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その罪人に破滅の願いを込めて  作者: たつのオトシゴ
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   005


 三日後の朝。

 砦奪還のため騎士の軍隊が帝都の大街道を行進する。

 多くの民衆が見守る中、鋼鉄の鎧を纏った一般騎士と、白銀の鎧を纏った聖騎士を合わせた二万の軍隊が帝都の東門を目指し進む。

 その中の一つの馬車を囲むように警護する聖騎士達は緊張を滲ませる。

 戦争の緊張ではない。

 馬車の中には死刑囚の三人が乗っている為であった。

 一見普通の馬車だが、その中には手首に鉄錠を嵌めるバグ、ドロロ、ラプラスの三人が座っている。彼らの見張りとして騎士王であるレイ・ルルシオンが同乗し、普段は荷馬車として使われる広い馬車内には異様な空気が漂う。

 ラプラスの隣にレイが座り、その向かいにバグとドロロが座っている。

 レイは腕を組み、死刑囚を常に警戒するように怪訝な表情を浮かべる。

 ラプラスは馬車の小窓を覗き込み、十二年ぶりの外界を子供のように興味深く眺める。

 俯いたままジッと動かないバグ。

 大股で座るドロロは退屈そうに大きな欠伸をすると、レイに話しかけ始める。

「随分、歓迎されてないな」

「……」

 彼の言葉に対してレイは口を閉ざし、小窓の外を一瞥した。

「帝国を護る騎士達が悪魔との戦争に向かうって言うのに、随分寂しい見送りだな」

 と、ドロロが言ったのに続けてラプラスも言う。

「皆、目が死んでいます。まるで、自殺志願者でも見ているみたい」

 小窓から見える民衆の表情は悲愴に染まっていた。

 無謀な戦争に向かい、無駄に命を散らそうとする騎士達が愚かに思えるのだろう。

 騎士にも帰りを待つ家族がおり、死ぬと分かっていながら見送らなければならない民衆に笑顔があるはずもない。

 彼らの瞳には希望ではなく絶望しか宿っておらず、一部の民衆からは憤りや不満の視線が向けられている。

 レイは見るまでもなく民衆の不満を感じ、理解している。

 騎士王である自分が右腕右眼を奪われ、帝国には悪魔に対抗し得る戦力が無いと絶望するのは当然だった。帝国最強の騎士が勝てなかった悪魔に誰が勝てると思うのだろうか。

「そんなことはどうでもいい。とりあえず、悪魔について詳しく教えてくれ」

 と、バグは薄紅色の瞳をレイに向けて言った。

「俺も興味があるな。その『悪魔』がどんな奴なのか。『悪魔』は『天使』と対を成す神話の存在だったはず。俺が捕まる前は『悪魔』何ていなかった」

 と、眠そうだったドロロの淡い金色の瞳が開いた。

 盗賊である彼が天使や神話について知識があることが意外で、レイは内心驚いていた。

「私には、『悪魔』が私より強いか強くないかだけ教えてくれればいい」

 と、ラプラスは小窓から見える風景と民衆に視線を向けたまま言った。

「……私が知っていることであれば」

 と、レイは渋々と口を開いた。

 本来であれば気安く話したくはない死刑囚たちの質問に答えるのは避けたいところだったが、これから戦う敵を知ることで対策を練ろうとしているならそれは帝国の為である行為。故に、情報の提供はするべきだ、という結論にレイは至った。

「悪魔の弱点は悪魔によって異なるが、レベル2以上の悪魔には固有の能力があり、特に注意するべき能力は――」

「あー、そういうのは別に要らない。悪魔の弱点なんて知る必要ないだろ。頭か首か心臓のどれか壊せば死ぬだろ」

「俺も不要だ。敵の急所なら見なくても分かる」

 レイは後悔した。彼らに『敵の対策を練る』などという常人的な発想は皆無。情報を提供しようとした自分を恨む。

 そうこうしている間にも帝国軍は東門を通り抜け、帝都を出発していた。

「……そうですか。じゃあ、悪魔について広く知られていることを簡単に説明します」

 と、レイは渋々と話し始めた。

 最初に悪魔の軍勢が現れたのは半年前のこと。

 大陸の大半を支配する帝国。帝国東部の最果ての都市上空に巨大な魔方陣が出現し、悪魔の軍勢が現れた。最果ての都市では現在も悪魔が出現し続けている。

 原因は不明。

 確かなのは人類史上最悪の厄災であること。

 僅か半年で帝国の半分が蹂躙され、今では帝都にまで迫っている。

 帝国の英雄、十騎士の力すら遥かに凌ぐ悪魔には階級(レベル)が存在し、現在確認されている最高階級(レベル)上級悪魔(レベル3)である。レベルが高い程に姿が人間に近くなり、力と知性が進化していく。

