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第十二話 『ソーロング』 5. ソーロング

 


 早朝、桔平らは竜王の格納庫の中にいた。

 竜王のコクピットを点検していた技術者が顔を向ける。

「何も異常はありませんが」

「そうか……」

 桔平の隣で木場が怪訝そうに顔をゆがめた。

「おい、桔平。気持ちはわからんでもないが、毎回毎回ここまでする必要があるのか?」

「んあ?」眉間に皺を寄せる。すぐに真顔になった。「ガセかもな。俺達を躍らせるための。だが万が一ってこともある。面倒だろうが何だろうが、俺がいいって言うまではこれを続けてくれ。とにかく奴らが搭乗する前には、必ずコクピットの中をくまなく調べるんだ」

「ああ」

「このことはあいつらには黙っておいてくれ」閉め切った場内を見回し声のトーンを落とす。「余計な不安を与えたくない。くれぐれもだ」

「ああ、心得ている」

「あんたらもな」

 桔平の呼びかけに技術者達が顔を上げる。

「わかってますよ。なあ」

「ああ」

 にやりと笑う。みな桔平が信頼を寄せる面々だった。

「思い過ごしだといいがな」

「ああ……」木場の顔も見ず、桔平は焦点の定まらぬまなざしを泳がせた。「或いは、時期をうかがっているのかもな……」


 光輔は頼りない足取りで駅までの道のりを歩いていた。歩幅は小さく、ズボンのサイドポケットに両手を突っ込み、カバンを脇に抱えている。

 さんさんと陽射しの降り注ぐ並木道の途中でふと立ち止まり、情けない顔で後ろを振り返った。

 十メートルほど後方を歩く夕季と目が合う。

 すると表情もなく夕季がぷいと顔をそむけた。

 途端に光輔の顔がさらに情けなさを増す。

「だから~、誤解なんだって。信じてくれよ~」

 夕季がちらと顔を向ける。何も言わず、またすぐに横を向いた。

「うんも~!」身悶える光輔。「そんなつもりじゃなかったんだってば。でも本当に悪口とか言ってないからさ。なあ、本当だって。もう勘弁してくれよお」

「……」

「おまえのこと誉めてたら、たまたまそんな話になっただけなんだって。信じてくれよ」

「……」

「悪かったって。謝るからさあ。ゆうきぃ~。そんなに怒るなよ。あ、そうだ!」ぽんと手を叩く。「あれおごるから。おばちゃんの店で。おまえの好きなスットロベリー……」

「……」

 まるで反応のない夕季に、根負けしたように光輔が前を向く。肩を落とし、はあ~、と深く息を吐き出した。

 光輔達の高校は中間考査試験の最中だった。テスト期間中は半日で下校できる。

 通り過ぎて行く他の生徒達の目には、二人の様子はケンカ中のカップルのように映っていたはずだった。

「……」

 目線だけで夕季が様子をうかがう。

 しょぼくれた光輔の背中が妙に痛々しく見えた。

 何かを言おうとして、夕季がわずかに口を開く。

「ふた……」

 その時、携帯電話に呼び出しがかかった。

 呼び出しに応じる夕季。

 すぐに桔平の大声が飛び込んできた。

『夕季! えれえことになった!』

 顔をしかめ、人差し指で耳を塞ぎながら電話機を遠ざけた。

『アスモデウスだ!』

「!」

 一変する夕季の顔つき。口もとを結び、携帯電話をまた引き戻した。

 ゆっくりと光輔が顔を向ける。夕季の真剣なまなざしに、ただならぬ何ごとかを感じ取った。

『カウンターの反応もなしにいきなりだ。こないだ消えた木偶の一つらしい』

 容赦なく押し寄せる桔平のがなり声は、光輔のいる場所までも通話圏内と化していた。

「どこに?」

『堂園町だ。まだ実害はないが、いつ動き出すとも知れねえ。早めに叩くぞ。おまえ今、どこにいる?』

「まだ学校を出たところ」

『そうか。近くに広い道はないか?』

「もうすぐ駅に着く」

『だったら駅で待ってろ。すぐに空竜王積んで大沼を向かわせる。今のところインプが出たって報告はないが、不安だったら学校へ戻っててもいい』

「いい。駅で待ってる。早く来させて」

『すぐにその辺りもパニックになる。巻き込まれんじゃねえぞ』

