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第十二話 『ソーロング』 6. すべての原因

 


 制服を風になびかせ、夕季が雑踏を駆け抜ける。

 通り過ぎる人々は、みな避難のために駅とは反対の方角を目ざしていた。

 車のクラクション、罵声、避難をうながす警察車両の警告が入り乱れ、街は騒然となっていた。

 パニック寸前の商店街で、すれ違う住民達と何度も接触しそうになりながら、夕季が後方を気にかける。

「光輔、来ちゃ駄目。危ないから」

 夕季の後から光輔が続いていた。真剣な面持ちで夕季を見つめ返す。

 我先と逃げ場を求める人々の中で、二人だけが流れとは逆行していた。

「光輔!」

「気になったことがあってさ」

「……」夕季が立ち止まり、住民の一人と接触した。「あ、すみません……」

「綾さん、何だか様子が変だった。まるでさ……」

「……」

「みんなにさよならを言いに来たみたいな」

「……。そんなはず、ないじゃない……」

「でもさ……」

 光輔の言葉を断ち切るように、夕季が再び走り始める。

 その背中を追いかけ、光輔は続けた。

「夕季だっておかしいって気づいてるんだろ。綾さんきっと……」

「いい加減にしなよ! こんな時に。バカなこと……」

 携帯電話の着信に気づき、再び夕季が足を止める。

 桔平からだった。

「……。え、光輔?」ちらと光輔を見やる。「……。いないけど。……。うん。うん。わかった……」

 通話を終え、夕季がため息をもらした。

 直後に光輔の携帯電話の着信音が鳴った。

 様子をうかがうように夕季を眺め、光輔が通話に応じる。

 予想通り、桔平からだった。

「もし桔平さんからだったら、あたしはそばにいないって言って」

 じろりと睨みつける夕季。

 畏怖するようにそれを眺め、光輔が頷いた。

「え? ああ。……はい、俺です。……。いえ、駅前です。……はい。……ええ。……。いいですけど……」夕季をちらと見る。「あ、いませんよ。……。……いや、そう言えって、なんか……」

「!」

「はい、ええ……。!」泣きそうな顔になった。「……あの、凄い顔で睨まれてるんですけど、俺どうしたらいいんすかね。……。どんなって、かなりヤバい感じです。……。いや、自分でなんとかしろって言われても……。あ、あの……。……え! ボイン? ……なんすか、それ。……。いや、それ無理、いやあの……」

「……」

 桔平との通話を終え、卑屈な笑みで夕季のご機嫌をうかがう光輔。

「あ、はは……」

 まばたきもせずに睨みつけ、夕季はぷいと背中を向けた。

「あ、あの……」

「ストロベリー三つ」

「ええっ!」

「……」

「……。は~い……」


 ダークレッドのセパレート・スーツに着替え、礼也がトレーラーの懸架台に足をかけた。片手で体を引き上げ、荷台に飛び乗る。

 荷台の上には上半身を起こしたポジションの陸竜王が置かれてあった。

 ハッチに手をかけ礼也が振り返る。

 二キロメートルほど先の街ではすでに火の手が上がっていた。そこで動き始めたアスモデウスをメック・トルーパーが足止めしているのだ。

 呼び出しがあり、コクピット内の無線機を手に取る。

『礼也、どうだ、行けそうか?』

 モニタリングを開放すると、ハッチ裏のスペースに桔平の顔が現れた。

「ああ……」フィルムのように薄い画面を不思議そうに見上げる。「準備オッケーす」

『そうか、頼んだぞ』

「夕季は?」画面の端をつまみ、ぐいと引っ張った。

『少し遅れそうだ。それまで何とかふんばってくれ……。バカ、てめえ、それがいくらするのかわかってんのか! ハイブリットカーが何台買えると思ってやがる!』

「マジか……。ザコモデウスだろ。んなの陸リュウ一機で充分だって」ぺらぺらの画面がぐにゃりと曲がった。

『油断は禁物だぞ。何やら、前のと違う雰囲気だ……。だから引っ張んな! 子供か、おまえは!』

「いや、どうなってんのかなってよ」

『どうせ聞いてもわかんねえんだろうが!』

「わかんねえけどよ……」打ち上げ花火のような滑腔砲の連撃音に礼也が眉をひそめる。「綾さんは?」

『綾っぺ……、綾音はメックのバックアップ中だ。無理はさせないから心配するな』

「ああ……」コクピットに身を沈め、礼也がやや上ずった声をひねり出す。「……なあ、桔平さん。野郎を倒したら、ご褒美にこないだの店で……」

『激辛勝負はもうしねえぞ!』目を血走らせて激高する。『泣きながらヒーハー言うのは二度とゴメンだ! てめえも甘党のくせに二百倍マーボ平気な顔して食いやがって、どうなってやがんだ』