 悪魔の九割以上は低級悪魔(レベル1)である。中級(レベル2)以上の悪魔であれば会話も可能であり、それぞれの姿に特徴が現れる。

「悪魔には階級(レベル)があるのか。面白いな」

 と、ドロロは淡い金色の瞳を輝かせてニヤリと笑った。

「油断すれば一瞬で殺されますよ」

 と、レイは左目で睨みつけた。

「はいはい。じゃあその腕と眼はどんな悪魔に持っていかれたんだ? 教えてくれ」

 と、ドロロは嘲笑するような声音でわざとらしく尋ねた。

 悪魔に奪われた右腕と右眼にズキリと鋭い痛みが走った。聖剣まで奪っていった黒い山羊頭の悪魔の姿が脳裏を過る。無意識に力が入り、奥歯が軋む。

「黒い山羊頭の悪魔、あれは上級(レベル3)の悪魔でした」

 数日前のあの出来事を鮮明に思い出せる。

 仲間を殺し、騎士王としての力すらも奪っていった上級悪魔(レベル3)

 胸中には憎しみと悔しさが渦巻き、苛立ちに変わっていく。

 それを知らず、ラプラスは軽い声音で尋ねる。

「その悪魔は強いの? 私よりも強いのかしら?」

 彼女は十二年前から変わっていないな、とレイは過去の記憶に馳せる。

 昔から皇族らしくない軽い雰囲気を纏っており、掴み所のない人だった。

 また、雰囲気だけではなく、その姿も変わっていない。最後に姿を見たのが十二年前、ラプラスが十六歳の時。それから十二年が経ち、二十八歳となったその姿は殆ど変わっていないのが驚きだった。

「どれ程の強さかというのは表現が難しいです。言えるのは、『強い』という言葉では収まらない別次元の強さを持っているのが悪魔です」

 と、レイは言った。

 口には出さなかったが、レイとしてはラプラスを含めた死刑囚よりも遥かに上級悪魔(レベル3)は強いと確信している。それどころか、彼らは中級悪魔(レベル2)と同等程度の実力だと判断している。

 上級悪魔(レベル3)は本物の化物。生きる世界が違うと思える程に別次元の強さを持つ。

 上級悪魔(レベル3)こそ、悪魔の中の悪魔。

 神話の領域に達している存在。

 神や天使と対を成す、真の悪魔が『レベル3』である。

 実際に戦ったレイだからこそ確信出来る。

「悪魔を倒して力を証明するのが今回の任務。つまり、その上級悪魔(レベル3)を始末すれば目的は達成される、ということか」

 と、バグは淡々とした声音で当然のように言った。

「任務、ってお前は暗殺者か何かみたいだな」

 と、ドロロはバグに横槍を入れた。

「彼は暗殺者よ」

 と、ラプラスは困ったように言った。

 ドロロは彼女の言葉に反応することなく無視する。

「事前の偵察で砦に上級悪魔(レベル3)は現在いないことが確認されています。ですが中級悪魔(レベル2)は最低でも三体はいるはず。軍勢の規模から考えると多くても五、六体」

 ついでに作戦の説明をしてしまおう、と考えたレイは言葉を続ける。

「向かっている砦は都市の機能を持つ要塞都市です。正面突破で西門から突入し、北・東・南の三塔の占領を目指してください。砦内部の都市には三本の塔があり、そこには指揮官となる悪魔が棲んでいるはずです」

上級悪魔(レベル3)ではなく、その中級悪魔(レベル2)を倒すことで力は証明されるのか?」

 と、バグは訝しい表情を向けた。

中級悪魔(レベル2)は十騎士と同等以上の力を持っています。悪魔にも個体差があり、私と同等の力を持つ中級悪魔(レベル2)もいますので」

 バグは口を閉ざし、薄紅色の瞳や褐色の表情に反応は無い。

 彼が納得したのか、していないのかレイは理解に苦しむ。

「とりあえず、悪魔を皆殺しにすればいいんだろ。はいはい」

 と、ドロロは欠伸をした。

 バグはジッと動かなくなり、ラプラスは小窓から風景を眺め続けている。

 ――本当に理解しているのだろうか?

