に、休息中の大沼透が声をかけた。
「どうした、夕季。誰に用だ」
「木場さん、いないの?」
「隊長なら外出中だ」
「そう……」
「おい、真吾。飲み物買ってきてくれ」かたわらの隊員へ千円札を手渡す。「俺は炭酸だ」
「しゃ!」夕季の方をちらと見て、黒崎真吾は全力で自販機へ直行した。
「めずらしいな、おまえがこんなところへ来るなんて」
「……」大沼の顔をまじまじと眺め、夕季はそれを口にした。「今度うちに来る人のことで、木場さん何か情報ないかと思って。お姉ちゃんもよくは知らないみたいだし」
「ああ、メガ・テクノロジーから出向してくるっていう例のか」
「桔平さんもつかまらないし。大沼さん、何か知ってる?」
「さあな」首をかしげる。それから夕季へと向き直った。「噂なら聞いているが、かなりのやり手らしいな。おまえや忍の知り合いなんだろ。あまり嬉しそうじゃないな」
「う、ん……」夕季が頷く。「嬉しくないわけじゃないんだけど……」
「何か複雑な事情でもあるのか」
「……」目線を落とす。「あたし達の知ってる人とはちょっと違うような……」
大沼も複雑そうな表情で夕季を眺めていた。
「そうか。環境が変わって別人のようになってしまう人間もいる。淋しい気持ちもわかるが、ステップアップに成功したのなら、むしろ喜ばしいことじゃないのか?」
「うん……」
「買ってきたっス!」
飲料水の缶を抱え、黒崎が到着する。
その中の一つを大沼が夕季へ手渡した。
「それはそうと……」
ぺこりと頭を下げ、ジュースを受け取りながら、夕季が大沼に注目する。
嫌な予感がしていた。
「メックの一日隊長の話が出ているんだが」
「……」
「こいつの発案でな。木場さんも含め、俺達全員一致で可決した。前々からそう思っていた人間も結構いたようだ」
「しゃス!」黒崎が照れたように笑った。「みんなノリノリっス」
「ということだが、どうだ?」
「やだ……」
「では仕方がないな」
「しゃスぅね……」
「……」
「……無理強いする気はないから、そんな柊さんを見るような目で俺達を睨まないでくれ」
「非常に切ないっス……」
「……睨んでない」困ったように大沼を見つめた。「どんな目なの……」
夕刻、正面ロータリーで桔平の姿を見かけ、夕季が近づいて行く。
「桔平さん……」
桔平は夕季に気づくと一瞬でネクタイをゆるめ、情けない表情全開でグチり始めた。
「あー、忙しい、忙しい。まったくまいっちんぐだぜ。毎日毎日書類整理ばっかだもんな。誰か嘘でもいいから、インプの大群が出たとか通報してくれねえかな。いや、そいつは不謹慎だな!」自己ツッコミ。「んじゃ妊婦の大群が出たとかならどうだ? おいおい、妊婦の大群ってさ! 違うか!」
「……」
「ほんとよ、これじゃ死んじまうぜ。おい、夕季。一日でいいから副局長代わってくれ。一日副局長だ。偉そうなジジイどもがペコペコしてきて気持ちいいぞ。魔女っ子みたいなカッコさせてやるからよ。それよか、ネコ娘のカッコの方がいいか? ん? それじゃ、一日ネコ娘だな。一日ネコ娘って! 違うか!」
「……」
ふうむ、と桔平が顎に手をあてる。
「いや、いっそ一日とかじゃなくてずっとでもいいかもな。朴さんに俺のデスマスク作ってもらって、おまえがかぶってだな……。デスマスクって、おい!」
「……」
「なんだ、おい、そのあっけにとられたような表情は。おまえはいつも俺を見る時そんなツラしてやがるが、そのマヌケを見るようなまなざしはいただけねえな。レベルの高いマシンガン・トークに圧倒されて言葉もねえのは仕方ねえが、せっかくのリスペクトが伝わってこねえぞ。発想の奇抜さに、思わず、なんてすごい人なんだろう、ってか!」
「……なんてバカな人なんだろうって思ってた」
「……違うかぁ……」
木場雄一はメガル本部の最上階へ向かうエレベーターの中で、隣の人影へと目をやった。
あらかじめ木場に注目していた相手と目が合い、慌てて顔をそむける。
するとどことなく雰囲気があさみと似通うその人物は、まるで微笑ましいものを見るように、にこっと笑ってみせた。あさみのような含んだ笑みだった。
木場の背筋を冷たい何かが走り抜ける。
栗色のミディアムレイヤーに、年の頃は二十四、五。細身の眼鏡の奥に隠れた鋭いまなざしは相応の積み重ねを感じさせた。
「進藤局長は明日まで出張だ。明日の夕方頃、もう一度司令室を訪ねるといい」
まじまじと見つめられ、バツが悪そうに咳払いをする木場。
それをおもしろそうに眺め、当の人物、伏見綾音はまた含むような笑みを木場へ向けた。
「ええ、わかっています、木場さん」
前方に向き直り真顔になる。それから自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「わかっていますよ……」