「わかってる」

『礼也の方が近いとろにいるみたいだが、一人だけじゃ危険だ。早く合流してくれ』

「了解。……綾さんは?」おそるおそるそれを口にする。

『綾っぺ……、綾音は待機中だ。まだやめとけっつったんだが、どうしても出たいって言い張ってな。礼也と合流してから、メックと一緒にバックアップさせる』

「無理させちゃ駄目だよ。綾さんはまだ……」

『んなこたあ、言われなくてもわかってる! 余計な心配すんな!』

「……うん」

 通話を終了し、夕季が光輔に向き直る。眉に力を込めながら真剣なまなざしをぶつけた。

「光輔、アスモデウスが出た」

「!」夕季と同じ顔になる。「どこに?」

「堂園町。あたしは駅でメックと合流するから、光輔は学校に戻ってて」

「いや、だって……」

「大丈夫。心配しないで。何とかするから」

「ん。ああ……」

 光輔が目線を落とす。

 自分がそれに関わらないことを心苦しく感じているように夕季には見えた。

 ふと、ぴんときて、光輔が顔を向ける。

「……。あれ? 綾さんがどうしたって?」

「……」

「……。夕季……」

 二人の不安を煽り立てるように、避難を促す大音量の警告サイレンが街中に響き渡った。


 綾音は竜王の格納庫の前で、真新しいブルーのバトル・ジャケットに身を包み、出撃の時を待ち構えていた。

 緊張の面持ちで眉を寄せ、ふうう~、と大きく息を吐き出す。

 眼鏡をはずし、どこへともなく視線を泳がせた。

「おい、綾っぺ」

「はい」綾音が振り返る。桔平の姿を認めるや一瞬で表情を整え、余裕めいた笑みを差し向けた。顔を桔平に向けたまま、眼鏡をケースへ収める。

 それを怪訝そうに眺めながら、桔平は平坦な口調で指示を伝えようとした。

「相手は木偶人形みたいなモンだ。ずっと反応もなかったし、今回だって結局動かずじまいかもしれねえ。解体作業のつもりで軽い感じでいけ」

「はい」

「かと言って動き出したらえれえこっちゃだ。慎重にいけ」

「……どっちすか」

「作戦は礼也と夕季の合流後に行う。もしもの時はあいつらが対応するから安心しろ。おまえらだけじゃ、木偶だろうと抑え切れないだろうからな」

「わかってます」

「大惨事だけは避けなくちゃならねえ。そしたら大惨事世界大戦だ」

「今のまったく必要なかったですね」

 コホンと咳払いをし、桔平が懸架台の上のコイルガンを眺める。

「このガンも見た目は同じだが、中身は前の三倍増しだ。インプくらいならコアに当たらなくても充分コッパにできる。びびってちびんじゃねえぞ」

「大丈夫です。このコイルガンを設計したのは私ですから」

「……。あ、そうなの?」

 綾音が安心したように笑った。すぐにその表情にかげりが浮き上がる。

「いいな、正面からやり合おうなんて考えるなよ。ヤバイとこは礼也や夕季に任せておけばいい。おまえは鳳さんの指示に従え。いいか……」

「がってんでさ!」

「……」

「……。あれ?……」

「……」こめかみを指でかく。「とにかくだ。現場の人間が危険だと判断したら、すぐに引っ込めさせるからな。そのつもりでいろ」

「は~い……」

 そろって苦笑い。

「とりあえず、おまえは自分が助かることを第一に考えろ。それと」ヘルメットを差し上げる。朴の研究室に置いてあったものだった。「こいつを着けろ」

「それってメック用のものですよね。いりませんよ。こんな狭い中でそんなものかぶったら窮屈すぎて……」

「邪魔でも何でもいい。とにかく着けろ」

「……礼也達は着けなくてもいいのにですか?」

「あいつらは別だ。こんなものかぶっていたら精神感応の妨げになる。覚醒していればコクピット内にちょっとしたシールドのようなものができるらしいしな」

「……」

「とにかくおまえは着けろ! 窮屈でも何でも、俺がいいって言うまでは取るんじゃねえぞ。もし取りやがったら、もう二度とメシおごってやんねえぞ。ひいらりん、とも呼ばせてやらん。それと今度俺のギャグにケチつけやがったらマジで張り倒すからそのつもりでいろ。わかったな!」