 と、レイは訝しい気持ちに駆られてしまう。

 ゼフィール皇帝の考えが理解出来なかった。このような死刑囚を悪魔と戦わせるなど、狂った考えと思わざるを得なかった。

 しかも、望みを一つ叶えるという約束までしたのだ。その望みの一つが『騎士王の地位』であり、それを望んだのが元聖騎士のラプラス皇女である。

 十二年前は彼女の足元にも及ばない聖騎士だったレイだが、今では騎士王となり、己の実力は彼女に劣っていないと自負している。

 もちろん、右腕と右眼があればの話だが。

 そのようことを考え、しばらく馬車に揺られていると軍隊は森の道を行進していた。

 異変が起きたのは、唐突だった。

「何か来たわね」

 と、ラプラスは小窓に視線を向けたまま言った。

 すると、今まで退屈そうにしていたドロロは目を見開く。

 バグは表情と体に反応は無いが、神経をピンッと研ぎ澄ましたのが気配から伝わる。

 小窓から外を見たレイは「どうして」と、言葉を漏らす。

 馬車を警護する騎士達の足元、大地に渦巻く黒い影が生まれる。

「……どうして、ここに悪魔が」

 と、レイは動揺を滲ませた声音で言った。

 その影が隆起すると現れたのは低級(レベル1)の悪魔が一体。

 悪魔の黒い肢体は硬い外皮で覆われ、血管のように全身を走る紅い筋が脈動するように怪しく光っている。鋭い爪と牙を持つ悪魔は、炎のように揺らぐ紅い瞳を騎士達に向ける。

 想定外の急襲に不意を突かれた騎士達は動揺を走らせる。鋼鉄の鎧を纏った八人の騎士が慌てて悪魔の前に立ち塞がる。

 聖騎士ではない、一般の騎士である彼らは身を固くし、剣を握る手に力を籠める。

『――雑魚、死ネ』

 と、悪魔は片言の言葉を放つと、騎士達に襲い掛かる。

 凄まじい速さで迫った黒い影。

 悪魔の鋭い爪が騎士達の鉄鎧を易々と砕き、肉を斬り裂くと鮮血が散る。あっという間に八人の騎士が地に倒れ、血の臭いが漂う。

 その光景に他の騎士達にも動揺が走り、隊列が乱れる。

 すると、今度は白銀の全身鎧(フルプレート)を纏う五人の聖騎士が素早く悪魔を囲む。

 一般騎士とは明らかに違う身の熟しを見せる聖騎士。

 聖騎士とは騎士の中でも一定以上の能力と経験を積んだ者だけが選ばれた称号である。所謂、精鋭(エリート)である。悪魔との戦闘にも慣れているのが見て取れる。

 不気味な笑みを見せた悪魔は聖騎士達に襲い掛かると、剣と爪による激しい剣戟が始まった。鋭い金属音と火花が起こり、その戦闘に皆の視線が集まる。

 悪魔の腕は人間の腕よりも太く、そこから繰り出される攻撃には想像以上の重量がある。剣のように鋭い爪を聖騎士は剣で弾く度、手に痺れが走る。

 しかも、一撃一撃が重いだけではなく、悪魔の動きは驚くほどに俊敏で聖騎士五人の攻撃にも反応している。

 それでも聖騎士達は負けずと応戦し続け、数え切れない程の火花が散った頃、剣戟の音が止む。

 聖騎士の剣が背後から悪魔の心臓を貫き、全身に走る紅い筋が輝きを失うと動かなくなった。

 五人の聖騎士に負傷した者はいるが死者は出ていなかった。

 さすがは聖騎士と言うべきなのだろう。一般騎士に比べ、聖騎士の実力は格段に違うのだ。

 しかし、同時に悪魔の強さを物語っている。

「悪魔一匹に、この様か」

 と、嘲笑するようにドロロは言った。

 レイはドロロを一瞥するだけで何も反論しなかった。出来なかった、というべきか。

 最下級の低級悪魔(レベル1)でありながら騎士の精鋭である聖騎士五人に匹敵する戦闘力の高さ。

 なにより、人間の脆弱さがある。

 帝国の軍勢は二万。その内、聖騎士は二千。砦の悪魔は千を超えている。

 千を超えるの悪魔に対し、二万の騎士を投入。それほどまでしなくては悪魔に対抗出来ない現状こそ人間の脆弱さを表していると言えた。

 しかも、今回の戦争は史上最悪の戦力差であるとレイは考えている。今までは十騎士の存在があり、戦力差を埋めていたが、その存在が無い今回は酷い状況だ。

 死刑囚の三人が悪魔に敗れた場合、二万の命が無駄に死ぬことになるのは想像に難くない。

 レイにとっては不本意だが、死刑囚に二万の命が懸かっているのも事実。

 多くの人間を殺した死刑囚の手に二万の命が握られている。その状況がレイには不快で仕方がなかった。

 それでも軍は砦へ向かうしかない。

 悪魔と戦わなければ帝国が滅びるのだから。


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