「……メロンパンが好きってだけで、別に甘党なわけじゃねえぞ」

『やかましい!』

「……」

『そのかわり、中華に連れてってやる。木場のおごりでだ』

「……」礼也が桔平の顔に注目する。「綾さんにも言っといてくれよ」

『おお、綾っぺも夕季もみっちゃんもしの坊も一緒だ。木場のおごりでな』

「……夕季もかよ」

『つべこべ言ってたら連れてってやらねえぞ』

「わあったよ、わあった。そのかわり、俺一人で倒したら、もっかいどっか連れてってくれよ。みんな一緒でもいいから」

『わかった! しゃぶしゃぶに連れて行ってやろう!』桔平がきっぱりと言い切った。『木場のおごりでな』

「おっし……」

 通信を終了し、ハッチを閉め、礼也が目を閉じる。

「そろそろ行くかよ、陵太郎さん」

 薄暗かったコクピット内が、眩いばかりの光で満たされた。


 アスモデウスのゆるやかな前進に押されるように、百二十ミリ滑腔砲を積載した作戦車両が後退する。

 街は見る見るうちに瓦礫と黒煙に席巻されていった。

「木場!」部隊の後方で無線機を手に鳳ががなりたてる。「こっちは後退させる。コイルガンの準備は?」

『いつでもいい』

「よし、替わってくれ」

『了解した』

 鳳が振り返る。

 整列した特装車両のかたわらで、大型トレーラーの上で方膝を立てコイルガンをかまえる海竜王を眩しそうに見上げた。

「綾音、準備はいいか」

『ばっちりです』

「よし、無茶するんじゃねえぞ。おまえはそうやってかまえてるだけでいいからな」

『がってんでさ!』

「……」ぽりぽりとこめかみをかく。

『……。あれ?……』

「撃てーっ!」

 木場の号令で、十台を超す特装車両の大型コイルガンが一斉に火を噴く。

 真っ先に到達したのは、海竜王のそれだった。

「……」

 呆然と眺める鳳に気づき、南沢が不思議そうな顔を向ける。

「どうしたんだ、鳳さん」

「いや、何でもない……」にやりと笑った。「仕方ねえな。みんなあいつのせいだからな」

「は?」

「ガキどもがあんなふうになっちまったのも、全部あいつのせいだってことだ……」

「?」

 コイルガンの一斉射撃もものともせず、アスモデウスが行進を継続する。石像を思わせる灰色の姿のまま、全身のどこを可動させることもなく、声一つあげることもせず、滑るようにゆっくりと前進をし続けていた。

 海竜王のコクピットの中、綾音が唇を噛みしめた。

「木場さん」

 呼びかけに木場が応答する。

『何だ、伏見』

「おかしくないですか」

『何がだ』

「全然、生き物の脈動が感じられないんですよね。まるで何かに操られているような」

『……。ああ……』

「ちょっと探ってみます」

『! おい、伏見!』

「大丈夫です。無茶はしませんから」

『待て、伏見、待て!』

「大丈夫ですよ、兄さん。試してみるだけです」にやりと笑い、ふん、と鼻息を荒げる。「がってんですから!」

『……お、おう……』

 腰部の両側にサブマシンガンと予備弾倉を携行し、コイルガンを保持したまま、海竜王がトレーラーから飛び降りる。

 路面を叩き割りながらドスドスと走り回り、ビルを遮蔽物に見立てて、巨大な宇宙飛行士のような海竜王がアスモデウスの背後へ回り込んだ。

 途中、綾音は何度も確認する。

 アスモデウスの視覚は海竜王はおろか、他の何ものもとらえてはいないようだった。

 仮面も牛も羊も、竜も、尻尾の蛇も、その目はすべて胴体と同じ石像色のままだった。

 攻撃は受けるが反撃はない。

 何かを認識しているのかどうかさえわからない。

 確実に言えるのは、このままゆるやかな速度で前進を続ければ、いずれメガル本部へ到達するだろうことだけだった。

 高層マンションの陰から海竜王が顔を出す。

 そのわずか数十メートル先に、灰色の牛の顔があった。

『いける』

 うん、と頷き、綾音が飛び出していく。

 コイルガンを仮面の顎目がけてポイントした。

 と、その時だった。

 牛の目が怪しげな光を放ったのは。

「!」

 死角から襲いかかる鞭のような蛇の一撃を、綾音がかろうじてかわす。

 退いたその場所へ、大質量の槍が上から降ってきた。

「く!」

 極度の緊張と恐怖から綾音の全身がすくむ。

 身動きがとれない状態のまま、海竜王は今まさに叩き潰されようとしていた。

「綾音ーっ!」

 鳳の絶叫。

 それすらかき消す打撃音が辺りに響き渡ったのは、直後のことだった。

 まばたきもできずに綾音が尖端の軌跡を見守る。

 それは海竜王をわざわざ避けるかのように遠のき、放物線を描きながら後方へと引き抜かれていったのである。

 尋常ならざる衝撃を受け、弾き飛ばされたアスモデウスの巨体が高架を砕き折る。

 続けて視界を遮る赤褐色の影。

 陸竜王だった。

 拳を振り抜いた姿勢で大きく足を踏み出し、根を張るがごとく大地に踏みとどまる。睨みつけるような両眼が炎となって燃え上がった。

『綾さん、大丈夫か!』

「……」一瞬対応が遅れ、礼也に答えて言う。「ああ、礼也、ありがと……」

『あんでもねえって!』

「……」

 全身から憤りのような圧縮空気を噴出させ、陸竜王が高く舞い上がる。

 怒りの咆哮とともに睨めつけ、激情を叩きつけるその姿は、礼也の心情そのものだった。

「大それたことしやがって! てめえ、シャレでしたじゃすまさねえぞ!」口もとをつり上げる。「中華としゃぶしゃぶだ、この野郎! 今のうちに銀行行っとけって、ゴリラえもん!」

『何がだ!』

 太陽の光を背に受け、現存するどの物質よりも硬い拳がアスモデウスの仮面を陥没させた。

 綾音は不安そうな面持ちで、ただその姿を眺め続けていた。






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