「最後に本音が出ちゃいましたね……」

 有無を言わさず押しつける桔平に、綾音が心外そうに目尻を下げた。

 その様子をまじまじと眺め、ふと桔平が動きを止める。

 綾音の窮屈そうな胸もとに目線が釘づけだった。

 その真剣なまなざしに気づき、綾音もピッタリとフィットしたスーツを見下ろした。

「少しサイズが小さいですかね」

「いや、充分でけえと思うが」

「は?」

「へ?」

 ようやく微動だにしない桔平の視線の行き先に気がつく。

「……」

「……」

 二人が困ったような顔を見合わせた。

 ふいに桔平がぽりぽりと頭をかき始める。

「……おい、あのな。頼みがある」

 不思議そうに顔を向ける綾音。

 桔平はモジモジしながら、睨みつけるような表情でそれを口にした。

「何だか、つまんねえことで夕季とギクシャクしちまった。自力じゃリペア不可能だ。そこでおまえからあいつに伝えてほしいことがある」

「何をですか?」

 しばし熟考。コホンと咳払いをした。「……俺の勘違いだった。実はおまえもイイ感じの巨乳だったかもしれない」

「……。はあ!」一瞬の沈黙の後、思わず声が裏返る。両目をまん丸に見開いていた。「セクハラ?」

「いや、セクハラとかじゃねえし……」

「わざわざワンクッションとか入れてからに!」

「とにかく伝えろ。おまえの口から直接だ。俺には到底言えそうもない」

「それは言えないとは思いますけど……」

「いいな、約束だぞ。このミッションが終わったら必ずだ」

「本当にいいんですか?」

「くどいぞ」

「でも、それ言ったらもっとギクシャクすると思いますけど」

「……」桔平が動きを止める。「ちょっと待て。今のは……」

「……」

 綾音の顔色をうかがうように、桔平が頼りない声を押し出した。

「……ボインちゃんの方がポイント高いと思うか?」

「セクハラのですか?」

「いや、好感度の……」

「……さあ、私には決めかねますが」

「……あいつも変わりモンだからな」

「あなたほどじゃないですけどね……」

「……。う~ん……」

「そんなに悩むようなことなんですか……」むん、と口もとを結び、綾音が手を叩いた。「じゃ、とりあえずそれでいってみましょうか」

「……いや、ちょっと待ってくれ」

「はあ……」

「もう少しだけ俺に時間をくれ」

「……いいですけど」


「バックパックの交換をしますから、しばらく待っていてください」

 クルーにそう告げられ、格納庫の前で綾音が踏み止まる。

 勢いをそがれ、妙なテンションで振り返ると、通路に控えめな笑顔で見つめる雅の姿があった。

「綾さん、頑張ってね」

 綾音がふっと笑う。嬉しそうに雅を見つめ返した。

「あんたもね」

「うん」

「ま、それもあたし次第か……」

「ん?」

「今回はあんたの出番はなさそうだよ。光輔に代わってもらうつもりもないし」

「だから頑張ってねって言ったの」

 いたずらっぽく笑う雅を眺め、綾音は自嘲気味に目を伏せた。

「本当に、あんた達は……」

「絶対帰って来てよ」

 はっとなって顔を上げる綾音。

 凛としたまなざしの雅がいた。

「……大丈夫だって。礼也や夕季がいるし。木場さん達も……」

「約束だよ」

「……。ああ」

「待ってるから。一応スタンバっておくけどね」

「……。雅」

「何?」

「……じゃあね」

 雅が眉を寄せる。不安げな表情だった。

「そういう言い方、綾さんらしくないよ」

「……」

「帰って来るんでしょ? ちょっと出て行くだけなんでしょ?」

「……たりまえだろ」

「だったら……」

 内線通話の呼び出しを受け、綾音がそれに応じる。

 桔平からだった。

『綾っぺ、アスモデウスが動き出した』

「!」くわと目を見開く。「了解しました。すぐ行きます」

 通話を終え、綾音が覚悟を決めた表情を彼方へ投げかける。

 その時、雅が背中から覆い被さってきた。ふんわりと包み込むように、優しく静かに綾音の体を抱きしめる。

「……何やってんだ、おまえ。やぶからぼうに」

 憮然とした面持ちの綾音に、しかし雅はあくまでも笑みを含んだ口調で受け答えた。

「うん。ちょっとお母さんぽい感じで」

「お母さんて……」

「綾や」

「あやや?……」

 綾音の表情が戸惑いに変わる。どうすればいいのかわからず、疲れたように目を伏せた。

「ドキドキしてるね」

「……たりまえだろ。初めての実戦なんだから」

「子供の頃ね、ドキドキしてる時に綾さんにこうしてもらったらすごく落ち着いたの。だから今度はあたしがやってあげるね」

「……」

「変な感じでしょ。今まで抱きしめてばっかりで、抱きしめられたことなんてなかったから。そういうキャラじゃないもんね」

「……。おまえってほんと、意地くそ悪いよな……」

「えっへん」

「……何で得意げだっての」

「落ち着いた?」

「……ああ」静かに笑みをたたえた。「ありがと、雅……」

 最終チェックのため、海竜王のコクピットに乗り込む綾音。

 深く息を吐き出し、淋しげに眉を寄せた。その表情のままシートの下に目をやる。

 正面へ向き直り、焦点の定まらない視線を跳ね上げたハッチのはるか彼方へと泳がせた。

「これが、あなたの望みなんだよね……」






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